トリオのテンポ
ソナタの中間楽章に現われがちな舞曲楽章は全て三部形式で書かれている。そのまた中間部は一般にトリオと呼ばれている。三楽章制を採用するソナタには出現しないからカウントがややこしいがひとまず34曲としておく。これに作品4の変ホ短調のスケルツォと、FAEソナタの中のハ短調のスケルツォを加えた36曲が本日のお話の対象である。なお同一曲の中にトリオが二度出現する場合もそれぞれ1曲とした。ちなみに第4交響曲の第3楽章は、ソナタ形式なのでカウントに入れていない。
今日のお話はこれらのトリオのテンポが直前の主部に比べて上がるのか下がるのかを議論したい。まず最初に主部からトリオに行く際にテンポが速まるものを列挙する。
- ピアノソナタ第1番「Allegro molto con fuoco」→「Piu mosso」
- 管弦楽のためのセレナーデ第1番「Allegro non troppo」→「Poco piu moto」
- 弦楽六重奏曲第1番「Allegro molto」→「Animato」
- ピアノ四重奏曲第1番「Allegro ma non troppo」→「Animato」
- 弦楽六重奏曲第2番「Allegro non troppo」→「Presto giocoso」
- 弦楽四重奏曲第1番「Allegretto molto moderato e comodo」→「Un poco piu animato」
- 弦楽四重奏曲第2番「Quasi menuetto,moderato」→「Allegretto vivace」
- 交響曲第2番「Allegretto grazioso(quasi andantino)」→「Presto non assai」
- クラリネット五重奏曲「Andantino」→「Presto non assai,ma con sentimento」
上記1番および3番を例外とすれば主部のテンポは全概ね「Allegro未満」になっている。逆にトリオに行く際にテンポが下がるものは下記の通りだ。
- FAEソナタ「Allegro」→「Piu moderato」
- ピアノソナタ第2番「Allegro」→「Poco piu moderato」
- ピアノ三重奏曲第1番「Allegro molto」→「meno allegro」
- ホルン三重奏曲「Allegro」→「Molto meno allegro」
- ピアノ三重奏曲第2番「Presto」→「Poco meno presto」
- クラリネットソナタ第2番「Allegro appasionato」→「Sostenuto」
初期に集中して現われた後、一番最後に一花咲かせている感じである。
もっとも大切なことはテンポが上がるケース、下がるケース合計で15例にとどまる。つまり残り21のケースにおいては、テンポが変わらないということだ。少なくともブラームスはトリオの冒頭でテンポを直接いじる指示をしていない。「いじって欲しいところにはそう書いてある」というブラームスの考えに従えば、「書いていないところでいじるな」とも解釈出来る。たとえばトリオの冒頭に「espressivo」「legato」「dolce」等の語が置かれているケース(全て実在する)において慣習としてテンポが変動している事例が後を絶たないが、安易な解釈は慎まねばなるまい。
次女たちふくだもな五重奏団が挑むピアノ五重奏第3楽章のトリオには、速度の指示がない。テンポ変動が必要な場合、必ず明記するのがブラームス流だから、表示の無い同曲トリオにおいてブラームスはテンポの変更を求めていないということだ。求めているのは気分の変更だけにとどまる。
« クリスマスプレゼント | トップページ | クロスリズム »
コメント