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2011年10月19日 (水)

原因分析

2011年10月16日の記事「全国学校合奏コンクール」で、次女の参加したコンクール県予選について書いた。本日はその中身だ。高校の部の参加校は8校。うちブラスバンドが2校、弦楽合奏が1校あった。残り5校がオケで参加。中学の部から言及すると大変なのでオケで参加の高校だけ出演順に列挙する。学校名は仮称だ。

  1. 県立ホルスト高校「組曲惑星より木星」 (金賞)キビッキビの木星。冒頭のきらきらした弦でいきなり引き込まれた。同校初の金賞受賞だとも聞く。おめでとう。
  2. 県立ヴェルディ高校「シチリア島の夕べの祈り」 (銀賞)期待していたのに残念な結果。実を言うと金賞の県立ホルスト高校との決定的な差を現場で聞き取ることは出来なかった。思い当たる節といえば中学校の部で同じ曲を演奏した学校があり、そことの明確な差を示せなかったこと、あるいは見せ場のチェロの色艶不足かも。曲がかぶるときついです。でもね「銀」は「金より良い」と書くのです。
  3. 私立ベトヴェン学院「ベト7第4楽章」 (銅賞) 「いやあベートーヴェンは難しいッス」これをコンクールに持って来る意欲は素晴らしい。とにかくヴァイオリンがもっと鳴らないと苦しいかも。この超有名なキレッキレのフィナーレを独立してポッコリ取り上げて、短い時間にアピールしようと思ったらとんでもなく骨が折れる。でもね「銅」は「金と同じ」と書くのです。
  4. 県立ショスタ高校「ショスタコーヴィチ第5交響曲第4楽章」 (金賞)次女のオケ。意表をつく選曲。たしかにここで大学祝典序曲とかやっても埋没しそうな雰囲気。とかなんとか考える暇を与えぬかのように冒頭からグイグイと聴衆を引き込む。松脂の煙たなびくすさまじい気迫。「速めのテンポ」どころじゃなく、最後まで持つのか的なぶっちぎるばかりの前半。県代表の座を奪うためには「革命」が必要だとの決意と見た。静謐なハープのアルペジオを合図に始まる終結部、このまま時間が止まってほしいと思った。クライマックスへの長い長い坂道を上り詰め、仲間の思い全てを引き受ける決意をこめたティンパニに何かが降り立った。メンバーが舞台袖に引き上げ始め、次に弾くストラヴィン高校の生徒が入場を始めてもなお、鳴り止まない拍手。51歳にして聞かされた人生最高のショスタコ。
  5. 県立ストラヴィン高校「火の鳥」 (金賞) 「革命」の挑戦を真正面から受けて立つ「火の鳥」だった。息を呑むばかりのソロ群。「革命」の気迫を受け流すかのような圧倒的な余裕度。あるいは「革命」を高みの見物としゃれ込む「火の鳥」。あのショスタコの後に素知らぬ顔で余裕の火の鳥とは王者の底力か。

金賞の中から選ばれる県代表は県立ストラヴィン高校に決定。次女のショスタ高校は2位の評価。発表と同時に歓声とため息。応援にかけつけた3年生は涙一部号泣で、親たちは明らかに落胆。次女にとっては音楽生活で初めて獲った金賞。「声を出して喜ぼうと思ったら、周りは全然喜んでいなかった」とポツリ。「金賞当然、代表狙い」は明らかだったがみな気丈に振舞う。「結果を真摯に受け止め次につなげよう」と訓示する顧問の先生。解散後その場でパート毎の話し合いがあちこちで始まる。3年生に慰められて初めて涙を見せる子も。小一時間たっても終わる雰囲気も無い。

親たちは9月の文化祭コンサートのショスタコの出来を知っている。金管や木管のソロがたった1ヶ月でどれほど上達したか身にしみている。だから情が移る。初心者で4月に入った子が弦楽器には何人も混じっている。たった半年でショスタコを弾くこと自体大変なことだとわかっている。けれどもコンクールの審査では考慮されない。本番で示せた演奏の出来だけが審査の対象だ。つまりその程度の努力はどの学校もしているのだ。

ここ最近ずっとストラヴィン高校の後塵を拝する結果が続いているのだが、ショスタ高校は毎年腐ることなく一定水準を以上の演奏を持ち込んでくる。けれども超えられない壁。親の欲目を無理やり封印して原因を分析する。

「楽譜通りに弾けること」をゴールにするかスタートにするかの差。「楽譜通り弾けること」をゴールとせずスタートにしていた子の数で、もしかすると負けていたかもしれない。断じて努力の質や量のことではない。作曲家が楽譜に遺したことを全て吸収しきった上で、さらに付加価値を上乗せする厚みの差。「革命」もかくやと思わせる気概を示してくれたショスタ高校の生徒には酷だが、超えるべき壁として今後意識し続けるべきだ。無理やり見つけた差。親として自分に言い聞かせるための差でもある。敗因と呼ぶにはあまりに切ない微妙な差。

火の鳥の厄介なファゴットのソロを軽々吹きこなす生徒がいた。音色までストラヴィンスキーの音色。彼はきっとブラームスを吹いたらブラームスの音色で吹くのだろう。その彼を囲む周りの仲間は、「うちのファゴット聞いてやって」というプライドにあふれた演奏。そこかしこの難儀なソロがみなそういうノリ。次女は、めぐり合わせ次第で、こちらで「火の鳥」を弾いていたかもしれなかったという奇縁。おめでとうストラヴィン高校。あなたがたを県代表にいただくことを誇りに思います。

でも私は断言する。ショスタ高校のオケを愛する。次女の居るオケとしてではない。慈しむべき「おらがオケ」として見守り続ける決意とこのたびの原因分析はセットになっている。あと何回かあのショスタコが聴ける。次回以降はおそらくノーカット版が楽しめる。下を向いている暇はない。

あの感動を何とか言葉でと苦悶した結果の残渣。けれどもこれを書かずに何がブログかと思い詰め、お叱り覚悟の言及。

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コメント

<海鳥1960様

毎度毎度の親バカ記事に暖かなコメントありがとうございます。

夏休みだったか、家でショスタコをさらっていた頃のたどたどしい出来を知っておりますので、そこからの積み上げが胸に迫ります。私自身が気持ちを切り替えるための記事でございます。

毎度ながら本当に羨ましいです。
実は私も16日に、同じように地元の中学,高校の吹奏楽,管弦楽のイベントに行ってきました。
貴殿の文中の ”作曲家が楽譜に遺したことを全て吸収しきった上で、さらに付加価値を上乗せする厚みの差” には、もう全身で頷きます。
しかし世間一般にはそれ以前の次元も存在する訳でして、音楽で表現する気があるか否か、或いは目的は楽器を弾くことか音楽を聴かせることか。。。
私はいつもこの次元で悶えたり怒ったりしているのですよ。
すみません、結局また愚痴ですね。

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