ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« シフスブリュッケ | トップページ | 船舶ギルド »

2013年2月28日 (木)

船橋考

記事「シフスブリュッケ」で、シューマンが投身した橋が「船橋」だったと書いた。音楽之友社刊行の「作曲家◎人と作品シリーズ シューマン」の140ページにその絵が掲載されているとはしゃいだ。リアルな絵でとても興味深い。感情としてはこの絵のリアルさをどこまでも信じたいのだが、もし本当にこれがリアルだとすると、別に大問題が浮上する。

ライン川は遠くローマの昔から、物資輸送の大動脈だった。自動車や鉄道が普及する前はさらに重要度が高かった。輸送力やコストの点で陸上輸送を大きく引き離す。

先のシフスブリュッケの絵がリアルだとすると、船の通行は無理だ。貨物船どころかボートも通れない。絵は1848年の光景とされ、橋の撤去は1897年だから19世紀後ろ半分の間、ここデュッセルドルフでライン川水運が寸断されていたということになる。あくまでも仮設の橋で、架橋と撤去が繰り返されていたなら話は別だが、先の記述からはそうは読めない。ドイツ産業革命とも重なるその時期ライン川水運の重要性は疑う余地が無い。北海からの船がデュッセルドルフより上流に行けず、積み替えが発生したとは考えたくない。

おまけにかけられた船橋はあくまでも歩行者用だ。両岸の物資輸送に寄与しているとは思えない。ライン川の水運を犠牲にしてまでも必要な橋とはとても思えない。

« シフスブリュッケ | トップページ | 船舶ギルド »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 船橋考:

« シフスブリュッケ | トップページ | 船舶ギルド »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ