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2012年1月 7日 (土)

ブレスラウという接点

一昨日話題にしたファーラースレーベンは、ブラームスより35歳年長の文学者だ。子供向けなど3000近い詩を書いている。今に伝えられているものも多い。1853年ゲッティンゲンでブラームスと知り合い、ブラームスの歌曲4曲にテキストを供給していること既に述べたとおりだ。

彼は創作の傍ら民謡や学生歌の収集にも携わった。これが早くも1819年ボン学生歌集として結実する。1810年代から1840年代にかけておびただしい量の学生歌集が刊行されている。

彼は創作の傍らブレスラウ大学で教鞭をとった。そう後年ブラームスに哲学博士の学位を授与したあのブレスラウ大学だ。その返礼にと生み出されたのが「大学祝典序曲」である。そこには著名な学生歌が盛り込まれている。「フックス」(新入生の歌)、「ランデスファーター」(国の親)「ガウデアムス」(だから愉快にやろうじゃないか)が、先のボン学生歌集に採録されている。

ブラームスはブレスラウ大学への返礼にと構想を練った時、ファーラースレーベンを筆頭とする学生歌集の存在を念頭に置いていたと解したい。

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