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2014年2月17日 (月)

トンネルは夢

アルプス越えの歴史に触れてきた。鉄道技術者はトンネルでアルプスを越えることに夢中になったのだが、実はやはりもっと大きな夢があった。

アイデア自体は既に1802年に英国で出現した英仏海峡トンネルだ。これはナポレオンをめぐる英仏対立の中で立ち消えているが、驚くべきは世界初の鉄道が英国で産声をあげる前である点だ。英仏トンネルは英国とフランスの蜜月振りが反映する鏡でもあった。クリミア戦争をともに戦った英仏だが、その戦争が終わった1856年には、再び英仏海峡トンネルのプランが浮上し、ヴィクトリア女王とナポレオン3世に奏上された。

全長30kmを下回らないトンネルの課題は換気。当時はまだ電気機関車は発明されていない。これもあっさり立ち消えた。

普仏戦争後のビスマルクによって欧州で孤立させられたフランスは、ドイツへの対抗上英国に接近する。その過程の中で1881年に英仏両側から試掘が始まった。トンネルを使ってフランスが進撃してくるという不安にかられた英国がビビッて2年後に計画凍結。周知の通り英仏海峡トンネルの開通はそれから100年以上経過した1994年だ。

一方1869年にはスペインとアフリカを結ぶジブラルタル海峡トンネルが構想された。モロッコやアルジェリアに植民地を持つフランスで提案された。距離は英仏より近い16kmなのだが、水深が深くて断念され、今日に至るも実現していない。

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