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2014年1月 8日 (水)

鉄道輸送の証拠

1880年代以降、ライプチヒでミュンヘン産のビールが浸透していたことについては、ブラームスの伝記と鴎外の「独逸日記」が証言してくれている。この両都市の距離はおよそ400km強だ。鉄道出現以前、ビール輸送が馬車依存だった時代、ビールの供給は醸造所から50km以内という制約があった。悪路の馬車輸送は振動による品質の低下を招くからだ。「馬車で1日の距離」というのが経験的な限界だったという。

ミュンヘン産のビールがライプチヒで普通に供されていた事実そのものが強く鉄道輸送の介在を示唆している。この両都市に関する限り水運は望めない。部分的な馬車輸送と1回以上の積み替えが必須になる上に、1日では届かない。

ミュンヘン産ビールが鉄道でライプチヒに届くまでの経路は下記のように推定できる。

  1. ミュンヘン
  2. フライジンク
  3. ランズフート
  4. レーゲンスブルク
  5. ニュルンベルク
  6. バンベルク
  7. ザールフェルト
  8. ナウムブルク

上記1ミュンヘンから上記5ニュルンベルクは、現在なら迷わずインゴルシュタット経由にもなりそうだが、ICE専用線なので当時は開通前だった。アンスバッハ駅で積み替えまたはスイッチバックが発生するので貨物輸送には不向きでもあり、レーゲンスブルク経由だと推定出来る。上記7ザールフェルトのあたりで蛇行するほかは、無理なくライプチヒに届く。

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