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2013年7月31日 (水)

各国ビール事情

世界各国のビール事情を概観しておくことにする。

  1. 中国 2003年に生産量世界一の座を米国から奪取して以来独走中。年間450億Lは、2位の米国の倍。それでいて国民一人当たりの消費量は第50位。市場は成長を続けているのに、既に寡占化の兆しもあり、上位4社で60%に達する。ちなみに1位は華潤雪花、2位青島、3位ABinBev、4位燕京。市場が巨大で成長も止まっていないので、業界15位程度でもバカにならぬ生産量となる。
  2. 米国 228億Lの市場。1位ABinBev、2位MillerCoorsで市場の80%を占める。寡占が行き着くところまで行った結果、上位2社はアメリカ系ではないという皮肉。
  3. 日本 59億Lで世界7位の市場。ただし厳密にはビールと呼べない「新ジャンル」を加算しての数字。ご存知の通りの5大メーカーが君臨中。世界に冠たる高課税と熾烈な価格競争。おかげで4大ビールメジャーの進出を受けずにすんでいるという皮肉。
  4. 英国 ABinBev、Heineken、Carlsberg、SABmillerなどのメジャーでほぼ市場独占。ラガーの進出顕著で、エール大国の面影はない。45億Lは日本に継ぐ第8位。
  5. ブラジル/ロシア 生産高3位と4位。4大メジャーの草刈場の様相を呈する。

生産高第5位のドイツ。96億Lを1400社が分け合うという異例の構造。トップメーカーのシェアが10%に届かず、上位15社を集めても40%に達しないという群雄割拠。生産高は横ばいか微減で、立派な成熟市場だというのに寡占が進行していない。経済的にはユーロ圏の牽引車でありながら、ことビールにおいては資本主義の論理を拒み続けているように見える。ビールを単なる工業製品だと思っていない証拠だ。

2013年7月30日 (火)

銘柄ランキング

昨日のメーカーランキングに続いて、銘柄別の生産高ランキング。少々古くて2009年のデータ。

  1. Krombacher Pils 4.5億L
  2. Bitburger Pils 3.6億L
  3. Warsteiner Pils 2.7億L
  4. Hasseroder Pils 2.6億L ABinBev傘下
  5. Ottinger Pisls 2.1億L 
  6. Veltins Pilsner 1.9億L
  7. Ottinger export 1.8億L
  8. Radeberger Pi;sner 1.8億L
  9. Beck's Pilsner 1.7億L ABinBev傘下
  10. Paulaner Weissbier 1.3億L Heineken傘下

10種中、8種類がPilsになっている。結局みんなピルスが好きということだ。ここでも、4大ビールメジャーの影響は低いと見ていい。

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上記9番のBeck's↑

2013年7月29日 (月)

ビアダービー

ドイツの人はことビールにかんしては、醸造元の企業規模は大きくなくてもいいと思っているのだが、一応2011年のビール醸造所別生産高ランキングを掲載しておく。私が飲んだことがある醸造所を青文字にしておいた。(東)は旧東ドイツ。

  1. Ottinger 6億2050万リットル バイエルン州。隕石孔で名高いリース盆地の中にある小さな街なのだが、ドイツナンバーワンブルワリーだ。1731年創業。
  2. Krombacher 5億3890万リットル フランクフルトの東30km。
  3. Bitburger 4億0270万リットル トーリアの北およそ50km。
  4. Becks 2億7500万リットル ブレーメン。
  5. Warsteiner 2億7150万リットル ドルトムントの南東90km。
  6. Hasseroder(東) 2億7060万リットル ヴェルニゲローデ。1882年創業。
  7. Vertins 2億6900万リットル ドルトムントの南東90km。
  8. Paulaner 2億2300万リットル ミュンヘン。
  9. Radeberger(東) 1億9560万リットル ドレスデンの西北西30km。1872年創業。
  10. Erdinger 1億7220万リットル ミュンヘン北東35km。1896年創業。ヴァイツェンのスペシャリスト。
  11. Augstiner 1億2960万リットル。ミュンヘン。1328年創業。
  12. Konig 1億2860万リットル ヴュルツブルク。1817年創業。
  13. Franziskaner 1億1195万リットル ミュンヘン。1363年創業。
  14. Jever 1億0910万リットル  ウィルヘルムスハーフェンの西20km。1848年創業。
  15. Sternberg(東) 1億0780万リットル ライプチヒ 1822年創業。

オクトーバーフェスト出店6社のうち、シュパーテン、ホフブロイ、レーヴェンブロイがランクインしていないなど日本での知名度とは必ずしも一致しない。デュッセルドルフのアルトビア各社やケルシュ各社もランクインしない。上位15社に3社という旧東ドイツもがんばっている。

創業年だけで見れば、すべてブラームスの生前に遡るが、1896年のエルディンガーだけは間に合っていないかもしれない。

これら上位15社の合計が約37億L、ドイツ全体のビール生産量はおよそ96億Lある。上位15社の合計が40%に届かない。トップメーカーのシェアが10%に届いていない。ビール業界の常識から観ればかなり異常なことだ。そこそこの生産量がある国では、大抵市場の寡占化が進み、上位数社で数十%に達することが珍しくない。

上記15社を先に話題にした4大ビールメジャーという観点から分類してみる。

  1. ABinBev 4位Beck's、6位Hasseroderの2社
  2. SABMiller 無し
  3. Carlsberg 無し
  4. Heineken 8位Paulanerだけ。

合計で7.7億Lにとどまる。10%に届かない。生産量世界第5位のビール大国ドイツの市場は、異例尽くしと申してよい。何だか面白くなってきた。

2013年7月28日 (日)

4大ビールメジャー

ドイツの特色ある地ビールが素晴らしいなどとノスタルジーに浸る気分になりがちだ。ブラームスの周辺に横たわるビールネタならばそれでよいのだが、現実は甘くないという話もしておかねば公平でない。

ビール業界だって油断も隙もない弱肉強食の世界だ。今まで言及してきたビールメーカーも実は巨大メジャーの傘下でしたという話には事欠かない。ブラームスとは関係がないけれど世界4大メジャーに言及しておく。

  1. Carlsberg 1847年デンマークのコペンハーゲンで創業した。カルルスベルグ社。欧州とアジアが主要マーケット。ドイツでもかなりな知名度のブランドが実はカルルスベルクだという話に多く行き当たる。何と言っても下面発酵酵母の単離精製に始めて成功した功績は特筆される。つい最近までサッカロマイセスカルルベルゲンシスという具合に学名に痕跡を残していた。英国プレミアリーグの名門アーセナルのスポンサーで、欧州選手権でもしばしばオフィシャルサプライヤーになる。
  2. Anheuser-BuschinBev 複雑。元々は1366年にベルギーで創業したアルトワ醸造所だ。1987年までベルギー国内で吸収合併を繰り返し、インターブリュー社となった。2004年ブラジルのアンベヴ社が合併してインベブ社が成立、2008年にはバドワイザーを擁するアンハイザー・ブッシュを買収してアンホイザーブッシュインベブになり世界をリードする位置に躍り出た。520億ドルの巨大買収だ。サッカー、ブンデスリーガ1部のブレーメンのスポンサーはベックスで、その親会社がこのアンハイザーブッシュインベブだ。世界のビールの4本に1本が同グループの製品だが、ドイツ系の主要な子会社はベックのほかに、ミュンヘンのレーヴェンブロイとシュパーテン。2006年のワールドカップドイツ大会と次の2010年南アフリカ大会の公式ブルワリーだった。
  3. SAB-Miller 1895年南アフリカで創業したSAB(サウスアフリカビール)社が、2002年に米国2位のミラー社を買収して国際舞台に踊り出た。中国、ロシアへの進出が顕著。チェコのピルスナーウルクエルは同社の傘下。4強の中ではドイツへの影響は比較的小さい。現在の本社は南アフリカではなくて英国にある。
  4. Heineken 1864年アムステルダムで、ハイネケンが休業中の醸造所を買収したことが起源。醸造所自体は16世紀に遡る。現在欧州最大のビールブランドだ。世界170カ国に輸出販売している。ことを欧州に限れば最大の存在感かもしれない。ドイツ国内への影響という点では4大メジャー随一だ。英国プレミアリーグ・チェルシーのスポンサーであるほか、サッカーオランダ代表や欧州チャンピオンズリーグもサポートしているのでサッカー的にはおいしい。

見ての通り、英国にしてもドイツにしてもチェコにしても買収される側だ。ドイツでは特に、ビール会社は地元志向で、地元で売れるだけを作り、そこで愛されればいいというような姿勢が優勢だ。いかにもドイツっぽいと思ったブランドがハイネケンやカルルスベルクの傘下だったという話にはちょくちょく行き当たる。

2013年7月27日 (土)

雨の歌寿

今日は母の誕生日だ。何歳になったかは本日の記事のタイトルで明らかである。気持ちは59歳だ。

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2013年7月26日 (金)

ビール純粋令Ⅳ

1516年発令のビール純粋令は、当時のドイツ語で書かれた難解な文書。現在も通用する世界最古の食品法令という位置づけだけが強調されることが多い。

先に紹介した「ビールを読む」という書物の252ページには、その全文が和訳されてている。いやはや貴重。当時の単位や通貨の知識がないと理解が平面的になる。

ただただ貴重だ。

2013年7月25日 (木)

ビール純粋令Ⅲ

さて「ビール純粋令」公布の目的が、不正な混ぜ物を禁ずることと、小麦の使用抑制にあったと書いた。実はこれは表向きの理由だ。

小麦はビール原料として大麦よりもはるかに長い歴史を持つ。1516年にビール純粋令が成立した時点で、バイエルン領内のあちこちで小麦ビールは作られていた。しからばこれらが直ちに法令違反になったかと申すとそうではない。よくよく調べるとビール純粋令は下面発酵ビールにのみ有効だったのだ。小麦を原料とするヴァイツェンは上面発酵だから純粋令の枠外だ。

実はそれでいて、小麦ビールの醸造権を宮廷が独占した。上面発酵の小麦ビール醸造を独占する一方で、下面発酵ビールには厳しい品質規格を設けたということだ。小麦は食用に回すよう誘導すると見せかけて、裏ではその製造を宮廷自ら独占したという、何だか純粋でないお話。

2013年7月24日 (水)

ビール純粋令Ⅱ

記事「ビール純粋令」を読んで「はて」と感じた人がおるまいか。ビールの原料として「大麦」「ホップ」「水」が指定されていた。「酵母」ドイツ語で申す「Hefe」が記載されていないのだ。それもそのはず当時の製法では「酵母」を原料とは考えていないのだ。発酵後にタンクに残るドロドロの物体が発酵に何らかの関与があると経験的に知られていただけで、原料と認識されていなかった。自然発酵が当たり前のおおらかな時代。

1551年にビール純粋令が改訂されたとき、酵母は4つ目の原料として晴れて認知された。当時のつづりは「Hepffen」で、これが現在の「Hefe」に相当する。この改訂の時点でビールの製法が上面発酵と下面発酵に分けて記載されている。発酵を終えた酵母を回収し次の仕込みに利用する習慣が定着したと思われる。桶の底から回収するのが今で言う下面発酵酵母で、浮いたところを掬い取るのが上面発酵酵母だ。酵母回収の方法が違うのだから、両者を区別せざるをえなかったのが真相だろう。

2013年7月23日 (火)

食糧政策

食い物の確保は、為政者たちの重大な課題であった。今でこそ剰余米などという言葉に頻繁にお目にかかるが、昔はもっぱら足らぬ心配だった。記事「ビール純粋令」でバイエルン公ウイルヘルム4世が制定した「ビール純粋令」が現在効力のある最古の食品関連法規だと結んだ。現代ではドイツビールのブランドイメージの維持に絶大な効果があるらしく、「非関税障壁だ」という一部の指摘にも関わらずこれを遵守する醸造家が多い。

ところが、よく調べると事情はもっと複雑だ。「大麦、ホップ、酵母、水」だけを使えと定めた狙いは別のところにあったらしい。当時の心配事は食糧不足だ。パンの原料である小麦粉は、小麦から作る。ビール好きのドイツ人たちはパン用の粉にしないで発芽させてビールの原料にしてしまうことが多かったという。小麦をビールになんかしてないで、ちゃんと食用にしなさいを遠まわしに言ったのがビール純粋令だったのだ。

切羽詰った食糧事情が反映したお達しだったということになる。

2013年7月22日 (月)

ビール純粋令

「Reinheitsgebot」と綴る。「Rein」は「純粋」で「Heits」がつくと「純粋であること」になる。「Gebot」は「規格」「法令」の意味である。「ビール純粋令」と和訳されているが「ビール」にあたる単語はなくシンプルに「純粋令」といった程度になる。ちなみに「Reinheit」は音程が良いという意味もある。ビールの純粋さを示す言葉と、音程の正確さを指す言葉が同じとは、何だかドイツ的で嬉しい。

1516年バイエルン公ウイルヘルム4世によって制定された。「ビール製造は、大麦、ホップ、水、のみを使用する」という趣旨の法律だ。ドイツ語でそれぞれ「Gerste」「Hopfe」「Wasser」という。面白いことに現在も通用する最古の食品関連法規だと目されている。裏を返せば、当時ビールに混ぜ物をして不正な利益を得る不届き者が大勢いたということだ。

制定当時の適用範囲はバイエルン公国内だったが、ドイツ帝国の成立時にバイエルン王国が全ドイツへの適用拡大をプロイセンに迫ったという。その後ワイマール体制、ナチス独裁、東西冷戦、ドイツ統一、EU体制という具合に体制が変わったが、「ビール純粋令」だけは維持されてきた。非関税障壁だと位置付けられる一幕もあったが、ドイツの醸造家は以前にもましてこれを遵守している。ブランドイメージの維持に資するところ大なのだ。

学生諸氏や時にブラームスは、ビール純粋令を守った音程の良いビールを飲んでいたということだ。

2013年7月21日 (日)

上面発酵と下面発酵

ビールは醸造法の違いにより2つに分けられる。

  1. 上面発酵 19世紀後半に至るまでビールといえばこちらだった。常温(20度~25度)で、短期(4~5日)で完了する。その間に酵母が液の表面に浮上することから「上面発酵」と言われる。英国の「エール」が代表的。
  2. 下面発酵 一言で申せば「低温長熟」だ。酵母が発酵桶の底部に沈むことから「下面発酵」と称される。「低温」とは「8度~12度」。この温度で雑菌の繁殖を抑えつつゆっくり時間をかけて醸造される。出来不出来の差が少なく歩留まりが格段に向上したが、低温を実現する冷凍機の開発があってはじめて大量生産が実用化できた。ラガービールと呼ばれて現代のビールの主流を成す。

冷凍機の発明は1873年ミュンヘンだ。ブラームスは下面発酵のラガービールを飲んでいた可能性が高い。

2013年7月20日 (土)

世界ビール大百科

大修館書店より刊行されている書物の名。A5判556ページの大著。原題は「The Encyclopedia of Beer」という。これが邦訳されて各項目が五十音順に配列されている。ビール特集の記事溜め込みが始まった2010年に買い求めて以来愛読中。はっきり言って辞書なのだが、面白いので最初から何度も読んだ。いろいろな知識を満遍なく手早く吸収出来る。

こちら側の知識が厚みを増して来て初めて気づいたのは、記述の目線がアメリカ寄りだという点だ。律儀に添えられている原文が英語であることが多い。執筆陣は9名の専門家なのだが、皆アメリカ人若しくはアメリカ在住者だ。出版が1997年でいささか古いことと合わせて今となってはやや物足りないと感じている。

2013年7月19日 (金)

惜しむらくは

図書館で見つけた「ビールを読む」という本にすっかりはまっている。都市と文化をビールという切り口から見つめなおすという秀逸な趣旨。さして大きくもない街の話題を丹念に掘り下げて行く姿勢が本当にたくましい。

文句をいう筋合いはまったくないし、揚げ足取りでもないのだが、一つだけ残念なことがある。同書の63ページ第4章が「デトモルト」のために捧げられている。この小さな街の歴史やゆかりの人物がビールをからめて活写されているのだが、ブラームスへの言及がない。申すまでも無くデトモルトはブラームスが最初に就職した街。1857年から3年の間時間限定で同地の宮廷に勤務した。

同書がブラームスに言及していたらもっと記事が稼げた。

2013年7月18日 (木)

ビールを読む

図書館で見つけたご機嫌な本のタイトル。副題が「ドイツの文化史と都市史のはざまで」となっている。いやはやストライクゾーン。ドイツの主要都市とビールの関係を丹念にレポートしてくれている好著だ。表紙が秀逸。「ドイツビール純粋令施行450周年」の記念切手がドーンと配置されている。

中身の濃さも特筆物だ。ビールやドイツへの深い愛情が見え隠れする。

2013年7月17日 (水)

3年越しの収穫

2010年4月8日のこの記事をご記憶だろうか。「新入生の歌」と題した記事で、長男の大学入学を祝った。記念にと掲載した桜並木の写真の下に「実はこの記事はるか彼方を見据えた種まき」と書いて記事を結んだ。記事の途中にロベルト・シューマンの飲酒の話題にさらりと言及しているのだが、実はカテゴリー「537ビール」の記事にもなっている。

「はるか彼方を見据えた種まき」というのがポイント。この7月から始まったビール特集を予告した言葉だった。当時18歳だった長男はもう20歳を過ぎビールをともに楽しめる年頃になった。

あの頃から「ビールネタ」の収集が始まっていた。我ながら周到だ。

2013年7月16日 (火)

学生歌の中のお酒

学生歌の理解を深めるために無くてはならないのが「お酒」である。学生歌が歌われるのはほとんどが酒宴の場面だ。学士会の公式な酒宴は4~5時間に及ぶという。酒宴の進行にはさまざまなしきたりがあり、場面場面で唱和される歌が決まっている。1回の酒宴で歌われるのは十数曲らしい。全員が歌詞を暗記している訳ではないから、歌集が重宝する。歌集は上製本で四隅にはビール樽に用いられる鋲が打ち込まれている。これによりテーブルに置かれた場合、卓面と歌集の間に約7mmの隙間が生じることになる。ビールをこぼしても歌集を濡らさない工夫らしい。歌集が酒宴に持ち込まれることが前提になっている。その際にビールを誰かがこぼすリスクも考慮されている。

学生歌で歌われる「お酒」は、不思議なことにほぼビールに限られる。先に紹介した本に記載された学士会用語辞典には「ビール」にまつわる語彙が圧倒的に多い。ワイン大国ドイツでもあるのだが、どうも学生歌には登場しない。

2013年7月15日 (月)

ビールの牙城

ブラームスの伝記に登場する嗜好飲料は3つある。ビール、シャンパンを含むワインそれからコーヒーだ。

これら嗜好飲料のドイツにおける位置付けについて調べた。現代1998年の一日一人当たりの男女別消費量だ。16歳から64歳を対象とした調査である。男性のランキングを示し、女性の消費量を添えた。

  1. ビール 399.4g 女性86.9g
  2. コーヒー 356.0g 女性360.5g
  3. ミネラルウォーター 245.2g 女性360.5g
  4. ジュース(炭酸飲料含む) 194.3g 女性160.1g
  5. 茶 74.7g 女性76.5g
  6. ワイン 44.1g 女性40.3g
  7. ゼクト 5.5g 女性9.4g
  8. 蒸留酒 5.2g 女性4.4g
  9. 果実酒(ワイン以外) 4.6g 女性4.4g

やはりドイツはビールだと再認識した。400gとは缶ビール1本と少々。どう見ても男の飲み物だ。男女間でこれほど差が大きい飲料は他にない。

無論この値がブラームスの生きた19世紀にただちにあてはまるとは思えない。ミネラルウォーターや炭酸飲料の台頭は20世紀の出来事だ。ワインの相対的地位はもっと高かったと思われる。

2013年7月14日 (日)

お盆のファンタジー16

ブラームスは今年もまたやってきた。今年もまた次女に用があるといわんばかりに歩み寄るといきなり抱きしめた。次女は2年連続ハグの先制攻撃だったが、今年は心の準備が出来ていた分、冷静にかわしている。「おいでいただけると思って貴国のビールを用意しました」と言ってとっておきのホルステンをおすすめしている。

「部活引退おめでとう」とブラームスが切り出す。「いやあ凄かったな」としみじみと続けるブラームス。「ボロディンのロ短調の時、第一楽章で拍手が来たろ?」「真っ先に叩いたのはこいつだよ」と後ろの紳士を紹介してくれた。紳士は「アレクサンドル・ボロディンです」と次女に握手を求めた。呆気にとられる次女にボロディンさんが畳み掛ける。「普通は楽章間で拍手はしないもんだが、あの日は別格だった」「立ち上がってとも思ったがブラームスに羽交い絞めで止められたよ」

「ありがとうございます」と次女。「気合が入り過ぎてミスもありましたが、気持ちだけは込められたと思います」と言いかけた次女を遮ってブラームスが「な~にミスなんぞ誰も気にしていないよ。どうせ正しい音は楽譜に書いてあるんだし」

「第3楽章が桁ハズレに美しかったよ」とボロディンさん。「ああ、もしかするとあのシンフォニーの響きの頂点は第3楽章かもと思わせる演奏だった」とブラームスも同意する。「特に90小節目あたりのヴァイオリンがやりきれないほど綺麗だった」「第3楽章ですべてを言い終えて、あとはキレッキレの第4楽章だな」と作曲者を前に自説を披露するブラームスだ。「確かにフィナーレのはじけっぷりは見事だった」とボロディンさんも乗せられているが、「私は紙一重のアンサンブルの第二楽章が気に入った」とさりげない反論も忘れない。

「指揮者のハグは伝統の儀式なのか?」とブラームスとボロディンが同時に切り出した。「あっ、はい」と次女。「あの瞬間会場中が一つになっていたね。確か去年BGMはなかったよね」とブラームスが念を押す。「はい。今年の新機軸です」と今度は私。

「これからも音楽はやるの?」とボロディンさん。「わかりません。今は受験に専念です」と神妙な次女。「受験?」というボロディンさんの疑問には私が「すみません。日本のしきたりなモンで」と苦し紛れの対応だ。次女は「でも何だか父は続けるみたいですけど」と痛いところをついてくる。

ボロボロになった第2交響曲のスコアを差し出してボロディンさんにサインをねだる次女だった。「俺もサインしようか」というブラームスを次女が遮った。別の楽譜を差し出しながら「ブラームスさんはこちらにお願いします」と言った。書き込みだらけのピアノ五重奏の第3楽章のパート譜だ。

2013年7月13日 (土)

暑さの単位

ミュンヘンっ子たちは、夏の間ビアガーデンで飲みながら涼を取るのが普通だ。その席での重要な話題が「本日の暑さ」だったという。そのときの暑さの単位は、今の日本なら「猛暑日」とか、「熱帯夜」という単語に凝縮されるが、ミュンヘンにはならではの言い方がある。

「ビール1杯の暑さ」とか「ビール2杯の暑さ」とか、暑さの程度を表すのに、涼を取るのに必要なビールの量で示すと言うことだ。

2013年7月12日 (金)

ブラームスとビール

アラビアンナイト計画は「ワイン特集」で始まった。ホイベルガーのおかげでブラームスが好んだワインの銘柄が記録されているから、思いのほか話題が広がった。

しかし、実際にブラームスがもっとも飲んだアルコール飲料はワインよりもビールだったと思われる。ブラームスがかなりの量のビールを飲んだことは複数の証言ある。しかし、誰一人としてその銘柄を記録していない。だからワインの時のような掘り下げが難しい。

そこを無理矢理記事にしてしまうのがブログ「ブラームスの辞書」のお約束でもある。

アラビアンナイト計画は1000日間、企画を敷き詰めるというコンセプトで始まり、先般無事ゴールした。その結果手持ちの企画を出しつくし、青息吐息になるというパターンだけは避けたかったが、杞憂だった。本数で20本を超える企画がまだ手元に残っているので順次公開する。その第一弾が「ビール」という訳だ。

2013年7月11日 (木)

打ち上げのビール

7月3日にアラビアンナイト計画が終わってから、その1000日間を振返るような記事が続いてきた。人間何らかのプロジェクトが終わると打ち上げと称して飲み会を開くものだ。そっちが一番の楽しみという人も多い。そしてそれが真夏だったらそこで飲まれるのはビールだ。

アラビアンナイト計画コンプリートの余韻にいつまでも浸ってもいられない。アラビアンナイト計画完遂後の初企画は「ビール」だ。今日からビール特集を立ち上げる。

このところ極端に暑い日が続いているから、せめてブログでビールに深く言及したい。

2013年7月10日 (水)

ここ掘れワンワン

民話「花咲かじじい」のキーポイントとなるフレーズ。2組の夫婦が登場する。彼らは隣人同士だが性格は反対。善悪を象徴する存在だ。善人の老夫婦の飼い犬が吐くセリフが本日のお題「ここ掘れワンワン」である。言われた通り畑の真ん中を掘ってみたらお宝がザクザク出てきた。同じ事を悪人夫婦がするとそうは行きませんという筋立てだ。

ブラームスに言われた通り「ドヴォルザーク」や「民謡」の畑を掘ってみたのがそもそもの始まりだ。そこはブログネタの山だった。ブラームスが愛したというだけで、ドヴォルザークや民謡に深く触れたいという気持ちになれた。ここ3年はそれだけで記事が湧いて出た。ブラームスがどんな気持ちでドヴォルザークや民謡と対峙したのか少しは理解出来た気がする。

お楽しみはこの先だ。こうしておいてブラームスの作品を改めて聴くと、景色が全く変わる。

本日のたとえで申せばブラームスは花咲かジジイに登場する白い犬だ。彼が「掘れ」いうもの全てが探査の対象になる。この先もその方針でよかろう。

問題は私が「正直じいさん」かどうかである。

2013年7月 9日 (火)

家康の伝記

徳川家康の名はさほど歴史に詳しくなくても、殆どの日本人が知っている。彼の生い立ちを手繰ってみる

  1. 三河の国に生まれる。
  2. 駿河の今川家に人質として送られる。
  3. 桶狭間で今川義元が討たれると独立する。
  4. 小牧長九手の戦いに敗れる。
  5. 長篠の合戦に勝つ。
  6. 本能寺の変に際してから逃げ帰る。
  7. 江戸に転封される。
  8. 関が原の戦いに勝つ。
  9. 江戸に幕府を開く。
  10. 大阪夏の陣。
  11. 没後日光に祭られる。

こんなに簡単に振り返っただけなのに地名がゴロゴロ出てくる。もし万が一これらの地名がどこにあるのか全く知らなかったら、歴史を知る喜びは半分未満だ。家康の生い立ちを追いかけるにしても説得力と立体感が違う。

私が今必死にドイツの歴史や地名を学んでいる理由がこれでほとんど説明出来る。ブラームスをより深く立体的具体的に理解するためには避けて通れないと考えている。ブラームスのためにと覚えたこれらの知識は、他のドイツ人についての伝記を読むにあたっても基礎知識になる。

2013年7月 8日 (月)

ドイツ史の奔流

父に連れられてはじめて鎌倉を訪れたのは小学校6年の夏休みだった。小学校高学年になるころから、父が話してくれる歴史上の逸話に親しんでいた。源平の合戦、戦国時代、幕末の騒乱あたりが中心だったが、系統立ったものではなくて有名なエピソードを切れ切れにという感じだった。父はそうした話に対する私の反応が嬉しかったのだろう。鎌倉行きは父の発案だった。鶴が丘八幡宮、稲村ガ崎、切通し、大仏、鎌倉五山、大塔宮、若宮大路など、鎌倉には面白い話がたくさんあった。

後日受験を迎えても日本史だけは全く苦にならなかった。父から聞かされてきた話が、史的脈絡の中で有機的に繋がって行くのが快感だった。

学生時代に日本史で起きたことが今、ドイツ史で起きている。ドイツ史上の興味深いエピソ-ドを自ら次々と漁っている状態だ。聞くもの全てが初耳。何よりも感じるのは、あくまでも音楽史はその中の一支流に過ぎないということだ。そして巨匠ブラームスでさえ、その支流に浮かぶ小舟に過ぎない。私は、まさにその小舟の航跡や構造を調べつくしたいのだ。ブログはそのための航海日誌に相当する。私はといえば小舟を知りたいために、それが浮かぶ川を、上流から下流までくまなく調べたい性格だ。

2013年7月 7日 (日)

ドイツ分室効果

音楽作品が素晴らしければ、それで良いとする立場は十分理解できる。結果として残された作品が素晴らしければ、それだけでOKで、それを生み出した作曲家の氏素性までは、知らなくとも十分だという意見には一理ある。ましてやその作曲家を取り巻く社会や時代まで深く知る必要もない。その通りだ。

単に私の脳味噌がそれでは満足しないというだけだ。

第二交響曲や大学祝典序曲に端を発した私のブラームス熱は、30年以上継続して今も尚冷めることを知らない。ブラームスの作品を愛することが昂じて、その人となりを知りたいと切望する時期はとうに過ぎ去り、彼の生きた時代、彼を産んだ社会、彼の先祖や子孫、彼の話した言葉などなど興味が次々と膨らんだ。

直接ブラームスと関係ない話が脳内に蓄積をし始めた。覚えているには多過ぎる量に達してどうにかせねばという自問の中から、ドイツ分室構想が台頭し、アラビアンナイト計画と合流した。ブラームスという作曲家を「ドイツ」という背景の前に起きたいという願いを実現させる第一歩を踏み出すことが出来た。ドイツ分室の効果は予想以上だった。

ブラームス以外のドイツ系の作曲家の伝記を読む際にも、これらの知識は重宝することが判ってきた。音楽家の伝記には、申し訳程度の言及される歴史や地理の情報にも、脳味噌が鋭敏に反応するようになった。ドイツ人なら注釈なしですむ当たり前の前提でも、日本人には気づかないということもある。それらに漏れなく反応する脳味噌が目標だ。

2013年7月 6日 (土)

裏企画

アラビアンナイト計画進行中の1000日間心がけていたことがある。アラビアンナイト計画の完遂は一度も疑ったことは無かった。アラビアンナイト計画を達成して手持ちの企画を出し尽くしてしまったと思われるのが嫌だというささやかな見栄があった。だから達成の後こそが大切だと思っていた。

アラビアンナイト計画後はじめて立ち上げる企画の水準を保たねばならないと強く考えた。どんなにネタに苦しんでも再開第1号用にとっておきの企画を確保せねばならない。

当初こうして思いつめていたが杞憂だった。ビスマルク特集や次女のオケネタの膨張で、期間内に発信できない企画が数本発生した。今後それらを順を追って公開する予定だ。毎日びっしり敷き詰めても2年分くらいにはなる企画備蓄の厚みだ。

2013年7月 5日 (金)

退屈の功名

アラビアンナイト計画を思いついた動機について語らねばない。

そのキッカケは「退屈」だった。初の年間企画ドヴォルザークを終えた後約1ヶ月のインターヴァルをおいた。ドヴォルザーク特集中に後回しにされた記事の集中発信が目的だった。当初の目的は達せられたと思うのだが、実のところやや退屈だった。

企画があってあれこれいじっているほうが私のキャラに向いていると感じた。だからいっそのこと1000日間企画を敷き詰めてやろうと言うことなった。私はブログ運営の方針として、ブログ上で宣言するのは勝算がある場合に限っている。唯一の例外が「2033年5月7日までの継続」だ。これにはいまだに勝算がない。ところがアラビアンナイト計画を宣言した時点では、まだ企画が出揃っていなかった。

自分にプレッシャーをかけてネタがほとばしるのを待った。案の定アラビアンナイト計画宣言後は、ネタ思い付きのペースが明らかに上がった。自分の脳味噌が期待通り動いて嬉しかった。

2013年7月 4日 (木)

ワインオロボロス

オロボロスについては以前にも言及したことがある。蛇が自分の尾を咬むという図案のことだ。転じて転生とか再生という意味があり、永遠性の象徴とも受け取れる。

一昨日7月2日に無事3003本目の記事を発信したことで、2002本目のダブルアラビアンナイトからの1000日間記事を連ねた。さらにその間企画を途切れなく放つというのがアラビアンナイト計画の内容だった。全て無事コンプリートした。

1000日企画を敷き詰めたがその間に要した企画数は11に及んだ。開幕企画はワインだったが、最後の企画「地名語尾」もそのラスト2週間において、事実上の第二ワイン特集となった。「地名語尾」ネタでありかつ「ワインネタ」でもある記事を発信したということだ。もちろん「これは偶然ではない。ワインで始まったアラビアンナイト計画をワインで閉めるという意図を込めた。これが「ワインオロボロス」だ。

とても楽しかった。

2013年7月 3日 (水)

アラビアンナイト作戦総集編

記事「ダブルアラビアンナイト」からの1000日を企画で埋め尽くすという計画が昨日無事成就した。例によってその歩みを一覧で振り返る。

  1. 2010年10月06日 会期44日 42本 95.5%  ワイン
  2. 2010年11月20日  会期65日 41本 63.1% 初演    
  3. 2011年01月25日 会期46日 38本 82.6% 初版
  4. 2011年03月12日 会期17日 11本 64.7% 献呈
  5. 2011年03月29日  会期51日 29本 56.9% マーラー
  6. 2011年05月20日 会期89日 76本 85.4% ハンブルク
  7. 2011年08月17日 会期111日 99本 89.2% 民謡
  8. 2011年12月06日 会期121日 103本 85.1% 学生歌 
  9. 2012年04月06日 会期19日 19本 100% ドイツ演奏旅行
  10. 2012年04月25日 会期258日 171本 66.3% ビスマルク
  11. 2013年01月07日 会期177日 149本 82.6% 地名語尾

1000日を11本の企画で乗り切った。会期が長い割に66.3%という低濃度に終わったビスマルクが目立つ。次女のオーケストラネタが思いの他膨らんだせい。ドイツからの帰国後に19日続いたドイツ旅行ネタもいい思い出だ。

一目でわかるのは記事数のアンバランス。前半は50本に満たない特集が続いたが、「ハンブルク特集以降大型化した。次女が高校オケに入り、ドイツ行きが明らかになった頃から、ドイツネタを積極的に集めるようになった結果、一つ一つの特集の記事数が膨らんだ。

集まったネタのうち歴史と地理を選りすぐって「ビスマルク」と「地名語尾」に仕立てた。

2013年7月 2日 (火)

地名語尾総集編

アラビアンナイト計画最後の特集「地名語尾」総集編を発信する。今日のこの記事は開設以来3003本目に相当する。だからトリプルアラビアンナイトだ。お姫様の危機を3度救える。

  1. 2013年01月07日 地名語尾に挑む 最後の企画に突入。 
  2. 2013年01月08日 地名語尾ランキング 道路地図の索引より。
  3. 2013年01月09日 フランクフルト フランク人の渡し場。
  4. 2013年01月10日 瀬を早み プラハの語源。
  5. 2013年01月11日 接吻の夜 スイスのキュスナハト。
  6. 2013年01月13日  Feuchtwangen 頬伝う涙。
  7. 2013年01月14日 落羽城 ベルリンの語源、鴎外説。
  8. 2013年01月15日 ヒルデスハイム 雪の影響。
  9. 2013年01月16日 ヨハニスタール 「Thal」と「Tal」
  10. 2013年01月17日 ムルデの東 ザクセン陸軍の演習。
  11. 2013年01月19日 独逸日記地名辞書vol1 鴎外の誕生祝いに。
  12. 2013年01月20日 独逸日記地名辞書vol2 街中地名。
  13. 2013年01月21日 独逸日記地名辞書vol3 国名。
  14. 2013年01月22日 天国の門 合掌。
  15. 2013年01月23日 シュタルンベルク湖 ルートヴィヒ2世の遺跡。 
  16. 2013年01月24日 フリードリヒ大王 フリードリヒ関連地名。
  17. 2013年01月25日 鴎外の足跡 ハンブルクは蚊帳の外。
  18. 2013年01月26日 旅の交点 レーゲンスブルクで下車。
  19. 2013年01月27日 無塩 鴎外の無残な表現。 
  20. 2013年01月28日 地名語尾「塩」 「Salz」と「Hall」
  21. 2013年01月29日 Mayerling 末尾の「g」は濁るか。 
  22. 2013年01月30日 ザルツカンマーグート オーストリアの景勝地。
  23. 2013年01月31日 塩街道 塩の道。
  24. 2013年02月01日  戦略物資としての塩 塩の供給を他国に頼る。
  25. 2013年02月02日 ベルヒテスガーデン 大学祝典序曲連弾版初演。
  26. 2013年02月03日 サラダは塩に限る 欧州各国の言語で。
  27. 2013年02月04日 海の塩加減 海は女性、湖は男性。
  28. 2013年02月05日  豚くんのお手柄 塩水泉の発見。 
  29. 2013年02月06日 Luneburgerheide 薪の伐採。
  30. 2013年02月07日 塩水泉マーカー イシュルは製塩地。
  31. 2013年02月08日 塩の王子 子授けのご利益。
  32. 2013年02月09日 泉3兄弟 ボルンの変形。
  33. 2013年02月10日 Heilbronn クノール本社所在地。
  34. 2013年02月11日 色の名前 地名語尾は緑だけ。
  35. 2013年02月12日 白い川 マーラーのサイクリング。
  36. 2013年02月14日 赤マイン白マイン マイン川の源流。
  37. 2013年02月15日 地名語尾「quelle」 湧水。
  38. 2013年02月16日 4分水嶺 3水系の水源。
  39. 2013年02月17日 隕石孔 ロシアに隕石落下。
  40. 2013年02月18日 子隕石 隕石のおこぼれ。
  41. 2013年02月19日 ドイツのヘソ 4つの森の交点。
  42. 2013年02月20日 スイスのヘソ スイスにもある。
  43. 2013年02月21日 水源語尾 ドイツ河川の水源。
  44. 2013年02月22日 ドイツ島 川に囲まれたドイツ。
  45. 2013年02月23日 防衛線としてのライン ライン川に「furt」が無い。
  46. 2013年02月24日 橋とウムラウト ザールブリュッケンとインスブルック。
  47. 2013年02月25日 レマゲン鉄橋 ベルリンへの進撃路。 
  48. 2013年02月26日  橋を架けぬ訳 ドイツ3大河川の架橋事情。
  49. 2013年02月27日 シフスブリュッケ シューマンが身を投げた橋。
  50. 2013年02月28日 船橋考 ライン川水運の遮断か。
  51. 2013年03月01日  船舶ギルド 積み替え特権。
  52. 2013年03月02日  水車小屋 集落に一箇所。
  53. 2013年03月03日 Geographische Namen  「DUDENドイツ地名辞典」 
  54. 2013年03月04日 ingen 誰それの土地。
  55. 2013年03月05日  熊の証言 ベルンとベルリン。
  56. 2013年03月06日 ビュージンゲン 飛び地はロマン。 
  57. 2013年03月07日 開墾地 みんな開墾が好きだった。
  58. 2013年03月08日 地名語尾「春」 祝卒業35代。
  59. 2013年03月09日 コブレンツ 「春」じゃなくて「合流」
  60. 2013年03月10日 エック ドイツの角。
  61. 2013年03月12日 森の分類 地名語尾「森」。
  62. 2013年03月13日 樹種地名 地名反映は広葉樹優位。
  63. 2013年03月14日 森が語るドイツの歴史 目から鱗の書。
  64. 2013年03月15日 地名語尾の垂直分布 時間的な推移。
  65. 2013年03月16日 「holz」の分布 オーストリアの飛び地。
  66. 2013年03月17日 トイトブルクの森 天下分け目。
  67. 2013年03月18日 ウィーンの森 広葉樹優勢の原生林。
  68. 2013年03月19日 ヴァイオリンの森 ヴァイオリンの材料。
  69. 2013年03月20日 ベートーヴェンルーエ ウィーンの森に。
  70. 2013年03月21日 ヨハネスの休息 ウィーン郊外の景勝地。
  71. 2013年03月22日 地名接頭語 地名先頭にありがち。
  72. 2013年03月23日 牝馬の庭 シュトゥットガルト。
  73. 2013年03月24日 バルト3国の位置 フェラーリの呪文。
  74. 2013年03月25日 アウディ 車名に地名。
  75. 2013年03月26日 Pforzheim 世界初のドライブ。
  76. 2013年03月27日 レムシャイト レントゲンの誕生日。
  77. 2013年03月28日 ニュルブルクリンク カーレースの聖地。
  78. 2013年03月29日 アスピリン レヴァークーゼン。
  79. 2013年03月30日 Messel Grube フランクフルト近郊の化石産地。
  80. 2013年03月31日 皇妃アグリッピーナ ケルンの由来。
  81. 2013年04月03日 岩山考 ニュルンベルクの語源。
  82. 2013年04月04日 ベルリンの中のケルン こちらは「湿地」
  83. 2013年04月05日 街の形 「stadt」の変形。
  84. 2013年04月06日 Cannstatt ダイムラー社の創業。
  85. 2013年04月07日  都市の三要素 教会、市場、市庁舎。
  86. 2013年04月09日 「markt」の偏在 バイエルン州に集中。
  87. 2013年04月10日  特別区 ウィーン23区。
  88. 2013年04月11日 カステル 城の仲間。
  89. 2013年04月12日 見本市 メッセはミサ。
  90. 2013年04月13日 ブルクとシュロス シュロスは地名語尾にならない。
  91. 2013年04月14日  Habichtsburg ハプスブルクの淵源。
  92. 2013年04月15日 Burg Hohenzollern プロイセン王家の起源。
  93. 2013年04月16日 ツバメの巣 ネッカー河畔のハイキング。
  94. 2013年04月17日 アルトマルク地方 古い辺境地帯。
  95. 2013年04月18日 道路事情 ドイツ語における「道」のバリエーション。
  96. 2013年04月19日 Via Claudia Augsta ローマの道。
  97. 2013年04月20日 街道を行く ドイツ観光街道。
  98. 2013年04月21日 アルトミュールタール自然公園 始祖鳥のふるさと。 
  99. 2013年04月22日  Platten Kalk 板状石灰岩。
  100. 2013年04月23日 運河を行く ドイツの水運事情。
  101. 2013年04月24日 Wasserscheide 運河の分水界。 
  102. 2013年04月25日 Wasserstrassenkreuz 運河の立体交差。
  103. 2013年04月26日  魚地名 トゥーンはまぐろ。
  104. 2013年04月27日 港語尾 「Hagen」は怪しい。
  105. 2013年04月28日 フィヨルド 地名語尾にも登場する北欧名物。 
  106. 2013年04月30日 教会領 地名語尾「kirchen」の話。
  107. 2013年05月01日  皇帝 カイザーはシーザー。
  108. 2013年05月02日  選帝侯 ベルリンのクーダム。
  109. 2013年05月04日 ホームアンドアウェイ 「heim」が「home」。
  110. 2013年05月08日 レヒフェルトの戦い オットー大帝の命日について。
  111. 2013年05月09日  マルヒフェルトの戦い  国境ケ原。
  112. 2013年05月10日 プロイセンの消滅 サッカークラブに残るプロイセン。
  113. 2013年05月11日 ケルト語とスラブ語 地名語源探索で気に留めること。
  114. 2013年05月20日 泥炭地 torf。
  115. 2013年05月21日 湿地を干拓 干拓地語尾。
  116. 2013年05月22日 Zugspitze ドイツ最高峰2962m。 
  117. 2013年05月23日  ゼロメートル地帯 ドイツで最も低い土地。
  118. 2013年05月24日 低い山 標高0mの山頂。
  119. 2013年05月25日 ウィルヘルムスヘーエ ナポレオン3世の憂鬱。
  120. 2013年05月26日 FranzJosephshohe 皇帝公認の絶景。
  121. 2013年05月28日  見張りは高いところから 地名語尾「wart」
  122. 2013年05月29日 アイフェル火山群 遠い噴火の痕跡。
  123. 2013年05月30日  スケーターズワルツ 「森の悪魔」
  124. 2013年05月31日 パングラム ヒンデンブルクダム。
  125. 2013年06月01日 ドルフ違い バッハを引き取った街。
  126. 2013年06月04日 Rheinfall 船の航行を阻む滝。
  127. 2013年06月05日 北限の証言 鴎外の記述から。 
  128. 2013年06月06日 サンテミリオン 鴎外とイタリアワイン。
  129. 2013年06月07日 ワイン地名語尾ランキング ワイン産地に得意な地名。
  130. 2013年06月08日 均分相続 ローマ、フランクの慣習。
  131. 2013年06月09日 末子相続 バイエルンの慣習。
  132. 2013年06月10日  英国とワイン ヴィクトリア女王の行幸。
  133. 2013年06月11日 ザンクトゴア クララご一行の立ち寄り。
  134. 2013年06月12日 地名語尾「heim」 カール大帝とハイム。
  135. 2013年06月13日 大例外 リューデスハイム。
  136. 2013年06月16日  hufe 農地の単位。
  137. 2013年06月18日  知恵の言葉 ポールの誕生日。
  138. 2013年06月19日 分農場 地名語尾「weiler」ないしは「wil」
  139. 2013年06月20日 火成岩マーカー 「bad」は火成岩を仄めかす。
  140. 2013年06月21日 ブラームスの湯10選 無慈悲ランキング。
  141. 2013年06月22日 土壌の呼び名 土壌を表すネーミング。
  142. 2013年06月23日  シューベルト岩 モーゼルの畑。
  143. 2013年06月24日  短調の泉 ネーミングが秀逸。
  144. 2013年06月25日  ラインヘッセン三角地帯 ハウゼンの空白域。
  145. 2013年06月26日  首都アーヘン カール大帝の都。
  146. 2013年06月28日  ラインガウ ブドウ栽培好適地語尾「gau」
  147. 2013年06月30日  続ドルフ考 ドルフを追われたブドウ。
  148. 2013年07月01日 収蔵庫 地名ネタの集大成。
  149. 2013年07月02日 本日のこの記事。

2013年7月 1日 (月)

収蔵庫

地名をあれこれ調べていて興味深い地名にたくさんめぐり合った。本日の記事でそれらにまとめて言及する。

  1. シューマンの故郷ツヴィッカウの西約60kmの街。「Moxa」と綴る。これを辞書で引くと「灸を据える際の材料」とあり起源が日本語だとされている。つまり「モグサ」だ。この地名が本当に日本語「モグサ」に由来するものなのか、にわかには信じ難い。地図で見る限り相当な田舎である。地名に反映するほどの日本との交流があるとも思えない。
  2. 始祖鳥の化石産地ゾルンホーフェンの南西およそ3kmに「Apfelthal」がある。直訳して「りんごの谷」だ。かわいらしさで申せばトップクラス。愛用の道路地図の索引には掲載されていない。
  3. 鉄道模型で有名なメルクリン社の本社があるゲッピンゲンをまず見つけよう。シュトゥットガルトの東南東およそ35kmにある。ゲッピンゲンが見つかったらそこからフィルズ川を東南東に15km遡ったあたりにあるのが「Kuchen」という街。「クーヘン」と読むが何と「ケーキ」の意味だ。
  4. こちらはスイス。スキーリゾートとして名高いサンモリッツの北北西およそ20kmに「Barentritt」がある。赤文字はウムラウトなのだが、意味は「熊の足跡」だ。
  5. 今度はドイツ最大の島リューゲン島にある。東北の端にザスニッツという街がある。そこから南に続く砂州の中央よりやや南に「Prora」がある。ナチスが2万人のキャパを誇る保養設備の建設を企てた場所。大戦の勃発と共に打ち捨てられ今もなお廃墟が残る。
  6. 北ドイツの港町キールの南南東およそ10kmに「Honigsee」がある。「ハチミツの海」または「ハチミツの湖」の意味。近所に小さな湖があるのでこちらの名前に因むか。そこから流れ出す小さな川には「Honigau」と書かれている。
  7. ミュンヘンの西南西およそ15kmの位置に「Vaterstetten」がある。「父の街」だ。一方ルートヴィヒスハーフェンの南西およそ10kmには「Mutterstadt」もあった。「母の街」とでも解せばいい。「父」や「母」は地名の構成要素になりにくいから目立つ。
  8. スイスの地名を調べていて興味深い発見をした。バーゼル市内を流れるライン川の左岸。ヨハネス橋の上流200m一帯の地名が「Totentanz」だ。正確には「死の舞踏」ではなくて「死者の舞踏」かもしれない。地名語尾「tanz」は非常に珍しい。近辺の教会に「死の舞踏」の壁画があったことに因むらしいが、確認できていない。
  9. 同一地名語尾が一つの地名の中に連続するという珍しい例。「Ostenfeldfeld」という地名が実在する。ユトランド半島の付け根の西海岸、ブラームスの父の故郷ハイデの北およそ50kmの港町フーズムを探そう。フーズムの西南西およそ20kmの位置。「feld」が語尾で連続している。地元民はちゃんと発音しているのだろうか。すぐ西となりに「Ostenfeld」という街があるから「Ostenfeld+feld」という成り立ちだろう。
  10. 愛用の道路地図で見つけた。ニュルンベルクから南東に30kmくらい行ったところに、ノイマルクトという街がある。そこから10km南に「Jura Zoo」と書いてある。「Zoo」はさすがに「動物園」の意味だが、「ツォー」と発音するようだ。でもって「Jura」は「ジュラ紀」だから驚く。恐竜でも飼っていそうな感じがする。先般「始祖鳥のふるさと」と紹介した「アルトミュールタール自然公園」の北側に隣り合う位置にあるから、相当期待できる。地名ではないに決まっているがつい勢いで。
  11. 奇妙な縁で探し当てた地名。ドイツの蒸気機関車運行路線を調べていた。レーゲンスブルクの東およそ60kmの位置に、ヴァンデルバーンという路線があって、蒸気機関車が運行されている。ゴッデスツェルからヴィーハタックまでおよそ20km程の路線。途中に出現するのが本日のお題にもなっている「Gstadt」という駅だ。何と読むのか興味深い。素直には「ゲーシュタット」なのだろう。「Stadt」はドイツ語で街だから「G街」という意味か。「G」の後に省略符もないので何かの省略でもなさそうだ。たとえば「H-Altona」といえば「ハンブルク-アルトナ」という意味があるように。近隣に「G」で始まる大きな都市も無い。不思議がってもいられない。隣国オーストリアの都市リンツの南東およそ40kmにあるワイトホフェンという駅から出ている路線にも同じ「Gstadt」という駅がある。驚いたことにこちらも蒸気機関車が運行されている。さらにその「Gstadt」の南南西40kmのところに「Gstadterboden」という駅もある。手元の道路地図にもあったが、こちらは最小のフォントで記されていて索引からははずれている。その気で捜すと「Ibach」や「Adorf」もあるから、アルファベット1文字が語幹の地名も珍名という訳ではなさそうだ。
  12. Agathenburg ハンブルクの真西約30kmにあるエルベ川南岸の街だ。「アガーテの城」くらいの意味である。アガーテといえば弦楽六重奏曲第2番で名高い元婚約者の名前。ブラームスの故郷ハンブルクに近いところがミソ。
  13. Marxsen ハンブルクの真南約25Km。今度は10歳のブラームスが師事したピアノと作曲の教師の名前そのままの街があった。
  14. hausen 地名語尾「hausen」が「heim」と棲み分けられている。「haus」(家)の複数形が元で、「集落」の意味だとされている。一方スイスで話されているドイツ語において「hausen」には「節約する」という意味が生じている。そういえばスイスの地図の索引を探していていても地名語尾「hausen」を含む地名が見つからない。

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