「tranquillo」考
イタリア語としての辞書的な意味ならば、「静かな」「おだやかな」「安らかな」「落ち着いた」「おとなしい」となる。問題はブラームス本人が、イタリア語としてのこうしたニュアンスにどこまで知悉していたかという点にある。既にドイツに定着していた音楽用語としてのニュアンスを優先し、イタリア語本来のありようを顧みなかった可能性は常に心にとどめておかねばなるまい。
ブラームスはトップ系で18箇所、パート系で36箇所合計54箇所で「taranquillo」入りの用語を使用している。このうちトップ系7箇所、パート系9箇所が「tranquillo」の単独使用である。
用例を見渡してまず気付くのは、これら54例のうちヴァイオリンソナタ第2番第2楽章冒頭を唯一の例外として、楽曲の冒頭には出現しないことだ。必ず楽曲の途中に置かれて、激してしまった音楽を冷ます機能として使われているとの推定が成り立つ。実際ダイナミクス記号との共存を調べると「mf」「poco f」との共存が各一例ずつある他は、p系との共存に特化している。mpとの共存も見当たらない。「fp」との共存一例を唯一の例外としてfやffとの共存を拒否している。
しかしながら一方で奇妙な現象も観察される。「taranquillo」の出現の直前とのダイナミクスの変化を調べると、予想に反してダイナミクスが減じられていないケースが多いのだ。これは必ずしも「激してしまった音楽の沈静」とは、ダイナミクスダウンとは直結しないことを意味する。
「tranquillo」における「静かに」とはダイナミクスだけを直接指図しているとは言えないということになる。ダイナミクスの増減であれば「crescendo」や「diminuendo」で事足りるのだから、わざわざ「taranquillo」を設置するにはそれ相応の意図があるのだ。「強い弱い」「大きい小さい」ではない何かを伝えたいと解したい。楽曲の冒頭には置かれないことと合わせて表情の変化や場面の転換を含む「静かさ」と考える。
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