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2014年6月16日 (月)

もしかして鉄オタ

ブラームスのイタリア旅行にあたっての移動手段は鉄道だった。イタリアの鉄道事情を調べてみた。イタリア初の鉄道は1839年ナポリで開業。北部イタリアに先んじてナポリというのが意外でもある。

首都ローマは鉄道の敷設が遅れた。鉄道時代が始まった当時のローマ教皇グレゴリウス16世が、いわゆる「機械嫌い」で領内の鉄道敷設に許可を与えなかった。当時のイタリアにはそのことをめぐるジョークがはやったと言う。

天に召されて行く道の途中での話。

天国の門に向かって歩きながらグレゴリウス16世は「まだ着かないのか」と聖ペテロに尋ねた。聖ペテロは「鉄道を作っていたらとっくに着いていたでしょう」と答えた。

イタリアの鉄道建設が進むのは、その後任ピウス9世になってからになる。彼は歴代最長の在位年数のほか、ビスマルク率いるドイツ帝国と延々と対立したことでも知られている。いわゆる「文化闘争」だ。

ピウス9世は近代科学の成果をことごとく否定したばかりか、自由主義、民主主義といった潮流にも背を向けた。超保守的な人物なのだが、鉄道だけには理解を示した。1846年以降イタリアの鉄道が急速に発展したのは、ピウス9世の姿勢によるところが大きい。1864年にはローマとベルリン間に直通列車が走り出す。

もしかして鉄道好き。彼の即位は1846年6月16日。

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