お盆のファンタジー11
夜更かしがたたって遅くに起きてリヴィングに下りてゆくと、ブラームスとビューローが次女を捕まえて話をしている。私が行くと会話を中断させかねないので立ち聞きしてみた。
ビューロー> それにしてもあの日のショスタコ某っていったい何だ。
次女> ディミトリー・ショスタコーヴィチの交響曲第5番は20世紀の作品なのでお二人が知らなくても無理はありません。今のロシアの前にソヴィエト連邦という時代があってとても苦労したそうです。
ブラームス> よく勉強しているね。
次女> 演奏会やコンクールで取り上げる作曲家については、集中的に勉強します。
ビューロー> そんなことじゃなくて、いかにも複雑そうなあの曲をあなた方は暗譜しているのか?
次女> へっ??演奏会本番では楽譜を置いて弾きましたが、何故暗譜だと感じるのですか?
ビューロー> 実はこっそりステリハを見ていたんだ。リハーサルのときはみな暗譜だったでしょ。楽譜なんか誰も見てないことくらいすぐ判るよ。
次女> はい。暗譜でした。あの曲をあのテンポで弾くのは、私たちのレベルではとても難しいので、暗譜してあわせることに集中したのです。楽譜を置くのはホンのおまじないです。コンクールでは譜面台も置きませんでした。でも暗譜は最後の手段です。楽譜を見ないで間違えずに弾くことだけに気をとられ過ぎると機械と同じになってしまいます。楽譜通りに間違えずに指が動くところまでは、息をするのと同じレベルでこなすのが理想です。余った注意力を表情やアンサンブルに振り向けたいのですが、口で言うほど簡単ではありません。
ビューロー> 指揮者が「練習番号105の8小節目から」というような指示をしても、問題なく場所がわかるのですか?
次女> 慣れるまでは大変でしたが。
ビューロー> 全員がそんな感じなの?
次女> はい。初心者ほど暗譜が速いです。
ブラームス> 今度ビューローに君たちを指揮をさせてはもらえないかね。
次女> 本当に指揮をなさる方なのですね。一昨日は失礼しました。顧問に話しておきます。
ブラームス> 顧問って何だ?
次女> 我々のオーケストラの責任者ですが、事実上の常任指揮者でもあります。同時に私たちの学校で音楽を教える教師でもあります。
ブラームス> 音楽の先生だったのか。てっきりどこぞのマエストロを呼んだのかと思った。普段からメンバーに接しているというわけだな。
次女> 私たちにとってはマエストロです。
ビューロー> その前にショスタコ某について私が勉強せばねならん。スコアはあるかな?
次女> もちろんここにあります。
ビューロー> 君は指揮もするのか?
次女> とんでもない。指揮はしません。
ビューロー> それでは何故スコアにたくさん書き込みがあるんだ?
次女> 暗譜してしまったあとの全体合奏練習では、パート譜は見ません。その代わりにイスの下にスコアを置いて、指示や注意をいちいち書き込むのです。自分のパートの暗譜は当然ですが、スコアに頻繁に触れることで、他のパートの事情にも明るくなります。大事なところでは、よそのパートの動きも大体覚えます。
ブラームス> リハーサルのとき、指揮者がホールの鳴り方を聴くために指揮台を離れたことがあったね。そのとき指揮無しでも演奏が続いていたけど、大丈夫なの?
次女> はい。テンポの動きが激しい曲ですが、もう長いこと取り組んでいるので、あの曲に関しては指揮無しでも止まることはありません。みなコンミスとパーリーを見てます。それでも困ったらコンバスやティンパニを聴きます。ショスタコーヴィチならではのアッチェレは、体にしみついてしまった感じです。
ビューロー> そりゃ驚いた。驚かされることだらけだ。
次女> もし私たちが、ブラームス先生の作品を取り上げることになったら、一度練習を見てもらえませんか。
ビューロー> 1度でも2度でも飛んでゆくよ。君たちの国では指切りをするのかね。
大御所2人を相手に臆することなく会話が続く次女であった。
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