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2013年5月 2日 (木)

選帝侯

ドイツ独特な歴史上の概念。神聖ローマ帝国の皇帝は有力者の投票で決まった。投票権を持つ人たちを選帝侯と言った。ドイツ語で「Kurfurst」と言う。王を選挙で選ぶ発想はザクセンの伝統らしい。事実上の世襲であっても選挙の体裁を取ったようだ。これが完全選挙になるキッカケが大空位時代だ。神聖ローマ皇帝が20年も不在だった。

これが制度としてキチンと確立したのが1356年金印勅書だ。7人の選帝侯は以下の通り。

マインツ大司教、トーリア大司教、ケルン大司教、ボヘミア王、ザクセン公、ブランデンブルク辺境伯王、プファルツ伯の7名だ。

金印勅書以降に選帝侯になったのは、ハノーファー侯、バーデン辺境伯、ヴュルテンベルク公、ヘッセン-カッセル方伯、ザルツブルク大司教の5名だ。

ベルリンの繁華街に「Ku'damm」がある。正式には「Kurfurstendamm」で、「Damm」は道、とりわけ車道だから「選帝侯の道」を意味することとなる。日本ならば「御成街道」かもしれない。ここでいう選帝侯はブランデンブルク辺境伯のことだ。バッハのブランデンブルク協奏曲は、ブランデンブルク辺境伯へのプレゼントである。

スペサンルコンサートまであと10日。

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