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2011年10月31日 (月)

Aのウムラウト

ウムラウトは変母音と呼ばれている。ドイツ語学習の初期において、発音面での関門を形成している感じである。「a」「u」「o」の上に点が2つ横並びで付与される。本日のお題「Aのウムラウト」は、この3つの中ではマシなほう。何も考えずに「e」(え)だと思っていればいい。

ウムラウトが付与された大文字のAが何だか気に入っている。天使みたいな感じがする。「A」の上に並んで置かれた点が天使の輪っかに見える。エンゼルの「A」でもあり、MLBカリフォルニアエンゼルスのロゴとソックリだ。

ブラームスの歌曲では、唯一「Aウムラウト」で始まるのが「エーオルスのハープに寄せて」である。

そして先般話題にした民謡「ターラウのエンヒェン」は「Annchen von Tharau」で、先頭の「A」がウムラウトだ。このエンヒェンは女性の名前、ターラウは地名だ。男性の側から恋人を思う歌だ。彼にとってきっと天使のような女性なのだと思う。

ブラームスがこの作品を書き留めたことは確実だが、テキストが記載されるだけだから、旋律は不明だ。興味もない作品をわざわざ筆写したりはしないだろう。作品の美しさを考えるとそう考えたくなる。

悩みが一つ。ドイツの地図をいくら探してもターラウ(Tharau)が見つからないことだ。

2011年10月30日 (日)

ジンクフォニカー

10月11日の記事「別れの歌」でお気に入りの作品について書いた。すっかり気に入ったのだがCDはなかなか出ていない。それを探していてお宝を発見した。

SingphonikerというヴォーカルグループのCDだ。男性ばかり6名のアンサンブルだ。ジンクフォニカーと読むのだろうが、シンフォニカーに引っかけているのは明らか。アルバムタイトルは「Deutsche Volkslieder」という。全31曲の中にブラームスが11曲、ジルヒャーが12曲、レーガーが8曲という具合に棲み分けている。男声六重唱用の作品は無いから少々の手が加えられている。男声六重唱とはいえ、テノールが柔らかでピュアな感じなので、重たくなっていないという印象だ。

この中にお目当ての「別れの歌」(Abschiedslied)があった。

この時点でテンションがかなり高まる。ブラームスは「別れの歌」を独唱と合唱のバージョンで残している。このうちの合唱は混声合唱用だ。つまり男声六重唱はとても珍しいのだ。ますます気に入った。

2011年10月29日 (土)

気ままな生活

某ブログのタイトル。管理人さんは「ブラームスの辞書」op69の所有者でもある。彼女の(そう女性である)ブログが昨日10月28日の記事で「ブラームスの辞書」に言及してくれた。→こちら

彼女がブログ「ブラームスの辞書」から暖かい引用をしてくれていることには気づいていた。彼女のブログを経由した訪問者をかなり見かけたからだ。彼女のブログ「気ままな生活」は、クラシック音楽の書物やCDについてのクリアな論評を主成分としている。ご自身もピアノを弾かれる上に、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスがお好きだと公言しておられるのだが、取り扱う作曲家は大変に多い。ほぼブラームスのみという私との大きな違いだ。話題となる演奏家も多岐に亘るのだが、お好みの演奏家がかなりはっきりしているのが爽快でさえある。結果として、膨大な量のCD評・書評が堆積した状態になっている。きっとそのせいで固定読者も多いと見えて訪問者カウンターの数字が上がるのが早いこと早いこと。

そういう流れの中で、我が子同然の「ブラームスの辞書」が大真面目に取り上げられている。「ブラームスの辞書」がはじめて書評で取り上げられたかのような気恥ずかしさが先に立つ。

ブログで記事を紹介することをご承諾いただいたので、感謝をこめてサクサクと記事にする。つまり嬉しいということだ。

ありがとうございました。

2011年10月28日 (金)

目覚めておくれ

「Wach auf」というタイトルの民謡。下記の通り5種類のバージョンが伝えられている。

  1. WoO32-14 独唱とピアノ伴奏
  2. WoO33-16 独唱とピアノ伴奏
  3. WoO35-2 アカペラの混声四部合唱
  4. WoO35-7 アカペラの混声四部合唱
  5. WoO37-16 アカペラの女声三部合唱

5種類という数はドイツ民謡中最大値だ。このうちブラームス生前の出版は上記の2だけ。集大成であるところの「49のドイツ民謡集」WoO33に採用されているから、上記2の独唱版を最終形と解することが出来るが、アカペラも捨てがたい。とくに上記の3と4は興味深い。WoO35という一くくりの中、2番と7番に同じ旋律が現れるのだ。より動きの少ない2番に対して、7番は各声部の動きが凝っている。

4分の2拍子で、一陣の風がさっと駆け抜けるような曲調。ブラームスが5回もかまっているだけのことはある。

 

2011年10月27日 (木)

ムシデン

「muss i den」と歌い出されるドイツ民謡である。「さらば、さらば我が友。しばしの別れぞ今は」という訳詞で中学校の頃習った覚えがある。たしか「別れの歌」という題だったが、何故かとても気に入っていた。「ローレライ」に匹敵する知名度と申しても過言ではない。別れといっても嫋々の短調ではない。カラリと格調高い長調がかえって心に沁みる。

この歌もまた「別れの歌」の系譜上にある。訳あって旅立たねばならない事情が踏まえられている。

元はシュヴァーベン地方の民謡らしい。今はドイツを代表する位置づけになっている。ブラームスの故郷ハンブルクは港町。客船が岸壁を離れるとき、きまってこの「ムシデン」が演奏されたという。

2011年10月26日 (水)

キングズシンガーズ

1968年に結成された英国のアカペラグループ。大きなショップに行くと彼らのコーナーが置かれていることもある人気者だ。我が家に彼らのCDがあった。「15のドイツ民謡」というタイトルだ。いつ入手したのか不明だ。最近の民謡補正がかかった脳味噌にはお宝だ。1979年の録音で、何にしろ楽しい。シューベルトの「鱒」をピアノパートもろともとりいれたアレンジで歌っているのがご機嫌だ。ドイツ民謡の有名どころを堅実に押さえた選曲だ。さらに絶唱「二人の王子」がここだけの編曲で収められている。3コーラス目オブリガートが2拍遅れて追いかける絶妙のアレンジに息を呑む。

ブラームス自身の編曲が5通り伝えられている「目覚めよ美しい人よ」がこれまた絶妙の編曲で収録されている。ブラームス以外の編曲で聴くのは初めてだ。至宝「All mein Gedanken」もシンプルで美しい。

2011年10月25日 (火)

夜汽車

小学校で習ったのだと思う。「いつもいつも通る夜汽車」と始まる歌だ。これがれっきとしたドイツ民謡だとわかった。テキストは1778年にヘルダーが編んだ民謡集に採録されている。最近CDを入手して聴いていた。じっくりテキストを読んでいて驚いた。

10月24日の記事「鳥になれたら」で言及したロベルト・シューマンの「Wenn ich ein Voglein war」と同じテキストだった。もちろんシューマンはヘルダーの民謡集からテキストを選んで独自に曲を付けたのだ。

旋律として有名なのは「夜汽車」の方らしい。

2011年10月24日 (月)

鳥になれたら

10月22日の記事「WoO38出版の経緯」で、私が先頃買い求めた合唱曲集の楽譜中、「Wenn ich ein Voglein war」が、ロベルト・シューマンの作品を編曲したものであると書いた。「3つの二重唱曲」op43-1だ。

何と、この原曲のCDが既に我が家にあった。2009年11月14日「歴史的視点」で話題にしたそのCDだ。ドヴォルザークのモラヴィア二重唱曲がメインだが、その前にメンデルスゾーン、シューマン、ブラームスの二重唱曲が置かれている。このうちのシューマンの中に「Wenn ich ein Voglein war」があったのだ。

元々ブラームスの二重唱狙いで入手したCDだが、モラヴィア二重唱のドイツ語版が入っていたり、キリリキビキビでありながら可憐な歌いっぷりに打ちのめされていたところだ。

我が家にはシューマンの原曲の楽譜が無いので、ブラームスによる女声合唱版を見ながら聴いてみた。ブラームスがオリジナルの2声部に、第3の声部としてアルトのパートを加えたこという認識で概ね当たっていると思うが、微妙な業が駆使されていそうな気もする。楽譜を比べたら面白そうだ。

ロマン派諸先輩の二重唱曲数ある中で、何故この曲を取り上げたか真意が判るような気がする。

2011年10月23日 (日)

最強のセレナーデ

まず2006年12月2日の記事「セレナーデの最終進化形」をご覧頂く。

  1. 管弦楽のためのセレナーデ第一番op11ニ長調
  2. 管弦楽のためのセレナーデ第二番op16イ長調
  3. 「セレナーデ」op58-8 イ短調
  4. 「セレナーデ」op70-3 ロ長調
  5. 「甲斐なきセレナーデ」op84-4 イ長調
  6. 「セレナーデ」op106-1 ト長調

これを元にセレナーデを分類した。

  • Ⅰ型 高貴な人の傍らで、演奏することが目的。主に器楽。上記1番と2番。
  • Ⅱ型 高貴な人が大切な人に転じる。すなわち恋人の窓辺型だ。男性がお目当ての女性に呼びかける言葉がそのままテキストになっている歌だ。上記3番と4番。
  • Ⅲ型 家を訪れた男と、女の対話がテキストになっている。上記5番。
  • Ⅳ型 Ⅱ型ないしはⅢ型のセレナーデが歌われる情景の描写。上記6番。

民謡「Erlaube mir」WoO33-2は「許しておくれ」と邦訳される佳品だ。テキストをよく調べると、実質的なセレナーデだと感じる。上記分類に従えばⅡ型の変形だ。

「私があなたの庭に入ることを許してくれ」と歌われる。部屋ではなく庭に入りたいというのだ。男はまだ女の居る窓辺にたどり着いていない。敷地の外にいて呼びかけているのだ。だから窓辺にたどりついてさえいないということで、段階としては上記Ⅰ型とⅡ型の中間に位置すると解される。

そして庭に入る目的については、「バラ」だと言っている。「庭のバラが美しいから、庭に入れてくれ」と訴えている。「あまりに美しいからそのバラを手折りたい」とも言う。4行2連計8行のテキストのラストで、「庭の主のあなたが実は気になっている」と打ち明けるのだ。「バラを手折る」が「あなたが好き」という口説きの暗喩。実際には暗喩というよりもっとストレートな求婚。

テキストだけを予備知識無く読めば、「何と手の込んだ言い回しだ」とか「白々しい」とか感じる人も多かろう。単刀直入にがっついたセレナーデに慣れてしまっているから、腰が引けていると感じてしまうのも無理はない。

このテキストに添えられた旋律の格調が、それら全てを覆い隠している。この男のキャラまで想像させる。私がもし年頃の娘だったら、この歌を歌った男に決めると思う。そこまで計算ずくで歌われるなら騙されてみるのも一興かと感じる。この男なら一生騙してくれるかもしれないと。

セレナーデとは一切明記されないが、私には最強のセレナーデに映る。

2011年10月22日 (土)

WoO38出版の経緯

昨日の記事「えらいこっちゃ」でブラームスの「20の民謡集」WoO38の20曲を含む27曲の民謡集の楽譜を入手したとはしゃいだ。

このほどその周辺の経緯が判明した。何のことは無い。マッコークルにちゃんと書いてあった。1968年米国で27曲の民謡集が刊行された。もちろんブラームス作編曲とされていた。その時点で未出版の作品を含む話題の楽譜だった。未出版作品がブラームスの真作と認められて新たにWoO38という作品番号が与えられたということだった。昨日の記事で「WoO38の20曲と完全に一致する」と書いたが、当たり前である。

ブラームスの作品番号にWoO38を付け加えさせることになった衝撃の発見だったのだ。当時8歳だった私は何も知らなかった。無理も無い。

ハンブルク女声合唱団のメンバーが持ち帰っていた楽譜に由来する正真正銘の真作だ。曲集のうちの既に知られていた作品には、作品番号が付与されて既に流布されている独唱歌曲の女声合唱版を3曲も含むお宝だ。作品成立の過程を知るための貴重な異版である。

そして全体の27番目に、お茶目なサプライズが用意されていた。「Wenn ich ein Voglein war」は、マッコークルに記載が無いと昨日書いた。いくら索引を探しても発見できなかった。それもそのはずこの作品はロベルト・シューマンの「3つの2声部の歌」の1曲目をブラームスが編曲したものだった。

2011年10月21日 (金)

えらいこっちゃ

心をこめて民謡特集をしていると、よいこともある。

話は2009年7月15日「オックスフォード大学出版部」に遡る。その記事の末尾で女声合唱のための民謡、WoO36、WoO37、WoO38のCDも楽譜も手に入らぬと嘆いた。

行きつけの楽譜ショップをのぞいていたら、ドイツ民謡集の集まる棚に見慣れぬ楽譜があった。熊が優しいベーレンライターだ。手に取ってみると「Frauenchor」の文字。目次には27曲が記載されている。WoO36、WoO37、WoO38の文字は見られない。英語の序文を読むとハンブルク女声合唱団の名前が書いてある。

1620円というまずまずのお値段だ。これを買わずに我慢する堪え性は持ち合わせていない。転がるように帰宅して、マッコークルの譜例と照らし合わせる。

27曲の素性が明らかになる。

このうち20曲はWoO38と完全に重なる。残り7曲のうちにWoO36-2「Minnelied」とWoO36-7「Spannung」があった。それでも残ったのは以下の5曲。

  1. Der Gang zur Liebchen op48-1
  2. Sehnsucht op14-3
  3. Sontag op47-3
  4. Mit Lust tat ich ausreiten WoO34-2
  5. Wenn ich ein Voglein war

えらいことになった。上記の3はop47-3で名高い「日曜日(Sontag)」の女声合唱版だ。同じく上記1はop48-1の女声合唱版だ。つまり最初の4曲はブラームスの独唱歌曲の女声合唱版だったのだ。上記5は難儀だ。マッコークルにも記載が無い。

よくよく序文を読む。1859年から61年までブラームスが指導したハンブルク女声合唱団のメンバーが、練習で持ち帰った楽譜を後生大事に保存した。米国に渡った子孫の遺品として発見されたものだった。

これでCDが手に入らぬというのは、拷問に近い。

2011年10月20日 (木)

民謡の中の職業

8月27日の記事「民謡の分類」で、エルク&ベーメの「歌の宝」における民謡の分類を列挙した。その中で「愛の歌」に告ぐ曲数を誇ったのが職業の歌だ。労働歌と申し上げていい。19世紀ドイツのさまざまな職業が歌われている。本日はドイツ民謡に登場する職業をアルファベット順に列挙する。歌詞に直接出現する名称に加え、歌詞には登場しなくても明らかにその職業を描写しているケースも取り上げた。

  1. Baker パン屋
  2. Bauer 農夫
  3. Brauer 醸造屋
  4. Buchbinder 製本屋 こういう苗字のチェリストがいたような。
  5. Bergmann 鉱夫
  6. Dachdecker 屋根葺き 
  7. Drechsler 旋盤工 NBAの選手にいた。
  8. Drogist 薬種屋
  9. Elektriker 電気工
  10. Fischer 漁師 こういう名のピアニストがいたような。
  11. Gartner 庭師
  12. Goldschmid 金細工師
  13. Kaufmann 商人 
  14. Maler 塗装工 作曲家マーラーはMahlerで「h」が多いが。
  15. Maurer 左官 MLB最強の捕手。
  16. Mechaniker 機械工
  17. Megger 屠殺人
  18. Musiker 楽師
  19. Sattler 馬具士
  20. Schmied 鍛冶屋 英語圏ではおそらくスミスになるハズ。
  21. Schneider 仕立屋 オランダのサッカー選手にいたような。
  22. Schreiner 指物師
  23. Schrosser 錠前屋
  24. Schuster 靴屋
  25. Seiler 縄ない人
  26. Spengler ブリキ職人
  27. Steinmetz 石工
  28. Topfer 陶工
  29. Uhrmader 時計屋
  30. Verlehr 御者
  31. Wagner 車輪作り ご存知の作曲家がいるでしょう。
  32. Weber 機織人 ここにもまた作曲家がいる。
  33. Winzer 葡萄摘み人
  34. Zimmermann 大工 名高いピアニストがおります。
  35. Zinngiesser 錫職人

職業名はとかく苗字になり易いという。 

2011年10月19日 (水)

原因分析

2011年10月16日の記事「全国学校合奏コンクール」で、次女の参加したコンクール県予選について書いた。本日はその中身だ。高校の部の参加校は8校。うちブラスバンドが2校、弦楽合奏が1校あった。残り5校がオケで参加。中学の部から言及すると大変なのでオケで参加の高校だけ出演順に列挙する。学校名は仮称だ。

  1. 県立ホルスト高校「組曲惑星より木星」 (金賞)キビッキビの木星。冒頭のきらきらした弦でいきなり引き込まれた。同校初の金賞受賞だとも聞く。おめでとう。
  2. 県立ヴェルディ高校「シチリア島の夕べの祈り」 (銀賞)期待していたのに残念な結果。実を言うと金賞の県立ホルスト高校との決定的な差を現場で聞き取ることは出来なかった。思い当たる節といえば中学校の部で同じ曲を演奏した学校があり、そことの明確な差を示せなかったこと、あるいは見せ場のチェロの色艶不足かも。曲がかぶるときついです。でもね「銀」は「金より良い」と書くのです。
  3. 私立ベトヴェン学院「ベト7第4楽章」 (銅賞) 「いやあベートーヴェンは難しいッス」これをコンクールに持って来る意欲は素晴らしい。とにかくヴァイオリンがもっと鳴らないと苦しいかも。この超有名なキレッキレのフィナーレを独立してポッコリ取り上げて、短い時間にアピールしようと思ったらとんでもなく骨が折れる。でもね「銅」は「金と同じ」と書くのです。
  4. 県立ショスタ高校「ショスタコーヴィチ第5交響曲第4楽章」 (金賞)次女のオケ。意表をつく選曲。たしかにここで大学祝典序曲とかやっても埋没しそうな雰囲気。とかなんとか考える暇を与えぬかのように冒頭からグイグイと聴衆を引き込む。松脂の煙たなびくすさまじい気迫。「速めのテンポ」どころじゃなく、最後まで持つのか的なぶっちぎるばかりの前半。県代表の座を奪うためには「革命」が必要だとの決意と見た。静謐なハープのアルペジオを合図に始まる終結部、このまま時間が止まってほしいと思った。クライマックスへの長い長い坂道を上り詰め、仲間の思い全てを引き受ける決意をこめたティンパニに何かが降り立った。メンバーが舞台袖に引き上げ始め、次に弾くストラヴィン高校の生徒が入場を始めてもなお、鳴り止まない拍手。51歳にして聞かされた人生最高のショスタコ。
  5. 県立ストラヴィン高校「火の鳥」 (金賞) 「革命」の挑戦を真正面から受けて立つ「火の鳥」だった。息を呑むばかりのソロ群。「革命」の気迫を受け流すかのような圧倒的な余裕度。あるいは「革命」を高みの見物としゃれ込む「火の鳥」。あのショスタコの後に素知らぬ顔で余裕の火の鳥とは王者の底力か。

金賞の中から選ばれる県代表は県立ストラヴィン高校に決定。次女のショスタ高校は2位の評価。発表と同時に歓声とため息。応援にかけつけた3年生は涙一部号泣で、親たちは明らかに落胆。次女にとっては音楽生活で初めて獲った金賞。「声を出して喜ぼうと思ったら、周りは全然喜んでいなかった」とポツリ。「金賞当然、代表狙い」は明らかだったがみな気丈に振舞う。「結果を真摯に受け止め次につなげよう」と訓示する顧問の先生。解散後その場でパート毎の話し合いがあちこちで始まる。3年生に慰められて初めて涙を見せる子も。小一時間たっても終わる雰囲気も無い。

親たちは9月の文化祭コンサートのショスタコの出来を知っている。金管や木管のソロがたった1ヶ月でどれほど上達したか身にしみている。だから情が移る。初心者で4月に入った子が弦楽器には何人も混じっている。たった半年でショスタコを弾くこと自体大変なことだとわかっている。けれどもコンクールの審査では考慮されない。本番で示せた演奏の出来だけが審査の対象だ。つまりその程度の努力はどの学校もしているのだ。

ここ最近ずっとストラヴィン高校の後塵を拝する結果が続いているのだが、ショスタ高校は毎年腐ることなく一定水準を以上の演奏を持ち込んでくる。けれども超えられない壁。親の欲目を無理やり封印して原因を分析する。

「楽譜通りに弾けること」をゴールにするかスタートにするかの差。「楽譜通り弾けること」をゴールとせずスタートにしていた子の数で、もしかすると負けていたかもしれない。断じて努力の質や量のことではない。作曲家が楽譜に遺したことを全て吸収しきった上で、さらに付加価値を上乗せする厚みの差。「革命」もかくやと思わせる気概を示してくれたショスタ高校の生徒には酷だが、超えるべき壁として今後意識し続けるべきだ。無理やり見つけた差。親として自分に言い聞かせるための差でもある。敗因と呼ぶにはあまりに切ない微妙な差。

火の鳥の厄介なファゴットのソロを軽々吹きこなす生徒がいた。音色までストラヴィンスキーの音色。彼はきっとブラームスを吹いたらブラームスの音色で吹くのだろう。その彼を囲む周りの仲間は、「うちのファゴット聞いてやって」というプライドにあふれた演奏。そこかしこの難儀なソロがみなそういうノリ。次女は、めぐり合わせ次第で、こちらで「火の鳥」を弾いていたかもしれなかったという奇縁。おめでとうストラヴィン高校。あなたがたを県代表にいただくことを誇りに思います。

でも私は断言する。ショスタ高校のオケを愛する。次女の居るオケとしてではない。慈しむべき「おらがオケ」として見守り続ける決意とこのたびの原因分析はセットになっている。あと何回かあのショスタコが聴ける。次回以降はおそらくノーカット版が楽しめる。下を向いている暇はない。

あの感動を何とか言葉でと苦悶した結果の残渣。けれどもこれを書かずに何がブログかと思い詰め、お叱り覚悟の言及。

2011年10月18日 (火)

Instrumentenquodlibet

ドイツ語はとかく単語の綴りが長くなる。英語ならばスペースを挿入して別単語にしそうな場面でも、かたくなに連結を好む。本日のタイトルもそうだ。「Instrumeten Quodlibet」とするだけで数段スッキリするのだが。

昨日話題にした「Quodlibet」(混成曲)だ。ドイツ民謡を調べていたら思わぬお宝があった。本日のお題はその民謡のタイトルだ。大学オーケストラで小中学校を訪問して演奏を披露することがあった。そのとき楽器紹介をする。これがなかなか受けがよろしくコンサートの呼び物になっていた。本日の民謡は楽器は全く登場しないが、合唱でまさに「楽器紹介」を再現している。4分の3拍子のやや遅めのワルツといった感じだ。

描写される楽器は出現順に以下の通り。

  1. コントラバス 全員合唱で「それではコントラバスくんが始めると」と歌った後、合唱のバスパートが「plum plum plum」と歌い出す。小節の頭にピチカートを差し込むというイメージだ。
  2. ヴィオラ やがて全員合唱で「次はヴィオラ君の出番だ」と切り出されるから楽しみにしていたら、コントラバスのブンに続けて「チャッチャッ」とかぶせる役割だった。コントラバスの「plum plum plum」が続く中、2拍目と3拍目に「Schrum Schrum」と差し込む。現実のオケでもワルツやポルカでのヴィオラは後打ちが多いから、やけにリアルで吹いた。
  3. ファゴット 鷹揚な付点2分音符を「バーバーバー」とやってバスを補強。
  4. クラリネット 地味な対旋律という位置づけで、ここまでの4つがベースという感じ。
  5. ヴァイオリン やっと旋律が出る。
  6. ホルン 全体を覆い尽くす和音の仕上げという感じ。
  7. フルート 8分音符のきらびやかな装飾だ。文字で書くと大したことはないが、これが事実上のコロラトゥーラだ。ソロならともかく合唱だと難儀だろう。

上記1から順に全員合唱を挟みながらパートが増えて行く。混声7部合唱になる。これを本当に楽器でやったら精巧な「楽器紹介」になると思う。

さらにこの楽器リストを眺める。チェロの脱落に目をつむればブラームスが好きそうなメンバーだと感じる。

2011年10月17日 (月)

民謡クォドリベート

9日に話題にしたCD「SOS」の話だ。どうもこうもなく今年一番の買い物だった感じがする。どの曲も皆個性的ですばらしいのだが、特に「Es klappert die Muhle」だ。「水車はカタコト」という程度の意味だ。水車はコトコトと小麦を挽いている。

まずは男声3パートがスキャットで水のせせらぎを模した伴奏パートを形成する。バックにはほのかに本物のせせらぎの音も配されている。さてこれにテノールが「Es klappert die Muhle」を歌う。ワンコーラス目はそれでよい。ところがツーコーラス目から全く別の歌が被さってくる。何かと聞き耳をたてているとそれはシューベルトの「鱒」だ。つまりこれで「水車の回る小川に鱒が泳いでいる」という感じになる。

さらに聴く。驚くことに次に「Da unten im Tale」が歌われる。ブラームスも取り上げたシュヴァーベン民謡で、谷間のせせらぎを描写する絶唱だ。

これで全体の景色が明らかになる。谷間の小川に鱒が泳ぎ、そこに水車が回っている」という情景だ。アルバム「SOS」のディレクターの意図に違いなかろうが、アレンジが秀逸だ。

2011年10月16日 (日)

全国学校合奏コンクール

昭和31年に始まった全国規模の合奏コンクール。小学校、中学校、高等学校の部に分かれている。今年は55回大会だという。次女のオケも当然ながらエントリー。昨夜その県予選を聴きに出かけた。座席確保もかねて14時30分には到着。中学生たちの演奏にも耳を傾けた。小学生の部は今日なので、昨日は中高生だけだがそれでも約30団体になる。ブラームスを弾いた団体はゼロだったのが我がブログ的には気がかり。

分刻みのスケジュールで淡々と進んで行く様は見事。演奏の合間の入れ替えはおよそ4分だ。きびきびとした運営を見るだけで気持ちがいい。次女たちの演奏は18時45分くらいから始まった。ショスタコーヴィチ作曲:交響曲第5番より第4楽章。一週間前のリハーサルよりももっと集中出来ていた。予定通りの暗譜演奏で、持ち時間があっという間だった。山あり谷ありのドラマが凝縮された濃密な9分間。成績はこちらから。

2011年10月15日 (土)

ヴェルニゲローデ

「アルトラプソディ」op53のテキストは、ゲーテの「冬のハルツ紀行」だ。ハルツは山地の名前で、この中に「ワルプルギスの夜」で有名なブロッケン山がある。ドイツ統一前は東西ドイツの国境を形成する山並みだった。そのブロッケン山に通ずる登山鉄道の起点となった街が、本日のお題「ヴェルニゲローデ」だ。「Wernigerode」と綴る。この登山鉄道は東側からブロッケン山に入るから、ヴェルニゲローデは昔東ドイツに属していた。

さて、最近民謡にすっかりはまっているが、ドイツ民謡愛好家はこの地名には別の意味で愛着がある。ヴェルニゲローデ少年少女合唱団が、ドイツシャルプラッテンからリリースしたドイツ民謡集全8集は、名演の誉れが高い。ドイツ統一前の録音だが、その歌声は神業とも思える。心が洗われるとはこのことだと実感せずにはいられない。加えて解説書が本当にありがたい。

2011年10月14日 (金)

ロハマー歌曲集

昨日の記事「All mein Gedanken」で「我が思いの全て」WoO33-30が15世紀に遡ると書いた。その根拠は1452年刊行の「ロハマー歌曲集」に収載されているからだ。原題は「Lochheimer Liederbuch」という。2声から4声で書かれた世俗歌曲の集合体だ。先の民謡「我が思いの全て」WoO33-30のテキストについてマッコークルでは「クレッチマー・ツッカルマリオのドイツ民謡集」を出典としてあげているが、どうやらもっと遡るらしい。

このことを調べていてお宝情報に出会った。「Abschiedlied」WoO32-9(別れの歌)もロハマー歌曲集に載っているという。マッコークルはこれも「クレッチマー・ツッカルマリオのドイツ民謡集」が出典だとしている。

ブラームスがこのことに気付いていたかどうか不明だが、「ロハマー歌曲集」はドイツ世俗歌曲の淵源と位置付けられている。古い音楽に多大なる関心を持っていたブラームスが知っていた可能性は低くあるまい。

2011年10月13日 (木)

All mein Gedanken

「我が思いの全て」と訳される。15世紀中葉の写本に遡ると言われている。バッハより250年遡る可能性が取り沙汰されている。「現代に直結するドイツ音楽最古の作品」とする学者もいるほどだ。

内容は素朴でシンプルな愛の歌だ。何よりも大切なことは、ブラームスの「49のドイツ民謡集」に30番として収められていることだ。ブラームスのことだ、単に古さだけをよりどころに取り上げたりはしない。後世に残すに足るという判断の結果である点、肝に銘じたい。

2011年10月12日 (水)

こぱま

8日10日そして本日と佳境にさしかかった「民謡特集」を敢然とぶった切って、娘ら関連の記事が頻発している。もう「民謡特集」を中断するとしたら子どもたち系のネタしかありえない感じになってきた。懲りずにまた次女のオケ話。

次女との会話。「今日オケの練習どうだった?」と私。「今日は合奏無くてこぱまだった」と答える次女。「はぁ、こぱま?」と切り返す私。「こぱま」は次女のオケでは日常語だ。

「こ」は「個人練習」のこと。「ぱ」は「パート練習」だ。ここまでは私の大学時代にもよくあった。問題は最後の「ま」だ。これは「マンツー」だという。各パートの2年と1年が各一人ずつ2人一組になってする練習のことだ。方向性としては2年生がつきっきりで毎度決まった1年生を指導する練習のことだ。高校に入って初めて楽器に触れた1年生の底上げなくしてオケのレベルアップはない。もちろん大学1年生で初心者だった私は同じパートの2年生から丁寧な指導を受けた。感謝しきれないくらいの恩がある。しかしそうしたマンツーマン指導がオケ全体のシステムとして体系的に決められていたわけではない。

全体合奏、弦楽器合奏、トレーナーの先生によるレッスン以外の練習が「こぱま」と名づけられて彼女らのオーケストラライフの日常と位置づけられているということだ。今次女は2年生の先輩とマンツーをこなす。高校にはいって初心者から始めた先輩なのに凄くうまいといっている。もし次女の所属するオケに底力があるとすれば、それにはこの「こぱま」が一役買っている可能性が高い。

本日定期テスト一週間前。本来ならテスト前は部活動は停止になるが、コンクールを控えた今、特例として部活動が認められる。特例は部活動が認められるだけで、もちろん得点の援助はない。学業と部活、両立はもっぱら知力より体力だ。

彼女たちのショスタコーヴィッチにブラームスのご加護をお願いするのは本来掟破りなのだが、そこも何とか特例で。

2011年10月11日 (火)

別れの歌

「Abschidslied」WoO34-9のこと。1864年に刊行された「混声合唱のための14のドイツ民謡集」の9番目だ。去る9月19日にはブラームス民謡のトップに推挙しておいた。

4分の6拍子ト長調「Andante con espressione」。コラールにも似た厳格な四声体で粛々と歌われる絶唱。女声合唱版がWoO37-8にもある。「Altes Minnelied」となっているので気付きにくいと思ったら、WoO32-17に独唱版もある。このWoO32は「28のドイツ民謡集」となっているが、ブラームスの生前の出版ではない。1926年になってドイツ・ブラームスゲゼルシャフトが刊行したものだ。名高い「49のドイツ民謡集」WoO33に比べると日陰の存在だ。芸術的価値も低いとされている。

だからこの「別れの歌」がWoO33に取り上げられていないことが不思議でならない。それほどこの「別れの歌」が素晴らしいということだ。

譜例もテキストもなしで魅力を説明するのは骨が折れると思ったが、よい方法があった。日本人なら皆知っているあの歌を彷彿とさせるのだ。

その歌とは「仰げば尊し」だ。澄み切った長調の旋律が、アカペラで淡々と歌われる。もし卒業式で歌われたら、涙腺の決壊に一役買うことになるだろう。ブログ「ブラームスの辞書」では滅多に作品を勧めないが、これは例外だ。別れの季節にピタリとはまる。

ドイツ民謡の1ジャンルを形成するかのような一連の群れ。それが「別離の歌」だ。男女の別れをにおわせるものが多いのだが、単なる破局の歌でもない。キーになるのはドイツ伝統の「徒弟制度」だ。一人前の職人になるために師匠の下で修行する。修行の都合で街から街へという旅を余儀なくされる。一定期間住み慣れた街に懇意の女性が出来るというのは自然なことで、男がその街を出ねばならなくなったとき別離が訪れるという寸法だ。「一人前の職人になったらまた戻ってくるから」という方向性の歌が多い。だからジメジメしたところがなく澄み切った長調になる。本日話題の歌は事実上その路線の頂点にある。

2011年10月10日 (月)

運も実力のうちか

ブラームスが20歳のとき、人生を左右する出会いに相次いで恵まれた。ヨアヒム、シューマン夫妻だ。伝記には必ず載っているエポック。とりわけロベルト・シューマンの紹介記事はセンセーショナルな反響を巻き起こした。その後のブラームスの出世は周知の通りなのだが、シューマン夫妻との出会いが無かったら、音楽史は少々変わっていただろう。あのタイミングでシューマンに見出されるという運もブラームスの実力のうちなのだ。

さてこのほど、長女が指定校推薦の制度によって、第一志望の大学への進学が決定した。高校進学の際も、無理目の第一志望に特色化選抜で滑り込むという強運振りを見せてくれたが、あれから3年もたたぬ今回またもその強運引き寄せが発動した。学内選抜の段階で振り落とされる可能性も高くドキドキしたが、臆せず申請したのが奏功した。

ブラームスのご加護だけではいささか不安につき、コンクールに挑戦する妹に強運のお裾分けを。

2011年10月 9日 (日)

SOS

国際的に認められた遭難信号。「Save Our Ship」の略という説もあるが、現実には航空機の遭難の際にも使われているのだろう。

「SOS」という名前のCDアルバムを発見した。こちらは「Save our Songs」の略だ。「新しい編曲によるドイツ民謡」という触れ込みだ。このところ民謡補正がかかっているから1500円を支払って購入。「Singer pur」というドイツのヴォーカルアンサンブルだ。メンバーを見て軽い衝撃。

  1. ソプラノ クラウディア・ラインハルト
  2. テノール クラウス・ヴェンク/マルクス・ツァップ/マニュエル・ヴァルヴィッツ
  3. バリトン ライナー・シュナイデル・ヴァーターベルク
  4. バス マルクス・シュミードル

ソプラノ、バリトン、バス各1にテノールが3という組み合わせだ。男性5名はレーゲンスブルクのカテドラル少年合唱団のOBとのこと。これにソプラノ1名を加えたという図式。この編成のオリジナル作品がゴロゴロあるハズは無いから、新たな編曲に頼らざるを得まい。2006年の録音だが、彼等の経歴は1995年以降輝かしいものだ。

さらに驚くのはその多才ぶり。プログラムノートの執筆はテノールのクラウス・ヴェンクとバリトンのライナー・シュナイデル・ヴァーターベルク。一部の曲の編曲をバスのマルクス・シュミードルが手がけている。さらに1曲だけリコーダーとヴァイオリンが出て来るが、リコーダーはソプラノのラインハルトが吹き、ヴァイオリンはテノールのマニュエル・ヴァルヴィッツが受け持っている。

聴いてみた。

楽しい。ドイツ民謡に親しむ際一番に手にするCDでは無いと思うが、ある程度予備知識があればとても楽しい。最近ののめりこみのせいで全22曲が「聴いたことがある」状態だったから、編曲の妙を存分に味わうことが出来た。素直な6声体の編曲は1つも無いと申して良い。ニューヨークあたりのバーで流れていても不思議でないジャズテイストのものから、ヴォーカルアンサブルの超絶技巧のものまで多彩で飽きることがない。舌打ちやいびき、笑い声なども自然に織り込まれている。テキストをトレースする声部はあるにはあるが、スキャット調の伴奏が鬱蒼としているという編曲が多い。全22曲があっという間だった。

ブラームスに関係がある作品は以下の通りだ。

  1. Feinsliebchen,du sollst mir nicht bartfuss gehn
  2. In stiller Nacht
  3. Wiegenlied

上記1はアルバム屈指の力作。各パートに超絶技巧がちりばめられている。3番はいわゆる「ブラームスの子守歌」だが、ほんのりジャズテイストな上に4拍子に変換されてアルバム全体のトリになっている。「In stiller Nacht」は、このアルバムの中では至極おとなしい編曲でかえって目立っている。

2011年10月 8日 (土)

リハーサル見学

次女の高校オケの話。彼女たちの年間活動のうちのひとつのヤマ場は間違いなくコンクールだ。そのコンクールがおよそ1週間後に迫った昨夜、リハーサルがあった。保護者の見学が許されているので、万難を排して駆けつけた。

ショスタコーヴィッチの交響曲第5番の第4楽章の一部カットされたバージョン。先日の文化祭のコンサートでも聞かせてもらったが、本日はさらに磨きがかかっていた。一言で申せば鬼気迫る演奏。中間部のしっとりとした弦の音色に熟成を感じた。休憩時間にすれ違えばかわいらしい生徒たちなのだが、ひとたびタクトが一閃すると別人格という落差が病みつきになる。

そういえばステージ上に譜面台がない。全員が暗譜の演奏。指揮者が練習番号で指示するとそれだけで伝わってしまう。練習番号もろとも暗譜している。パート譜かスコアがイスの下に置かれて、指示があるといちいちそこに書き込んでいる。楽譜は事実上メモ帳と化している。娘に聞いたら「よその学校もみな暗譜だよ」とケロリとした答え。

親ばか丸出しで自分の子どもを応援するつもりが、オケみんなの出来にハラハラするようになった。トランペットが短期間にとても上達していて嬉しかった。ホルンやオーボエのソロがますますで、こりゃブラームスで聞きたいと思わせる出来。みんなすごいと感心していたら、最後の最後でティンパニが全部おいしいところを持っていった。

2011年10月 7日 (金)

民謡としての野ばら

ゲーテのテキスト「野ばら」は、多くの作曲家の帰依を勝ち取った。物の本によれば100人を越える作曲家が曲を付けているという。ブラームスもその一員であることは既に述べた。中学だか高校の音楽の時間に、シューベルトとウェルナーの「野ばら」を続けて聴いたことがある。芸術歌曲として見る場合、この両者甲乙付け難い。

ところが奇妙なことがある。「ドイツ民謡集」というタイトルのCDにおいて収録されるのは、圧倒的にウェルナーが多い。シューベルトの「野ばら」がちっとも録音されていない。ブログ「ブラームスの辞書」で述べてきた「擬似民謡」として、シューベルトが認知されていない印象だ。同じシューベルトでも「菩提樹」は、民謡集で引く手数多だから、シューベルトが忌避されているわけではない。「野ばら」に関しては、シューベルトはおろかブラームスも旗色が悪い。

ハインリッヒ・ウェルナー(1800-1833)は1830年に作曲したこの「野ばら」1曲で不滅になっている。

2011年10月 6日 (木)

ジルヒャー

もっと早くに言及しておくべきフリードリヒ・フィリップ・ジルヒャー(1789-1860)である。

彼の創作である「ローレライ」はほぼ民謡と同等の扱いを受け世界中で親しまれている。菩提樹の合唱編曲版もまた民謡扱いである。ブラームスが書き留めていた「ターラウのエンヒェン」も彼の編曲で広まった。いわゆるドイツ民謡業界では最高峰に君臨する巨匠だ。民謡研究の大家エルクとは、微妙に意見が食い違っていたことも知られている。

ジルヒャーについて調べようといろいろあたったがあまり情報がない。「ローレライの作曲者」という一言で片づけられてしまっている感じがする。ところが、CDの通販サイト上で驚くべきCDを発見した。1500円を切る上に安心の「Christophorus」レーベルと言うこともあって即購入。

「ジルヒャー作品集」だ。ジルヒャーの創作または編曲の合唱曲が26曲収められている。何故か全部男声合唱だ。選曲はドイツ民謡のきれいどころが網羅されている感じだ。「これもジルヒャーだったか」という驚きに頻繁に遭遇する。少々古い1975年の録音だが問題なく楽しめる。

2011年10月 5日 (水)

ABCの歌

このブログの読者なら「エービーシーの歌」と読んではいかにも具合が悪い。是非とも「アーベーツェーの歌」だと直感していただきたい。

昨日からご機嫌な買い物「Das grosse Buch der deutschen Volkslieder」を飽きずに延々と眺めている。さっそく奇妙なことに気づいた。101ページに「ABC」が載っている。旋律は良くご存知の「ドドソソララソ」だ。ふむふむとばかりにドイツ語のその歌詞を口ずさんでみた。「Y」を「イプシロン」と発音するとは知らなかったが、サプライズはそれくらいだ。と判った気になっていたが、どうも変だ。

よくよく調べてみたら「J」が抜けている。「HI」の次に「KL」となっている。「J」がない。そういえば思い当たる節があった。愛用の道路地図だ。索引用にメッシュが張られている。見開きのページ左から順にABCとアルファベットが付与されているのだが、これにも「J」が抜けている。ドイツ語においてアルファベット「J」は特別扱いされているようだ。

2011年10月 4日 (火)

はじめての洋書売り場

生まれて初めて書店の洋書売り場で買い物をした。行きつけの書店に洋書売り場があることは以前から気づいていたが、その一角にドイツ語本コーナーがあると知って恐る恐る訪ねてみた。そうしたらお宝にめぐり合った。

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ご覧の通り。ドイツ民謡の本だ。A5判320ページの上製本。265曲の民謡がコードネーム付きの楽譜として掲載されている。おまけに代表作32曲をおさめたCDがついて2000円。ご機嫌の買い物となった。いやいや面白い。昨日の御三家は全て収められていた。

265曲も入っているとブラームスが編曲で関与した曲も多い。しょっちゅうという感じ。一方ブラームス創作という作品で唯一収載されているのが、昨日も話題にした「子守唄」だ。かの地ドイツの民謡業界でも「子守唄」は民謡扱いになっていた。

2011年10月 3日 (月)

ドイツ民謡御三家

ある分野において特に秀でた3者を総称する言い回し。徳川将軍本家を支えた「徳川御三家」から転用されたものだ。日本人は元々「三大なんとか」が好きだから日本語によくなじむ。「三羽ガラス」よりも有り難い感じがする。まあ2人なら「竜虎」、4人なら「四天王」、5人だと「五奉行」で結局何人でもいいと申しては元も子もなくなる。

やっぱり3人ということで、本日はドイツ民謡御三家だ。ドイツ民謡のCDや書物への出現頻度で判断した。

  • ローレライ(Lorerei) 作詞ハイネ、作曲ジルヒャー 古来重要な交通手段だったライン川の難所に生まれた伝説は、意外なことに新しく、19世紀になって語られ始めた。腕利きの船頭に、舵取りを誤らせる美女の話中学校の音楽の時間に習った。
  • 菩提樹(Lindenbaum) 作詞ミューラー、作曲シューベルト 独唱リサイタルで歌曲集「冬の旅」の第5曲として歌われる場合は「芸術歌曲」だが、民謡集に収載されるのは、決まってジルヒャー編曲の合唱版だ。
  • 野ばら(Heiden Roselein) 作詞ゲーテ、作曲ウェルナー ゲーテの詩は古今の作曲家の創作意欲を刺激して多数の付曲がある。けれども民謡集への採用という意味ではウェルナーが圧倒的だ。

残念ながら公平に見てブラームスは入るまい。御三家に入っていないのは、ブラームスが将軍家だからかもしれない。

「49のドイツ民謡集」などドイツ民謡への関与は濃いけれど、ブラームス作品の中で民謡集のCDに数多く取り上げられているのは、「子守歌」op49-4かもしれない。世界中の人々から愛されているという意味で、上記御三家にも遜色がない。

2011年10月 2日 (日)

歴史的に見たドイツ民謡

古書店をうろついていてお宝をゲットした。「歴史的に見た-ドイツ民謡」(武田昭著・東洋出版)という本。定価3000円を2625円で購入。1979年の刊行でA5版400ページの大著だ。

ドイツ民謡について詳細に論じられた書物はなかなか無いからとにかく貴重だ。民謡の定義や歴史の記述に十分な光が当てられている。

ブラームスが愛した民謡を、ドイツ史という大きな流れの中で再度捉え直す良いキッカケになる。

2011年10月 1日 (土)

Wie bitter bist du

9月28日の記事「恐るべしレーガー」で言及したレーガーの合唱曲「O Tod,wie bitter bist du」のCDをこのほど無事入手した。ソプラノ、アルト、テノール、バスがそれぞれ2分されたアカペラの混声八部合唱だ。行きつけのCDショップであっさり見つかった。きっと前からあったのだと思う。こちらのアンテナがそちらに向いていなくて判らなかっただけだ。

この作品は「3つのモテット」op110の中の3つ目だ。この時点で既に脳味噌が酸っぱくなっている。何故ならブラームスにおいてもop110は「3つのモテット」になっている。偶然にしては出来過ぎな気がする。

CDを購入して帰宅する電車の中でテキストを確認した。案の定「4つの厳粛な歌」op121の3番とピタリと一致する。全体がホ短調で最後にホ長調に転じて終わるという調性のプランさえも一致していた。同じディスクに収録された作品が11曲あるが、ブラームスの声楽作品と一致している作品は他に無い。レーガーがこの作品を作曲するにあたりブラームスを念頭置かなかったとしたらそれこそ奇跡だ。ブラームスを意識していたに決まっている。

英語の解説を舐めるように探したが「Brahms」の文字は発見出来なかった。この作品を解説する時にブラームスの「4つの厳粛な歌」を迂回しているということが最大の謎だ。

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