別れの歌
「Abschidslied」WoO34-9のこと。1864年に刊行された「混声合唱のための14のドイツ民謡集」の9番目だ。去る9月19日にはブラームス民謡のトップに推挙しておいた。
4分の6拍子ト長調「Andante con espressione」。コラールにも似た厳格な四声体で粛々と歌われる絶唱。女声合唱版がWoO37-8にもある。「Altes Minnelied」となっているので気付きにくいと思ったら、WoO32-17に独唱版もある。このWoO32は「28のドイツ民謡集」となっているが、ブラームスの生前の出版ではない。1926年になってドイツ・ブラームスゲゼルシャフトが刊行したものだ。名高い「49のドイツ民謡集」WoO33に比べると日陰の存在だ。芸術的価値も低いとされている。
だからこの「別れの歌」がWoO33に取り上げられていないことが不思議でならない。それほどこの「別れの歌」が素晴らしいということだ。
譜例もテキストもなしで魅力を説明するのは骨が折れると思ったが、よい方法があった。日本人なら皆知っているあの歌を彷彿とさせるのだ。
その歌とは「仰げば尊し」だ。澄み切った長調の旋律が、アカペラで淡々と歌われる。もし卒業式で歌われたら、涙腺の決壊に一役買うことになるだろう。ブログ「ブラームスの辞書」では滅多に作品を勧めないが、これは例外だ。別れの季節にピタリとはまる。
ドイツ民謡の1ジャンルを形成するかのような一連の群れ。それが「別離の歌」だ。男女の別れをにおわせるものが多いのだが、単なる破局の歌でもない。キーになるのはドイツ伝統の「徒弟制度」だ。一人前の職人になるために師匠の下で修行する。修行の都合で街から街へという旅を余儀なくされる。一定期間住み慣れた街に懇意の女性が出来るというのは自然なことで、男がその街を出ねばならなくなったとき別離が訪れるという寸法だ。「一人前の職人になったらまた戻ってくるから」という方向性の歌が多い。だからジメジメしたところがなく澄み切った長調になる。本日話題の歌は事実上その路線の頂点にある。
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