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2012年8月27日 (月)

岩倉使節団

明治維新間もない日本が、欧米諸国の実情を視察するために派遣した。団長は右大臣岩倉具視。以下、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文など錚々たるメンバーを含む46名と、随員留学生など総勢107名だ。彼らの目的は以下の通り。

  • 国書の拝呈
  • 条約改正の予備交渉
  • 各国事情の視察

1871年12月23日に横浜を出港。1873年9月13日に帰国するまでおよそ1年10ヶ月の洋行だ。第一の目的である国書は以下の通りに手渡された。

  1. 1872年01月25日 アメリカ グラント大統領
  2. 1872年12月05日 イギリス ヴィクトリア女王
  3. 1872年12月26日 フランス ティエール大統領
  4. 1873年02月18日 ベルギー レオポルド2世
  5. 1873年02月25日 オランダ ウイルヘルム3世
  6. 1873年03月11日 ドイツ ウィルヘルム1世
  7. 1873年04月03日 ロシア アレクサンドル2世
  8. 1973年04月19日 デンマーク クリスチャン9世
  9. 1873年04月25日 スウェーデン オスカル2世
  10. 1873年05月13日 イタリア エマヌエレ2世
  11. 1873年06月08日 オーストリア フランツ・ヨーゼフ1世
  12. 1873年06月21日 スイス セレゾール大統領

欧州の列強と米国を網羅している。一行はとりわけ英仏米の先進性に驚いた。条約改正が一筋縄では行かないことを実感したという。

惜しい。1872年秋から1873年春にかけてブラームスはウィーンにいた。楽友協会の芸術監督として忙しい毎日を送っていたから、岩倉使節団とのニアミスは起きていない。さらに一行がウイーンに来た6月には既に夏の避暑に出かけた後だから、鉢合わせの可能性はゼロだ。

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