Habichtsburg
スイス・アールガウ州にある古城。アーレ川とロイス川の合流点付近の高台に立つ。「Habicht」は「鷹」の意味。「burg」は「城」だから「鷹の城」だ。1020年ラートボート伯爵の弟がストラスブール司教になり、この地に築いた城が「鷹の城」だった。城というより屋敷に近かったらしい。城の建設費を用立ててもらった親戚に、城を見せたところその貧弱なつくりを指摘された、殿様が翌日の朝に、城を兵士で取り囲んで見せ「城の固さは人の忠誠で決まる」と説いた。武田信玄の説話で名高い「人は石垣、人は城」に似ている。
信玄は上洛すること叶わず、志半ばで倒れたが、この小城からおこったハプスブルク家は神聖ローマ帝国皇帝の座を独占し、遠く20世紀まで欧州に君臨することになる。
ラートボード伯爵の孫が12世紀始めにハプスブルクと名乗った。「Habichtsburg」が訛って「Habsburg」になったといわれている。これが後の神聖ローマ皇帝、あるいはオーストリア皇帝ハプスブルク家の起こりである。
やがて統治の重心がオーストリアに移り、スイスの地を手放すが、発祥の地はスイスであった。
スペシャルコンサートまであと28日。
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