廃絶王基金
ビスマルク外交を裏から支えた秘密資金。話は1866年に遡る。普墺戦争の戦後処理において、オーストリアへの寛大な待遇については既に触れたが、オーストリア側に味方した領邦にはザクセンを除いてお家断絶と財産没収を含む過酷な処分を敢行した。敗戦領邦から没収した財産をプールして、いざというときに使った。
プロイセンに占領されてウィーンに亡命したハノーファー王ゲオルク5世は、プロイセン憎しのあまり、「今度戦争があったらフランスにつく」と発言して公になった。これがビスマルクの逆鱗に触れて、ハノーファーに残した資産が全て没収されて廃絶王基金になったといわれている。
バイエルン王ルートヴィヒ2世の負債肩代わりに投じた1800万マルクもここから出たといわれている。何と言ってもその存在を知られていないお金。帳簿も無ければ監査もない。支出にあたって国会の議決も必要としない。ビスマルクは鉄血宰相ではあるのだが、工作資金も潤沢だった。敵対する野党の面々は、ビスマルクが私腹を肥やしていないかとかぎまわったが徒労に終わる。膨大な下賜金と土地の所有者でもあるビスマルクの公私混同はあり得ないということだ。
« 弾きっぷり | トップページ | ドイツレクイエムの位置 »
コメント