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2014年7月 8日 (火)

カルテンバッハ考

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻181ページに、ホイベルガーがブラームスに診察を薦める記述がある。1896年7月7日、外観の変わりように驚いたホイベルガーが思い切って本人に忠告したというものだ。

その場所が、「ザルツカンマーグート鉄道線」の「カルテンバッハ駅」だったと書かれている。ずっとこのカルテンバッハがわからなかった。現代断りなく「ザルツカンマーグート線」といえばオーストリア国鉄のアットナングプヒハイムからシュタイナハ・イルドニングを結ぶ路線を指す。有数の景勝路線だから、ガイドブックにも載っていることが多い。

ところが、地図にもガイドブックにもカルテンバッハが見当たらない。はるか彼方のツィラータール線にはカルテンバッハがあるので、ホイベルガーの記憶違いかとも思っていた。「散歩の途中で」とも書いてあるからイシュルから徒歩圏内でなければならないのが厄介だ。

このほど思わぬところから謎が解けた。記事「廃線マニア」で言及した鉄道、イシュルからザルツブルクに抜ける狭軌鉄道がそのヒントだった。1890年開業で、1950年には廃止されたザルツカンマーグートローカルバーンという鉄道、略してSKGLBである。これが「ザルツカンマーグート鉄道線」と訳されていたということだ。まさか廃線だったとは。ブラームス本の訳者にそこまでの掘下げを求めるのは酷というものだ。

1890年にイシュル市街の西の端にあるイシュル駅を起点にヴォルフガング湖南を抜けてザルツブルクに至る軌道幅762mmの路線として開業し、その4年後1894年には国鉄イシュル駅まで延伸した。その延伸した部分に駅が一つ設けられた。まさにそれこそがカルテンバッハ駅だった。イシュル市街の南端にある。ホイベルガーの証言は1896年だから延伸後にあたる。

回想録の記述には何の矛盾もない。病身のブラームスがあまり遠出をしたとも思えないので、イシュル市街に南接するという立地は「散歩の途中」という表現にあう。この記事本来は7月7日に公開したかったのだが、長男の七夕プラレールネタに譲って本日の公開となった。

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