炎涼の変
森鴎外「独逸日記」1886年7月12日の記述に出てくる表現。場所はミュンヘン。
6月が大変暑かったのに、ここ数日寒い日が続いているとし、大学の試験室では暖炉に火がいれられたとある。それでも気温摂氏18度だったという。ここ数日の「炎涼の変」は、稀な事態だと、地元民が語り合っていると書かれている。日本人の鴎外が、ドイツの夏を経験し、「朝晩は冷える」とか「雨が来ると冷える」などと申すなら驚くにはあたらないが、地元民が「今年は変」と語り合っていたというのだから信用できる。
話の流れは既に明らか。この異常気象は1883年8月27日のインドネシア・クラカタウの大噴火と関連がありはしないか。
日本では噴火翌年の夏が冷夏だった記録がある。その他独逸日記の1885年9月13日の記述によると、日本からの手紙が隅田川の水害に言及していることがわかる。この水害は同年7月1日から2日にかけて発生したもので、千住橋や吾妻橋が流されたという。噴火に伴う異常気象に見えなくもない。
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