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2013年7月14日 (日)

お盆のファンタジー16

ブラームスは今年もまたやってきた。今年もまた次女に用があるといわんばかりに歩み寄るといきなり抱きしめた。次女は2年連続ハグの先制攻撃だったが、今年は心の準備が出来ていた分、冷静にかわしている。「おいでいただけると思って貴国のビールを用意しました」と言ってとっておきのホルステンをおすすめしている。

「部活引退おめでとう」とブラームスが切り出す。「いやあ凄かったな」としみじみと続けるブラームス。「ボロディンのロ短調の時、第一楽章で拍手が来たろ?」「真っ先に叩いたのはこいつだよ」と後ろの紳士を紹介してくれた。紳士は「アレクサンドル・ボロディンです」と次女に握手を求めた。呆気にとられる次女にボロディンさんが畳み掛ける。「普通は楽章間で拍手はしないもんだが、あの日は別格だった」「立ち上がってとも思ったがブラームスに羽交い絞めで止められたよ」

「ありがとうございます」と次女。「気合が入り過ぎてミスもありましたが、気持ちだけは込められたと思います」と言いかけた次女を遮ってブラームスが「な~にミスなんぞ誰も気にしていないよ。どうせ正しい音は楽譜に書いてあるんだし」

「第3楽章が桁ハズレに美しかったよ」とボロディンさん。「ああ、もしかするとあのシンフォニーの響きの頂点は第3楽章かもと思わせる演奏だった」とブラームスも同意する。「特に90小節目あたりのヴァイオリンがやりきれないほど綺麗だった」「第3楽章ですべてを言い終えて、あとはキレッキレの第4楽章だな」と作曲者を前に自説を披露するブラームスだ。「確かにフィナーレのはじけっぷりは見事だった」とボロディンさんも乗せられているが、「私は紙一重のアンサンブルの第二楽章が気に入った」とさりげない反論も忘れない。

「指揮者のハグは伝統の儀式なのか?」とブラームスとボロディンが同時に切り出した。「あっ、はい」と次女。「あの瞬間会場中が一つになっていたね。確か去年BGMはなかったよね」とブラームスが念を押す。「はい。今年の新機軸です」と今度は私。

「これからも音楽はやるの?」とボロディンさん。「わかりません。今は受験に専念です」と神妙な次女。「受験?」というボロディンさんの疑問には私が「すみません。日本のしきたりなモンで」と苦し紛れの対応だ。次女は「でも何だか父は続けるみたいですけど」と痛いところをついてくる。

ボロボロになった第2交響曲のスコアを差し出してボロディンさんにサインをねだる次女だった。「俺もサインしようか」というブラームスを次女が遮った。別の楽譜を差し出しながら「ブラームスさんはこちらにお願いします」と言った。書き込みだらけのピアノ五重奏の第3楽章のパート譜だ。

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