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2012年6月 2日 (土)

あわただしい初演

ピアノ五重奏曲へ短調op34の初演は1866年6月22日、場所はライプチヒだ。少々詳しい伝記にはちゃんと載っているのだが、この初演の時期と場所が微妙だ。

ドイツ連邦内におけるプロイセンとオーストリアの主導権争いに決着をつける普墺戦争が始まったのが1866年6月16日だった。ピアノ五重奏初演の6日前のことだ。初演の場所ライプチヒは当時プロイセン王国の領内ではなく、ザクセン王国の街だ。このザクセン王国は普墺戦争にあってはオーストリア側についているから、プロイセンから見たら敵。

プロイセン王はオーストリアとの開戦に躊躇した。なぜなら名門ハプスブルク家に弓を引くことになるからだ。ビスマルクに説得されてしぶしぶ開戦に同意したが、「奇襲まかりならぬ」という条件をつけた上に先制攻撃も禁じた。だから、宣戦布告後プロイセンの最初の矛先は、オーストリア管理区域ホルスタイン地区への侵攻だった。さらにオーストリア側についたドイツ領邦への攻撃から始めた。

プロイセンのすぐ南に接するザクセンは真っ先に侵攻の対象になったのだ。ザクセンの首都ドレスデンの陥落は6月18日。ライプチヒ陥落の詳しいタイミングは不明だが、ドレスデンよりもプロイセンに近いライプチヒの占領はドレスデン陥落より早いことはあっても遅いことはあり得ぬと思われる。

先の初演日は、ザクセン王国がプロイセンに占領されたタイミングとほぼ同時だった。そのような事態の中、優雅に室内楽のコンサートが開かれていたということなのだが、実はザクセンの占領といってもほとんど戦いは起きなかった。ドイツの小領邦は、単独でプロイセンに勝てるはずもないので、無抵抗だった。都市に入城する際も市街戦は起きていない。市民は意外と冷静だったということだ。

ピアノ五重奏曲を話題にする資料がこのことに言及するのをあまり見かけない。

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