ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 私家版学生歌ベスト10 | トップページ | 学生歌を織り込む »

2011年12月15日 (木)

メッテルニヒ体制

1814年ウィーン会議で取り決められた「ナポレオン後の欧州の秩序」をいう。会議を主導したオーストリア外相の名前に因む。集まった国々の思惑が交錯し議論がなかなか進まず「会議は踊る」と揶揄された。会期は何と232日に及んだ。

革命前の勢力図への復帰が意図された。プロイセンは強国ではあったが、全般に見てドイツは小国分立の状態が維持された。フランス、オーストリア、ロシアなどドイツに統一国家が現れては困ると言う点では利害が一致していたと評価されている。

ドイツに分散する学生たちはこれを憂うことになる。「何でやねん」という具合に集まって気勢を上げる。19世紀における学士会活動の興隆期が1810年代から1840年代とされていることと一致する。多くの学士会が「ドイツの自由と独立」を旗印に活動した。だから「祖国のために喜んで身を投じる」という気風が育まれ、極端な場合には「命も惜しくはない」とエスカレートした。

ブラームスの少年時代は、この時期に相当する。時代の空気と共に学士会の心意気をも吸い取っていた可能性がある。

« 私家版学生歌ベスト10 | トップページ | 学生歌を織り込む »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: メッテルニヒ体制:

« 私家版学生歌ベスト10 | トップページ | 学生歌を織り込む »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ