負け惜しみ
高校の部活動であるという性格上、次女たちオーケストラがメインプログラムにブラームスの交響曲を取り上げる確率は高くない。全てのパートの生徒たちに応分な出番をもたらす曲とは言えないからだ。曲決めは毎年そこが難しい。揉めば揉むほどブラームスは規格外だ。
それでもいいと思っていた。彼女らが一年かけて取り組む曲はやがて好きになるからだ。ショスタコもファリャもそうだったし、ボロディンも同様だ。ブラームスは今ここでやらなくても、大学オケなどアマチュアオケで取り上げる確率は高い。いわばそう言い聞かせてきた。万が一ブラームスを次女たちオケが取り上げでもしていたら、ブログ「ブラームスの辞書」で展開中のアラビアンアイト計画を一旦中断し、1年間次女たちが取り上げる曲を特集せねばならないと書いた。
この度その減らず口の根拠の一端を示すことが出来た。
風向きが変わったのはこの夏。そして記念すべき初ブラームスからすったもんだのエントリー。まさかアンサンブルでブラームスが取り上げられようとは思わなかったから、その「棚ボタ感」だけで、舞い上がってしまっている。取り上げるのは全曲ではない単一のスケルツォなのに13本の記事が瞬く間に書けた。それどころではない。記事「セカンド覚書」で箇条書きした1つ1つの項目を記事にまで膨らませることだって可能だった。同じ要領で「ピアノ覚書」「チェロ覚書」「ファースト覚書」だって書けたに決まっている。とりわけヴィオラは私自身演奏した体験があるから、もっと細かくレポート出来る。時間さえ許せば50本は軽いところだ。もし次女たちが交響曲を演奏する事態に立ち至っていたら、別ブログを立ち上げて1年間そのネタで押し通すくらい余裕で有り得た。(キッパリ)
ここ最近公開したピアノ五重奏ネタは事実上そのスケルツォに関連する記事だけに絞り、その順序もできる限り音楽の流れに基づいた。ここ2年展開中のアラビアンナイト計画は、ブラームス作品の内面よりも、作曲家の周辺に横たわる尾ひれネタだが、ブログ「ブラームスの辞書」の本丸は今回の13本のような細かい系だ。久々にそれを思い出した。本来このノリこそが目指すところ。
次女たちがどれほど真剣に取り組んでいようとも、ショスタコやファリャやボロディンでは、私自身これほどのノリは望みようが無い。実はその落差こそが、私の「ブラームスラブ」の深さを推し量る物差しだ。次女は知ったこっちゃなかろうが「お父さんはこんなにブラームスが好きなんだ」というまたとないアピール。
さてさて次女たち「ふくだもな五重奏団」に煽られて今や青息吐息の鉄血宰相特集にけじめをつけねばならない。今後あと数本の記事で無理やりビスマルク特集を仕上げる。私は次女も好きだが、ビスマルクもブラームスも大好きだ。
我が愛車のメーターで2012年を送り出す。皆様よいお年を。
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