憲法の不備
ビスマルクが首相就任と同時にかました鉄血演説が、あまりに名高いため演説の効果はあまり知られていない。
当時のプロイセン議会は、国王任命の貴族院と、選挙で選ばれる衆議院の二院制。ウイルヘルム1世が意図する軍政改革法案は、とりわけ衆議院の頑強な抵抗にあっていた。退位とまで思いつめる国王の切り札として登場したのがビスマルクであった。鉄血演説は名刺代わりの一撃だったのだが、衆議院を翻意させることは出来なかった。議場をざわめかせる程度の効果はあったが、とんとん拍子で話が進むにはまだ機が熟していなかったということだ。
当時のプロイセン憲法は予算案の可決には、国王、貴族院、衆議院の合議によって決する規定があったが、3者が合意に至らなかった場合の規定が欠けていた。憲法の不備だ。ビスマルクはこの不備をついてことを強引に進める。国王と貴族院の賛成、衆議院の反対だから「2対1」で可決という奇策だ。しかも1度限りではない。1866年の普墺戦争の勝利によりビスマルク与党が結成されるまでこの手を使った。
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