ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 鉄道馬車 | トップページ | 急行馬車 »

2014年8月20日 (水)

馬車鉄道大国

ブラームスが生まれた1833年の時点で、鉄道が敷かれていたのは英国だけなのだが、それは蒸気機関車が牽引するという条件に限っての話だ。馬に引かせる馬車鉄道は、オーストリアがおよそ300kmにも及ぶ鉄道網を持っていた。世界最長の馬車鉄道網はハプスブルク帝国にあった。

プラハの南にあるビールの名産地ブジェヨヴィツェから、オーストリアのリンツを経て、グムンデンに至るおよそ190kmに及ぶ堂々たる馬車鉄道だ。1872年馬車鉄道は蒸気機関車を擁する鉄道との競争に破れて廃止されてしまい現存しない。軌道幅はとても珍しい1106mm。ブジェヨヴィツェ市内に駅の遺構があるらしい。

何故現代では幹線とは呼びがたいこのルートに長大な馬車鉄道が敷かれていたのかというと、興味深い話にたどりつく。終点のグムンデンはブラームスの伝記にもしばしば現れる保養地なのだが、そこを含む南側一帯はザルツカンマーグートという景勝地であり、同時に塩の産地でもあった。問題の馬車鉄道は同地の塩をチェコ側に輸送する動脈の機能を持っていた。グムンデンに集積された塩は、リンツの北で国境を越えてボヘミアに入り、ブジェヨヴィツェまでやって来る。そこで待ち受けるのはモルダウ川で、やがてエルベ川となる。ドナウ水系とエルベ水系を馬車鉄道が繋いでいたということだ。

« 鉄道馬車 | トップページ | 急行馬車 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 馬車鉄道大国:

« 鉄道馬車 | トップページ | 急行馬車 »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
無料ブログはココログ