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2013年9月30日 (月)

カフェミネルヴァ

森鴎外の「うたかたの記」は、バイエルン王ルートヴィヒの謎の死がモチーフになっている。冒頭に出現するのが「カフェ・ミネルヴァ」だ。ミュンヘンの画学生の溜まり場という設定である。

はっきりと「カフェ」とされてはいるのだが、そこはミュンヘンだ。女給仕の立ち居振る舞いの描写から思うに、どうもビヤホールのような雰囲気である。両手それぞれに4、5個のジョッキを器用に持っている様子が描かれる。このジョッキは1リットルだから、これを計10個なら大した重さだろう。

「揺り越すばかりの泡」とは見事な表現である。

2013年9月29日 (日)

ミカエルからゲオルグ

キリスト教の祝日の話。キリスト教には何人も聖人がいる。職業や国などには守護聖人などが細かく設定されている。本日の話題、聖ミカエルの日は今日9月29日だ。そして聖ゲオルクの日は4月23日。

昔、ビール醸造において雑菌のコントロールが出来なかったころ、ビールは雑菌の活動が盛んな暑い時期に醸造することが出来なかった。菌の活動が弱まる寒い時期に醸造するしきたりであった。「ミカエルからゲオルグ」というのはそうした事情を反映した言い回しで、ビールは聖ミカエルの日から聖ゲオルクの日までに仕込みなさいという教えになっている。

日本の感覚でいうと秋春の彼岸の間というニュアンスに近い感じ。

2013年9月28日 (土)

マリアーノ・リヴェラ

ニューヨークヤンキースのクローザー。通算セーブのメジャーリーグ記録保持者。現役生活19年で積重ねたその数は652個。昨年の大怪我がなかったら700に近づいたに違いない。

既に今シーズン限りの引退を表明しているリヴェラは、昨日本拠地ヤンキースタジアムで最後のピッチングを披露した。8回1アウトから打者4人をキッチリとおさえた。ヤンキースが負けていたのでセーブを記録することは出来なかったが、けじめの気迫を見せてくれた。

そんなリヴェラの妻の名こそが、無理やりこじつけたブラームスとの接点。小学校時代の幼馴染で、結婚はメジャーデビュー前の1991年だった。

彼の妻の名はClara Rivera。

2013年9月27日 (金)

3大ラガー

ラガーは「Lager」と綴る。ドイツ語で「貯蔵」を意味する。ビール先進国英国から見たバイエルンビールへの呼び名だった。貯蔵を必要としない上面発酵エールの国からみれば、「貯蔵」には若干蔑視のニュアンスが含まれていたという。

そのラガービールの3大生産地がミュンヘン、ウィーン、ピルセンだ。ミュンヘンとウィーンに今更説明が要るとは思えないが、ピルセンには少し触れておきたい。チェコの首都プラハの南西100kmの位置にある街だ。「Pilsen」と綴る。ここの醸造家の組合が、ミュンヘンから技師を招いて市民醸造所でビールを試産したところ、琥珀色の淡色ビールが誕生した。切れ味ある淡色ビールを売り出したところ瞬く間に欧州を席捲した。

淡色だったところが肝である。3大ビールの残る2つミュンヘンとウィーンは褐色系の色だから、ピルセンの淡色は新鮮だったのだ。淡色化した秘密はピルゼンの水だった。麦や酵母はミュンヘンから持ち帰ったが水だけは現地の水を使ったことがポイントだ。現在ではその水の違いを「軟水」「硬水」の言葉で説明してしまうが、当時はその秘密の解明に50年かかったのだ。ミュンヘンやウィーンの水は「硬水」で、ピルゼンが「軟水」であることが原因だった。本当はミネラルだけではなく、麦芽の焙煎の深さこそにも原因があるというのが現代の定説だ。ピルゼンの品質に憧れて同じレシピで造っても、他の土地では上手く行かないということだ。19世紀末までにミュンヘンもウィーンもピルセンに飲まれる形で衰退する。

一旦衰退したミュンヘンが蘇生するのは20世紀初頭。ミュンヘン産の淡色ピルセンを発表することで息を吹き返す。着色のメカニズムが解明されたことが大きい。いわゆるジャーマンピルスである。

どうも日本を含め世の中淡色が優勢だ。

2013年9月26日 (木)

パウラナー

ミュンヘンのオクトーバーフェストへの出店権を持つ6大ブルワリーの一つ。先のドイツ旅行での最初の宿泊地はレヴァークーゼン。出発そのものが3時間半遅れた12時間のフライトでフランクフルトに降りた我々は、アウトバーンを3時間走ってやっとホテルに辿り着いた。既にヘトヘトなのにそれからホテルのレストランで食事。

ドイツ初の食事だ。レヴァークーゼンは、バイエルンから見るとはるか北に位置するのだが、そこで最初に供されたビールがパウラナーだった。地元のビールか、せめてドルトムント製を勝手に期待していたので、いきなりミュンヘンの大ブルワリーのビールが出てきて少し拍子抜けした。

ところが、これを一口飲んでがっかりが一瞬で吹き飛んだ。同社のフラッグシップブランドとでも言うべきヴァイツェン。酵母が残存する小麦ビールだ。独特のにごりとわくわくする味わい。

いよいよドイツに来たんだという感慨に浸った。

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2013年9月25日 (水)

テレジア牧

森鴎外は1885年からドイツへ留学している。陸軍軍医としての留学だが、これが彼の文学作品に反映していること周知の通りである。彼の死後しばらくして刊行された「独逸日記」は興味深い逸話の宝庫だ。

1887年3月、ミュンヘンに居を移した鴎外は、下宿からの眺めを記述する。そこに出てくるのが「テレジア牧」だ。実はこれが現代世界最大のビール祭り「オクトーバーフェスト」の会場「Theresienwiese」のことを指す。彼の下宿はペッテンコーファー通り。ミュンヘンの地図を見るとなるほどTheresienwieseとは指呼の間だ。

そして翌年10月3日の日記にはオクトーバーフェスト最終日の賑わいが証言されていて地元の人々の飲みっぷりに驚いている。12リットル半を一晩で飲む輩も珍しくないとする一方で、自らは1.5リットルが限界だと告白する。

2013年9月24日 (火)

テント一覧

ミュンヘンのオクトーバーフェストのテントは全部で以下の通り14箇所。2011年の話なので今は変わっているかもしれない。

  1. Hippodrom シュパーテン/フランツィスカーナー
  2. Armbrusstschuten パウラナー
  3. Hofbrau-Festzelt ホフブロイ
  4. Hacker-Festzelt ハッカープショール
  5. Schottenhamel シュパーテン/フランツィスカーナー
  6. Winzerer Fandl パウラナー
  7. Schuten Festzelt レーヴェンブロイ
  8. Kafer's Wies'n Schanke パウラナー
  9. Weinzelt パウラナー
  10. Lowenbrau Festhalle レーヴァンブロイ
  11. Brauerosl ハッカープショール
  12. Augstiner Festhalle アウグスティーナー
  13. Ochsenbraterei シュパーテン
  14. Fischer Vroni アウクスティーナー

後ろに提供元を添えておいた。その提供元が6大メジゃーになるということで、必ずしもテントが6箇所というわけではなかった。

2013年9月23日 (月)

ミュンヘンの6大メジャー

世界最大のビール祭り、ミュンヘンのオクトーバーフェストへの出店権を持つ市内の6大ブルワーのことだ。

  1. シュパーテン Spaten
  2. アウグスティーナ Augstiner
  3. ハッカープショル Hacker-pschorr
  4. ホフブロイ Hofbrau
  5. レーヴェンブロイ Lowenbrau
  6. パウラナー Paulaner 

何といってもしきたりとは恐ろしい。宮廷直営のホフブロイを差し置いてシュパーテンが筆頭だ。オクトーバーフェストはシュパーテンの樽にミュンヘン市長が口開けをすることで開始されることになっている。

上記6社のうちプロサッカークラブを公式にサポートするのは。レーヴェンブロイ、パウラナー、ハッカープショルの3社にとどまる。

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2013年9月22日 (日)

張本勲

通算安打数の日本記録保持者。その数3085本。長嶋茂雄引退後のジャイアンツを王貞治とともに支えた。日米通算の安打数をカウントするとイチローに抜かれたが、日本球界では不滅。現役時代を知らない子供たちは「喝のおじさん」だと思いこんでいるハズ。今日が日曜日だというのも嬉しい偶然だ。

ブログ「ブラームスの辞書」開設以来の記事が本日3085本に達した。出来れば「あっぱれ」がもらいたい。

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最早恒例愛車のメーター。

2013年9月21日 (土)

オクトーバーフェスト

世界に冠たるビール祭り。「Oktoberfest」と綴られる。会期は2週間で10月の第一日曜が千秋楽になると決まっている。10月1日が日曜の場合、会期のほとんどが9月になってしまう。今年の開幕は今日だ。

会場は大テント村の様相を呈し、ミュンヘンの6大ブルワーが勢ぞろいする。1日平均の入場者が50万人と言われており、期間中のビールの消費量が500万リットルを越えるとされている。

1810年、時のバイエルン皇太子ルートヴィッヒの婚姻の祝賀行事が始まりと言われている。のちのルートヴィッヒ1世である。花嫁の名にちなんでミュンヘンの西郊の牧草地が「テレジアの草原」と名付けられ、そこで競馬が開かれた。数年後にはこの会場にビールを供する小屋が林立するようになったという。

ブラームス関連書物をほじくりかえしてもオクトーバーフェストとの関わりは浮上しない。9月末といえばもう演奏会シーズン間近。避暑に出かけたブラームスも夏の滞在を切り上げる時期だ。夏の滞在地からウィーンへ戻る際にミュンヘンを経由していることも考えられる。怪しいのがミュンヘン南郊トゥツィングで夏をすごした1873年だ。鉄道路線を見るに、ウィーンへの帰還にはミュンヘンを経由する可能性が高い。ところがこれはとんだ空振り。1873年はコレラ禍のためにオクトーバーフェスト自体が中止になっていた。残る可能性はスイス・トゥーンで夏を過ごした1886~1888年だ。スイスからオーストリアへアルプスを縦走するコースではなく、一旦ドイツ領に入ってアルプス北辺を経てウィーンに帰るならミュンヘンを通過する可能性は高い。

2013年9月20日 (金)

16歳以上

記事を書くために、欧州のビール各社のホームページを当たっていた。サッカークラブのオフィシャルサイトにはスポンサーのロゴがズラリと並んでいるから、いかにもビール会社っぽいロゴをクリックする。それが本当に当たりかどうかは次の瞬間にわかる。ビール会社のホームページだった場合、必ず年齢を確認する画面になる。「あんたは16歳になっているか?」と毎回訊かれる。「JA」をクリックするとホームページに辿り着く仕組み。

英国では18歳だった。つまりそれが法律上の制約なのだ。ドイツは16歳からビールが合法的に飲める。日本なら高校生だ。

シューマンが17歳で飲酒していたという話を聞いたことがある。違法でもないのだ。ブラームスだって同じだ。17歳の1850年には飲酒していた可能性が高い。16歳でなら1849年だ。12歳でパブでピアノを弾くアルバイトをしていたくらいだから、もっと早かった可能性もある。

2013年9月19日 (木)

ビアリーガ効果

ドイツにはおよそ千数百の醸造所があり。そのうち700がバイエルン州に集中すると、物の本には書いてある。20年前はその倍だったが昨今吸収合併や廃業もあったと聞く。日本に比べればたいした数なのだが、なかなか実感を伴いにくかった。具体的な銘柄に言及しないブラームスの伝記だからといって、ドイツの醸造所を片っ端から取り上げるのは無理だ。いくつかを取り上げるためにフィルターをかけるに越したことはないのだが、そのフィルターの選択が難儀だった。

一計を案じてサッカーを切り口にしてみた。効果は劇的で、数あるドイツの醸造所が生き生きと頭に入るようになった。サッカークラブへのサポートという具体的アクションがあることで、ぐっと身近になった。

ビアリーガ特集を進めてみて気づいたことと感想を述べる。

  1. 37社のうちブラームス没後の創業は、2社ハンブルクのアストラ社とベルリンのベルリナー社だけだった。他の35社はブラームスが賞味した可能性が残る。
  2. ブラームスの賞味どころか、バッハが飲んだ可能性さえある会社もあった。
  3. ビットブルガーやクロムバッヒャーなどの大ブルワリーのほか、個人経営のブルワリーもサッカーに関与していた。
  4. みんなサッカーも好きだが、ビールも好きなのだと実感できた。
  5. 修道院系のビールはサッカークラブへのサポートに関する限り積極的ではない。フランツィスカーナー、アンデクス、ヴァイヘンシュテファン、ヴェルテンブルガー、アウクスティーナーなど高い知名度があるのだが、広告をしていないからクラブのサポートはしにくいということだ。バイエルンをサポートするパウラナーは例外。
  6. 地元の中小ブルワリーがアマチュアのクラブを粛々とサポートしているのはほほえましくも美しい。
  7. アマチュアの9部にサポートしている会社も多々あった。
  8. 所在地を調べると驚く。愛用の道路地図の索引にも載っていないような小さな街だったりする。
  9. 住所を見ると「Braustrasse」のように醸造所の所在を前提にした地名にめぐり合う。
  10. ドイツサッカークラブとそのスポンサーたるビールメーカーについてのまとまった記事はなかなか珍しい。

2013年9月18日 (水)

大人の自由研究

夏休みと言えば自由研究だ。なぜか「やらない自由」だけは存在しないのは最早お約束。高校以降ご無沙汰になる。ブログ「ブラームスの辞書」で展開中のビール特集は、欧州のサッカーシーズン開幕に合わせる形で、サッカー特集を共同開催してきた。まさに自由研究にピタリのタイミングとなった。

「サッカー」はともかく「ビール」は子どもたちの自由研究の題材にはなりにくい。大学生の卒論ならともかく高校生でも、違和感がある。一方の「サッカー」は、いかんせんブラームスとの接点がない。「ビール」の力を借りて軽い気持ちで調べ始めたら、あれよあれよと言う間にはまりこんだ。

ブログ上の独り言ごときで「文化」を語るのは身の程知らずと承知でなお「文化」のせいにしたくなる展開となった。「サッカー」も「ビール」も文化だ。最早ブラームスとの接点なんぞどうでもよくなった。

2013年9月17日 (火)

パワーポイント

最近のパソコンには標準装備されているプレゼンテーション用ソフト。大勢の人を前に何かを説明しなければならないとき重宝する。ワードやエクセルとともに最早必須ともいえる。

一昨日の記事「逆引きビアリーガ」でサッカークラブのスポンサーになっている醸造所の一覧を記事にした。アルファベット順に並べた。けれどもそこには各醸造所のロゴも無ければ、サッカークラブのエンブレムも載せていない。昨今ネットで検索すれば、それらの画像情報に簡単にたどりつくのだが、掲載を見送った。無断無料でブログに借用するのが後ろめたいせいだ。自分でお金を払って購入したビールは携帯で撮影してブログに掲載しているが、単純に画像を借用するのは慎んでいる。

ところが、先に述べたパワーポイントを遣って、自分用に図鑑を作成した。醸造所のロゴやクラブのエンブレムを載せ、所在地、創業年などの基礎情報に加え、面白いエピソードなど盛り込んでみた。パワーポイントのスライド印刷機能を使って全ページをカラー印刷してクリアファイルに収めた。

全80ページの力作。カラフルで楽しい私だけのビール図鑑に仕上がった。

ブログでその全貌を公開できないのが残念なくらいの楽しさだ。

2013年9月16日 (月)

Meininger

マイニンゲンで1841年創業の醸造所の名前。興味深いのはその名前の成り立ち。「Meiningen」という都市名を形容詞化するにあたりそのまま形容詞語尾「er」を付加せずに、一旦「en」を除去している点だ。ゲッティンゲンで同じことを試みると「ゲッティンガー」になるものと類推できる。

昨日の記事「飲んだ可能性」でブラームスが味わった可能性に迫ったつもりだが、本日は別角度からブラームスが賞味していた可能性を検証する。1880年ビューローが同地の宮廷楽団の指揮者になった。マイニンゲン大公ゲオルク2世の招きだ。その縁でブラームスも大公と懇意になり、交流は終生続いた。第4交響曲初演のエピソードとともに大公の名は語られることが多い。1866年大公になった彼は翌年このマイニンガーを宮廷の御用達ビールに認定した。1891年に指定が解除されるまで、同ビールは大公公認のビールだった。

1880年以降しばしば同地を訪れ、大公と交流したブラームスがこれを飲んでいないハズがない。中年以降ブラームスはドイツ音楽界の重鎮だから、各地を訪問した際、地元の名士から歓待を受けた。ドイツ作曲界の第一人者で大のビール好きだったブラームスを、地元のビールでもてなすのは必須だったと見ていい。ましてやホストがマイニンゲン大公なら、自ら指定した宮廷御用達ビールを食膳に供さぬはずはない。

状況証拠だけながら、かなり有力。第4交響曲が同地で、マイニンゲン公来臨で初演された際、打ち上げのパーティーで賞味されたビールである可能性を本気で考えている。

もちろん現在でも元気に操業中だ。

2013年9月15日 (日)

飲んだ可能性

記事「逆引きビアリーガ」には78のビール会社が並ぶ。社名のアルファベット順に列記したが、これを創業年順にソートしてみると面白いことがわかる。

<1750年以前>

24社。バッハの没年以前ということ。つまりこの24社の製品をバッハが賞味していた可能性があるなどとはしゃいでいる場合ではない。輸送手段が馬車に限られていた時代だから、醸造所から半径30km程度の範囲でしか賞味できなかった。悪いことにバッハは若い頃にハンブルクやリューネブルクに出かけたほかは、生涯旧東ドイツの狭い地域を出ることは無かった。だからこの24社のうち飲んだ可能性があるのは、わずかに2社。ライプチヒ近郊で1534年創業のUrKrostize社か、1543年創業のバートケストリッツ社くらいに絞られる。

<1751年以降1827年以前>

15社。バッハ没後、ベートーヴェン没まで。ビールの運送手段が馬車という意味では、バッハの時代と大して変わらない。30歳でウィーンに出てしまっていることも考慮するとベートーヴェンが飲んだ可能性は、24社+15社の39社の中から抽出することになる。

  • Sion 1318年 ケルン 生地ボンに近い。
  • Gaffel 1396年 ケルン

ライン川沿岸の街だとビールの輸送は水運ということもある。出荷範囲はもう少し伸びたに違いないからフランクフルト、デュッセルドルフあたりの製品も加えてよいかもしれない。

<1828年以降1897年以前>

33社。ベートーヴェン没以降ブラームス没まで。まずこの間に33社が創業していることが大きい。産業革命以降ビールが基幹産業になったことと関係がある。労働者層は巨大なビール消費者層だった。そしてビール輸送の根幹は鉄道になるから半径30kmの制限は撤廃される。さらにブラームスは壮年期以降大作曲家として各地を飛び回るから、行く先々での会食には事欠かない。この33社以前の15社と24社を加えた72社について、あるいは創業年不詳の3社を入れた75社についてブラームスが賞味した可能性が浮上する。

行く先々で地元のビールを飲んだに決まっている。

2013年9月14日 (土)

逆引きビアリーガ

ドイツブンデスリーガ1部から3部まで所属の56チームに加えて、その下でアマチュア最高峰の4部レギオナルリーガ66チーム計120チームをサポートする醸造所をアルファベット順に列挙して総括する。私が飲んだことがある醸造所を青文字にしておいた。ドイツ農業協会コンペティションで、連続金賞受賞によるメーカー評価も載せておく。15年連続で「金」、10年連続で「銀」、5年連続なら「銅」である。一連の調査の過程で、5部以下のクラブの情報にも接することが出来たので、以下の一覧ではそれらにも言及することとした。

  1. AktienBrauerei Kaufbeuren DLG金 1308年カウフボイレン創業。今も元気に「ビール純粋令」を遵守中。4部イレルティッセンをサポートする。
  2. Allgauer DLG銅 1888年ケンプテン創業。4部FCメミンゲンをサポート。
  3. Astra ザンクトパウリをサポートする。ハンブルクの醸造所だが、ブラームスは賞味していない。このリストでは最も新しい1912年の設立。
  4. Becks 1873年創業。ブレーメンの醸造所。ヴェルダーブレーメンをサポート。現在はABinBev傘下。
  5. Berlinerkindl 1870年ベルリンで創業。お隣ポツダムに本拠をおくバベルスベルクをサポートする。
  6. Berliner 1902年ベルリンで創業。ウニオンベルリンをサポート。
  7. Bitburger 1817年創業。トーリアの北30kmルクセンブルクとの国境も近い名水の地ビットブルク。ピルスナーの最高峰と位置づけられる。レヴァークーゼン、ボルシアMG、ホッフェンハイム、デュイスブルク、ザールブリュッケン、アーヘンの6クラブをサポートする他、ドイツ代表チームの公式ブルワリーでもある名門。
  8. Brinkhofs 1844年ドルトムントで創業。1部ボルシアドルトムントを後援する。
  9. Carlsberg 1847年コペンハーゲンで創業。このリスト唯一の外国ブランド。今や世界中に子会社を持つ多国籍企業。ヘルタベルリンをサポート。
  10. Darmstadter DLG銅 1847年ダルムシュタット創業。駅に隣接する立地にちなんで、ラベルには蒸気機関車が描かれる。FCAダルムシュタットとロートヴヴァイスダルムシュタットという5部2クラブをサポート。
  11. Dinkelacker DLG銅 1888年シュトゥットガルトで創業。ハイデンハイムをサポートする。
  12. Distelhauser DLG銀 1811年ディステルハウセンで創業。ヴュルツブルガーFVとSGVフライベルクという5部所属の2クラブをサポートする。
  13. Eder's DLG金 1872年創業。アレマニアハイバッハ5部1クラブをひっそり。
  14. Eichbaum DLG銅 1679年マンハイム創業。ヴォルマティアヴォルムスとSVヴァルトホフマンハイムという4部所属の2クラブをサポート。
  15. Einbecker 1378年アインベックにて創業。宗教改革のルーター愛飲のお墨付き。バイエンルボックの元祖。4部ゴスラーSCをひっそりサポート。
  16. Erdinger 1886年ミュンヘン近郊のエルディングで創業。あたり一帯はハラタウホップの大産地。ヴァイスビールオンリーのスペシャリスト。10年前はバイエルンミュンヘンのスポンサーだったらしいが、今は5部SGVフライベルクだけをサポート。
  17. Erzquell 1900年創業。5部ゲルマニアヴィンテクをサポート。
  18. Feldschlossen 1836年ドレスデン創業。旧東ドイツリーグ優勝8回の2部ディナモドレスデンをサポート。同名のブルワリーがブラウンシュヴァイクやスイスにもあるので要注意。
  19. Fiege DLG銀 1736年ボーフムで創業。地元密着の名門で同地のクラブ、ボーフムをサポート。
  20. Flensburger 1888年創業。ラベルに描かれる帆船が目印。同地のクラブ5部フレンスブルク08をサポート。目下のところドイツ最北の醸造所。
  21. Friedenfelser 創業1788年。チェコ国境地帯の山間地。5部ヴァイデンをサポート。
  22. Furstenberg DLG金 1283年ドナウエッシンゲン創業。本リスト中最古参ながら、5部バーリンガーSCだけをサポートする。
  23. Gaffel 1396年創業の室町ブランド。ケルシュ一筋の名門。地元ケルンとレヴァークーゼンをサポートする。
  24. Gluckauf DLG金 1808年Gersdorfにて創業。ツビッカウとケムニッツの間にある小さな鉱山の街だ。8部アマチュアStolbergをサポートしている。
  25. Goldochsen 1597年ウルム創業。4部SSVウルムをサポート。
  26. Greizer 1597年ツヴィッカウ創業。4部FSVツヴィッカウをサポート。
  27. HaackeBeck 1826年ブレーメン創業。4部SVウィルヘルムスハーフェンをサポート。
  28. Hacker-pschorr 1417年ミュンヘンで創業。2部1860ミュンヘンと3部レーゲンスブルクを後援。Rシュトラウスの妻はここの経営者一族の出身。
  29. Hasseroder 1882年ハルツ登山口として名高いヴェルニゲローデで創業。旧東ドイツではトップブランドだった。少し遠いが1部ハノーファーを後援する他、ゲルマニアハルベルシュタット(4部)、ロコモティブライプチヒ(4部)、マイエンドルファーSV(5部)もサポートする旧東独の雄。
  30. Henninger 1655年フランクフルトで創業。オッフェンバッハをサポートする。
  31. Herbsthauser 創業年不詳。バートメルゲントハイム。FSVホーレンバッハをサポート。
  32. Herforder 1878年ビーレフェルト北東約20kmのハイデンハウゼンで創業。オスナブリュック(3部)、SCフェール(4部)、BSVレーデン(4部)をサポートする。
  33. Herrnbrau 1882年インゴルシュタットで創業し、地元クラブ、インゴルシュタットを後援。
  34. Hochstift 1753年創業。SVブッホニアフリーセンをサポート。
  35. Hofmuhl DLG金 1492年アイヒシュテット創業。5部アイヒシュテットをサポート。
  36. Hohenfelder DLG金 1845年ランゲンベックにて創業。4部SCヴィーデンブリュックをサポート。
  37. Holsten 1879年今はハンブルク市内のアルトナで創業。ハンブルガーSVをサポートする。VfBリューベック(4部)とノイミュンスター(4部)も加わる。
  38. Hopfner DLG金 1797年カールスルーエで創業し、北隣のザントハウゼンをサポート。
  39. Hutt DLG銅 1752年バウナタールで創業。KSVバウナタール5部をサポートする。
  40. Karlsberg 1878年カイザースウテンルン西南西30kmのホンブルクで創業。カイザースラウテンルンをサポートするほか、SVエルファアスベルク(3部)とFC08ホンブルク(4部)もサポート。デンマークの大企業とは冒頭の1文字違い。
  41. Ketterer DLG金 1858年プフォルツハイム創業。FCネッティンゲンとTSVグルンバッハ5部2クラブをサポート。ホルンベルクにも同名の醸造所があるので注意。
  42. Kirner 1797年ビンゲンの南西45kmのキルンで創業。4部イダーオーベルシュタインをサポート。昨年まではマインツもサポートしていた。
  43. Konig 1858年デュイスブルク創業。TVヤンヒースフェルトとSCオーベルハウゼンどちらも5部をサポート。 
  44. Konigshof 2003年クレーフェルト創業。本リストでは一番新しい会社。KFCウルティンゲン5部をサポート。
  45. Kostrizer 1543年ライプチヒ南西50kmのバートケストリッツで創業。現代もドイツ最高の黒ビールの座に君臨中。ゲーテの愛飲振りも確認できる。ハレをサポート。
  46. Krombacher 1803年フランクフルト東30kmのクロムバッハで創業。フランクフルト、ヴォルフスブルク、シュトゥットガルト、ビーレフェルトの4クラブをサポートする他、ブンデスリーガの公式ブルワリーにもなっている。
  47. Kronen 1430年創業のドルトムンダー。ケーラーFV(5部)をサポート。
  48. Kulmbacher DLG銀 1846年バンベルク北東50kmのクルムバッハで創業。ニュルンベルクをサポートする。ニュルンベルクにはいくつか著名な醸造所があるのに、やや遠方のクルムバッハを選んでいるのが面白い。
  49. Lang 1813年フリュイユンク創業。TSVアウプシュタットをサポート。
  50. Lehner DLG銀 ローゼンフェルト創業だが年代不明。TSCバリンゲン5部をサポート。
  51. Licher 1854年フルダの西65kmのリヒで創業。FSVフランクフルトとヴィースバーデンをサポートする他、5部フェルンヴァルトも。
  52. Lowenbrau 1383年創業。オクトーバーフェスト参加権を有するミュンヘンの超名門が2部の1860ミュンヘンをサポート。ABinBevの傘下。
  53. Lubzer 1860年シュヴェリンの南東60kmのリュプツで創業。コットブスとハンザロストクという距離的にかけ離れた2クラブをサポートする旧東独の雄。
  54. Paderborner 1852年パーダーボルンにて創業し、地元パーダーボルンを後援。
  55. Paulaner 1634年ミュンヘンにて創業。オクトーバーフェスト出店権を有する超名門。王者バイエルンをサポートする。
  56. Pfungstadter DLG銅 1831年ダルムシュタット南10kmのプフングシュタットで創業し、今北に隣接するダルムシュタットを後援する。
  57. Radeberger 1872年ドレスデン創業の名門。旧東ドイツの名門だがなぜか5部オーベルフランジェンバイロイトをサポートする。
  58. Riegele DLG銀 1386年アウクスブルクで創業し、地元アウクスブルクをサポートする。
  59. Rothaus 1791年フライブルク南東50kmの、グラーフェンハウゼンにて創業。現在ではバーデン州立醸造所になっている。カールスルーエとフライブルクの2クラブをサポート。
  60. Scherdel DLG金 1631年アシャフェンベルク創業。ヴィクトリアアシャフェンベルク4部をサポートする。
  61. Schlappeseppel 1631年アシャフエンベルクで創業。30年戦争でスウェーデン軍が同地を占領した際、城ではビールが底をついていた。兵士の中にビール醸造の腕を持つものが一人だけいて、彼の名前がそのまま醸造所名になったという創業伝説がある。同地のヴィクトリアアシャフェンベルクをサポートする。
  62. Schwabenbrau  1878年シュトゥットガルトで創業。シュトゥットガルトキッカーズをサポートする。
  63. Sion 1878年ケルン創業。ボナーSC5部をサポート。
  64. Stauder 1888年エッセン創業。5部FCクライをサポート。
  65. Sternquell DLG金 1857年プラウエン創業。VFCプラウエン(5部)をサポート。
  66. Stuttgarterhofbrau 創業年不詳。王宮醸造所だったがFC08ヴィリンゲン(5部)をサポートする。
  67. Strade DLG金 1863年デトモルトにて創業。9部デトモルトFCをサポートする。
  68. Tucher DLG銅 1672年ニュルンベルクで創業。代々市参事官を出した男爵家の経営だが、現在は隣街のフュルトに工場がある。2部のフュルトをサポートする。ワイツェンが売り物。
  69. Unterbaarer DLG金 1608年バアルにて創業。4部ラインアムレヒ、5部FCアフィング、5部BCアイバッハをサポートする。
  70. UrKrostitzer 1534年クロスチッツ創業。1631年30年戦争で同地を訪れたスェーデン王グスタフ2世にビールを献上した逸話とともにある。RBライプチヒをサポートする。
  71. Veldensteiner 1929年ニュルンベルクで創業。SpVggバイエルンホフ(4部)をサポート。
  72. Veltins 1824年ドルトムント南東60kmのメシェデで創業。シャルケをサポートする。他ヴォルフスブルクも。シャルケのホームスタジアム「フェルテンスアレナ」は同社のネーミングライツになっている唯一のケース。
  73. Warsteiner 1753年ドルトムントの南東90km、アルンスベルクの森自然公園の中ワルシュタイナーにて創業。デュッセルドルフとミュンスターをサポート。シャルケをサポートするVeltins社のあるメシェデとは丘一つ隔てた隣町。
  74. Wernesgrun 1436年シューマンの故郷ツヴィッカウの南10kmのヴェルネスグリュンで創業。相当な田舎町なのに、エルツゲビルゲアウエ、ケムニッツ、エアフルトの3クラブをサポートする旧東独の雄。
  75. Wieninger DLG金 1813年ヴィーニンゲンで創業。SVハイムシュテッテンをサポート。
  76. Wolters 1627年ブラウンシュヴァイクで創業。地元ブラウンシュヴァイクをサポート。親会社インベヴが同社の清算を決めたところ、買収前の元CEOが逆買収をして現在に至る。
  77. Wurzburgerhofbrau 1643年宮廷醸造所として創業。4部ヴルツブルガーキッカーズをサポート。
  78. Zwiefalter ツヴィーファルテンで創業。創業年不詳。5部ロイトリンゲンをサポートする。

以上だ。うらやましくも美しい多彩さだ。サッカーのクラブをサポートする醸造所だけを集めた私だけのリスト。

2013年9月13日 (金)

ボックキアラ

「Bock Chiara」と綴るイタリア・ポレッティ社のビール。ドイツ起原のボックのイタリア版で高めの度数と暗い色が特徴。今でこそデンマークのカルルスベルク社の傘下に入ってしまったが創業は1877年に遡る。

生涯に9度のイタリア旅行を企てたブラームスだが、旅先のイタリアでわざわざイタリア製のビールを所望したかどうかは微妙だと思っている。思ってはいるのだが、このビールだけはひょっとするとという気もする。「Chiara」とはドイツ語でいうなら「クララ」を指すからだ。話のタネに1度くらいは賞味したかもしれない。

今日はクララの誕生日だ。

2013年9月12日 (木)

今時のヨアヒム

ブラームスラブを隠そうとしな我がブログで、断りなくヨアヒムと言ったら、19世紀屈指の大ヴァイオリニストで、親友のヨーゼフ・ヨアヒムを思い浮かべるのが自然だ。しかしながら現代のドイツ人も同じかと言うとどうも勝手が違う。

おそらく現代のドイツ人なら、サッカー現ドイツ代表監督のヨアヒム・レーヴを思い出す人の方が数の上で優勢ではないかと感じる。この人歴代のドイツ代表監督の中でも際立ってイケメン。私と同い年で誕生日も近いので星座も一緒。2012年の欧州選手権までは采配の評価も高かったが、準決勝で敗れてからは批判も湧いて来た。

欧米の言語では、苗字にも名前にも使える名前がある。ヨアヒムもそのうちの一つだと判る。

2013年9月11日 (水)

OG

サッカーの世界では憂鬱な「オウンゴール」の意味だが、ビール醸造の世界では「Original Gravity」の略で「初期比重」の意味となる。発酵開始前の麦汁の糖度とも言い換えられる。酵母のエサになる糖分がどれだけ含まれているかという数値。ビールの性格を決める重要な値の一つ。

これに対して発酵終了時の麦汁の糖度は「Final Gravity」といわれ「FG」と略記される。始まりと終わりの糖度の差は、すなわち酵母の働きっぷり。食べ残しが多ければビールが甘くなり、アルコール度数は下がる。

欧州では、課税基準がこの「OG」になっていることも多く、ラベルに明記されていることもある。

2013年9月10日 (火)

独立系

ブンデスリーガのクラブをサポートするビール会社を系列で分類した。そこから漏れた会社はいわゆる独立系ということになる。

  1. Fiege ボーフムをサポートする。
  2. Gaffel ケルシュの大手。ここが独立系とはいまだに半信半疑。ケルンとレヴァークーゼンをサポート。
  3. Kirner マインツを昨年までサポート。
  4. Pfungstadter ダルムシュタットをサポートする。
  5. Riegele アウクスブルクをサポート。
  6. Rothaus 厳密にはバーデン州立なので独立系とは言いにくい。フライブルクとカールスルーエ。
  7. Wolters ブラウンシュヴァイクをサポート。

ブンデスリーガ1部2部のクラブサポートの37社のうち独立系はこの7社で、州立のRothausを除けばわずか6社となる。なかなか厳しい世界だ。

これら6社は「Privatbrauerei」個人醸造家と言われる。2番Gaffel、7番Woltersは、ブンデス1部のチームをサポートするという堂々たる弾けっぷりで、なんだか応援したくなる。

2013年9月 9日 (月)

東京2020

確かにピーターパンが舞い降りた。

1964年以来となる2020年夏季オリンピックの東京開催がきまった。前回の記憶はうっすらと残っている程度。56年前という長さに比べれば「今から7年」は長いようで短そうだ。ブログ「ブラームスの辞書」が掲げる2033年5月7日のゴールよりはずっと近い。

2020年東京オリンピックの開会式の日の記事に本日のこの記事をリンクする楽しみが増えた。長く継続しているとそういうことも起きてくる。

昨日ネヴァーランドに行ってきた。

2013年9月 8日 (日)

ビアグルッペン

ドイツビールの世界も弱肉強食で、吸収合併の話には事欠かない。本日は企業グループの観点からサッカークラブへのサポート状況をまとめる。

<ビットブルガーグループ>

直接サポートがレヴァークーゼン、ボルシアMG、ホッフェンハイム、デュイスブルク、ザールブリュッケン、アーヘンの6クラブ。傘下のケストリツァーがハレをサポートし、LicherがサポートするFSVフランクフルト、ヴィースバーデンの2クラブ、Wernnesgrunがサポートするエルツゲビルゲアウエ、ケムニッツ、エアフルトを加えると総計12クラブをサポートする。

<BHIグループ> ハイネケン社とパウラナー社の合弁だが、事実上ハイネケン。

パウラナーがサポートするバイエルン。クルムバッヒャーのニュルンベルク。ホプフナーがサポートするザントハウゼン。ハッカープショルがサポートする1860ミュンヘンとレーゲンスブルクの2クラブ。合わせて5社なのだが、グアルディオラ率いるバイエルンのスポンサーということもあって注目度はトップクラス。

<フェルティンスグループ>

結局シャルケをサポートするフェルティンスだけなのだが、スタジアムにネーミングライツを張っているのはブンデスリーガ唯一なので気合いは入っている。

<カルルスベルクグループ>デンマークのCarlsberg社

Carlsberg社の直接サポートはヘルタベルリンだけ。子会社のホルステンがハンブルクをサポートするほか、ザンクトパウリのアストラはホルステンのブランドなので実質3クラブ。

<ラーデベルガーグループ>

ラーデベルガー本体は直接のサポートはない。ベルリナーキンドルがサポートするバベルスベルク、ベルリナーピルスがサポートするウニオンベルリン、ブリンコフスがサポートするボルシアドルトムント、ヘニンガーがサポートするオッフェンバック、トゥッヒャーがサポートするフュルト。合計5クラブ。

<ハウスクラーマーグループ>事実上Warsteinerグループです。

本体Warsteinerが直接サポートするのが、デュッセルドルフとミュンスターの2クラブ。パダーボルナーがサポートするパダーボルン、ヘルフォルダーがサポートするオスナブリュックを合わせて4クラブ。

<インベヴグループ>

ビール界最大の巨人は、ベックスがサポートするブレーメン。ディンケラッカーがサポートするハイデンハイム。ハッセレーダーがサポートするハノーファー、シュヴァーベンブラウがサポートするシュトゥットガルトキッカーズ、レーヴェンブロイがサポートする1860ミュンヘン。合計5クラブ。

<カールスベルクグループ>こちらは冒頭が「K」

本体がサポートするカイザースラウテルン1クラブ。

<クロンバッヒャーグループ>

本体支援の4クラブ、フランクフルト、ヴォルフスブルク、シュトゥットガルト、ビーレフェルトだけ。

<エッティンガーグループ>

サッカークラブへのサポートは無し。謎。トップブランドなのに。

<TCBグループ>

フェルトシュロッセンがサポートするディナモドレスデン。

2013年9月 7日 (土)

ビアラベル

ビール瓶に貼られているラベルは本当に美しい。訴えの中心は「ブランド」なのだが、文字の書体や色が凝っていて楽しめる。そこに人物、建物、宝冠、紋章、動物などがたくみにシンボライズされている。王冠やコースターなどにもそうしたデザインが共有されている他、各社ホームページの入り口に相当するバナーもそれらの諸要素が凝縮されている。

サッカークラブの公式ホームページを丹念に調べて、ビール会社からのサポート事情を明らかにする過程で、不思議な現象に気づいた。各クラブサイトのスポンサーのページには、サポート企業のバナーがずらりと並ぶ。時には数十社ということもあるのだが、慣れてくるとビール会社のバナーを高い確率で当てることができるようになる。

以下にビール会社のバナーの特徴を列記する。

  1. 色使い パステル調は現れない。
  2. 字体 ブロック体中心。古字体も多い。筆記体は少ない。丸みを帯びたフォントはない。
  3. 文字中心 イラストはあまり強調されず文字が表現の中心。
  4. 複数の単語の頭文字を採用するケースは少ない。

ビールメーカーと間違えやすいのは、「ミネラウウォーター」「パン屋」「レストラン」「ファニチャー」などの業種だ。

2013年9月 6日 (金)

18年の重み

本日次女18歳。18年前のことよく覚えている。一口に18年というが自分にあてはめてみると恐ろしい。私が生まれる18年前は昭和17年だった。太平洋戦争の真っ只中だ。

両親は学童として太平洋戦争を経験したし、親戚の中には兵士として経験した人もいる。両親からはよく戦争のことを聞かされた。私が次女生誕の頃のことをよく覚えているように、ついさっきという感じで戦争のことを記憶しているのだと思う。

ブラームスの生まれる18年前は1815年だ。欧州を席捲したナポレオンが失脚して、メッテルニヒ主導によるウィーン体制が確立されたころだ。小邦乱立だったドイツは文字通りナポレオンに蹂躙された。ロシアの冬将軍の援助で巻き返し、諸国民戦争は勝利に終わったが、戦後処理の主役はドイツではなかった。ブラームスの両親は、それらを苦い思い出として記憶していたに決まっている。

18年とはそういう長さ。

2013年9月 5日 (木)

ラテンの事情

南米を含むラテン諸国にはサッカーの強豪国が多い。ワールドカップの優勝経験国8つのうちイングランドとドイツを除く6カ国がラテン。国民のサッカーに対する傾倒もかなりのもの。ところが、クラブに対するビール会社の関与となるとドイツとは事情が変わる。イタリア・セリエAやフランス・リーグアンの所属チームに対して、ビール会社がほとんどスポンサーになっていない。

2013080922400000

フランスにだって写真のようにビールがある。フランス第一のビール会社は、ドイツに近いシュトラスブールにあるクローネンブルク社だがサッカークラブとの関係は厚いとは言えない。ワイン文化の国ではビールメーカーのサポートが薄いとも思えるが、ところが同じラテンでもスペイン・リーガエスパニョーラは、ほぼすべてのチームが、ビールメーカーのサポートを受けている。

スペインはフランスやイタリアに比べるとドイツから離れているから少し不思議。もと植民地だったオランダの影響か。あるいは、ハプスブルク支配を受けていた関係かただちに思いつくのはこのくらい。

2013年9月 4日 (水)

ドイツ硬度

ミネラルの溶け方よっては「硬水」と「軟水」に分かれる。計算方法は最近日本でも「アメリカ式」が用いられるが、戦前は「ドイツ硬度」が用いられていた。ビール醸造の世界では相変らず「ドイツ硬度」用いられている。「°DH」という単位。水100ml中に酸化カルシウムが1mg溶けている状態を「1°DH」という。

  • 0~4°DH未満 非常に軟水  
  • 4~8°DH未満 軟水
  • 12~16°DH未満 やや硬水
  • 30~         非常に硬水

ピルゼンの水は「非常に軟水」で、日本の水はほぼ「軟水」である。ミュンヘンは「やや硬水」に相当する。ミネラルウォーターで有名どころ「エヴィアン」は「非常に硬水」なのだが、「ヴォルヴィック」は「軟水」になる。

水の硬軟はビールの品質に多大な影響がある。とりあえず「硬いほど色が濃くなる」とだけ押さえておくといい。同じ硬度でもミネラルのバランスでビールの品質が大きく変わるからややこしい。また煮沸によって減じることが出来る成分と出来ない成分もあり、文系には荷が重い。とりあえず重要なのはカルシウムだ。これが不足しているとビール醸造には不向き。逆に炭酸塩と硫酸塩の過度な混入は困るらしい。最近ではイオン交換樹脂で、水の硬軟がたやすくコントロール出来るというが、なんだかつまらない。巨大メーカーは、物流費節約の目的もあって、世界中の工場で生産するが、どこの工場で作っても品質は同じと豪語するけれど、ドイツ人は内心「そんなハズあるまい」と考えていそうだ。

2013年9月 3日 (火)

水のこと

ビールの原料の中で最もベーシックと言えば「水」だろう。「世界のミネラルウォーター」が一覧化されているサイトがあった。国ごとの品種数が明らかにされているのだが、ドイツは626品種で、第一位。

  1. ドイツ 626
  2. イタリア 608
  3. ロシア 381
  4. フランス 218
  5. アメリカ 198
  6. スペイン 172
  7. イギリス 159
  8. カナダ 95
  9. ブラジル 92
  10. ポーランド 68

その他、ビールどころのベルギーは48。中国は67で11位、オーストラリアが60で12位。日本は18というカウントになっている。

国民の水への関心の反映とも感じる。ミネラルウォーターの採水地の地名を見ると、名高いビールメーカーの所在地と重なっているケースがかなりみられる。ビール生産にふさわしい水は、ミネラルウォーターとしても存在価値があるということだ。

2013年9月 2日 (月)

クライスリーガ

先に紹介したFCストルベルクは、ベツィルクスリーガに所属していると述べた。これが8部に相当すると書いた。このクラブを「Gluckauf」という醸造所がサポートしていると驚いた。もっと驚く話。さらにその下のクライスリーガAに所属する、FSVデトモルトというクラブを、ストラーテという醸造所がサポートしていた。ストラーテ社のメイン製品は「Detmolder Pils」という。そう同社の本社はデトモルトだった。

デトモルトと申せば、ブラームスが最初に就職した宮廷がある街として知られている。同社の創設は、1863年だからブラームスが同地の宮廷勤務を終えた後だ。

9部所属のクラブにもきっちりとビールメーカーがサポートしていた。しかも地元つながり同士という暖かさ。

2013年9月 1日 (日)

何ともはや

「Gluckauf」という挨拶がある。鉱山に関係する語彙だ。坑内に向かう鉱夫に対し、「ご無事で」と見送るニュアンス。鉱山の街ゲルゼンキルヘンのサッカークラブ、シャルケの本拠地はその昔「グリュックアウフシュタディオン」と呼ばれていたし、1980年代まで同地には「Gluckauf」という醸造所があった。

そんな関係に興味を持っていろいろ調べていたら、唖然とする話にめぐり合った。ザクセン州の南部、チェコとの国境を形成するエルツゲビルゲの山中ゲルスドルフという街に「Gluckauf Brauerei」という醸造所があった。この醸造所は「FC Stollberg」というクラブのスポンサーになていた。このクラブは「Bezirkliga Chemnitz」に所属しているのだが、ブンデス1部から数えると8部に相当するアマチュアチームだった。これだけでも驚きなのだが、さらに同チームの本拠地が「Gluckauf Stadion」という名前、つまりスポンサービール会社の名前になっていた。収容人員が1000名という小さなスタジアムなので、ネーミングライツとは考えにくいけれど、同社とクラブの厚い絆を思い遣らずにはいられない。

アマチュア8部のサッカークラブをサポートするビール会社を発見したということだ。

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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