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2013年4月30日 (火)

教会領

「Kirche」が教会を意味することはよく知られている。これが地名語尾に転換する場合、3つに分かれる。

  1. kirch 18箇所。テューリンゲン州とザクセン州にまばらに分布する。語尾の「e」が脱落した形。
  2. kirche シュレスヴィヒホルシュタイン州「Steinbergkirche」ただ1箇所。
  3. kirchen 111箇所がバイエルン、ライン地方、北ドイツにピークを持つドーナツ型に分布する。

これはどうしたことか。本来の姿「kirche」が一番少ない。一般に「kirchen」は複数形だ。地名語尾において教会の複数形がかくも優勢な理由は何だろう。もちろん1つの集落に教会が1つだけとは限らない。ある程度以上の街には複数あるのが当たり前だ。「kirchen」はそれを指しているのだろうか。ある程度離れた場所に教会がある場合、それをもって「~kirchen」と命名するものだろうか。その地名が発生する時既に複数の教会があったと解して良いのだろうか。

私の仮説を述べる。この「kirchen」は複数ではなく「形容詞」ではないか。「kirchen~」で「教会の」を意味する形容詞的用法になることは辞書をあたるまでもなく自然だ。「kirchen」の後ろに何かがあったのではないか。

それが本日のお題だ。ドイツ全土に分布する地名語尾「kirchen」は、教会領すなわち教会所有の土地を意味するのではあるまいか。教会そのものではなくて「教会の土地」につけた地名語尾だと解したい。

スペシャルコンサートまであと12日。

2013年4月29日 (月)

ふくだもな壮行会

次女たち36代の引退公演まであとちょうど2週間という昨夜、飲み会があった。古来、人は何かと理由をつけて集まっては酒を飲む。昨夜集まった理由は極上。メンバーは1月のアンサンブルコンペティションにブラームスのピアノ五重奏で挑んだ「ふくだもな五重奏団」の保護者たち。

コンペティション前の2週間の練習に没頭する子どもたちを見守っているうちに、親同士がすっかり意気投合してしまった。1月のコンペ以来集まっていない上、引退公演が迫っていることもあって、ついに皆で一献傾けた。

いやはや盛り上がった。五重奏の打ち上げというより、目前に迫った引退公演への思いが勝っていた。あとわずか2週間で娘らの高校オケ現役生活が終わるという感慨を肴に延々と語り合った。「親ばか五重奏曲ハ長調」である。

スペシャルコンサートまであと13日。

2013年4月28日 (日)

フィヨルド

地理を選択する受験生必須の知識。氷河は陸上をゆっくりと下って海に向かう。そのとき陸地を削り取るとU字型の谷が残る。これを「カール」と呼ぶ。地盤沈降によってこのカールに海水が浸入することによって出来る狭い湾を「フィヨルド」という。ノルウエイの海岸線に多く見られるせいか、何となく北欧名物のような気もしている。

ドイツ語ではこれを「vorde」(oはウムラウト)といい地名語尾にもなっている。ウムラウトの無い「vorde」や「voerde」という変化形もある。さらに「v」と「f」の音韻の近似性から「forde」(oはウムラウト)や「foerde」も「フィヨルド」の意味がありはせぬかと疑っている。どちらもちゃんと実在する。

さらに「forde」から「ford」となるとにわかに自信が無くなる。これは英語で「浅瀬」を意味するからだ。ドイツ語の「furt」に対応する言葉になる。

どこかに境界線があるはずだ。

スペシャルコンサートまであと14日。

2013年4月27日 (土)

港語尾

日本語で港を表す地名語尾は「津」である。「大津」「唐津」「木更津」「国府津」などが思い浮かぶ。ドイツ語ではどうなのか調べた。おそらく「haven」「hafen」がそれにあたると思われる。

前者は「Bremerhaven」「Wilhelmshaven」という名高い実例が北海沿岸に連なっている。後者の代表はライン川の源アルプスのボーデン湖畔にある「Friedrichshafen」やライン川沿いマンハイムのそばにある「Ludwigshafen」だ。

ワインで名高いモーゼル河畔の「Piesport」は、英語「port」に関連するかも知れないのだがこちらはラテン語「porta」(門)起源という可能性もある。

気をつけねばならないのが「hagen」だ。デンマークの首都「Kopenhagen」があまりに有名なためにこの語尾「hagen」が港の意味で安心してしまっている。地名語尾「hagen」の分布を見ると、どう見ても「港」とは思えない場所にも出現する。コペンハーゲンのデンマーク語のつづりを見ると「havn」なのでむしろ「haven」に近いと思わねばならない。

「hagen」は森とか茂みを意味する「hag」に関係があるのではないかと感じている。

スペシャルコンサートまであと15日。

2013年4月26日 (金)

魚地名

植物に由来する地名がとても多いことは既に言及した。動物は植物よりも地名になりにくい。それでも陸上動物や鳥はまだ実例があるけれど、魚はどうも地名にならない。「魚」そのものを意味する「Fisch」はまだしも、個別の魚はどうも地名になじまない。

ところが、ブラームスと大いに関連のある地名が、数少ない例外だった。

1886年から3度の夏をすごしたスイスの「トゥーン」だ。「Thun」と綴る。これを独和辞典で引いてみるといい。「ツナ」となっている。「まぐろ」のことだ。もちろんスイスは内陸国で海とは縁が無い。トゥーン湖畔の街トゥーンが「まぐろ」に縁があるのか判然としない。スイス方言で別の意味があるかもしれない。

スペシャルコンサートまであと16日。

2013年4月25日 (木)

Wasserstrassenkreuz

ドイツ語特有の切れ目の無い単語。「Wasser」(水)、「Strassen」(街道)、「Kreuz」(十字路)と分解して考えるといい。「水路の十字路」とでも解せばいい。マクデブルク北郊にこういう記載を発見した。現実には「水路の交点」どころではなく、「水路のインターチェンジ」だった。

ドイツ低地を東西に貫く総延長330kmのミッテルラント運河は、エムス-ドルトムント運河とエルベ、ヴェーザーの両大河とを結ぶドイツ内陸水運の大動脈。首都ベルリンとルール工業地帯を結んでいると申せば重要性は理解いただけるだろう。

同運河とエルベ川の交点に「Wasserstrassenkreuz」と書いてある。そこではエルベ川をミッテルラント運河が跨ぐ、立体交差になっている。おそらくこれは地名ではない。ランドマークを示す言葉だと考える。なぜなら、同運河とヴェーザー川の交点にも同じ表示が置かれているからだ。こちらでもヴェーザー川を同運河が跨いでいる。

残念ながら、同運河の完成は20世紀を待たねばならず、ブラームスは間に合っていない。

スペシャルコンサートまであと17日。

2013年4月24日 (水)

Wasserscheide

独和辞典でひくと「分水界」と書いてある。普通分水界はいちいち書き込まれてはいない。きりが無いからだ。ところが、愛用の道路地図にはたった一箇所だけ「Wasserscheide」と書かれている場所がある。

これを説明するためには、「マイン-ドナウ運河」を語らねばならない。文字通り「マイン川」とドナウ川」を繋ぐ運河だ。マイン川はライン川に合流してやがてオランダから北海に繋がっている。アルトミュールタール自然公園で名高いアルトミュール川をマイン川とつなぐことによって、ドナウ川を伝って黒海に抜けることが出来る。この運河のおかげで、黒海と北海が繋がるということだ。フランケンアルププスという分水嶺を貫くため。いくつも閘門が設けられるなど、技術的難易度が高いため、全通は1990年だった。もちろんブラームスは間に合っていない。かすりもしない。

ディートフルトという街でアルトミュール川から分岐したマインドナウ運河は、あるいは北行し、あるいは西行し、かれこれ30kmでアウトバーン9号線に出会う。これをくぐったところに「Wasserscheide」と書いてあり、隣に406mと添えられる。つまりマインドナウ運河の最高点を示すためだ。アルトミュール川との分岐からここまでのぼりだったが、ここからは下るという場所に相当する。この先、ニュルンベルクを抜けてバンベルクの西郊でマイン川に至る。

スペシャルコンサートまであと18日。

  • 2013年4月23日 (火)

    運河を行く

    愛用の地図は道路地図だ。けれども運河だって几帳面に記載されている。ドイツ語では「Kanal」と綴られる。

    文明は大河のそばに発達しやすいことは最早中学生にも浸透している。文明はやがて川の無いところに無理矢理運河を開削することを思いつく。人や物の移動量が増えると、陸上をテクテクやパカパカより水上を行くほうが、効率がいいと気付くのだ。

    北ドイツでは川は概ね南から北に流れる。南北方向の輸送には川がそのまま便利に使えるのに対して、東西の移動は数段手間がかかる。これを数々の運河で補っているのがドイツの水運事情である。

    1. キール運河 ユトランド半島の付け根を東西にショートカットする。北海とバルト海を行き来するのに、ユトランド半島を迂回しないで済ます世界3大運河の一つ。
    2. エルベ-リューベック運河 大製塩地リューネブルクとリューベックを結ぶ塩街道に平行して掘られた。エルベ上流の物資をエルベ川で運んでハンブルクに出てしまうと、バルト海向けの貨物にはメリットが出ないことから、とても重宝。
    3. エルベ-ザイテン運河 2番の「エルベ-リューベック運河」が南に延長し、ミッテルラント運河に繋がっている。
    4. ミッテルラント運河 ライン河畔デュイスブルクから、エムス川、ヴェッサー川を東西に横切り、ハノーファーに。さらに東進してマグデブルク北でエルベを突き抜け、ハヴェル川を抜けてベルリンに至る。さらにはポーランド国境のオーデル川まで通じる。東西水運の大動脈だ。「トイトブルクの森」の古戦場の北側を東西に走っていたのは、実はこの運河だ。冷戦時代、西ベルリンへの物資供給の基盤でもあった。
    5. ライン・マイン・ドナウ運河 マイン川とドナウ川を結ぶ。これによって黒海と北海が水運で結ばれる夢の運河。

    川の水源を地図上で追いかけていた時、川をトレースしていたつもりがいつのまにま運河をたどっていたなどということがちょくちょくあった。慣れてくると運河は不自然にまっすぐなので見分けが付くようになる。

    さてさてさすがに「kanal」も地名語尾には含めていない。

    スペシャルコンサートまであと19日。

    2013年4月22日 (月)

    Plattenkalk

    プラッテンカルクとでも読めばいいのだが、本日はとんだ勘違いの話。始祖鳥の化石産地として名高いゾルンホーフェンの南に「Palattenkalk」と書かれていたので、すっかり地名だと思っていたら、これが大きな勘違いだった。鉱山の記号が打ってあって、その鉱山での産出物の名前だった。「板状石灰岩」のことだ。「Platten」は「平らな」という意味で「Kalk」が「石灰」にあたる。

    ゾルンホーフェンは、ジュラ紀のサンゴ礁に由来する石灰岩の産地だった。薄く剥離するのが特徴で、こうして得られる板状石灰岩は、19世紀に考案されたリトグラフになくてはならない材料となった。ブラームスの時代、楽譜の表紙にはリトグラフの技法が用いられるなど、ヨーロッパ中に急速に広まった。

    板状石灰岩の切り出しの過程で、貴重な化石が続々と発見された。始祖鳥と同じくらい有名なのが、コンプソグナトゥスだ。映画「ジュラシックパーク」にも登場した小型恐竜だ。始祖鳥と同じ時代に生息していたと見え、その形態は始祖鳥にも似ているらしい。最初の発見は1859年だからブラームスは存命だ。

    有力な化石産地ゾルンホーフェンの郊外に、板状石灰岩の産地があるのはけして偶然ではないということだ。始祖鳥の学名は「アーケオプテリクス・リトグラフィカ」という。後半の「リトグラフィカ」はまさにリトグラフに不可欠の材料である石板に由来するということだ。勘違いのおかげで絶妙の辻褄に辿り着いた。

    スペシャルコンサートまであと20日。

    2013年4月21日 (日)

    アルトミュールタール自然公園

    ドイツ語では「Altmuhltal Naturapark」と綴る。ドイツ全体で101箇所ある「Naturapark」(自然公園)の一つだ。アルトミュール川の谷あいの風景が売り物。「アルトミュール」は「古い水車小屋」という意味だから、のどかな川の景色を思い起こさせる。レーゲンスブルクからドナウ川を少し遡ったところで、北側から合流する。フランケンアルプスという丘陵地帯を越えて、ローテンブルクの北東およそ10kmの位置に源流がある。「フランケンアルプス越え」の部分がアルトミュールタールの核心部になる。

    さて以下の地名をご覧いただく。

    1. Langenaltheimランゲンアルトハイム
    2. Eichstattアイヒシュテット
    3. Riedenburgリーデンブルク
    4. Workerszellヴォルケルスツェル
    5. Steinbergシュタインベルク

    これら全て同自然公園の区域内にある地名なのだが、見ただけでハハーンとなる人は、その道の愛好家に違いない。鳥類の先祖とも目される「始祖鳥」の化石発見地だった。表向きはゾルンホーフェン産と言われるが、細かくはこういうことになっている。

    1番のランゲンアルトハイムは、ゾルンホーフェンの隣町だ。板状石灰岩の産地だった街の医師が、鉱夫たちからお金の代わりに化石で診察報酬を受けていたといい、その中にいわゆるロンドン標本があった。産出は1861年で後に英国がこの医師から買い取ったのだ。ダーウィンの「種の起源」が刊行間も無いこの時期、ドイツでは化石の重要さが正しく認識されていなかったので、まんまと英国にさらわれた。

    その後、1877年に上記2番のアイヒシュテットで出たのが、現在ベルリンフンボルト博物館所蔵の、ベルリン標本だ。化石の価値が認識されて高騰したが、プロイセン政府が威信をかけて買い上げた。その他現代10体ほど知られる始祖鳥の化石はこの5箇所から出たものだ。

    同自然公園は始祖鳥のふるさとだ。

    スペシャルコンサートまであと21日。

    2013年4月20日 (土)

    街道を行く

    ドイツの道路地図を眺めていると「~strasse」という標記が目に付く。都市地図の中では「~通り」という訳でピタリとはまるのだが、広域図上では「~街道」と解さねばなるまい。地図上では道路に沿って水色の点線が付与されることでそれと判る。難儀なことにそれらは、巻末の索引から漏れているから、全貌を摑むのが困難である。

    街道といえば、日本では「東海道」「水戸街道」などが思い浮かぶ。「国道1号」とか「国道6号」といわれるよりピッタリ来る。どうも愛用の道路地図上の「strasse」は、そうした意味での「街道」と少し違う。無理矢理訳せば「観光街道」ということだ。観光立国ドイツが客の利便のために、あるいは集客のツールとして近年になって定めているケースも多い。もちろん古来の街道がそのまま「観光街道」になっている場合も多い。「ロマンティック街道」が代表格だ。

    地図上に溢れている「strasse」だが、さすがにこれを地名語尾に認定するのは踏みとどまっているのだが、興味深いので言及する次第である。

    スペシャルコンサートまであと22日。

    2013年4月19日 (金)

    Via Claudia Augsta

    「全ての道はローマに通ず」という言葉が物語るように、ローマの道路整備は特筆に値するものだった。広大な領土の統治には道路網の整備が不可欠という鉄の意志があったとも感じる。兵員や補給物資の輸送がまず優先されるのだろうが、交易への貢献もあるに決まっている。

    こうした道はイタリア内にとどまらず、属州にも及んだ。本日話題の「ヴィア・クラウディア・アウグスタ」は、ローマの街道の中で唯一のアルプス越えルートだ。チロルからフェルン峠を越えてドイツ・フュッセンに入る。ノイシュヴァンシュタイン城は指呼の間だ。さらにレヒ川沿いにランズベルク、アウグスブルクを経てドナウヴォルスでドナウ川に至る。

    何と言うことはない。ドイツに入ってからドナウ川に至るまでは名高い「ロマンティック街道」と一致する。ドイツ観光の超目玉「ロマンティック街道」は、ドナウ川以南においてローマ時代の街道を本当にトレースしているということだ。

    スペシャルコンサートまであと23日。

    2013年4月18日 (木)

    道路事情

    城の次は道とばかりにドイツ語で「道」を表す単語を以下に列挙する。

    1. Bahn ブラームスを紹介するシューマンの論文は「Neue Bahn」で「新しい道」だった。
    2. Gang 「通路」に近いか。
    3. Gasse 「小路」「路地」。ブラームスの住居は「Karlsgasse」だ。
    4. Lauben むしろ「アーケード」かも。
    5. Ring 旧城壁を撤去した後に建設された大路。ウイーンの話。
    6. Steg 「細道」「山道」のニュアンス。
    7. Strasse 大図においては「街道」、都市図においては「通り」
    8. Weg より観念的。英語の「Way」に相当するか。
    9. Zeile 「行」の意味から転じて。

    いやはや多彩である。日本語で単に「道」とあっても原文が同じとは限らない。地名語尾には認定しにくいが、大事な話なので言及する。

    スペシャルコンサートまであと24日。

    2013年4月17日 (水)

    アルトマルク地方

    「Altmark」と綴る。ベルリンの西およそ100km、南北に流れるエルベ川西岸にシュテンダールという街がある。「Stendal」と綴る。この街の西側一帯が「アルトマルク地方」と呼ばれている。「アルト」は「古い」という意味。「mark」は地理学的には「辺境」を意味する。

    「辺境」には、中心部から遠く離れた地域でありかつ、他勢力との境界線近辺を意味する。田舎のイメージはあるのだが、防衛上重要な地域ともなる。バッハが6曲の名高い協奏曲を捧げたことで有名なブランデンブルク辺境伯がいる。この「辺境伯」はドイツ語では「Markgraf」と綴る。「マルク」は辺境と和訳されていることが判る。

    ある瞬間つまり地名が付与された時点での、ある勢力にとっての「辺境」だったこと疑い得ない。たとえば神聖ローマ帝国にとっての東の辺境は「オストマルク」と呼ばれ、これが「オーストリア」の語源だ。北方のデーン人たちとの境界が、今の「デンマーク」に相当する。

    エルベ川の西岸一帯に「アルトマルク地方」が存在するのはとても象徴的だ。昔、ゲルマン人とスラブ人の勢力がエルベ川で隔てられていたことの反映かとも思われるが、もっと想像をたくましくするなら、ローマ帝国の最大版図がこのエルベ川に至っていた証拠かもしれない。

    スペシャルコンサートまであと25日。

    2013年4月16日 (火)

    ツバメの巣

    「nest」という単語を辞書で引く。独和でも英和でも「巣」と出てくる。

    1854年8月、クララは産後の静養のためベルギーのオステンデに出かけるため、 デュッセルドルフを留守にする。シューマンの入院以来、一家に献身してきたブラームスだが、クララの留守の間に、シュヴァルツヴァルトに旅行を企てる。オステンデのクララ宛に、せっせ近況を書き送る。

    ハイデルベルクからハイルブロンまでネッカー河畔を歩いたと報告している。さらりと書いてあるが、ざっと70kmある。その途中で「ツバメの巣」城を見たと言っている。愛用の道路地図で探したところ、ハイデルベルクの東10kmのネッカー川北岸に「Schwalbennest」と書いてあった。そばに城を示すアイコンがあるからここで間違いあるまい。

    ブラームスはさらにネッカー川を遡ったところにある「ホルンベルク城」にも言及しているが、こちらも「Burg Hornberg」として載っていた。リアルな手紙である。

    問題は、「Schwalbennest」が地名かどうかだ。単なる城の名としての記載なのか、地名としての記載なのか、即断しにくい。もし、地名なら大変に珍しい地名語尾「nest」の実例になる。

    スペシャルコンサートまであと26日。

    2013年4月15日 (月)

    Burg Hohenzollern

    「ホーエンツォレルン城」という古城がある。南部テュービンゲンの西南西約25kmのヘヒンゲンという町の郊外だ。プロイセン王家ホーエンツォレルン家発祥の地である。11世紀にこの地を治めたツォレルン伯爵の居城である。「ツォレルン」の前に「ホーエン」が付いたのは14世紀のことである。

    ツォレルン伯爵の長男コンラート1世がニュルンベルク近郊とバイロイト近郊に所領を得て、やがてこれがプロイセン王家に繋がる。プロイセンと言えば北ドイツというイメージだが、実はその起源はシュヴァーベンにあった。

    コンラート1世が得たバイロイト近郊の領地こそが、記事「ドイツのヘソ」で言及した水源地帯だった。

    スペシャルコンサートまであと27日。

    2013年4月14日 (日)

    Habichtsburg

    スイス・アールガウ州にある古城。アーレ川とロイス川の合流点付近の高台に立つ。「Habicht」は「鷹」の意味。「burg」は「城」だから「鷹の城」だ。1020年ラートボート伯爵の弟がストラスブール司教になり、この地に築いた城が「鷹の城」だった。城というより屋敷に近かったらしい。城の建設費を用立ててもらった親戚に、城を見せたところその貧弱なつくりを指摘された、殿様が翌日の朝に、城を兵士で取り囲んで見せ「城の固さは人の忠誠で決まる」と説いた。武田信玄の説話で名高い「人は石垣、人は城」に似ている。

    信玄は上洛すること叶わず、志半ばで倒れたが、この小城からおこったハプスブルク家は神聖ローマ帝国皇帝の座を独占し、遠く20世紀まで欧州に君臨することになる。

    ラートボード伯爵の孫が12世紀始めにハプスブルクと名乗った。「Habichtsburg」が訛って「Habsburg」になったといわれている。これが後の神聖ローマ皇帝、あるいはオーストリア皇帝ハプスブルク家の起こりである。

    やがて統治の重心がオーストリアに移り、スイスの地を手放すが、発祥の地はスイスであった。

    スペシャルコンサートまであと28日。

    2013年4月13日 (土)

    ブルクとシュロス

    時にどちらも「城」と訳されるが、微妙に違う。ブルクは「Burg」で、シュロスは「Schloss」と綴られる。ワインの世界では「シュロス~」という言い回しがラベル上に踊ることが多く、フランスでいうところの「シャトー」に近いニュアンスである。

    意味を考慮して訳を付するとすれば、ブルクは「城砦」で、シュロスは「館」くらいの棲み分けかもしれない。ブルクの方が防御力が高そうで、立地を考慮すれば「山城」に近い。地名の淵源を探っても「ブルク」の方が古い。歴史や城郭関係の書物では、しばしば「ブルクの跡にシュロスを建てた」という表現が見られる。いくさの拠点という概念が薄れ、居館というニュアンスを強めると、最後はレジデンス「宮殿」へと連なる。

    最大の違いはその用法だと思う。ブラームスの故郷ハンブルクに明らかなように「ブルク」は地名語尾になる。シュロスはけして地名語尾にはならないでもっぱら「シュロス~」という使われ方をする。ブルクは場所を示す意味にも進出しているのに対し、シュロスはあくまでも建物を示すに過ぎない。

    スペシャルコンサートまであと29日。

    2013年4月12日 (金)

    見本市

    決まった曜日に市が開かれることはよくある。その日が地名に反映することも多い。四日市、八日市場、廿日市、十日市など日本でも頻繁に見られる。ドイツでは「Markt」だ。普通は1日だけの開催だが、中には2週間から3週間にも及ぶ時がある。「Jahremarkt」と綴られ「歳市」と訳される。

    歳市の主催者は、出来るだけ多くの人が集まる日に開催したいと考える。昔人が集まるといえば教会だ。毎日曜日には教会に出向くものだ。キリスト教の重要な祝祭日ともなればとりわけ多くの人が集まる。だからそうした祝祭日のミサの後に歳市をオープンすれば、客を呼びやすい。ミサのついでに市にも寄れるとあって客にとっても好都合だ。

    だから「Jahremarkt」はいつしか「Messe」つまり「ミサ」と呼ばれるようになった。独和辞典で「Messe」を引くと「ミサ」と並んで「見本市」の訳語が挙げられている。「歳市」が「見本市」に変化していったのだ。

    そういえば千葉県にある大きな国際展示場は「幕張メッセ」と呼ばれている。

    スペシャルコンサートまであと30日。

    2013年4月11日 (木)

    カステル

    モーゼルのワイン産地に「Bernkastel」があった。地名語尾「kastel」は、「ブルク」(burg)と同じく城砦を意味する。ブルクよりも分布が限られている。ラインの西か、ドナウの南を原則とするが、Limesの南にも現われる。

    つまるところ「カステル」は「ブルク」のローマ形だということだ。「キャッスル」と同根である。ローマ人が設営した対ゲルマン防衛柵つまり「Limes」に沿って分布する。Limesは柵と堀が基本だが、要所要所に砦が設けてあった。愛用の道路地図を注意深く読むと、Limesの遺跡が点々と遺されている。その近辺をさらに細かく探すと「Romerkastell」や「Romkastel」という表示が見つかる。「o」がウムラウトされていることも多い。「ローマの砦」あるいは「ローマ人の砦」と解して間違いあるまい。

    スペシャルコンサートまであと31日。

    2013年4月10日 (水)

    特別区

    都市の行政単位の一つ。国により街により定義や権限位置付けが違うと思われる。わが国の首都には23の特別区がある。ベルリンは12、パリは20、ローマ22、マドリード21、アムステルダム15、ロンドンは32となる。首都ではないがハンブルクは7だ。

    以下にウィーンの行政区を列挙する。

    1. Innere Stadt どこにでもある中央区ないしは中区のノリか。リンクの内側旧市街。
    2. Leopoldstadt ウィーンの歓楽街。ウィーンっ子は地名を聞いただけでピンと来る。
    3. Landstrasse
    4. Wieden ブラームスの自宅があったカールスガッセはここ。
    5. Margareten
    6. Mariahilf 有名な教会がある。
    7. Neubau 
    8. Josefstadt
    9. Alesergrund
    10. Favoriten
    11. Simmering
    12. Meidring
    13. Hietzing
    14. Penzing
    15. Rudolfsheim-Funfhaus ルドルフ五軒屋敷町とでもいうのか。
    16. Ottakring 
    17. Hernals
    18. Wahring
    19. Dobring
    20. Brigittenau
    21. Floridsdorf ウィーン初の鉄道の起点。
    22. Donaustadt
    23. Liesing

    全部で23ある。全くの偶然だが東京と同じだ。地名語尾的には「~の土地」を意味する「ing」が8箇所で目立つ。「stadt」が4箇所でそれに次ぐ。水辺語尾「au」が2箇所だが「Bau」は水辺より「棲みか」だ。

    スペシャルコンサートまであと32日。

    2013年4月 9日 (火)

    「markt」の偏在

    クララ・シューマンの故郷はライプチヒだ。「Neumarkt」というところで生まれた。「Markt」は「市場」だから「新市場」とでもいうのだ。「市」は人々の生活には欠かせない。だからかなり小さな町でも市が立つ。いつも同じ場所で市が立てばやがて地名にもなるだろう。

    ところが大疑問がある。愛用のドイツ道路地図の索引で見る限り「markt」が含まれる地名31箇所は、ただ一つの例外もなく全てバイエルン州に存在する。愛用の道路地図は大都市については巻末に詳細な都市地図があって、そちらを参照せよとなっているのだが、都市図の方は索引の対象になっていない。ライプチヒ市街中心部の「Neumarkt」は索引に収載されていない。

    それにしても極端だ。地図の編集者が変な操作をするはずもない。「markt」がバイエルン州の方言だとするなら、クララの生地「Neumarlt」はザクセン州だという点で説明がつかない。他の州では「市場」が地名にならなかったのだろうか。

    スペシャルコンサートまであと33日

    2013年4月 8日 (月)

    スペシャルコンサートのお知らせ

    次女が高校オケに入ってから2年間、その周辺の記事を高い頻度で発信してきた。しかしながらそれらは全て後追い記事だった。オケにまつわるイベントが終わったあとに、レポートを発信する体裁。ドイツ公演でさえ、事前の言及は控えた。それが基本姿勢と決めてきた。本日の記事はその基本姿勢から外れている。

    次女たち36代の部活現役引退となるコンサートを事前に告知する。

    千葉県立千葉女子高等学校オーケストラ部

    第20回スペシャルコンサート

    ボロディン作曲 交響曲第2番 他

    およそ3時間のステージ。

    最後の瞬間部活に戻るけどご容赦。

    2013年5月12日(日)13時開演(開場12時30分)

    場所:習志野文化ホール (JR津田沼駅前)

    チケット 全席自由800円

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    お時間の都合がつく方、何卒娘ら36代の集大成を聞きに足をお運びください。

    演奏会まであと5週間を切って、事前告知はしないなどとカッコをつけている場合ではなくなった。少しでも多くの人の前で成果を披露させたいという親心、そして絶対に損はさせないという少々の手前味噌。2年間親バカモード全開で言及し続けた、娘らオケの実態を実際にご覧いただきたく記事にする。お叱り頂戴も覚悟の上である。娘を見に来て欲しいのではない。「娘のオケ」を見に来て欲しい。これから本番まで、毎日の記事から本日のこの記事にリンクを貼る。

    何卒。

    2013年4月 7日 (日)

    都市の三要素

    とりあえずドイツに話を限定する。およそドイツの街なら必ず存在する施設が3つある。

    1. Marktplatz 市場
    2. Kirche 教会
    3. Rathaus 市庁舎

    しかもこれらは密集している。教会も市庁舎もマルクトプラッツに近接している。その機能が失われたとしても、その痕跡は残っていることが多い。市壁は建設が認められた街にしか存在しないけれど、これら3つは必須だ。街に複数の教会があったとしてももっとも由緒正しいのはマルクトプラッツに隣接する教会ということになる。古代ローマの都市だと「神殿」「競技場」「浴場」の3種となる。

    これらの三要素に準ずる存在が、「Operhaus」と「Stadion」だ。「劇場」と「スタジアム」である。さすがにどこの街にでもという訳には行かないけれど、そこそこの大きさの街なら必ずある。

    2013年4月 6日 (土)

    Cannstatt

    昨日の記事「街の形」で、都市を意味する「シュタット」のヴァリエーションについて述べた。その中にあったのが地名語尾「statt」だ。「stadt」に比べるとマイナーながらバーデンヴュルテンベルク州やバイエルン州に散見される。「シュタット」と読むなら「stadt」よりも自然な感じがするのだが、現実的には少数派だ。

    地名語尾「statt」の実例を調べていた。シュトゥットガルトのすぐ西隣に「Bad Canstatt」という街がある。自動車草創期のエンジニア、ゴットリープ・ダイムラーがこの街に1890年に「Daimler Motoren Geselschaft」(DMG)を創業する。これが現在もなお高級車市場に君臨するダイムラー社の起こりだ。マンハイムで創業したベンツ社とは全くの別企業。ブラームスの存命中は別の道を歩んだが、米国フォード社への対抗上1926年に合併してダイムラー・ベンツ社となる。オーストリアの豪商エミールイェネリックが娘の名「メルセデス」を車名にすることを提案し、やがてこれが同社を代表するブランドになる。同社の本社は今でもシュトットゥットガルトにあるし、同地のサッカークラブの本拠地「メルセデス-ベンツアリーナ」昔「ゴットリープダイムラーシュタディオン」と呼ばれていた。

    ゴットリープ・ダイムラーは1834年3月17日に生まれだから、ブラームスと同学年。そしてそして彼の父はヨハネス・ダイムラーである。

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    2013年4月 5日 (金)

    街の形

    地名語尾「stadt」は「街」と解して疑われることはないのだが、以下の通り様々なヴァリエーションがある。

    1. staadt ラインラントプファルツ州に「Kastelstaadt」がある。
    2. stade ニーダーザクセン州にそのものズバリ「Stade」が存在する。
    3. stadt いわゆる「ウエストライン」とベンラート線の間の西寄りに分布する。
    4. stadt 「a」にウムラウト一個がつくだけで分布域が「stadt」の東側に変わる。
    5. statt バーデンビュルテンベルク州とバイエルン州に散在。つまり南部だ。
    6. stedt エルベ川下流域およびザクセンアンハルト州に集中する。
    7. stett バーデンビュルテンベルク州「Althengstett」1箇所。
    8. stetten Limesの南に集中する。

    オランダ語、ノルウエィ語、スウェーデン語では「stad」になる。見事なものだ。変化形が無闇に使われている訳ではなかった。ユトランド半島の付け根に集中する地名語尾「by」は、デンマーク語で「街」に相当する。この地域がデンマーク語の影響を受けていると考えてよさそうだ。地名語尾「by」は英国においては「Derby」や「Rugby」などの地名にもなっている。

    2013年4月 4日 (木)

    ベルリンの中のケルン

    ドイツの首都ベルリンの起源を調べていると、東方殖民の時代12世紀、シュプリー河畔の2つの集落にたどり着く。1つは現在のベルリン市で申せばニコライ教会付近のシュプリー川右岸でベルリンと言った。今ひとつはケルンといい、ベルリンの対岸の中洲一帯になる。

    ケルンというのは「Kolln」(oはウムラウト)だ。ライン河畔のケルンに「l」を重ねた形である。ライン河畔の有名なほうのケルンは、ラテン語で植民地を表す「Colonia」が、ドイツ風に訛ったものだ。こちらベルリンの中のケルンも「l」が重なるとはいえ、カタカナで標記するなら「ケルン」にならざるを得ない。問題は、こちらも「植民地」が語源なのかという点だ。

    エルベ川の東にラテン語起源の地名がポツリと存在するのはどうにも座りが悪いと、ずっと感じていたが、やはり「植民地」の意味ではなかった。

    ベルリンの中のケルンは、スラブ語で「湿地」を表すらしい。川の中州の地名としては無理が無い。現在のベルリンの地図を眺めていてもこの付近に「Kolln」の地名は見つからない。も少し南に「Neu Kolln」があるので、きっと関連があるのだと思う。

    2013年4月 3日 (水)

    岩山考

    懐かしいドイツ旅行での大きな収穫。

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    ニュルンベルク在住が長いガイドさんがちょうどこの場所に差し掛かったとき、「ニュルンベルクの象徴カイザーブルクのお城は大きな岩山の上に築かれています」と説明してくれた。その瞬間脳味噌に電気が走った。

    出発前Nurnberg(uはウムラウト)の由来を調べていた。現在と同じ「Nurnberg」というつづりが現れる最古の例は1422年だ。それ以前にこの街をあらわす地名は以下の通り綴りを変化させてきた。

    1. 1356年 Nurenberch
    2. 1142年 Nurinberch
    3. 1112年 Nuorenberc
    4. 1050年 Norenberc

    これらの語の前段、「Nurn」「Nurin」「Nuoren」「Noren」は、今なお議論が終わっていないものの、中世高地ドイツ語の「Knorre」(突出した骨)、「Knur」(岩、岩礁)に由来するという。日本では即席スープで名高いブランド「Knorr」(クノール)と語源が一致する。語頭の発音しない「K」が表記されなくなったケースが南部ドイツでは散見されるという。

    つまり「Nurnberg」は「岩山」だ。知識としてそれを脳味噌の片隅に置いたままのドイツ旅行だったが、カイザーブルクが本当に岩山の上に建つ城だと聴いて、その知識がよみがえった。

    2013年4月 2日 (火)

    皇帝日和

    「Kaiser」という言葉が「皇帝」を意味すること周知の通りだ。同種のものがグレードを変えて複数存在する中で、より上等の方に「Kaiser」という単語が冠されることがある。本日はその典型のお話。

    絶好の天気のことを「皇帝日和」という。「Kaiserwetter」と綴る。日本語であたるなら「日本晴れ」くらいのニュアンスか。「天皇晴れ」や「将軍日和」とは言わない。神聖ローマ帝国の余韻を味わうに相応しい言い回しだ。

    昨年のドイツ旅行でも、バンベルクやニュルンベルクで好天に恵まれ。「皇帝日和」とはこのことかと思い知った。

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    ↑はバンベルク。

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    ↑これはニュルンベルク。

    神聖ローマ帝国ゆかりの両都市に相応しい。

    2013年4月 1日 (月)

    満鉄病院

    ドイツ旅行からちょうど一年後に海外出張がはいった。3月27日から昨日まで中国に出かけていた。ドイツ旅行一周年を日本でまったりと迎えていたらちょっと切なかったところだから、ちょうど良い気分転換になった。

    大連を根城に周辺を訪問した。あちらの新幹線の顔がドイツのICEにそっくりだった話など、業務以外にも新鮮な経験があった。

    大連は旧満州国の首都。日本を思わせる建物や街並みがかなり残っている。ちょっとしたケガの手当てで立ち寄った大連大学付属中山病院は、待合室や廊下など、ほとんど日本と雰囲気が同じだなどど感心していたが、それもそのはずで、旧鉄道病院の建物がそのまま使われていた。外観は20世紀初頭の建設当時のままだそうだ。

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    4月1日なんぞに記事にしたら嘘だと思われそうだが、ホントの話。2013033118010000

    大連大学付属病院の診察券をもらってきた。凄い収穫。

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