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2013年5月11日 (土)

ケルト語とスラブ語

地名語尾を厳密に調べようと思ったとき、常に頭に入れておかねばならないことは外国語の混入だ。とりわけ英語、フランス語には注意が要る。歴史的に見るとラテン語やスラブ語がこれに加わる。

ケルトはゲルマン人とローマ人によって欧州大陸を追われ、現在はブリテン島の北部かアイルランドに住んでいる。カエサルが「ガリア人」と呼んだ人々とほぼ一致しているらしい。欧州の地名にはケルト語の痕跡が色濃く残る。街の名前よりも山や川の名前に著名なものが多い。有力な自然地名がケルト語由来になっている。

ケルト語の普通名詞が現代の地名にそのまま投影されている。

  1. Vien オーストリアの首都だがケルト語で「森」
  2. Alp ケルト語で「岩山」
  3. Rhein ケルト語で「流れ」
  4. Zurich ケルト語で「水」
  5. Bonn ケルト語で「大きな集落」
  6. Donau おそらくケルト語で「川」か?

これらは地名語尾をドイツ語で発想しても混乱が増すばかりだ。

あるいはスラブ語。

11世紀に起こった東方殖民は、ドイツ語圏を東に拡大することとなった。「十字軍のドイツバージョン」「スラブ民族のキリスト教化」などと評価されているが、単なる征服戦争として見ると片手落ちになるという。もちろん武力衝突や略奪はあったに決まっているが、今日でいう移民のような側面もあったといわれている。

少なくとも大幅な地名の改廃は起きなかったと考える。地名の由来を忠実にドイツ語化したことはあるにしても、多くは既存の地名を尊重している。

エルベの東に特有の地名語尾が多く残存していることがその根拠だ。「ing」「ingen」「ungen」に代表される所有を示す語尾はスラブ地方では「in」に相当すると言われている。首都ベルリン「Berlin」がその代表格だ。他にも「ow」「itz」「ig」などがエルベの東に特有な地名語尾である。

スペシャルコンサートは明日。前日だというのに、やけに淡々とアップする。

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