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2012年9月29日 (土)

日本赤十字社

1888年の会津磐梯山の噴火において、日本赤十字社が為した救護活動は、世界初の平時救護と言われている。元々戦場における負傷兵たちの悲惨な扱いに接したデュナンの発想は、負傷兵隊の扱いの改善にあった。赤十字の根底にはそれがある。戦場における敵味方を問わぬ救護こそが真髄と言える。だから宣戦布告を伴わない戦争だったので、活動しなかったという奇妙な屁理屈も現れたと言う。ブラームスの生きた時代、あるいは少し前のナポレオンの時代は、戦争がその質を変化させた時代だ。国力対国力の総力戦になってゆく。火器の発達により将兵たちは過酷な環境にさらされ易くなる。戦時救護こそが活動の中心に据えられた理由はそこにある。

日本赤十字社1886年に国際赤十字に加盟した。翌年1887年には第4回総会に代表を送り込んだ。その翌年火山災害に対しての救護活動だったということだ。第4回総会の代表は日本陸軍で森鴎外の上司にあたる石黒某という人物。石黒はちょうどドイツ留学中だった部下・鴎外に通訳として同行を命ずる。

独逸日記で詳しく言及されるこの総会の様子は、同日記中のヤマ場。鴎外の大活躍によって日本代表は面目を保つ。極東から初参加の日本もなかなかやるわいという空気になった。

この第4回総会の会場はカールスルーエ。ブラームス愛好家には第一交響曲初演の地としてなじみがある。およそ一週間の会期中、本会議の合間をみて鴎外はバーデンバーデンに足を伸ばす。クララの別荘があったリヒテンタールに近い。当時バーデンバーデンは欧州に名の知られた大保養地だから、そばまで来たからついでに訪問するのは自然だ。

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