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2014年9月 6日 (土)

さすがの伝記

ドヴォルザークの鉄道好きは名高い。カレル・ブリアンという人が書いた「ドヴォルザークの生涯」という伝記には、鉄道関連の話が盛りだくさんだ。あんまり楽しくて信用出来ないレベルだ。

ドヴォルザークが1878年12月12日にウィーンに赴いてブラームスとの初対面が実現した話もその一例だ。19時45分という到着時刻が律儀に記述されている。以下に驚くばかりの内容を箇条書きにする。

  1. ウィーンまで客車を牽引した機関車の名前が「レンツ」だった。
  2. 「レンツ」の機関士はクロサーネク氏。
  3. ウィーン駅にブラームスが出迎えに来ていた。
  4. ブラームスに機関士のクロサーネク氏を紹介した。
  5. 機関車「レンツ」の性能と車番をブラームスに説明した。
  6. 帰路、ウィーンからブルノに向かう列車を引いたのが45トン4軸のボルジヒ製。
  7. それはシレジア産の最良の鉄を使った最新鋭機関車。
  8. ボルジヒ480号列車だとも記述がある。
  9. 帰路ブルノに出迎えたヤナーチェクにも機関車の薀蓄を語った。

1880年2月に今度はブラームスがプラハにドヴォルザークを尋ねる。このときにも以下のような記述がある。

  1. プラハ駅までドヴォルザークが迎えに出た。
  2. そこでまた機関車について薀蓄を披露する。
  3. ドヴォルザークは「もし新型機関車が手に入るなら、交響曲全部を投げ出してもいい」という。
  4. ブラームスは「世間の人がこの走るかまどをみな忘れてしまっても、君の交響曲は演奏され続ける」と返す。

ドヴォルザークの鉄道への興味を余すところ無く伝えてくれている。話がリアル過ぎて信じられないくらいだ。特にこの伝記作者のブラームスへの敬意は主人公のドヴォルザークを脇に押しやるレベルだ。2人のからむ場面の描写は本当に興味深い。

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