ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 飲んだ可能性 | トップページ | パワーポイント »

2013年9月16日 (月)

Meininger

マイニンゲンで1841年創業の醸造所の名前。興味深いのはその名前の成り立ち。「Meiningen」という都市名を形容詞化するにあたりそのまま形容詞語尾「er」を付加せずに、一旦「en」を除去している点だ。ゲッティンゲンで同じことを試みると「ゲッティンガー」になるものと類推できる。

昨日の記事「飲んだ可能性」でブラームスが味わった可能性に迫ったつもりだが、本日は別角度からブラームスが賞味していた可能性を検証する。1880年ビューローが同地の宮廷楽団の指揮者になった。マイニンゲン大公ゲオルク2世の招きだ。その縁でブラームスも大公と懇意になり、交流は終生続いた。第4交響曲初演のエピソードとともに大公の名は語られることが多い。1866年大公になった彼は翌年このマイニンガーを宮廷の御用達ビールに認定した。1891年に指定が解除されるまで、同ビールは大公公認のビールだった。

1880年以降しばしば同地を訪れ、大公と交流したブラームスがこれを飲んでいないハズがない。中年以降ブラームスはドイツ音楽界の重鎮だから、各地を訪問した際、地元の名士から歓待を受けた。ドイツ作曲界の第一人者で大のビール好きだったブラームスを、地元のビールでもてなすのは必須だったと見ていい。ましてやホストがマイニンゲン大公なら、自ら指定した宮廷御用達ビールを食膳に供さぬはずはない。

状況証拠だけながら、かなり有力。第4交響曲が同地で、マイニンゲン公来臨で初演された際、打ち上げのパーティーで賞味されたビールである可能性を本気で考えている。

もちろん現在でも元気に操業中だ。

« 飲んだ可能性 | トップページ | パワーポイント »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Meininger:

« 飲んだ可能性 | トップページ | パワーポイント »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ