フォン・ビューロー
ブラームス縛りともいえる我がブログで「ビューロー」と申せば、リストの弟子でブラームスの親友にして大指揮者ピアニストのハンス・フォン・ビューローを思い出すのが自然だ。けれどもドイツ史に絞ればそうとは言い切れない。第4代ドイツ帝国宰相ベルンハルト・フォン・ビューローを思い出す人の方が多いと思われる。ビスマルクの3つ後の帝国宰相だ。
ブラームス在世中は、ハンガリー王国やイタリア王国の公使を歴任し、ブラームスの没した1897年に外務大臣に就任した。帝国宰相への就任は1900年。
若きウィルヘルム2世をよく助け、世界政策を推進したとされているが、その中心となった海軍増強により英国との対立を深め第一次大戦の道筋を作ってしまったとも言われている。
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