ベルヒテスガーデン
「Berchtesgaden」と綴るドイツ南端の保養地。ザルツブルクの南にある。1880年9月13日のことだ。この地で静養するクララをブラームスが訪ね、大学祝典序曲と悲劇的序曲のピアノ連弾版を2人で初演した。
このあたり元々は、ザルツブルク司教区に属していた。あるドイツ人が司教の許可を得ないまま岩塩鉱の探索を始めた。それが不首尾に終わればもめることも無かったのだろうが、得てしてそういう時に見つかるものだ。それが巨大な鉱脈だったからたまらない。その採掘権をめぐってザルツブルク司教とオーストリア皇帝の争いに発展した。軍隊まで借り出す大論争の末、バイエルン公国の領地とすることで決着したという。だからザルツブルクの南側にドイツ領が大きく回りこむ形になっている。
このとき発見された鉱脈こそが、ベルヒテスガーデンだ。今でもドイツ岩塩のトップブランドの座に君臨している。
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