小モルトケ
鉄血宰相ビスマルクの片腕だった参謀総長モルトケの甥。伯父と区別するために「小モルトケ」と呼ばれている。第一次世界大戦開戦時の参謀総長だ。大戦冒頭のマルヌの会戦で用兵を誤ったために、短期結着が出来なかったと言われている。短期でおさめてサクサク講和という構想が崩れたことがドイツの敗因とされているから、伯父程には評価されていない。実際には、ロシアの動員速度を低く見積もっていた時点で、シュリーフェンプランは、遅かれ早かれ破綻していたというのが最近の学説。
お家の存続が今よりずっと重要だった時代、男の子に恵まれなかった場合のお世継ぎの有力候補は「甥」だった。ナポレオン3世や豊臣秀秋などがすぐに思い浮かぶ。ローマ教皇などの聖職者は独身が原則だから、甥は最有力なのだが、伯父や叔父よりも世間の評価が低い場合が多くて気の毒だ。
小モルトケは我がブログ的には大歓迎。彼はバッハやメンデルスゾーンを愛好し、自らチェロを弾いたという。戦争なんか下手でもいいではないか。
コメント