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    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

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2012年12月31日 (月)

負け惜しみ

高校の部活動であるという性格上、次女たちオーケストラがメインプログラムにブラームスの交響曲を取り上げる確率は高くない。全てのパートの生徒たちに応分な出番をもたらす曲とは言えないからだ。曲決めは毎年そこが難しい。揉めば揉むほどブラームスは規格外だ。

それでもいいと思っていた。彼女らが一年かけて取り組む曲はやがて好きになるからだ。ショスタコもファリャもそうだったし、ボロディンも同様だ。ブラームスは今ここでやらなくても、大学オケなどアマチュアオケで取り上げる確率は高い。いわばそう言い聞かせてきた。万が一ブラームスを次女たちオケが取り上げでもしていたら、ブログ「ブラームスの辞書」で展開中のアラビアンアイト計画を一旦中断し、1年間次女たちが取り上げる曲を特集せねばならないと書いた

この度その減らず口の根拠の一端を示すことが出来た。

風向きが変わったのはこの夏。そして記念すべき初ブラームスからすったもんだのエントリー。まさかアンサンブルでブラームスが取り上げられようとは思わなかったから、その「棚ボタ感」だけで、舞い上がってしまっている。取り上げるのは全曲ではない単一のスケルツォなのに13本の記事が瞬く間に書けた。それどころではない。記事「セカンド覚書」で箇条書きした1つ1つの項目を記事にまで膨らませることだって可能だった。同じ要領で「ピアノ覚書」「チェロ覚書」「ファースト覚書」だって書けたに決まっている。とりわけヴィオラは私自身演奏した体験があるから、もっと細かくレポート出来る。時間さえ許せば50本は軽いところだ。もし次女たちが交響曲を演奏する事態に立ち至っていたら、別ブログを立ち上げて1年間そのネタで押し通すくらい余裕で有り得た。(キッパリ)

ここ最近公開したピアノ五重奏ネタは事実上そのスケルツォに関連する記事だけに絞り、その順序もできる限り音楽の流れに基づいた。ここ2年展開中のアラビアンナイト計画は、ブラームス作品の内面よりも、作曲家の周辺に横たわる尾ひれネタだが、ブログ「ブラームスの辞書」の本丸は今回の13本のような細かい系だ。久々にそれを思い出した。本来このノリこそが目指すところ。

次女たちがどれほど真剣に取り組んでいようとも、ショスタコやファリャやボロディンでは、私自身これほどのノリは望みようが無い。実はその落差こそが、私の「ブラームスラブ」の深さを推し量る物差しだ。次女は知ったこっちゃなかろうが「お父さんはこんなにブラームスが好きなんだ」というまたとないアピール。

さてさて次女たち「ふくだもな五重奏団」に煽られて今や青息吐息の鉄血宰相特集にけじめをつけねばならない。今後あと数本の記事で無理やりビスマルク特集を仕上げる。私は次女も好きだが、ビスマルクもブラームスも大好きだ。

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我が愛車のメーターで2012年を送り出す。皆様よいお年を。

 

2012年12月30日 (日)

私営ブラボー班

次女たちのオケを追いかける1年。3月のドイツ公演で気づいたのは、聴衆の熱気。演奏後の喝采が本当に暖かく、子どもたちもこれに感動して、さらに演奏に熱が入るという好循環。その後代替わりした次女たち36代を応援するために、私もドイツの気合にあやかることにした。

学生時代に「CBS」(千葉ブラボーサービス)という互助会が存在したことは既に書いた。演奏後のブラボーを受け持つ「サクラ」集団だ。これを30年を経て再現することにしたのだ。クラシック音楽のライブ録音などで聞こえるあのブラボーだ。あまり女性の声は聞こえないから、男親である私にピッタリのアシスト。後援会の集まりでご一緒するお父様たちと語らって組織化という話は出るには出るのだが、まだ確定に至っていない。かといって「ブラボー班設立のお知らせ」などという手紙が発信されるのは感心しない。意図が正しく伝わらずにかえってクレームを引き起こすリスクもある。あくまでも「私営」でなければならぬ。そうした「私営」のお父様(お兄様、おじい様、おじ様みな可能)が、複数集まれば心強い。

会則も無いし、会費の徴収も無い。総会も無ければ役員選出も無いのですこぶる気軽。決行の意思表示も不要。その上、打ち上げのビールが上手い。

以下覚書代わりに私の心得をあげておく。

  1. まずは、娘たちの演奏に十分耳を傾ける。「ブラボーありき」ではいけない。当日の演奏が「ブラボー」に値するか聴いて判断する。「YES」の場合のみ決行だ。ドイツの聴衆は本当に感動したことだけを引き金にブラボーしていることを忘れてはならない。
  2. 子どもたちは、聴衆を感動させようと心を込めている。もし感動が伝わったらそのことを行動に示すのは自然なことだ。ブラボーはその手段の一つである。
  3. 女性奏者の集合である彼女たちには「ブラボー」の女性形でという正論は一旦この際封印する。考えたら出来ない。
  4. 事前に曲を知る。スコアを見ながら曲の流れを予習しておくことは緊張をほぐす。どこで終わるか判らないと「ブラボー」どころではない。
  5. しかしながら、演奏の直後ではなく、少し間をおいてから、じんわりと放たれるブラボーもグッと来るものがある。
  6. 椅子に深く腰掛け過ぎてはいけない。背中が背もたれについていては困る。
  7. コンクールでは決行が難しい。次の学校との間合いが短いからだ。けれども不可能ではない。先日の郡山の全国大会では決死のブラボーをかました。客席からのブラボーがコンクールの審査に影響を及ぼすかどうか明らかになってはいない。
  8. 娘本人のドン引きをけして恐れてはいけない。実は決行する上での最大の心理的障害はこれだと思う。実際には会場で放たれたブラボーの声を聴いて、ステージの娘らが発声の主を正確に聞き分けるかどうか疑わしい。しかしながら、我が家の次女は、「もしかするとパパがブラボーするかも」と思っているので高い確率で聞き分けると思われる。
  9. 事前に娘に了解を取るなんぞもってのほか。「やめてよ」とでも言われたら決心が鈍るだけだ。「やりなよ」「がんばって」などと言われる公算はきわめて低い。
  10. けれども決行したら頃合を見て「どうだった?」という声がけは必須。最近我が家の次女はあきらめている。最初の駅コンでは「パパの声だって判った」という反応。郡山では「はぁあ。パパだったのか~」という白い目。クリスマスパーティでは「ま、いいんじゃね」というあきらめ顔。最早粘り勝ち。
  11. 演奏直後、適正なタイミングで発せられた「ブラボー」は、公式の録音に収録される可能性が高い。CD購入の際のひそかな楽しみになり得る。
  12. 自席周囲の人々を予めさりげなく確認する。中学高校生がいたら心の準備が要る。彼らの注目を集めることは確実だ。変に卑屈になることはない。
  13. 仲間を頼らない。「ブラボー」はとかく心細い。同じオケに娘を通わせる父親同士で決意を確認しあうのは心強いが、実際に発するときには孤独だ。
  14. 親同士で客席内の近い位置に固まると安心なのだが、これはかえって不自然。会場のあちこちいたるところから発せられるほうが本物感が強い。
  15. 14番と同じ理由で、声のトーンやタイミングが合い過ぎているのも不自然だ。事前に集まって練習なんぞもってのほかだ。

36代になって私は、駅コン、文化祭、全国大会in郡山、クリスマスパーティ、オケフェスの5回でブラボーを敢行した。この手のどうでもいいことほど大真面目に。考えてもみて欲しい。出番は数えるほどしか残っていない。

2012年12月29日 (土)

オーケストラフェスタ

昨年に引き続き、仕事納めの日が娘の出番と重なった。迷わず早退の悪いパパ。

世の中冬休みに入って、駅伝、サッカーあるいはラグビーなど高校生スポーツの全国大会も目白押しだ。スポーツの分野における高校生は、しばしば大人の観戦者たちを感動させるけれどオーケストラフェスタはそのノリに近い。

最終日の最終演者だから参加70校の大トリ。演目はボロディン作曲交響曲第2番第3楽章および第4楽章。最終的には全楽章の演奏を目指す中間点。後半2楽章がようやく全貌を現した。

第3楽章のゆったりと揺蕩う旋律は彼女たちの本領だ。ハープのモノローグ、弦楽器の確たる刻みなど聴かせどころは多い。クラリネットとホルンに絶妙のソロがある。セカンドのブジッジでなだれこむ熟成を重ねた第4楽章は、郡山の全国大会に比べて、輪郭がくっきりした感じがする。細かい音符の場面で弦楽器の粒立ち感が増した。金管楽器のコラールが幅と深みを加えた模様。交通整理が進んだ結果、いっそうメリハリがついたと申しては正確で無い。透明感が増したというニュアンス。郡山のときより演奏が流れている感じだった。連続「sul G」の気迫と節度の絶妙なバランスは、奇跡の域だろう。

この先これに第一楽章と第二楽章が加わる小出し感がたまらない。

驚いたことに本日のこの記事は、次女の関連ネタを集めたカテゴリー「766 次女」の205本目の記事となる。2033年5月7日ブラームス生誕200年のゴールに必要な記事の2%を荒稼ぎした計算だ。さらに申せば昨日の記事「セカンド覚書」でカテゴリー「743 高校オケ」は記事100本に到達した。同カテゴリーは、次女の高校入学オーケストラ入団とともに、関連記事の集約を目的に新設した経緯がある。あれから1年半と少々で100本に到達したということだ。

うれしい報告がまだ続く。昨日の午前中にブログ「ブラームスの辞書」への年間アクセスが90000件に到達した。携帯電話からのアクセスを抜いた数で、ブログサイドバナー表示のアクセス連動する値。ブログ開設以来の新記録。従来の記録は2008年で83946アクセスで一日平均229.3件。年末ギリギリに90000に届いた。1日平均に直すと246件。

次女のオーケストラがここでも多大な貢献をした。次女のオーケストラ生活は2011年4月に始まったのだが、2年目の今年、ドイツ公演後にオケ関連記事へのアクセスが増えた。さらに次女の通う学校の実名に言及したことで、さらに訪問者が増えた。

オケフェスは終わった。次はピアノ五重奏だ。

2012年12月28日 (金)

セカンド覚書

亡き妻を交えて仲間とピアノ五重奏に挑んだとき、妻が弾くセカンドヴァイオリンについてあれこれ語らった。さらに、妻はピアノも弾いた。どちらかというとピアノの方が達者だったから、ときどき交代でピアノも担当した。そのときの記憶を頼りにピアノ五重奏の第3楽章におけるセカンドヴァイオリンの見せ場難所を書き留める。

  1. 休み 曲の冒頭17小節間いきなり休符が続く。入りは18小節目の後半ピアニシモのピチカート。ちゃんと小節数えないといけないことは確かだが、練習が深まればノリでなんとかなる。むしろそれがベスト。
  2. フガート 練習番号Bの67小節目から始まるフガートも、延々とお休み。またも17小節。今度は複雑なフガートに途中からひっそりと加わる感じだ。入りの場所も大切だが、周囲のノリについてゆくことが肝心。大きな4拍子で数えるが、浮いた1小節で間違えないように。
  3. ストレッタ 休みから復帰すると間もなくフガート終末のストレッタに向かう。16分休符がきわどく挟み込まれた特徴ある音形でじりじりと音階をよじ登って行く。第一ヴァイオリンと心を合わせるところ。
  4. 重音 フガートの終着点少し前の105小節。アクセント付きの四分音符が連続する場所。ここはヴィオラ以下の弦楽器をセカンドが先導する大見せ場。重音の音程が難儀だが、絶対にしがみつくこと。
  5. 生きがい 176小節から後、トリオに入るまでのフォルテシモ。仲間とあわせる喜びを満喫できる。どのパートとあっていて、どこのパートとずれているかアンテナを上げていると、ふっとクリアに心に入って来る。ここ主旋律セカンドとチェロに他が絡みつく構造だ。気合を振り絞れ。
  6. 謎の四分音符 生きがいのフォルテシモの中、179小節目と183小節目の後半、2本のヴァイオリンがともに「H音」の四分音符になっている。理由説明不能だが、この四分音符は絶妙に心地よい。
  7. 圧縮 ブラームス独特の技法。144小節よりわずか2小節でピアノからフォルテシモに駆け上る。第一ヴァイオリンと一緒のはずが途中から3度下になる。CDの聞こえと異質なラインを駆け上がるので要注意。
  8. 下支え ハイポジションで高音を徘徊する第一ヴァイオリンのオクターブまたは3度下で同じ動きをすることが多い。がっしりと支えよう。
  9. 低音好き ブラームスの特徴。中音域より低い音域を好む。空気を読みつつ場合によっては「sul G」で行こう。出来るだけピアノの左手を聴きたいものだ。
  10. ピアノと 何と言ってもピアノはこの曲の根幹。ピアノとの距離感を意識し続けながら、響きの中の自分の位置づけを自覚するべし。練習番号Bの前3拍、12個の16分音符をすっきりとピアノとシンクロさせつつ、第一ヴァイオリンとの協調も求められる難所、もとい見せ場。
  11. トリオ 中間部トリオの冒頭にもまた17小節の休みがある。出番は210小節だ。その最初の「F音」はいきなりの見せ場。和音「G7」の中の「F音」だ、第一ヴァイオリンの「G音」とやんわりとぶつかる。ピアノが一瞬かぶるものの、この瞬間「F音」を出しているのはセカンドだけ。気持ち低めがよいかも。ディスイズ・ブラームスな瞬間。
  12. ヴィオラと トリオに入るとヴィオラとの連携に忙しい。フーガを先導するソロなど全体にうらやましい見せ場が多いので嫉妬気味。「ブラームスってヴィオラ好きなんだね」と。
  13. ピアノの左手 なんだかいつもかっこいい。弾きながらいつでもピアノの左手を意識していたい。146小節目からトリオまでのおよそ50小節間がとりわけ素晴らしい。

いくらでも思い出す。もし我が家が当初の大願を成就し、妻を含む家族でピアノ五重奏を演奏することになっていたら、煙たがられるのを承知で家族一人ひとりにこの手の薀蓄をぶつけていただろう。次女はその勢いを一人で背負わされるということだ。

2012年12月27日 (木)

クロスリズム

ピアノ五重奏曲の第3楽章の魅力は、4分の2拍子と8分の6拍子の頻繁な交代にある。その対比が聞かせどころの一つには違いないのだが、この両者の錯綜共存は見られない。弦楽四重奏第3番フィナーレには、これらの拍子に加え、4分の3拍子までが同時に鳴る場所が存在するけれど、次女たちが挑むスケルツォでは共存が避けられている。

ところが例外が一箇所。トリオのそのまた中間部、練習番号E226小節目のピアノ左手に注目願いたい。ここから拍子が4分の2に変わる場所。4分の2拍子の2拍目に3連符が配置される。ピアノ左手だけ2拍目が3分割された2拍子を弾く。つまりその間事実上の8分の6拍子ということになる。ピアノと第一ヴァイオリンが4分の2拍子だから、そこで8分の6拍子を弾くピアノ左手との間にリズム的な緊張が起きる。これがクロスリズムだ。234小節目のアウフタクトからはチェロに引き継がれる。ピアノとヴァイオリンのダイナミクスがメゾフォルテであるのに対してチェロはフォルテだから、「チェロが引っ込み過ぎてはなりませぬ」というブラームスからのお達し。クロスリズムを際立たせよという意図だ。

そうしたリズム的拮抗はやがて結審される。242小節で全体が8分の6拍子に戻る。チェロの8分の6拍子は、一足先の復帰だったことが明らかになる。トリオの開始部のチェロと5度違いの瓜二つとなっている。トリオ低音部は事実上8分の6拍子で貫かれている。

2012年12月26日 (水)

トリオのテンポ

ソナタの中間楽章に現われがちな舞曲楽章は全て三部形式で書かれている。そのまた中間部は一般にトリオと呼ばれている。三楽章制を採用するソナタには出現しないからカウントがややこしいがひとまず34曲としておく。これに作品4の変ホ短調のスケルツォと、FAEソナタの中のハ短調のスケルツォを加えた36曲が本日のお話の対象である。なお同一曲の中にトリオが二度出現する場合もそれぞれ1曲とした。ちなみに第4交響曲の第3楽章は、ソナタ形式なのでカウントに入れていない。

今日のお話はこれらのトリオのテンポが直前の主部に比べて上がるのか下がるのかを議論したい。まず最初に主部からトリオに行く際にテンポが速まるものを列挙する。

  1. ピアノソナタ第1番「Allegro molto con fuocoPiu mosso」
  2. 管弦楽のためのセレナーデ第1番「Allegro non troppoPoco piu moto」
  3. 弦楽六重奏曲第1番「Allegro moltoAnimato」
  4. ピアノ四重奏曲第1番「Allegro ma non troppoAnimato」
  5. 弦楽六重奏曲第2番「Allegro non troppoPresto giocoso」
  6. 弦楽四重奏曲第1番「Allegretto molto moderato e comodoUn poco piu animato」
  7. 弦楽四重奏曲第2番「Quasi menuetto,moderatoAllegretto vivace」
  8. 交響曲第2番「Allegretto grazioso(quasi andantinoPresto non assai」
  9. クラリネット五重奏曲「AndantinoPresto non assai,ma con sentimento」

上記1番および3番を例外とすれば主部のテンポは全概ね「Allegro未満」になっている。逆にトリオに行く際にテンポが下がるものは下記の通りだ。

  1. FAEソナタ「AllegroPiu moderato」
  2. ピアノソナタ第2番「Allegro→「Poco piu moderato」
  3. ピアノ三重奏曲第1番「Allegro moltomeno allegro」
  4. ホルン三重奏曲「AllegroMolto meno allegro」
  5. ピアノ三重奏曲第2番「PrestoPoco meno presto」
  6. クラリネットソナタ第2番「Allegro appasionatoSostenuto」

初期に集中して現われた後、一番最後に一花咲かせている感じである。

もっとも大切なことはテンポが上がるケース、下がるケース合計で15例にとどまる。つまり残り21のケースにおいては、テンポが変わらないということだ。少なくともブラームスはトリオの冒頭でテンポを直接いじる指示をしていない。「いじって欲しいところにはそう書いてある」というブラームスの考えに従えば、「書いていないところでいじるな」とも解釈出来る。たとえばトリオの冒頭に「espressivo」「legato」「dolce」等の語が置かれているケース(全て実在する)において慣習としてテンポが変動している事例が後を絶たないが、安易な解釈は慎まねばなるまい。

次女たちふくだもな五重奏団が挑むピアノ五重奏第3楽章のトリオには、速度の指示がない。テンポ変動が必要な場合、必ず明記するのがブラームス流だから、表示の無い同曲トリオにおいてブラームスはテンポの変更を求めていないということだ。求めているのは気分の変更だけにとどまる。

2012年12月25日 (火)

クリスマスプレゼント

楽章を2小節単位でくくることから得られる大きな4拍子という枠組みの中で、2拍のズレを楽しむのが中間部トリオであると一昨日書いた。

同じく実質4拍子の枠組みの中で、1拍のズレを楽しむ場所もある。第三主題がそれ。23小節目アウフタクトだ。曲中初めて全楽器が同時に鳴る場所でもあるし、最初のフォルテシモでもある場所。大きな4拍子で見ると4拍目から始まるのだが、アウフタクトの4拍目が主調・ハ長調の和声を持っている。続く23小節の1拍目はヘ長調になっている。和声的にはハ長調の和声を持つ4拍目が強拍に聞こえるのに、拍節的には4拍目になっているというズレ。さらに26、27、28小節において2拍目に「fz」が付与されているから、1拍ズレているという錯覚に陥る。広い意味でのシンコペーション。

全体を4拍子ととらえることで、シンコペーションの効果が増幅される。そういう意味では、この度のフォルテシモが始まる前の4分休符がとても大切だということが判る。全パート4分休符にすることで、続く爆発が強拍か弱拍かを判りにくくしている。同じ場所が再現される109小節目では、ここに4分休符があてがわれないことから、1回目において拍のはぐらかしが意図されたと判る。

次女たち「ふくだもな五重奏団」がブラームスのピアノ五重奏に挑むと聞いたとき、嬉しいの次に頭によぎったのが、「ピアノ誰弾くの?」だった。トップ奏者が集まれば、弦はどうにかとは感じていたが、ブラームス室内楽のピアノは、一筋縄では行かないと思ったからだ。いつもはコンサートミストレスの隣で弾いているヴァイオリン奏者が、そのピアニストだとわかったとき、疑問は解けた。ドイツでオルガンを披露したほどの腕前。そして何より左利き。これは理屈抜きに応援せねばと思った。ブラームスのピアノ入り室内楽で何が難しいといって、みんな苦労するのがバランスだ。とりわけライブでは難問だ。シェーンベルクがブラームスのピアノ四重奏をオーケストラ編曲した理由の一つに挙げているほどだ。曰く「ピアニストが達者であればあるほど、弦楽器がかき消される。」「かといって達者なピアニストでないとピアノパートが様にならない」「だから正しいバランスで聞かせるために管弦楽に編曲した」と。頼りはフタの開閉度というオチも珍しくない。ピアノに張り合っても音をつぶさない弦楽器と、弦楽器との間合いを読んで匙加減出来るピアニストが必要だ。

高校オケの弦楽器トップ奏者に囲まれてブラームスの室内楽に挑むのが同じ高校生のピアニスト。そのメンバーに娘が加わっている。これがどれほどの至福かご理解いただけるだろうか。

昨日次女たちオーケストラ部のクリスマス会があった。時期的に見て一年の労をねぎらう忘年会のノリもあるにはあるのだが、まだ年内にオーケストラフェスタがあるからその面では壮行会だ。そしてブラボーの練習も少々。

終盤間近のビスマルク特集を延々とさえぎって、10本もピアノ五重奏ネタを連ねたのは、ブログ「ブラームスの辞書」からメンバーへのクリスマスプレゼント。そして何やらブラームス風な遠まわしのエール。お気づきの通りこのたびカテゴリー「250 ピアノ五重奏曲」を新設して関連記事を集約する。

とはいえこの一連の記事が、乙女たちのはばたきを妨げる小さなカゴにならないことを祈るばかりである。ブラームスのご加護を特盛で。

2012年12月24日 (月)

トリオの帰結

242小節目でトリオが8分の6拍子に復帰し、トリオ主題の三現が始まる。チェロ以外の弦楽器はみな最低弦を用いる音域。ここしばらくは「sul G」でお願いしたいところ。低音域好みのブラームスならではの節回し。調はドッシリとしたハ長調でめでたしめでたしなのだが、ピアノを見るとありゃりゃと驚く。

右手は「C音」のオクターブなのだが、左手は「B♭音」のオクターブになっている。半音の衝突ほどではないが、少し気になる間合い。この後ずっと2度ないしは短3度の差を維持したまま、ゆるやかな下降を続ける。けして同じ音には収束しない。無理してコードネームで申せば「C7」の第三展開形か。となると目指すは「F」かとも早合点する。実際246小節目には「F」が現れるのだが、右手が「H音」にズリ落ちてしまい、和音「F」が確定しない。左手が少しだけ右手に先行してジリジリと下降を繰り返す。ひょっとしてこれが「繋留」かも。

右手が「As音」から半音下の「G音」に移るところで、鬼ごっこは終わり、左手はやっと「C音」に落ち着く。

旋律はどっしりと輝かしいハ長調なのに、下支えのピアノがこの有様だから、全体としてはどこか置き去り感がある。そうだ。ここはトリオの終末部。トリオ単体としてはハ長調に戻ってきたことで大団円なのだが、曲全体としては冒頭スケルツォ主部への回帰を準備する場所でもある。旋律をもってトリオの帰結を暗示しながら、背景ないしは下支えのピアノだけは主部への回帰を模索しているという凝った作り、実はブラームスならでは。

2012年12月23日 (日)

まったりの仕組み

話はまだまだ続く。ブラームスのピアノ五重奏曲の第3楽章が実質4拍子である話。これ自体はスケルツォではよくある話。ベートーヴェンが交響曲にスケルツォを導入した頃からの決め事だ。「1小節を1拍と感じる高速4分の3拍子」が実質4拍子なのはそのとき以来の伝統だから、どや顔で言及するほどのことはない。むしろ4分の2と8分の6のめまぐるしい交代を柱とするこのスケルツォが、やはり実質4拍子になっている点に面白味がある。そうした中1小節だけ浮いた2拍子をしのびこませたブラームスのいたずらに嬉々として言及したところだ。

さてその実質4拍子はトリオにも受け継がれる。

ハ長調に転ずるトリオは「ソドミレファミ」と幅広に歌い出される典型的ブラームス節だ。冒頭の「ソド」こそがおいしさの素だ。旋律冒頭の4度跳躍はおいしい旋律の巣になっている。第一交響曲フィナーレの歓喜の歌を思い出すといい。その4度跳躍によって小節線を跨ぎ「ド」が強拍になっていることで拍節的にも和音進行的にも磐石感が増す。

ところが本日話題のトリオは、旋律こそ「ソド」の4度跳躍で立ち上がり、かつここで小節線を跨ぎはするのだが、大きな4拍子として見た場合に「ド」は、最強拍としての1拍目になっていない。最強拍は先の「ソドミレファミ」で申せば「レ」の上に来る。和音的には「C」ではなくて「G/C」となる。このトリオが持つ柔らかな感じは、こうした拍節構造にも起因している。その後弦楽器によって同じ旋律が提示されるけれども、この拍節構造は必ず維持される。

見かけ上小節線を跨ぐ「ソ→ド」が実は最強拍ではないというリズムのズレが、この中間部全体を貫く肩の力の抜けた柔らかさの源泉だ。

さらにだ。その立ち上がりの「2拍前」のピアノにも「ソド」がある。こちらは大きな4拍子で数えても「4→1」に相当する部分、主部の立ち上がりに2拍先行するフェイクにも見える。このあたりの曖昧を味わうのも一興だ。

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昨日は長女19歳の誕生日。記事が立て込んでいてそれに深々と言及する余裕がない。

おめでとう。

2012年12月22日 (土)

フガート

フーガ然とした外形を持つものの、フーガの厳密な定義からははずれるフレーズ。交響曲や室内楽、もちろんコンチェルトなどの器楽曲の一部分をフーガ風に味付ける部分がある。ブラームス節の特徴の一つだ。

一昨日の記事「紛れ込んだ1小節」で、2小節単位のくくりからはみ出る浮いた1小節の話をした。その小節は75小節目だと書いたとき、それが67小節目から始まるフーガ風の展開の中に現れると指摘したところだ。そのフーガ風の展開のこそがフガートの代表例になっている。

67小節目冒頭から第二主題「タッカタッカタッカタカタカ」のヴィオラの裏でピアノの右手が対旋律で絡み付いているから、二重フーガ風ともいえるが、いきなりセオリーからの逸脱とも映る。次に旋律を引き継ぐのはピアノの右手で、対旋律がヴィオラに。このときのピアノの旋律は4度上だから、今度は完全にフーガの厳密なルールからは逸脱する。けれども聴き手は間違いなくフーガを想起する。同時にピアノの左手は第3の旋律を立ち上げる。問題の浮いた1小節は2度目の主題提示のあとに置かれている。ピアノは4つの弦楽器とともに右手と左手が独立した声として動くから合計して6声なのだが、ヴィオラやセカンドの出番が薄いからやっぱり伝統の4声かもしれない。92小節から2つのヴァイオリンが追い立てるようなフレーズで煽るのもまたストレッタ風で、フーガの盛り上げ方の手法だ。ちょうど100小節目で全楽器がフォルテシモに到達して今回のフガートがお開きになる。そしてその5小節後にセカンドに見せ場が来る。(頼むね)

フーガの厳密な定義なんぞそらんじている必要は無い。それでもここがフーガ風だと判る。演奏者もそれが判っていた方がいい。特にピアノは両手が独立した声部として動くポリフォニーの一部になりきる必要がある。なに平気だ。ドイツでのオルガン演奏にバッハを選んだピアニストには心配は要らない。むしろ見せ場。

2012年12月21日 (金)

いきなり借用

ふくだもな五重奏団がチャレンジするピアノ五重奏曲の第三楽章スケルツォは、調号としてフラットが3つ奉られている。そこでいきなりチェロがC線解放弦の「C音」を放って立ち上がるのだから、そこにハ短調を期待するのが人情というものだ。

ところが3小節目でいきなり問題が提起される。第一ヴァイオリンとヴィオラは「As音」から旋律を立ち上げるからだ。最初の1小節は変イ長調の主和音「As-C-Es」になっている。期待されるのはハ短調「C-Es-G」だから、「G音」が半音違いの「As音」の差し替えられた形だ。本来来るべき和音の代わりに別の和音を持ってくることを借用というのだが、ここではそれが楽章冒頭の旋律提示の段階でいきなり現れる。チェロ解放弦の「C音」は根音ではなくて「第3音」でしたというオチ。

勝手にハ短調「C-Es-G」を期待する聞き手に肩透かしをかましてはぐらかしつつ、リズムもスラーが頻繁に小節線を跨ぐ。さらにダイナミクスは曰くありげなピアニシモ。何かを隠した薄明かりの中を手探り状態で進む。

同じ和声の枠組みがピアノ協奏曲第1番の冒頭にも見られる。調号にフラット1個を奉り、低い音域で「D音」がフォルテシモで放たれるから、誰もが期待するニ短調と思いきや、第一ヴァイオリンとチェロが「変ロ音」でなだれ込む。この手法をそのままに主音をD音からC音に差し替えたのが、ピアノ五重奏だ。ダイナミクスがピアニシモであることが大きな違い。ハ短調の確立に時間をかけるという手口。

2012年12月20日 (木)

紛れ込んだ1小節

昨日の続き。ブラームスのピアノ五重奏の第3楽章スケルツォが実質4拍子という話題。スコアをお持ちの方はいよいよ是非御手許に。

楽章が実質4拍子で、2小節一組にくくって考えると、いろいろと面白い。だから演奏にあたっては、パート譜にマーカーペンで2小節ごとに印をつけるといい。「奇数小節の前」「偶数小節の後」にマークする。「12」「34」「56」「78」とい具合に「奇数+偶数」で大きな4拍子が作られる。けれどもこれがトリオまで貫かれているからといって、機械的にホイホイ印をつけると痛い目にあう。

13小節目から始まる「タッカタッカタッカタカタカ」は見事に4拍子にはまる。16分音符が4つで構成された4拍目のおかげで「4→1」という拍節感が強調される。ところが同じ旋律の再現158小節目練習番号Dを見るがいい。「偶数小節→奇数小節」になっている。さっきと逆だ。どこで狂ったのだろうとばかりに探しあてたのが75小節目。(下図、丸囲み)

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67小節目から始まるフガートの中だ。ヴィオラに4小節(つまり大きな4拍子2個分)遅れて旋律を引き継いだピアノ4小節の次の75小節が半端の原因。4つ振りで感じるなら「1234」「34」「1234」に聞こえる。次に旋律を受け継ぐ第一ヴァイオリンは76小節目から立ち上がって以降、「偶数小節+奇数小節」で大きな4拍子を構成するようになる。ヴィオラとピアノ以外の奏者はお休みで、小節をカウント中。4拍子のノリでうっかり数えているとここでズレるから、休んでいる人たちにこそ必要な豆知識。

マーカーペンで機械的に印を付けられるのは「73小節と74小節」のくくりまでで、75小節を浮いた1小節とみなして「76小節と77小節」をひとくくりにする。以下「78+79」「80+81」と続く。4分の4拍子の音楽に1小節だけ4分の2拍子が挿入される感じだ。

楽章冒頭チェロのピチカートソロ4発で、実質4拍子を宣言しておきながら、途中にこうした意地悪をしのびこませるブラームスのひねりだ。

2012年12月19日 (水)

実質4拍子

次女たち「ふくだもな五重奏団」が挑むブラームスのピアノ五重奏曲。その第3楽章は「スケルツォ」のタイトルが奉られた8分の6拍子。この拍子のスケルツォ全4例は、みなハ短調という不思議はかつて話題にした。けれどもこの楽章の売りはむしろ、その8分の6拍子と、4分の2拍子の交代の妙にある。13小節目で4分の2拍子に転ずる。どちらの拍子もいわゆる「2拍子系」で「1212」となる。

ところが、背筋を伸ばしてもう少し高い所から旋律やフレージング、あるいは拍節を観察すると4拍子が透けて見えるようになる。「8分の6拍子」や「4分の2拍子」の小節2個を一組でくくるといい。2小節を一組にして大きな1小節ととらえて、4つ振りで感じるといろいろな仕掛けを体感できる。「1212」の連続と感じるよりもずっと大局観が得やすい。

その感覚は中間部トリオまで貫かれている。

ブラームスは楽章の冒頭でチェロC線解放弦のピチカートを単独で4度鳴らす。これは楽章が実質4拍子であることのささやかな宣言だ。

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2012年12月18日 (火)

チェロのC線

チェロに限らず弦楽器は、決められたA音を基準に、耳で完全5度を聞き取りながら調弦することでピタゴラス音律になる。一方ピアノは平均律で調律されているから、この両者「A音」以外の音が厳密に一致することはない。

「A音」を基準に完全5度下の「D音」を取った場合、平均律のピアノよりは少しだけ低くなる計算だ。その「D音」を基準にさらに五度下の「G音」を取ればそのズレが堆積されることになる。ヴァイオリンは、G線で終わりだからまだマシともいえるが、チェロはヴィオラとともにさらに下のC線があるから、ズレが拡大してしまう。悪いことに最低弦のC音は、必要になったら解放弦を鳴らす以外に方法が無い。弦楽器奏者たちの耳に頼った微調整が出来ない。

次女たちが挑むブラームスのピアノ五重奏の第3楽章は、あろうことかそのチェロC線解放弦のモノローグで始まる。さらに印象的なトリオでもチェロの解放弦のC音が重要な役割を果たす。ピアノとの共存を前提とするピアノ五重奏だというのに、ブラームスはチェロC線解放弦の使用を恐れていない。

申し遅れましたがしばらくの間、スコアを御手許に開いて読むと、面白さがいっそう引き立ちます。

2012年12月17日 (月)

セカンドの注意力

記事「ソラソミファソ」の重要な続き話。音形としての「ソラソミファソ」が曲中いたるところに音高や音価を変えて現れると書いた。今日はその興味深い一例について述べる。

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上図はピアノ五重奏曲第三楽章。両ヴィオリンのピチカートが始まっているのが18小節目である。ヴィオラが「タッカ」のリズムの中で「ソラソミファソ」を埋め込んでいるのにはすぐに気がつく。第一ヴァイオリンに注目いただきたい。ピチカートの重音ながら上の音はキッチリと「ソラソミファソ」のラインをなぞっているように見える。ところが5つめのピチカートが「C音」になっている。「ソラソミファソ」を完全にトレースするならここは「F音」でなくてはならない。この7つのピチカートの中で、他の6つは全部弦楽器中の最高音であるのに、ここだけはセカンドに最高音を譲っている。丸で囲んだセカンドの「F音」だ。この「F音」がもし第一ヴァイオリンにあったら、完璧な「ソラソミファソ」になっていたはずなのに。

セカンドヴァイオリンの立場になってみる。実はセカンドこの楽章冒頭から延々と休みが続いていた。このピチカートこそが最初の出番だった。大きな4つ振りの4拍目から恐る恐る合流してみると第一ヴァイオリンが旋律だったといって、やれやれどっこいしょとなっては困る。5番めのピチカート「F音」だけは「ソラソミファソ」の音形を構成する重大な音だ。

ブラームスの意図は不明。この箇所の再現に相当する105小節目では「ソラソミファソ」が「シドシソラシ」に音高を変えて現れ、何とセカンドが輪郭を描く。このときは5番目の音だけを誰かにゆだねることもない。何故提示部においてのみこのような措置が採られたのか。

長い休みだったセカンドの注意力が試される。ブラームスがセカンドの目覚まし代わりにと埋め込んだトラップに違いない。娘よ心せよ。

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昨日の14時頃の愛車のメーター表示。ここを逃すとずっとお目にかかれない。「1833」は、ブラームスの生年であり、かつボロディンの生年でもある。

2012年12月16日 (日)

病院訪問

昨日恒例の出張演奏会があった。大小合わせて年間20回くらい演奏を披露する機会がある次女たち高校オケだが、そのいくつかは福祉施設や病院への訪問演奏だ。後援会役員としてこれに同行してきた。

  1. ハチャトゥリアン 「仮面舞踏会」ワルツ
  2. 「聖しこの夜」
  3. アンダーソン 「シンコペーテッドクロック」
  4. アンダーソン 「そりすべり」
  5. 「ふるさと」
  6. 「ラデツキー行進曲」

病院のエントランスホールでいつも通りの楽しいステージ。「金賞目指して一直線」というガチガチのコンクールも結構だが、彼女らの本質はむしろ本来こちらの癒し系だ。

「聖しこの夜」の後にプレゼントタイム。生徒たちから参列者の皆様お一人ずつにクリスマスカードの贈呈があった。もらい手の方が多いので、生徒は一人複数枚を手作りした。我が家の次女は7枚製作したらしい。先般の期末テスト前の部活停止期間中に、色画用紙、色鉛筆、色セロハン総動員で工作に励んでいたのはこのためだった。「カード完璧テストグダグダ」の可能性は低くない。

今日はこれから弓の毛替え。

弦楽器にとって弓の毛は消耗品。馬のしっぽの毛だ。次女たちのオケは練習量が多いのですぐヘタってしまう。前回の交換は忘れもしない9月29日。楽器ショップに行くために慣れない駐車場に入れようとして、買ったばかりの車のバンパーを損傷してしまった。最近のクルマはカッコ優先で、フロントグリル一体型のバンパーだから目の玉が飛び出るような修理費がかかった。車両保険に入っていてこれほどありがたかったことはない。

バンパーの修理費に比べればたいしたことはないのだが、毛替えはオケ入団後もう5回目だ。おおよそ4ヶ月に1回のペースだが、年末のオケフェスと、年明け早々のふくだもなのために少々早めだが思い切って張り替える。

それから選挙。長男とうとう選挙デビューだ。

 

2012年12月15日 (土)

ソラソミファソ

ふくだもな五重奏団が挑むブラームスのピアノ五重奏曲へ短調の第三楽章スケルツォ、主部は3つの主題で成り立っている。

  1. 第一主題 8分の6拍子。開始直後チェロのピチカートに先導されて第一ヴァイオリンとヴィオラが歌い出す主題。スラーが頻繁に小節線を跨ぐ上に、ダイナミクスもピアニシモに固執するので何やらとらえどころの無い感じ。
  2. 第二主題 13小節目で4分の2拍子に転換すると同時に、またまた第一ヴァイオリンとヴィオラが「ソッソ、ソッソ、ソッラソミファソ」と走り出す。第一主題に比べると歯切れが良くて印象的。
  3. 第三主題 23小節アウフタクトからの「ソーラーソーミーファァソーファーレー」という旋律。初めて全楽器が同時に鳴る上に、フォルテシモの登場もここが最初。

赤文字にしたところが「ソラソミファソ」だ。この音形が全体を貫くセルになっている。この主題が登場しない第一主題はむしろ序奏と位置づけるべきかもしれない。

以後この「ソラソミファソ」は音高を変えて頻繁に現れる。

  • 57小節目 レミレシドレ
  • 62小節目 ファソファミファソ
  • 68小節目 シドシソラシ
  • 72小節目 フォソファデミファ
  • 77小節目 シドシソラシ
  • 81小節目 ファソファレミファ
  • 85小節目 シドシソラシ
  • 89小節目 ラシラファソラ
  • 91小節目 シドシソラシ
  • 101小節目 シドシソラシ
  • 上記の通り進むのだが、105小節目にサプライズ。「シドシソラシ」の音価が4倍に引き伸ばされてセカンドヴァイオリンに現れる。次の109小節目の爆発にむけて弾みをつける場面。その109小節目の爆発は第3主題の再現に相当する「シードーシーソーラソラシー」になっている。
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    この手の練りこみ度ブラームス流。

  • 2012年12月14日 (金)

    ふくだもなパンデミック

    話は12月9日夜の後援会の年末懇親会に遡る。その出席者が50名だったことに引っ掛けた記事「五十奏」で、盛会の模様をレポートした。実は実は日曜の夜の集まりだったというのに二次会があった。二次会の出席者はなんと27名。半分以上が二次会に流れた。

    一次会はくじ引きなどで予め席順が決まっているのだが、二次会の席は何となく流れで決まる。私の席の周りを見て驚いた、ふくだもな五重奏団の保護者が集まっているではないか。残念チェロがいないと思ったらやはり別の席にいらして、こちらの席に手招きしてお呼びした。ふくだもな五重奏団の保護者全員二次会に残った。幸先がいい。

    ふくだもな五重奏団がブラームスに挑むことを親が皆わかっていた。親同士でいろいろな話ができた。「ふくだもな」の由来をちゃんとお見通しのお母様もいらして嬉しかった。

    ピアノ担当のお嬢さんは、他のメンバーからは「結局彼女って弾けちゃうのよね」と思われている。つまりそれほどの腕前なのだが、どうしてそんな腕前なのに、高校の部活でオケを選び初心者としてヴァイオリンを始めたのかという立ち入った質問をお母様にぶつけた。「あの子みんなでアンサンブルがやりたかったみたいで」と即答。天にも昇る答え。ブラームスは成功したも同然。ヘ短調ピアノ五重奏のピアノパートが弾ける上に、ヴァイオリン演奏にも通じており、おまけにアンサンブル志向とは理想的。これさっそくブラームスに報告。

    コンクールへのエントリーで少々のアクシデントがあった話も出たが、今や既に笑い話。弦楽器担当のあるお母様は、「うちの子は、自分が一番弾けないと言っている」とおっしゃった。我が家の次女と同じ。複数のメンバーが「この中では自分が一番弾けない」と思っている五重奏団の伸びシロは大きい。話を総合すると結局弦の子たちは「ピアノはきっと様になっちゃうから、勝負は私たち」と思っているらしい。「最初CD聞いたとき何だかピンとこなかったけど、だんだんブラームスが好きになってるみたい」とか、「今回のコンクールが終わってもまた同じメンバーで弾きたい」とか私の弱いところとつく話が出まくった。

    我々親が娘たちより一足先に「親バカ五重奏曲ハ長調」で盛り上がってしまったというオチ。一人だけテーブルに紛れ込んだセカンド1年生のお母様が、にこやかに話をきいてくれていたのが救いだ。すんまへん。

    その席上、私は勢いで「クリスマス頃にピアノ五重奏ネタを発信します」と口にしたので、明日からビスマルクネタを中断して約束を果たすこととする。

    2012年12月13日 (木)

    ブライヒレーダー

    ゲルゾーン・フォン・ブライヒレーダー(1822-1893)は、ユダヤ系の銀行家。父から受けついだベルリンの銀行を発展させ、プロイセンやドイツ帝国の金庫番となった。資金の調達という面では、大蔵大臣以上の影響力を持つに至った。

    ブラームスの財産管理人がジムロックだった話は何度も出てきた。彼ブライヒレーダーは、ビスマルクの個人的財政顧問であった。ビスマルクは勲功を重ねるにつれて膨大な土地資産を下賜されたから、その管理運用を委託する必要に迫られて選任したのがブライヒレーダーだった。

    ドイツ帝国成立にとって天下分け目の普墺戦争や普仏戦争で、戦時国債を引き受けて戦費を調達したのもブライヒレーダー。世間の下馬評とは別に銀行家特有の情報と分析により、どちらの戦争でもプロイセンの勝ちと判断したからこそ、国債を引き受けたのだ。

    帝国成立後の1872年3月に貴族に列せられたのは、論功行賞に決まっている。

    2012年12月12日 (水)

    青年向け普仏戦争史

    こういう名前の本がドイツで出版されていたらしい。例によって音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻105ページに友人ヴィトマンの貴重な証言がある。ブラームスから頼まれて知人の子息用にと同書を贈ったところ、ブラームス自身が夢中になって読んでいるという礼状をもらったとある。

    ヴィトマンは、1890年3月のその時点で「普仏戦争」をドイツが行った最後の大戦争という言い回しで表現するとともに、ブラームスが関係する文献全てに目を通していたと証言する。ビスマルクやモルトケ将軍のエピソードは細大漏らさず知っていたと思っていい。

    2012年12月12日の記事がこんな普通の記事でもったいない。

    2012年12月11日 (火)

    喧嘩の原因

    イタリア旅行に3度同行し、スイス・トゥーンの滞在でも世話になったスイスの作家ヴィトマンとは、1888年に絶交寸前の喧嘩をした。

    原因は政治。ヴィトマンは共和的な考えの持ち主であるのに、ブラームスは保守なので、元々一触即発なのだが、お互いがその話題に触れぬことでバランスが保たれてきたのだが、このときは違った。ドイツ皇帝ウィルヘルム1世の崩御、あとを継いだフリードリヒ3世も3ヵ月後になくなった。若きウィルヘルム2世が登場し、方向転換が図られる。即位間もないウイルヘルム2世の演説をヴィトマンが「国粋的過ぎる」と批判したことがキッカケで行き違いが起きた。

    共通の知人の仲裁で絶交には至らなかったが、この年限りで夏の滞在地にトゥーンが選ばれることはなくなる。

    2012年12月10日 (月)

    五十奏

    「五重奏」の間違いじゃないのという声も聞こえてきそうなタイトル。でも「五十奏」でOKだ。

    昨晩次女の所属するオケの後援会主催で懇親会があった。ノリとしては忘年会。そこに集ったのが総勢50名。それぞれの思いを存分にぶつけあうから「五十奏」でよい。私は後援会の役員だから、幹事団の一員として主として名簿の作成にエクセルと格闘した。直前までいろいろバタついたりしたが、これもまた一興だ。

    「五十奏」のテーマはいろいろだ。3月のドイツ公演はまだまだ記憶に新しい。そして11月には全国大会金賞。

    何せ50名だ、開宴してしまえば近場の席の人と盛り上がるしかない。途中で適当に場所替えしてまた同じような話題で盛り上がる。嬉しいのは我々36代と1年生の37代が現役なのだが、後援会の場合は過去のメンバーも参加してもらえる。もう16年前の第20代の関係者とも親交を深めることが出来た。学校側からも錚々たるメンバーの出席がある。部活保護者の集まりとしては恵まれている。

    そしてブログ「ブラームスの辞書」的にどうしても書き漏らせないことが一つ。次女がメンバーの一員となってブラームスのピアノ五重奏に挑む「ふくだもな五重奏団」の保護者が全員顔をそろえたことだ。このうち第一ヴァイオリンとチェロはご夫婦で出席いただいたから私を加えて7名で健闘を誓い合った。娘らのパフォーマンスに直接の影響はないが、気合のあり方として重要だ。

    2012年12月 9日 (日)

    前衛

    クラウゼヴィッツの「戦争論」を調べたくて探していたら、よい本に出会った。PHP研究所刊行、兵頭二十八訳の「戦争論」だ。950円という価格が魅力的なのだが、それ以上に内容がすばらしい。とかく難解な「戦争論」が平易に読み下されている。ときおり挿入されるコラムが充実していて、不足しがちな周辺知識を効率的に補える。訳文本文とコラムの字体が変わっているのも親切だ。

    内容に深入りするとブラームスにも音楽にも関係がない話になってしまうが、一部を紹介する。

    数万の軍に長距離移動を強いる場合、司令官の視界が限られているから、本隊がいきなり奇襲を受けないように、小部隊を本隊の前に先行させるべきと説く。行軍1日分の距離を先行させろというのだ。本隊のいわば触覚代わりに先行させる小隊を「前衛」と呼ぶらしい。フランス語で「アヴァンギャルド」と言われてみて納得した。

    「戦争論」全体に音楽の要素なんぞ皆無なのだが、「アヴァンギャルド」には心当たりがある。「前衛音楽」だ。本来の軍事用語上の意味に照らせば「その時代の音楽と一線を画しつつも、未来の音楽を先取りしている音楽」くらいの意味合いかと合点した。「その時代の音楽と一線を画すこと」と「未来の音楽を先取りしていること」の両立が必須だ。なるほどそうすれば本隊に先行する前衛のイメージにピタリと重なる。

    しかし音楽において現実は厳しい。その時代の音楽と一線を画することはともかく、未来の音楽の先取りが難しい。行軍の場合は、目的地が明らかだから、本隊は前衛の後ろをついて行くが、音楽の場合は本人の自覚は「前衛」のつもりでも、誰も追随しなければ単なる「異端」になってしまう。音楽の行く末を正確に予見するのは困難だ。気のせいか、音楽における「前衛」は、現代の音楽と一線を画することだけで成立し、未来の先取りまでは求められていない気もする。

    ブラームスの言葉を思い出す。「未来の音楽に興味は無い」「未来に残る音楽を書きたい」

    2012年12月 8日 (土)

    ふくだもな五重奏団

    中学時代ベートーヴェンの弦楽四重奏に夢中になった頃、バリリ四重奏団が私の憧れだった。バリリとは第一ヴァイオリンを務めたワルター・バリリに因む命名だ。ウィーンフィルハーモニー管弦楽団では、古来コンサートマスターを中心に弦楽器のトップ奏者たちを集めた弦楽四重奏団を組織する伝統があった。バリリ四重奏団もそうしたアンサンブルの一つである。そもそもウィーンフィルのコンマスは相当な名人が就任するしきたりがある。バリリの前任がシュナイダーハンで、後任がウィリー・ボスコフスキーだと申せば、その水準を垣間見ることが出来る。もっと時代が下ればこういう人もいた。

    ブラームスのピアノ五重奏に挑むことになった次女たち五人のアンサンブルに私の独断で名前を付けた。コンサートマスターを中心に弦楽器のトップ奏者たち3人を加え、さらに第一ヴァイオリンのメンバーから達者なピアニストを加えた5人だから、ウィーンフィルと事情が似ている。アンサンブルコンペティションに挑むメンバー構成は毎年毎年メンバーの事情によって変わるけれど、今年はたまたまこの組み合わせになった。

    次女は「私以外はみんな上手いよ」と言っている。娘よそりゃあ極楽だ。自分より上手なメンバーに囲まれて弾く室内楽は最高に楽しい。自分のレベルアップが即、アンサンブルの向上に繋がる。オケとはまた別の楽しみがある。しかも曲がブラームスだ。本番での演奏もさることながら、練習が有意義だ。昨年のショスタコやファリャ、今年のボロディンのはじけっぷりを見ていると相当期待できる。次女以外の弦楽器奏者たちは、小学校時代からの合奏経験も豊富。ピアニストはドイツでオルガン独奏を披露したスペシャルな腕前の持ち主。次女は個人レッスン時代が長くてアンサンブル経験ではメンバーに劣るが、現在その差を埋めるべく練習中。

    はてさて「ふくだもな」の由来は秘密。第一ヴァイオリンが「福田モナちゃん」ではないことだけはあらかじめお断りしておく。関係者にはバレバレかもしれぬがくれぐれもご内密に

    2012年12月 7日 (金)

    ボロジノの戦い

    ロシアはモスクワの西およそ100km、モスクワ川右岸の村。この村で2度決定的な戦いがあった。

    まずは、1回目。1812年9月7日。ナポレオン軍12万とロシア軍13万余の大会戦の舞台になった。死傷者の数ではナポレオン軍の勝ちだが、ナポレオン軍側の損害も甚大で、ただちにモスクワに殺到出来ない状況となった。双方とも決定的な勝ちを収めるには至らなかったという点では痛み分けなのだが、ここでの足止めが決定打となってモスクワ遠征は破綻することになる。そういう意味ではロシアにとっては救国の合戦だった。日露戦争の帰趨を決した日本海海戦で、ロシアバルチック艦隊は壊滅する。その中に戦艦ボロジノがあった。戦艦の名前に縁起の悪い名前を奉るはずがない。

    2度目は第二次世界大戦。攻める側がナポレオンからドイツ軍に変わった。こちらもモスクワ死守という意味ではロシアの勝ちだ。ヒトラーのバルバロッサ作戦の転回点にもなった戦い。モスクワをめぐる攻防において、ボロジノ村は戦略のポイントだったということが判る。

    ビスマルクは、広大な国土を持つロシアが、その広大さゆえに事実上不敗だということをよく知っていた。首都モスクワまでが遠い上に、首都を占領したところで政府ごと奥地に逃げてしまえる。東へ東へときりが無い。先に自軍の補給が破綻するのは見えている。だからビスマルク外交は対露友好が基本だった。

    さて片仮名でボロジノと標記されていると気づかないが、英文の標記は「Borodino」である。次女たちオケ36代が挑む作曲家ボロディン(Borodin)とよく似ている。こんな歴史ネタを無理やり次女のオケに結びつける絶妙の記事。

    2012年12月 6日 (木)

    プルシアンブルー

    1704年ベルリンの研究家が偶然から発見した青色の顔料。1701年1月18日に成立したプロイセン王国にちなんで、プルシアンブルーと呼ばれるようになった。ベルリンブルーという別名もある。当時青の顔料といえば超高価なウルトラマリンしかなかったので、プルシアンブルーはその安価な代用品としてたちまちのうちに広まった。プロシアンブルーではなくてプルシアンブルーだから少々わかりにくい。

    プルシアンブルーが日本に輸入されたのは1829年。中国を経由して大量に入ってきた。「ベロ青」「ベロ藍」「ベロリン」などと呼ばれた新参顔料をたくみに利用したのが北斎で、彼の代表作「富嶽三十六景」は1831年の出版で、これはヨアヒムの生まれた年。ちなみに広重の「東海道五十三次」は、ブラームスの生年1833年の出版。

    お気づきの通り「ベロリン」とは「ベルリン」のことだ。

    2012年12月 5日 (水)

    第四帝国

    エコノミスト12月11日号は欧州の経済危機を特集している。ギリシャに始まった経済危機が、スペイン、イタリアを呑み込み今やフランスさえ脅かしかねないという論調で、複数のアナリストの記事が紹介されている。ドイツとともにEU統合の中核となったフランスさえも安泰ではないとなると、EU域内におけるドイツの優越性がますます高まりそうだという。

    各国に増加中の失業者は職を求めてドイツに集まる。ドイツは彼らを安い労働力として雇用し、製品を輸出する。もしドイツマルクが健在なら、為替がマルク高に動いて、輸出産業が打撃を受けるのだろうが、統合通貨ユーロは必ずしも一方的に強い訳ではないから、ドイツの輸出産業はユーロ安の恩恵を受ける。つまりは強者ドイツに資金が集まり続ける仕組み。

    こうしたドイツの一人勝ち状態を指す比喩が「第四帝国」だ。ナチスが標榜した「第三帝国」の後釜という意味とも取れるから、言われた側に不愉快と感じる人も現れかねないが、説得力は感じる。ビスマルク率いるドイツ帝国も、ヒトラーの第三帝国も、武力を背景に欧州に覇を唱えようとしたが、このたびの「第四帝国」は軍事力とは無縁だ。無縁ではあるのだが、破綻に瀕した国に対して金融支援を送った後は、その被支援国に対する影響は否応無く高まる。自前の軍隊を駐留させるわけではないのに、事実上ドイツ支配下になる。

    ドイツの歴史に少し親しんだおかげで、こうした比喩に実感が伴うようになった。

    2012年12月 4日 (火)

    三帝の年

    「三帝」という言葉には注意が要る。「3人の皇帝」という意味は不変だが、使うタイミングによってメンバーが代わる。

    「三帝会戦」はアウステルリッツの戦いだ。フランス、オーストリア、ロシアの皇帝が一同に介したからこう称されている。フランス皇帝ナポレオンの圧勝。

    ドイツのミリタリーマーチに「三帝行進曲」がある。これはドイツ帝国成立後の話。「独墺露」三国協商の成立を祝賀する意図。だからこの場合ドイツ皇帝、オーストリア皇帝、ロシア皇帝だ。

    「三帝会戦」「三帝行進曲」が3名の皇帝に関係する言い回しだが、実はもう一つ別の用法があった。

    1888年ドイツ帝国初代皇帝ウイルヘルム1世が崩御した。フリードリヒ3世が即位したが、3ヶ月で急死した。ただちにウイルヘルム2世が即位したので、その年ドイツ帝国は3人の皇帝をいただいていたことになる。それが「三帝の年」の由来である。森鴎外の帰国は同年7月だから、彼もまた三帝の年の経験者ということになる。

    その年ブラームス55歳。

    2012年12月 3日 (月)

    ドイツ三部作

    森鴎外のドイツ三部作は、文系を志す受験生にとって必須の知識。「舞姫」「うたかたの記」「文づかい」のタイトルに加えて主人公やあらすじくらいは、そらんじていた方がいい。

    1. 舞姫 1890年1月刊
    2. うたかたの記 1890年8月刊
    3. 文づかい 1891年1月刊

    「舞姫」はドイツ留学から帰って1年半後に発表されたデビュー作。いわば鴎外の「op1」だ。鴎外のベルリンでの経験が元になっている。op2とも言うべき「うたかたの記」は、ミュンヘンでの体験がベースにある。「文づかい」op3は、ライプチヒ・ドレスデンが描写の中心になっている。鴎外の留学中の滞在地ライプチヒ(ドレスデン)、ミュンヘン、ベルリンが三部作の1つ1つに棲み分けられている。しかもライプチヒ(ドレスデン)→ミュンヘン→ベルリンという滞在と逆の順序で作品が発表されている。

    20代の鴎外はドイツの香気漂う三部作をもって文壇にデビューしたということだ。作品の中に日本人の主人公とドイツの人々を無理なく矛盾なくいきいきと並存させ、それらが鴎外自身が直接見聞きしたドイツの生の風景の中に、継ぎ目なく置かれている。多くの一般日本人にとって見知らぬ土地ドイツを舞台にすることで喚起されるロマン的叙情が、作品を貫く背骨になっている。

    ブラームスの生前に発表された鴎外の小説はこの3つにとどまる。op4ともいうべき「半日」は1909年の作品だ。ドイツ三部作はブラームスが生きた時代のドイツを大文豪自ら切り取った代物である。

    2012年12月 2日 (日)

    三国干渉

    日本の歴史に出てくる。日清戦争の戦後処理・下関条約で日本が清国の遼東半島の割譲を受ける決定に対して、ロシア、フランス、ドイツが同決定の取り消しを勧告したこと。結局日本はこの干渉に屈し、勧告の中心となったロシアへの敵対心を募らせたというが、どっちもどっちで日本及び欧州列強の単なる身勝手だ。

    当事国の一つドイツでは、日清戦争について関心が高かったという。ドイツの熱烈な愛国者ブラームスも、政治外交ネタが嫌いではなかったらしい。さる集まりで日本と清国の開戦が話題になり、「眠れる獅子・清国を前に弱小国日本なんぞ一ひねりだろう」というのがおおかたの予想だった。何とブラームスは、日本が勝つだろうという見解をしめしたそうだ。さらにその終戦処理を巡って列強が横やりを入れる可能性まで仄めかしたという。

    「ブラームス回想録集」第3巻チャールズ・ウォリアーズ・スタンフォードの証言とある。

    超一流の外交センスなのか、単なる判官贔屓なのか知るよしもないが、事実とすれば大したモンである。

    この千年犬猿の仲だったハズのドイツとフランスは、極東の島国日本の大陸への進出を阻止するためには、共同歩調というのが面白い。

    2012年12月 1日 (土)

    第三帝国

    ドイツ語で「Dritte Reich」と綴る。1933年にナチスが自らの政権をそう命名した。神聖ローマ帝国、ドイツ帝国に続くという意味が込められている。ヒトラーが帝位に就いた訳ではないから本来帝国はおかしいのだが、そう呼びならわされている。

    そもそも1871年に成立したドイツ帝国は、「第二帝国」と自称していない。どこかでひっそりと他称もされていなかった。宣伝の巧みなナチスならではの巧妙な作戦だ。ナチスが現れて「第三」を名乗るに至って「おぉそう言えば」くらいな感じだったのだろう。徳川家が自らの政権を「第三幕府」と呼ぶようなものかもしれない。

    ブラームスが現れて初めて「3大B」という言い回しが出現したのと似ている。

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    ブラームスの辞書写真集

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      はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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