ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 五十奏 | トップページ | 青年向け普仏戦争史 »

2012年12月11日 (火)

喧嘩の原因

イタリア旅行に3度同行し、スイス・トゥーンの滞在でも世話になったスイスの作家ヴィトマンとは、1888年に絶交寸前の喧嘩をした。

原因は政治。ヴィトマンは共和的な考えの持ち主であるのに、ブラームスは保守なので、元々一触即発なのだが、お互いがその話題に触れぬことでバランスが保たれてきたのだが、このときは違った。ドイツ皇帝ウィルヘルム1世の崩御、あとを継いだフリードリヒ3世も3ヵ月後になくなった。若きウィルヘルム2世が登場し、方向転換が図られる。即位間もないウイルヘルム2世の演説をヴィトマンが「国粋的過ぎる」と批判したことがキッカケで行き違いが起きた。

共通の知人の仲裁で絶交には至らなかったが、この年限りで夏の滞在地にトゥーンが選ばれることはなくなる。

« 五十奏 | トップページ | 青年向け普仏戦争史 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 喧嘩の原因:

« 五十奏 | トップページ | 青年向け普仏戦争史 »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2024年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ