クラカタウ
記事「大噴火」でブラームス存命中の噴火を列挙した。このうちインドネシアのクラカタウ火山の噴火は、ブラームスも知っていた可能性が高い。19世紀後半のこの時期は、世界の通信網が飛躍的に発展し、現代に連なる通信社が産声を上げた時代。ましてインドネシアは列強ひしめくアジア、オランダ東インド会社の足元での大噴火だった。近くを航行中の船舶も多く、まとまった情報が残っている。噴火がニュースとして世界を駆け巡った最初のケースだといわれている。
1883年。ブラームスは恒例の夏の避暑にヴィースバーデンを選ぶ。そのヴィースバーデンにブラームスが到着した5月20日に、インドネシアのクラカタウ火山が最初の噴火を始めた。大噴火はその年の8月27日午前10時2分にやってきた。噴煙は最高27000mに達し、琵琶湖を半分埋め立てるくらいの土砂が噴出した。地球の反対側のコロンビアで19時間後に衝撃波を観測した他、15日かけて地球を7周した。32時間後に津波がフランスの海岸に到達したという記録もある。直後に発生した津波の被害も含めた犠牲者はおよそ3万7千人。
翌年1884年秋以降世界中で記録的な低温が観測された。空気中のチリが原因でその後3年間、世界中の夕焼けが美しくなったという説もある。
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