ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« カル・リプケン | トップページ | 議会との折り合い »

2012年8月13日 (月)

三権分立

中学の公民で習う。「司法」「行政」「立法」を別の独立した機関に委ねるという国の仕組みのことだ。ドイツ統一に際して諸国君主の権限を温存する際に、これら三権に加えて、一部徴税権と独自憲法を諸国に認めた。普墺戦争で味方についた諸国はこうした扱いを受けた。

一方でビスマルクが諸国から帝国に取り上げた権利もある。「経済」「軍事」「外交」だ。このあたりの切り分けが神業に近い。経済面でプロイセンの圧倒的有利は誰の目にも明らかで、オーストリアはおろかフランスを抜き去り英国に迫ろうかという勢いだ。軍事外交をプロイセンに委ねるということは、ビスマルクとモルトケの傘の下に入るということだ。おいしい話に違いない。

帝国と諸国に切り分けられた機能もある。徴税権だ。これは直接税を諸国が取り、間接税を帝国が取ることで決着した。

概ね円満に進んだ切り分けの中で、唯一長く紛糾した案件が「鉄道」だ。軍事上の観点からも鉄道の整備を急務とする帝国は敷設運営の全権を諸国から取り上げようと欲した。この点についてのみ諸国は頑強なる抵抗をした。さすがのビスマルクも結局はあきらめ、帝国鉄道化はプロイセン内に限定されることとなった。「司法」「行政」「立法」並みに諸国側に残ったと言える。

いざ戦争という時に協力さえしてくれればいいよとモルトケあたりが入れ知恵したかもしれない。不思議なことは、帝国に抵抗した諸国が敷設する鉄道が、わずかな例外を除いて全て標準軌だったことだ。電化をしていない鉄道にとって、軌道幅さえ合えば相互乗り入れは容易い。

« カル・リプケン | トップページ | 議会との折り合い »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 三権分立:

« カル・リプケン | トップページ | 議会との折り合い »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ