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2011年9月30日 (金)

レーガーの手口

マックス・レーガーの手によるドイツ民謡の編曲がある。つい最近それらを収録したCDを手に入れたところだ。23曲のうちブラームスの編曲と被る作品を数えたら、たったの2曲だった。

  1. Der Schnitter Tod 旋律は同じだが少しだけテキストが違う。
  2. Ich hab die Nacht traumet

楽譜が無いから聴いた感じだけで申すと、レーガーとて特にトリッキーな和音を使ったりはしていない。メロディーラインの装飾が少しブラームスより細かい。フレーズとフレーズの合間に合いの手を差し挟むことが多い。ブラームスの方がオーソドックスな感じがする。むしろこうした被りがたったの2曲であることそれ自体が特色だと思う。

ブラームスのピアノ四重奏曲第一番に見事なオーケストレーションを施したシェーンベルクにも、ドイツ民謡を題材にした合唱作品がある。「Drei Volksliedsatze」という。「民謡三章」とでも訳すのだろう。こちらは民謡の旋律こそ使っているが、単純な編曲ではない。声部が錯綜していて難解。一部に聴きなれぬ響きも出てくる。レーガーはずっとシンプル。あくまでもあくまでも民謡編曲の柵内にとどまる感じ。

2011年9月29日 (木)

同稿異曲

ひょっとすると私の造語。同じテキストが違う旋律で歌われることだ。代表は何と言っても「野ばら」だ。ゲーテ作のテキストが100通り以上の旋律で歌われるという。我が家にCDがあるのは、そのうちの4種類だけだ。シューベルト、ウェルナー、シューマンそしてブラームスだ。

日本で「夜汽車」として歌われている旋律は「Wenn ich ein Voglein war」というテキストで歌われるのが普通だ。ロベルト・シューマンが同じテキストを採用して二重唱を作曲しているが、このほど買い求めたレーガーの民謡編曲のCDでは、シューマンとも夜汽車とも違う第3の旋律で歌われていた。最近脳味噌に民謡補正がかかているから、この種の発見には心が躍る。

2011年9月28日 (水)

恐るべしレーガー

昨日の記事「レーガーのドイツ民謡集」で、レーガーがドイツ民謡を合唱用に編曲したCDを入手したと書いた。その解説書の余白にある同シリーズの宣伝の中に驚くべき記載を発見した。

昨日話題のCDには「Reger Vocal Ⅲ」という副題がついている。つまりレーガーの声楽作品または合唱作品シリーズ第3弾ということだ。解説書の余白に同シリーズの宣伝が掲載されていた。同シリーズ第1弾のタイトルこそが今回の驚きの正体だ。

「O Tod,wie bitter bist du」となっている。

ブラームス愛好家には目の毒だ。最後の声楽作品「4つの厳粛な歌」の3番と一致する。このタイトルの作品をブラームスの「4つの厳粛な歌」を知らずに生み出したとしたらそれはそれで物凄い偶然だが、おそらくレーガーはブラームスを意識していたに違いない。

2011年9月27日 (火)

レーガーのドイツ民謡集

記事「唐突にレーガー」でマックス・レーガーの民謡編曲を話題にした。CDもある。

  1. 6つの民謡集SATB
  2. 8つの民謡集TTBB
  3. 9つの民謡集SATB

私がとにかく気に入った「二人の王子」は上記3番のラストに収録されていた。つまりCDのトリでありアルバム全体のタイトルにもなっている。

つくづく縁を感じる。ご覧の通りのブラームス好きだから、普通ならレーガーにはトンと縁が無い。大好きなブラームスのドイツ民謡への傾斜がキッカケで、私も民謡にのめりこみ、あろうことかレーガーのさしてメジャーとも思えぬ作品のCDを捜し求めた挙句、それを聴いて喩えようもなく満足した気になっている。

この23曲本当に美しい。ブラームスの民謡編曲と何等遜色は無い。私のブラームスラブは微動だにしないが、ブラームスを軸足に少しだけ視野を広げると、このように美しい作品があったということだ。知らずに一生を終えていたら取り返しのつかぬ損失だった。

2011年9月26日 (月)

唐突にレーガー

ここでいう「レーガー」とは作曲家マックス・レーガーのことだ。世間様の評価ではブラームスとの類縁も指摘されている。クレーメルというヴァイオリニストが、ブラームスの協奏曲のカデンツァ代わりにレーガーの小品を弾いていた。作曲家として名前を知っている程度の認識だった。どうも変奏曲や編曲の分野で大した業績があったらしい。なるほどブラームス的である。

9月22日の記事「Christophorus」で紹介したドイツ民謡集のCDの中に絶唱「二人の王子」があった。ドイツ民謡集のCDであれば大抵はとりあげられている名曲だ。9月23日の記事「裏民謡ベスト20」でもナンバー1に推挙しておいた。先の「Christophrus」ではマックス・レーガー編曲版が収められている。

この編曲が絶品だ。レーガー一般のイメージや評価がどうなっているかは別として、私個人としては目から鱗だ。何と言う繊細な編曲だろう。そのつもりで探すとそのCDの中にもう1曲だけレーガー編曲があった。

「In einem kuhlen Grunde」だ。こちらも可憐。9月23日の記事「裏民謡ベスト20」では12位にランクインしていた。

ドイツ民謡の編曲という分野においてブラームスは、いっぱしの地位を獲得しているが、レーガーも覚えておこうと思う。

2011年9月25日 (日)

レアンドロス

ギリシャ神話の登場人物。ヘロとのロマンスで名高い。彼は恋人のヘロに会うために毎夜ダーダネルス海峡を泳いで渡った。ヘロは美の女神アフロディーテに仕える身だから結婚が許されていない。つまり禁断の恋だ。だから危険を冒して夜の海を泳いでわたる。ヘロはレアンドロスのために目印となる灯りをつけていたが、強風で消えてしまい、レアンドロスは溺れ死んでしまう。ヘロは絶望のあまり塔から身を投げた。

昨日話題にしたドイツ民謡「二人の王子」はこの話が題材になっている。ドイツ人にとってそこそこ知られた話なのだ。

ブラームスの親友ヨアヒムは交響曲第3番第4楽章52小節目の第二主題を聴いて「ヘロポントス(ダーダネルス海峡)を泳いでわたるレアンドロスのようだ」と称している。激情にかられて荒れ狂う大自然に挑む若者の姿を想像したと告白している。ハ長調で奏でられるチェロとホルン雄渾な旋律だ。ヨアヒムもブラームスもこの話を知っていた可能性が高いばかりが、それを題材にした民謡も知っていた可能性もある。

ブラームスが関与した民謡にとどまらず、民謡一般の知識習得を試みる中から民謡「二人の王子」を通じてレアンドロスの話を知った。おかげで第3交響曲についてのヨアヒムの比喩が具体性をもって実感できた。

2011年9月24日 (土)

二人の王子

記事「裏民謡ベスト20」の堂々第一位になった曲。オリジナルでは「Es waren zwei Konigkinder」という。「王子と王女」という邦題も目にする。本当に素晴らしい。作曲者は不詳で起源には諸説ある。16世紀まで遡るという説さえある。

滔々と流れ出る気品と風格ある長調。おそらく4拍子系。

何気なくマッコークルを眺めていたらお宝。WoO36-6に同じ歌詞が出て来る。譜例を見る限りイ短調だ。しかも拍子は8分の3だ。CDを持っていないから確認出来ないが、現行知られているあの旋律ではないことは確実だ。古来親しまれてきた有名な旋律をブラームスが知らなかったとは考えられない。それでいてなお、イ短調8分の3拍子の異稿を採用したということだ。

2011年9月23日 (金)

裏民謡ベスト20

9月19日の記事「民謡ベスト10」はブラームスが作品番号を付けずに出版したドイツ民謡161曲の中から私的ベスト10を選定したものだが、民謡ネタ収集にいそしむ中、結果としてドイツ民謡一般についても見聞が深まった。ブラームスのドイツ民謡を語るには、ドイツ民謡全体を背景に据えなければならないと確信するに至った。

ブラームスが手を染めなかった民謡にも美しい物がたくさんある。本日はとっておき20本を選定することとした。本当はこちらこそ「民謡ベスト20」とすべきところだが、ブログ「ブラームスの辞書」的にはこちらが「裏」になる。選定の条件はブラームスの手で編曲版を出版していない旋律に限った。とても10では収まらずやむなく20としたというのが実情だ。

  • 第1位「2人の王子 (Es waren zwei Konigkinder) 旋律は1848年のエルクの民謡集に採録されたが作曲者は不詳。テキスト自体は別旋律で歌われ16世紀に遡るという。ギリシャ神話「ヘロとレアンドロスの悲劇」が題材になっている。超有名な悲劇が題材だというのに、澄み切った長調だ。おそらく4拍子の中庸なテンポ。本当に素晴らしい。
  • 第2位「雪山に」 (Und in dem Schneegebirge)シュレジーエン地方の民謡。ポーランドとチェコ国境の山岳地帯に伝わる。。山の清冽な水を飲んでいればいつまで若々しいと歌われる。立ち去る男の側から歌われた別れの歌なのだが、澄み切った長調が別格の格調をかもし出す。
  • 第3位「泉の水が流れていれば」 (Wenn Alle Brunnnelein fliessen)オーデンヴァルトに伝わる恋のうた。魔笛の中のパパゲーノの歌う「おいらは鳥刺し」に少し似た歌いだしだががずっと叙情的。
  • 第4位「春は今」 (Nun will der Lenz uns Grussen)1830年ジルヒャー作と伝えられるが、テキストは12世紀にさかのぼる。春の訪れを素直に喜ぶ歌。
  • 第5位「美しい牧野には」 (Im Schonsten Wiesengrunde)ズバリ申せばドイツ版「ふるさと」。ふるさとの美しい自然の描写から歌い起こされる1番に続いて、恋人を置いてそこから立ち去るという別離の嘆きを歌う2番が続き、3番ではいつかはまたこの地に戻ると歌われる。ジルヒャーの絶唱。
  • 第6位「ありがとう、お休み」 (Ade zu Guten Nacht)出所についてはフランケン、ザクセン、チュービンゲンと諸説あるが、美しさには何の影響も無い。失恋か別離か判然とせぬ微妙なテキストが、崇高な長調で淡々と歌われる。
  • 第7位「誠の愛」 (Treue Liebe)小学校唱歌「古城」の別名で知られる名旋律。ヘルミーナ・シェージ作曲、キュッケン作詞。美しい娘に寄せる思いを淡々と歌う内容。
  • 第8位「あの下の森には」 (Dort nieden in jenem Holz)16世紀にさかのぼるシュレジーエン地方の民謡。自然賛美から求婚の歌に移行するがあくまでも清冽。
  • 第9位「美しき国はない」 (Kein Schone Land im diese Zeit)テキスト曲ともツッカルマリオ。これもまた故郷の自然賛歌。
  • 第10位「ザーレ川のほとりで」 (An der Saale hellem Strende)クークラー作詞、フェスカ作曲。ザーレ川はフランケンヴァルトに発してマグデブルク近郊でエルベに合流する実在の川。河畔の古城をバックに歌われる別れの歌。
  • 第11位「セレナーデ」 (Kom Feinsliebchen kom ans Fenster)外交官でもあったコッツェブーの作詞。スパイとみなされて学生に暗殺されたという悲運の人だが、作品は気品あふれるセレナーデに仕上がっている。
  • 第12位「すずしき谷間に (Im einemKuhlen Grunde)アイヒェンドルフ作詞、グルック作曲。
  • 第13位「ターラウのエンヒェン」 (Annchen von Tharau)ジルヒャー作曲の絶唱。
  • 第14位「私が選んだ娘」 (Madle ruck ruck ruck)ユーモラスなテキスト割を味わう歌。ヘルマン・プライが歌うとピッタリな感じ。演奏者によりテンポがさまざまで面白い。
  • 第15位「森は色づいて」 (Bunt sind schon die Walder)ドイツ民謡には珍しい秋を愛でる歌。
  • 第16位「木の上にカッコーが」 (Auf einem Baum einem Kuckuck sass)どうやらベルギー民謡。意味のわからぬ呪文のようなテキストが印象的。恋の行方をカッコウの鳴き声で占うことがあったらしい。
  • 第17位「がんばれカトライナ」 (Heissa Katherienale)アルザス民謡。陽気な3拍子の歌。
  • 第18位「小川のほとりに水車が」 (Es klappert die Muhle am rauschenden Bach)18世紀には成立していたらしい。
  • 第19位「密やかに人目を忍ぶ恋ほどに」 (Kein Feuer,keine Kohle)詩も曲も18世紀にさかのぼるがジルヒャーの編曲によりブレークした。2節の歌詞に「Nelke」(なでしこ)が出てくる。男の激情が歌われるが曲は清らか。
  • 第20位「別れの歌」 (muss i denn)大変名高いシュヴァーベン民謡。方言丸出しのテキストだが、格調高い旋律とマッチする。

いやいやきりが無い。お気づきならすごいことなのだが、実はこの20曲はすべて長調だ。私の脳味噌の設定がそうなっているということだと思う。

何より嬉しいのはこれら全部ブラームスも知っていた可能性が高いことだ。

2011年9月22日 (木)

Christophorus

ドイツのCDレーベルの名前。ハイデルベルクが本拠地らしい。

ショップをうろついていてお宝に遭遇。「Volkslieder der Deutschen romantik」というCD。演奏は「KONZERTOCHOR DARMSTADT」という混声合唱団。アカペラ混声合唱によるドイツ民謡集だ。「菩提樹」「ローレライ」「野バラ」の有名どころがおさえられ「ドイツ民謡愛唱歌集」の雰囲気が充満しているが一部の選曲はオタクだ。

我が家のコレクションで大空白地帯となっているのが、女声合唱用のドイツ民謡だ。作品番号で申せばWoO36、WoO37、WoO38となる。特にWoO36とWoO37は楽譜もCDも無い。頼りはマッコークルの譜例だけという惨状だ。

本日入手のCDには、ブラームスに関係する作品が下記の通り収められている。

  1. 「Es waren zwei Konigkinder」WoO36-6(ただしこれはレーガー編曲)
  2. 「Ich hab die Nacht getraumet」WoO36-4
  3. 「Ich horte ein Sichlein rauschen」WoO37-2
  4. 「Schwestelein」WoO33-15
  5. 「Schnitter Tod」WoO34-13
  6. 「Waldnacht」op62-3
  7. 「Wiegenlied」op49-4

「子守唄」が無伴奏混声四部合唱で聴けるのもありがたい。ブラームス本人の編曲ではないが、やけに味わいが深い。

合計25曲が収められていて1500円である。ドイツの中堅レーベルにはこの手のお宝が溢れているのだと思う。WoO36~38をすっきりと収録したCDが発売されていても不思議ではない。

2011年9月21日 (水)

歌合戦

日本では大晦日の風物詩にもなっている。歌の良し悪しとともに、歌唱の巧拙も結果を左右する。

先日来言及をしている民謡の話をする。民謡の世界の名人歌手の晴れ舞台は、歌合戦だったと記述されていることが多い。レパートリーの広さを争うのが主眼だったらしい。

「歌合戦」「名人歌手」と来れば嫌でも、ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を思い出す。そこでは歌合戦の勝者がエヴァと結婚できるということがストーリー展開の肝になっている。勝者による花嫁獲得はさておきドイツ民謡における「名人歌手」や「歌合戦」の風習を下敷きにしているような気がする。

ドイツ民謡を調べていると、民衆の中の様々な風習が、ワーグナーの楽劇に巧妙に取り入れられていることに気がつく。

ドイツ統一の機運を背景にドイツオペラを発展させたワーグナーが、作品にドイツの伝統を反映させる手段として、ドイツ民謡を用いた可能性を感じる。

2011年9月20日 (火)

名人歌手

9月17日の記事「ゲルネ爺さん」で、数多くの歌を歌える者が英雄視されたと書いた。つまりは広いレパートリーだ。彼らのことがしばしば「名人歌手」と言い回されているが、他にもいくつかの要件が書かれている。

英雄視されるためには、驚くほど多くの歌を諳んじていることが必須なのだが、それらを実際に歌として披露する際の技巧も求められていた。当然といえば当然の話だ。さらに集まった聴衆の気持ちを推し量った上で、テキストの内容を即興的に変える能力も必須だったとされている。祭りの集まりなのか、婚礼の集まりなのか、長老の誕生日なのかで、テキストを歌い崩すのも能力の一つだった。音節と音符の数が大きく違っても、即興的なリフレインや、装飾音符の挿入により、全体を破綻なくとりまとめることで、さらに喝采が高まるというものだ。

同じテキストを5通り6通りの旋律で歌うという芸当も日常茶飯だった。ゲルネ爺さんはピンク牧師の前で、「こうも歌う」「こうも歌う」と言いながら同じテキストを次々と別の旋律で歌った。

新しい歌を覚えて来て、村人に伝えるのも名人歌手の役目だった。近隣の街に出かけては歌を覚えて帰った。村を訪れた行商人や旅人が、聴き慣れぬ歌を歌っていれば、いち早くそれを覚え込んだ。

教会におけるコラールの唱和とは別の次元で、村人の音楽ライフを支えていたと考えてよい。

2011年9月19日 (月)

民謡ベスト10

「民謡特集」を始めておよそ1ヶ月経過した。「民謡特集」などと大きく振りかぶったから、「49のドイツ民謡集」あたりの話を最初から公開するという手もあったが、じっと我慢してエルクネタから入った。いよいよ満を持してブラームス選編曲のドイツ民謡集から私的ベスト10を選定する。

WoO31からWoO38まで計161曲からの選定だ。

<1位>別れの歌 (Abshiedslied)WoO32-17、WoO34-9、WoO38-5 

まさに絶唱だと思う。独唱、混声合唱、女声合唱の3通りの楽譜があることもうなずける。集大成たる「49のドイツ民謡集」に収載されていない本作を第一位に選定する番狂わせ。それほどの気に入りようだ。別れの席で歌われる際の効果も絶大だと思う。

<2位>下の谷底には (Da unten im Tale)WoO33-6、WoO35-5、WoO37-10

マリア・フェリンガーから教えられたシュヴァーベン地方の民謡だという。女の側から失恋を歌うテキストだが、未練、絶望とは無縁の品格がある。

<3位>許しておくれ (Erlaube mir)WoO33-2、WoO35-3、WoO38-4

男が庭に入ることを求める歌。庭のバラを手折りたいと言いながら娘がお目当てというセレナーデの典型を示す。とはいえ口調には品格が溢れ、がっついたところが全く感じられない。

<4位>静かな夜に (In stiller Nacht)WoO33-42、WoO34-8、WoO36-1

独唱版は華麗な伴奏により民謡離れしたニュアンスだが、合唱版はよりシンプル。静謐な夜の描写が秀逸。実質ブラームスの創作ではないかという根強い噂がある。

<5位>目覚めておくれ (Wach auf)WoO32-14、WoO33-16、WoO35-2、WoO35-7、WoO37-16

見ての通り5通りの楽譜が残りブラームス本人の入れ込みぶりは明らか。男から恋人への呼びかけだが、屈託が無い。

<6位>お姉さん (Schwesterlein)WoO33-15、WoO37-1

民謡にあっては珍しい姉と弟の対話だが、話題はやっぱり姉の恋だ。陰影に溢れた短調でぐいぐいと人を惹きつける。

<7位>私の心は優しくよりそう (Gar lirblich hat sich gesllet)WoO33-3

恋に落ちる瞬間を男の側から歌う。一陣の風がサッと通り過ぎるような快速なト長調が爽やかだ。

<8位>お嬢さんご一緒に (Jung fraulein soll ich mit euch gehen)WoO33-11

貴方の庭にバラを摘みにと誘う男と、拒む女の対話。テキストを読む限り恋は成就していないが、屈託がない。巧みなピアノ伴奏により対旋律が浮かび上がる。

<9位>一本の菩提樹が (Es steht ein Lind)WoO33-41

恋人を失った悲しみを1本の菩提樹に託した歌。男の立場から歌われるが澄み切った長調のおかげでお涙頂戴に堕落せずにすんでいる。

<10位>グンヒルデ (Gunhilde)WoO32-10、WoO33-7、WoO37-5

グンヒルデという尼僧の不幸な生涯を描く事実上のバラード。テキストの意味するところは悲惨な話だが、およそ似つかわしくない澄み切った長調で淡々と描かれる。

2011年9月18日 (日)

言語孤島

ドイツ語「Spracheinsel」の和訳。言語分布の一形態として、周囲を他言語に囲まれた地域を指す。主に政治的な圧迫により発生した民族の移動により起きるとされている。先に述べた「方言周圏論」では説明が出来ない。周囲を別言語の領域で囲まれているために、「方言周圏論」で言う文化の伝播から隔絶されている。分離が起きた当時の古いドイツ語が、長く保存されている他、ドイツ民謡の宝庫にもなっている。

現在のクロアチアの首都ザグレブ付近は、古来言語学者たちから注目されてきたドイツ語の言語孤島らしい。ベルリンの南東、ポーランド国境のコットブスは、周囲をドイツ語に囲まれたスラブ語の言語孤島として知られている。

さらに現在のチェコ共和国の首都プラハの南東180Kmにイフラヴァ(Jihlava)がある。この街は古くはイーグラウ(Iglau)と呼ばれていた。ここもまた本日話題の言語孤島として有名だ。周囲をボヘミア語またはモラヴィア語に囲まれたドイツ語の言語孤島だ。オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の政策により、ドイツ語圏のユダヤ人がイーグラウに集まったことによるものらしい。

1860年末、わずか生後5ヶ月のグスタフ・マーラーも、家族とともにイーグラウに移り住み、少年時代をこの街で過ごすことになる。

2011年9月17日 (土)

ゲルネ爺さん

ルイ・ピンクは、エルクの次、あるいは次の次の世代の民謡研究家だ。本業は牧師である。その著書「滅び行く調べ」の中で、民謡収集のフィールドワークの実態を紹介している。その中で彼は民謡が楽譜を伴った形で刊行されるようになったのは19世紀中葉だと述べ、それ以前は口頭伝承だったと指摘する。驚くほど多くの民謡が口伝されていたとも証言する。

ピンクが口伝の民謡を楽譜に書きとめる過程での出会いを生き生きと報告している。

現在フランス領のロートリンゲン地方でのことだ。1914年にピンクは一人の老人と出会う。彼の名が「ゲルネ爺さん」だ。当時84歳だから生まれは1830年ということになる。歩きながら口ずさんでいた歌がどうにも気になって自宅に招くと、昔そらんじている歌を数えたことがあり、273曲だったというではないか。ここからゲルネ爺さんへの聞き取り調査が始まった。

母や祖母から聞かされた歌に加え、近隣の若者同士で歌を教えあったという。何しろたんくさんの歌を覚えている者は英雄視されたらしい。「自分の歌う歌を相手が知っているか」「相手の歌う歌を自分が知っているか」で競ったという。飲み代を賭けての個人戦あるいは集落対抗の団体戦もあった。彼はこの手の歌バトルのことを歌合戦と称した。郷土と名人歌手の誇りを賭けたバトルだったと思われる。

ピンクは1918年までにゲルネ爺さんから164曲の民謡を聞きだした。もっと早く来れば、もっとたくさん覚えていたのにと嘆かれたという。

ブラームスと同時代を生きたゲルネ爺さんは1923年に93歳で亡くなった。

2011年9月16日 (金)

未刊の民謡たち

昨日の記事「民謡の手書き譜」で、ブラームスの民謡収集の実態を垣間見た。膨大な数の民謡を楽譜に書きとめながら、実際の出版にあたっては厳選した。だから刊行にこぎつけなかった作品の方がずっと多い。何とかそれらを聴くことが出来ないだろうかと考える。マッコークルには譜例が掲載されていないから、旋律を復元できない。

そこで一計を案じた。ミンダスだ。我が家にあるドイツ民謡のCDに収録されている作品のテキストの歌いだし部分を全てエクセルに入力した。その数452曲。このうちWoO31から38の番号つきで刊行されたもの124を除くと328曲になる。この328曲の歌い出しをアルファベット順にソートして、マッコークルの手書き民謡の歌い出しと比較することにした。

実はミンダスの作成を決意したのは、このマッチングをやりたい一心だった。やってみるものだ。以下の4曲がヒットした。歌い出しの部分を示す。

  1. Alles schweige! Jeder neige
  2. Annchen von Tharau(先頭のAはウムラウト)
  3. Es wollt ein Jaglein jagen
  4. Mein freund mocht sich wohl mehren

上記の2番はドイツ民謡業界では超名高い名曲。ローレライの作曲者で知られるジルヒャーによる付曲だが、私の好みではローレライよりこちらのほうがいい。

2011年9月15日 (木)

民謡の手書き譜

世界最高のブラームス本マッコークルの「ブラームス作品目録」は、民謡の部分についてもさすがに芸が細かい。WoO31から38に至る「ドイツ民謡集」がきっちりと掲載されているほかに、ブラームスが残した各国民謡の手書き譜が全て載っている。さすがに譜例は無いものの作品の歌い出しのアルファベット順でなんと240作品に及ぶ。

厳密に申せばモテットも含まれているが、民謡についてはブラームス編曲として刊行した作品の楽譜は30曲に過ぎない。民謡収集の範囲はドイツを中心に欧州諸国を網羅する感じだ。ドイツを除けばロシア、ポーランド、スウェーデン、ノルウェイ、デンマークなどが多い。フランスまであるのが微笑ましい。

筆写した年代も1850年代から1880年代までずっと続いている。ブラームスは欧州各地の民謡に触れ、これはと思う作品をせっせと書きとめたのだ。刊行にこぎつけた民謡はその精華、抽出物であると心得たい。さらに付け加えるなら、ブラームスの耳に触れた民謡の数は、ここに掲げられた数の数倍に及ぶと思う。

1894年になって、これらの譜面を整理する中から「49のドイツ民謡」を選び出したのだ。

2011年9月14日 (水)

方言周圏論

言葉は文化的な中心地から辺境に向かって伝播し、古い言葉ほど辺境に残るという論説。柳田國男先生の「蝸牛考」で論及された。いくつかの方言の分布が京都を中心とする同心円状に分布することから提唱された。異論もあるが、ほぼ民俗学上の原則として受け入れられている。

ドイツ民謡の研究書に、しばしば「民謡は国境地帯に集積する」と書かれていることと符合する。「ニーダーラント」「アルザス」「シュヴァーベン」「シレジア」「ロートリンゲン」「ボヘミア」などがドイツ民謡の宝庫とされている。これらには現在の国境に照らして見た場合、ドイツ領外も含んでいるが、当時のドイツ語圏の辺境と考えると納得がいく。ブラームスのテキストのいくつかがこれらの地域の民謡から採られている。

さてこの場合、同心円の中心はどこなのだろう。

ブランデンブルク地方についてのブラームスの見解がヒントになる。ブランデンブルク地方を民謡不毛と称している。古い民謡が残っていないことを示唆している。首都ベルリンを囲む地域は、申すまでもなくドイツ帝国の中心だから、昔の日本でいう「京の都」つまり「同心円の中心」と解し得る。しかしここは一度態度を保留する。エルベ川より東に位置する当地は、12世紀におこったゲルマン人のスラブ進出によって開かれた土地だ。こ こに地域の民謡が残っていないのは、そのせいという気もするからだ。

今一歩の考察が必要だ。

2011年9月13日 (火)

アルプホルンのファ

ドイツ民謡を調べていて興味深い情報をキャッチした。アルプス民謡に特異な音階は、第4音が半音高められているらしい。「C」を基準として4番目の音だ。通常のハ長調だと「F」なのだが、これにシャープが付与される。半音高められたこの「ファ」が、「アルペンホルンのファ」と呼ばれているという。アルプス地方の民族楽器アルペンホルンはバルブも指穴も無いから、出せるのは倍音だけだ。「C」を基準とすると下記の通りになる。

  •  2倍音 C
  •  3倍音 G
  •  4倍音 C
  •  5倍音 E
  •  6倍音 G
  •  7倍音 B
  •  8倍音 C
  •  9倍音 D
  • 10倍音 E
  • 11倍音 Fis
  • 12倍音 G
  • 13倍音 A
  • 14倍音 B
  • 15倍音 H
  • 16倍音 C

もちろん平均律との誤差は大なり小なり含まれるが、見ての通りここまでの倍音列に「F」音が出現しないことをもって、「アルプス音階」が説明されている。「C」から始めて「F」を「Fis」に置き換えた音階だ。あるいは「F」から白鍵だけをたどってオクターブ昇るとも言える。そうなるとそれは教会旋法のリディア調と一致してしまう。

ブラームスの第1交響曲第4楽章。歓喜の歌を導く「Piu Andante」は、クララ・シューマンの誕生日に贈ったアルプスの歌がズバリ引用される。30小節目のホルンだ。何の予備知識無しに聴いても、それとなくアルプスっぽい旋律だが、その5小節目の4拍目に「Fis」音が出現する。その場所チェロとコントラバスが深々と「C」を引き延ばしているから、何となく本日話題の「アルペンホルンのファ」のような気がしている。 

そしてそして、今日がクララの誕生日であるという毎度毎度の小細工。

2011年9月12日 (月)

文化祭のはしご

一昨日、昨日と娘たちの高校の文化祭に出かけた。

一昨日は長女。彼女の学校は県立高校の中では文化祭のノリが図抜けている。2日目の昨日は午前中に来場者が2000名を超えて安全対策として入場制限を実施し、外に300名が待つ事態となったらしい。一部では受験レースでの出遅れも心配されている。長女は3年生だから最後の「りんどう祭」だ。クラスの出し物は劇「Cat in the red boots」。夏休み前から準備は夏の暑い中もずっと続けられていた。長女は小道具と衣装係りとして小物の調達に明け暮れていた。祖母に教わりながらミシンかけに精を出していた。

初日の初回公演を観た。会場もプログラムも脚本もオリジナル。長女は小物調達の他にも、町娘役で踊りの出演まであった。予想以上の出来。高校生の気迫はものすごい。これが演劇部でも何でもない普通のクラス劇だということがすばらしい。そういえばこの夏我が家で仕上げたドレスやズボンがあちこちで活躍していた。主人公のネコの衣装は我が家で作ったものだ。家では滅多に見せないようなとびっきりの笑顔での町娘の踊りが何よりの収穫。思えば3年前の夏、中3で観た文化祭の迫力に圧倒されたことがこの学校を志望する強烈なモチベーションになった。これが学校の伝統なのだ。日常の教室が2日間だけ非日常の舞台となる。およそ60分の公演を2日間で7回こなすエネルギー。ステンドグラス、レンガ、プランター、衣装、大道具、小道具、全部手作り。精巧なプログラムだけは印刷屋さんにお願いしたらしい。そこで繰り広げられる阿吽のドラマ。クラスメートとの強力きわまる連帯。見事狙い通りの「りんどう大賞」に輝いた。いわば「最優秀出し物賞」だ。おめでとう。

そして昨日は次女の高校の文化祭に出かけた。もちろん目的はオケなのだが、席確保のために早く出かけ合唱団の演奏から聴いた。この演奏がまたすばらしかった。オランダ人作曲家によるコンクールの課題曲らしい曲、冒頭いきなりの見事なハモリで引き込まれた。筝曲部による琴とのジョイントもサプライズ。最後の八木節の切れ味も抜群。いかにもブラームスが喜びそうな31名の乙女による女声合唱だった。マジでブラームスを歌って欲しくなった。

いよいよオケ部の出番となって、早出の席確保が正解だったと判明。客が続々と押し寄せ、両脇の立ち見に加え通路まであふれんばかり。ハープやコンバスの後ろに補助いすまで登場。500名を楽々超える大入りだ。出し物は以下の通り。

  1. 歌劇「カルメン」より「闘牛士」
  2. ショスタコービッチ:交響曲第5番第4楽章
  3. カバレリアルスティカーナ「間奏曲」
  4. 「オーメンズ」
  5. ファリャ「三角帽子」から「終幕の踊り」

ここでのサプライズはキレッキレのショスタコ。いやいやすごい。個人練習を家で聴いていたが、全体として野心溢れる出来。一ヵ月後のコンクールを目指すようだ。チェロと金管楽器にもう一歩芯が通ればワンランク上に行ける。「闘牛士」はホンの小手調べ。ショスタコ一転のカヴァレリは、おそらく十八番だ。しっとり系は安心して聴いていられる本拠地のよう。ファリャが一ヶ月前よりうまくなっていて驚いた。より交通整理が進んだ感じ。

いつも感じることなのだが、受付、セッティング、進行の諸面において相変わらずキビキビで清涼感にあふれていた。空調の不調と大入りでの蒸し暑さを忘れさせてくれる。入場無料でこの水準の演奏だ。鈴なりの盛況もうなずける。娘の高校にこんな立派なオケがあって、親としてサポートできる幸せは何にも代えがたい。愛するオケを本拠地で聴く幸福。

次女はと申せばステージのほぼ中央、セカンドヴァイオリンの3プルト目裏で、キャピキャピと弾いていた。おそらくブラームスのご加護のおかげ。指揮者越しに次女と相対する場所だったから、次女が時折指揮者に投げる視線の鋭さがいやでも目に入る。加えてコンマスやパートリーダーにも視線を送る。ボウイングの躍動感には胸が熱くなる。時々見せてくれるシャープな譜めくりも秀逸。演奏後の柔和な笑顔との落差に陶酔した。

なんだか濃い2日間。親バカモードで「民謡特集」に無理やり割り込んで間もなく芸術の秋。

2011年9月11日 (日)

zersingen

手許の電子辞書に載っていた。歌われているうちに歌詞が替わって行くこと。早い話が「替え歌」なのだと思う。ところが民謡の研究書では違うニュアンスで載っている。「歌い崩し」だ。替え歌の語感に近い「歌い替え」は「umsingen」と標記されている。

子供ころを思い出す。音楽の授業で習った歌を面白可笑しく替える奴が必ずいた。元歌の言い回しの特徴を巧みに生かして、身近な出来事を題材に洒落てみる。この手の機転が利く奴が必ずいたものだ。音楽の時間には蚊の鳴くような声しか出ないのに、替え歌となると元気が出るというのもお決まりだった。差し替えられた歌詞は大抵、先生が顔をしかめるような内容だった。

「zersingen」と本質は一致する。以下の通りだ。

  1. 元歌のテキストや旋律の流れを巧みに利用する。
  2. テキストを身近な題材に置き換える。
  3. 語呂がいい。
  4. 優等生的な内容ではない。

あえて「歌い崩し」という訳を当てるだけのことはあるのだ。エルクは採集に成功した膨大な民謡を分類する。同一の旋律に別のテキストが付いているケースを集め、その差異を詳細に分析し、歌詞間の先後関係を明らかにして行った。「歌い崩し」を逆に辿って、元の形を丹念に比定したのだ。エルクはこの手の「歌い崩し」が起きることこそが民謡の証であると考えた。

エルクが民謡と厳密に区別した「民謡調歌曲」は、「歌い崩し」が起きない。19世紀の作曲家が初めから意図を持って作曲し、作曲家の眼鏡にかなった楽譜が刊行されるのだから当然だ。

民謡は伝播の過程で必ず「歌い崩し」が起きる。これこそ民謡の本質とする研究者も多い。時代により地域により、歌い手により変容する。その場の空気を巧みに取り込んだ替え歌を、とっさの機転で生み出せる能力こそが求められていた。

2011年9月10日 (土)

ブラームスの中のなでしこ

世界のサッカー界において今や「NADESHIKO」は翻訳不要でさえある。先の女子ワールドカップにおける日本代表の優勝にはそれほどのインパクトがあったという。

何故かドイツ民謡のCDにも頻繁に収録されるブラームスの子守唄の一番の歌詞を以下に示す。

Guten Abend,gut'Nacht

Mit Rosen bedacht,

Mit Nag'lein besteckt,

Schlumpf' unter die Deck':

Morgen fruh, wenn Gott will,

Wirst du wieder geweckt.

赤文字で示した言葉「Nag'lein」(aはウムラウト)を辞書で引いてみるがいい。これこそが「なでしこ」である。ブラームスの声楽作品のテキストで「なでしこ」はここ一箇所だけだ。サッカー女子ワールドカップ優勝のとき、記事にしようかと思ったが、「ハンブルク特集」の中ではいささか浮いてしまうので自重していた。民謡特集の中でならば違和感もないからチャンスを狙っていたら、思いのほか早くやってきた。

なでしこジャパンのロンドンオリンピック出場おめでとう。

2011年9月 9日 (金)

民謡収集の担い手

ドイツ民謡の収集活動の実態について調べていて興味深い事実に巡り会った。エルク以前に民謡の収集に携わったのは以下の面々だ。

  1. ヘルダー 
  2. ゲーテ
  3. ウーラント
  4. アルニム
  5. ブレンターノ
  6. グリム
  7. ファーラースレーベン

すぐに気付くのは全て詩人または文学者だということだ。これらの人々による民謡の収集は、なんとテキストだけに限られていた。民謡集と題されていながら楽譜が添付されていないと言うことだ。現代の民謡学の常識ではテキストと旋律が密接不可分とされているから少々意外な気がする。この現象は19世紀初頭までの民謡収集は、ロマン派文学運動の一環だったからと説明されている。

ブログ「ブラームスの辞書」でたびたび言及しているルートヴィッヒ・エルクは、民謡収集の現場に始めて足を踏み入れた音楽家だと位置づけてよい。エルクの功績はテキストと旋律を公平に扱ったという点にある。ブラームスが生きた時代はそういう時代だった。

2011年9月 8日 (木)

ミンダス

おかしな言葉だ。著書「ブラームスの辞書」は膨大な楽語データの下敷き無しには存在しえない。その下敷きデータが「ブラダス」だ。ドヴォルザークにもベートーヴェンにも同様のデータがあり、それぞれ「ベトダス」「ドボダス」と名付けている。コミック「のだめカンタービレ」のデータは「ノダダス」である。

その論法から言うと「ミンダス」は「民ダス」であり、ドイツ民謡の基礎データになっている。このところドイツ民謡に触れる機会が多く、CDや楽譜や解説本に出現する民謡のデータをエクセルで管理し始めた。

  1. 冒頭の歌い出し
  2. ブラームスの関与
  3. 我が家のCDへの収録
  4. 楽譜の有無
  5. 通称
  6. 作曲者

これらをキチンと整理しておかないと、解説本を読んだ際の脳味噌の反応が1手遅れる。ドイツ民謡のCDを購入した際、そこに収録されている作品について、ブラームスが関与しているかについては、一瞬で判るようになった。民謡だから調性を詳細に集計することにさほどの重要性はない。短調と長調かが判ればよい。

2011年9月 7日 (水)

民謡の採譜とは

民謡学の巨星エルクは、おびただしい数の手稿譜を残した。2万数千ページが44巻に分かれて現在に伝えられている。一つ一つの歌には、旋律とテキストの他に、採集地つまり歌われていた地方、歌っていた人の素性が付与されているという。この膨大な資料を基礎に据え、テキストや旋律を独自の方法で分類体系化して、各々の歌の始原の姿を特定してそれらのみを刊行したということだ。

エルクにとってピアノ伴奏は論外だった。ピアノ伴奏がある時点でそれは既に始原の姿ではないと断じた。記載はほぼ旋律とテキストだけだった。ピアノ伴奏はおろか和声付けもされていない。

一方ブラームスもおびただしい民謡の手稿譜を残した。マッコークルにその明細が記載されているが、写真は載っていないので、採譜の詳細は判らない。

そもそも民謡の採譜には自己矛盾の香りが漂っている。民謡は口頭による伝承だ。楽譜の形で伝えられている訳ではない。芸術歌曲の記譜システムへの転写自体が、エルクの嫌う改竄とも映る。採譜の結果を楽譜に落とすとき、調や拍子はどう決定するのか、あるいはテンポの指示はどうするのか。それらは、民謡の口伝において特定されてはいない。採譜ましてや刊行ともなれば楽譜への転写の段階で編集者のセンスに委ねられる部分は少なくない。エルクはその操作が必要最小限であることをいつも求めていた。

実はエルクが最小限であれと欲したその部分にこそブラームスの個性が宿るのだ。調、拍子の決定、テキストの割付、休符の配分、アーティキュレーションの付与は必須だ。さらにブラームスは豊かな和声を施す。ここまではアカペラの合唱曲であっても不可欠だ。さらに独唱用となればピアノ伴奏パートもひねり出さねばならない。

口伝する民謡を採譜刊行するには避けがたい矛盾が横たわる。その矛盾の処理方法こそがブラームスとエルクの見解の相違の源泉だと思われる。

2011年9月 6日 (火)

年頃

本日次女16歳。「セレナーデ2寿」

年頃とは良く言ったものだ。ここ最近亡き妻と私がつきあっていた頃のことを話すと、お姉ちゃんと一緒に興味深そうにしている。頻繁に話題にする訳ではないが、やりとりの中身から判断すると2人とも最早子供とは言えない。その点では長男が一番無邪気だ。

16歳女子と言えばそういうものだ。

シューマン夫妻の長女マリエが、父ロベルトを失ったのが15歳の時だった。ライン川への投身が13歳の頃だから、年頃にさしかかる多感な時期に父の最期の日々が重なる。ロベルトの投身とともに駆けつけて一身を投げ打って一家を支えたブラームスは、マリエの目にどう映っていたのだろう。

娘たちの感覚の鋭さを見るにつけ、思うことがある。ブラームスが抱いていたクララへの思いが、事実上マリーに筒抜けだったのではあるまいか。皮肉にもロベルト・シューマンの死をもって一段落することになるこの思いが、日夜一緒に過ごしたマリーに伝わらぬハズがない。あるいは次女のエリーゼでさえ気付いていたかもしれない。

2011年9月 5日 (月)

Volkstumliches Lied

8月28日の記事「擬似民謡集」を書いてから気になっていた。「疑似民謡」はどのようなドイツ語の訳語なのだろう。本日のお題「Volkstumliches Lied」がどうやら怪しい。本によっては「民謡調歌曲」と書かれている。

「広義の民謡」には入って来るが「狭義の民謡」には入ってこないというグレーゾーンだ。民謡集のCDに「ローレライ」「菩提樹」「野バラ」「ブラームスの子守歌」が入っていたらそれはすなわち「広義の民謡」だ。

1830年代の中頃から使われ始め、言葉としての普及にはファーラースレーベンの功績大であった。ブラームスの歌曲のいくつかはまさに「Volkstumliches Lied」と呼ばれ得るものだと思う。

エルクはこれらの民謡調歌曲を忌避したが、その弟子ベーメは「近い将来民謡調歌曲が、民謡にとって変わるだろう」という見解を示している。

2011年9月 4日 (日)

歌曲の中の茶摘み

昨日の記事「茶摘み」の中で「ソドレミ」で歌い出される民謡は民謡全体の22%に達すると述べた。「ソ」と「ド」の間で小節線を跨ぐとも書いた。本日はそれをブラームスの歌曲と比較する。

ブラームスの作品番号付きの独唱歌曲全204曲のうち茶摘型「ソドレミ」で立ち上がるのは下記の通りだ。

  1. 「小夜鳥は翼を動かして」op6-6 5,123 変イ長調 「ソ→ド」が5度下降だ。
  2. 「窓の外で」op14-1 5,123 ト短調
  3. 「口づけ」op19-1 5,123 変ロ長調
  4. 「僕のそばを流れ去った河」op32-4 5,123 嬰ハ短調 「ソ→ド」が5度下降だ。
  5. 「げに敵には弓矢を」op33-2 5,123 ハ短調 
  6. 「領主ファン・フォルケンシュタインの歌」op43-4 「ソ→ド」が5度下降だ。
  7. 「日曜日」op47-3 512,3 ヘ長調
  8. 「おお来たれ心地よい夏の午後よ」op58-4 5,123 嬰ヘ長調
  9. 「不惑にて」op94-1 5,123 ロ短調 「ソ→ド」が5度下降だ。
  10. 「あそこの牧場に」op97-4 5,123 ニ長調
  11. 「セレナーデ」op106-1 5,123 ト長調

204曲のうち11曲5.4%だ。明らかに民謡よりも頻度が落ちる。「ソ」と「ド」の間に小節線を跨ぐケースが圧倒的に多いことは民謡と同じだ。特徴的なのは「ソ→ド」が5度下降というケースが4例存在することだ。民謡ではゼロだったから目立つ。歌い出しにおいて旋律線が5度下降することは「非民謡」の証拠になるかもしれない。

2011年9月 3日 (土)

茶摘み

文部省唱歌「茶摘み」は「夏も近づく八十八夜」と歌い出される。冒頭を移動ドで読むと「ソドレミ」になる。どうもこの「ソドレミ」はドイツ民謡の歌い出しに多い。つまり旋律の類型化における形質の一つとして採用し得るのではないかと感じている。

WoO31、WoO32、WoO33の民謡集に収められた作品76曲の中で「茶摘み型」で立ち上がる作品を抽出してみた。スペースを節約するために略号を用いる。「3104」は「WoO31-4」のことである。

  1. 3104 5,123 Gdur 4/4 Andante 「砂の精」で名高い。
  2. 3112 5,123 Gdur 6/8 Con moto
  3. 3204  5,123  Gmoll  2/4 
  4. 3220  5,123  Edur  2/4  Lebhaft und mit Laube
  5. 3222  5,123  Amoll Ruhig und erzahlend
  6. 3308  5,123  Gdur 3/4  Mit guter Laune
  7. 3314  5,123  Amoll 2/4  Ruhig und erzahlend
  8. 3324  5,123  Gdur 4/4  Massig bewegt und Ausdrucksvoll
  9. 3331  5,123  Gmoll 2/4  Zierlich und lebhaft
  10. 3333  5,123  Edur 2/4  Lebhaft und mit Laune
  11. 3334  5,123  Amoll 4/4  Lebhaft 
  12. 3335  512,3  Adur 3/4  Gehend und mit herzlichem Ausdruck
  13. 3336  5,123  Amoll 4/4 Lebhaft,doch nicht zu rasch
  14. 3338  5,123  Amoll  2/4  Nicht zu langsam, erregt
  15. 3340  5,123  Amoll 6/8  Unruhig bewegt und heimlich
  16. 3343  5,123  Fdur 4/4  Andante
  17. 3349  5,123  Amoll  2/4 Andante

76曲中17曲22%が「茶摘型」だ。4ケタの曲名略号の次をご注目いただきたい。「5,123」とある。これは茶摘音形「ソドレミ」のうちどこで小節線を跨ぐかというデータだ。カンマの位置が小節線を現している。17例の中で12番WoO33-35だけが「レ」と「ミ」の間に小節線を跨ぐ以外は、皆「ソ」と「ド」の間だ。

民謡の場合楽譜上の形質を必要以上に重視してはならない。伝承中は口伝えだ。楽譜で伝承されているわけではない。それが採譜を経て印刷譜として刊行される段になって初めて楽譜に落とされる。調も拍子も発想用語もその段階で決するのだ。それに比べると「ソドレミ」のような音のパターンにはより深い積極的な意味があると思われる。

2011年9月 2日 (金)

ある形質

エルクが旋律の類型化のためにどのような特徴に目を付けたかの全貌は、エルンスト・シャーデ先生の著書「近代ドイツ民謡学の展開」の中でも明らかになっていない。しかしエルクの業績もさることながら、それを綿密に研究したシャーデ先生の論文も凄い。

ときどきもの凄いことをシレっと断言するから油断できない。

エルクは民謡の始原的な姿を尊重する立場だったことは既に何度も述べてきた。19世紀になってからの民謡然とした歌を断固排除したのだ。それを判定するツールとしていくつかが断片的に言及されている。ひとつはピアノ伴奏だ。ピアノ伴奏が存在すること自体既に論外という解りやすさだ。芸術作品としての価値とは全く別だ。ピアノ伴奏パートの出来がどれほど優れていても排除のフラグになる。

他にもある。旋律の進行に7度跳躍が現れたらアウトというものだ。上行にしろ下降にしろ7度の跳躍というメロディーラインは始原的な民謡には現れないとエルクは断言している。

旋律の進行という意味ではもっと興味深いのは、「導音に到達する6度の下降」を19世紀的と断じている。これが現れたらアウトだという。つまり「7度の跳躍」と「導音に到達する6度の下降」という形質が、判定のツールになっているということだ。きっとこのような目安がエルクの中には山ほど蓄積していたに違いない。

ところで私は「導音に到達する6度の下降」と聴いて脳味噌が酸っぱくなる。すぐに思いつくのは「いかにおわすか我が女王」op32-9だ。作品の末尾に「導音に到達する6度の下降」が見られる。「4つの厳粛な歌」の4曲目の結尾にも同様の進行が現れる。何のかんのと申してもその進行はブラームスっぽいのだ。

2011年9月 1日 (木)

メンデルの法則

グレゴール・ヨハン・メンデル(1822年生まれオーストリアの植物学者、聖職者)によって発見された遺伝に関する3つの法則の総称。1865年に発表された。現在ではメンデルの法則に合わないケースも多数知られているが、メンデルの功績自体は色あせていない。遺伝学はメンデルの法則に合わないケースを説明するためのおびただしい研究を通して発展したとも言われている。ブラームスやドヴォルザークと生きた時代が重なっている。メンデルがどちらかと面識があればブログ運営的には万々歳だが、そうも行かない。

メンデルが遺伝の実験に用いたのはエンドウ豆だ。以下の7つの形質に注目して、その形質を持つ種の純系を2年かけて育成するところから始めたという。

  1. 種子の形 丸とシワ
  2. 種子の色 黄色と緑
  3. 背丈 高いと低い
  4. 花の色 白と紫
  5. さやの形 ふくれとくびれ
  6. さやの色 黄色と緑
  7. 着花の位置 葉の付け根と茎の頂上

この形質の選び方が神業だったと指摘する向きは少なくない。エンドウ豆の遺伝子は2n=14だから7つの遺伝子がある。上記7つの形質はそれぞれ別の遺伝子上に存在するのだ。おそらくメンデルはそれを知っていたと言われている。偶然にしては明らかに出来すぎだ。

昨日の記事「旋律の類型化」を思い出して欲しい。民謡の始原的な形を追究するためのツールとしてエルクは、メロディーラインの中のいくつかの特色を用いて複数の民謡間の先後を判定していた。メンデルが神業的に7つの形質を選んだように、エルクも長年の経験から適切な特徴を選んでいたと思われる。

ブラームスでやってみたい。 

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