ウィーンのケーブルカー
ブラームスはケーブルカーを知っていた可能性が高い。ヴィースバーデン郊外のネロベルクバーンに乗った可能性はゼロに近く、知っていた可能性は五分五分だが、なんとかケーブルカーだけは知っていた可能性を見出だした。
1873年5月ウィーンで開幕した万国博に合わせて、同年7月にはウィーン郊外ドナウ河畔のドナウヴァルテから、レオポルドベルクの山頂までケーブルカーが開業した。標高423mながら山頂からはウィーン市街が一望できるというのが売り。現在では撤去されているこのケーブルカーをブラームスが知っていた可能性はかなり高い。
ブラームスがこれに乗車したという直接の証拠は確認できていないが、1873年の万国博と合わせて開業した観光上の呼び物だから、話くらいは聞いていたと考えるのが自然だ。1880年代以降友人ホイベルガーが、かなりの頻度でブラームスとのハイキングに言及し、ウィーンの北郊一帯が話題になるのだが、ケーブルカーの話は一度も出てこない。そこにケーブルカーがあれば、乗ったかもしれないし、少なくとも話題にはなっただろう。言及の欠落はケーブルカーがなかった証拠とも思える。
1873年の万国博は華々しく開幕したのだが、開幕直後の5月9日ベルリン株式市場の暴落が起きた。これに道連れになる形で、オーストリアは未曾有の不景気に突入した。同ケーブルカーは1876年に営業を取りやめた。
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