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2014年12月30日 (火)

ドイツ領東アフリカ

植民地獲得競争に遅れて参入したドイツ。そのドイツの一つの目的がコーヒーの自給。元々アラビア産のコーヒーだったが、欧州列強はアラビア商人から買うよりも自ら作る方が儲かると知って、植民地でのプランテーションに乗り出す。オランダがジャワで、フランスが西インドでそれに成功したのを横目で見ていたドイツは、同じことの出来る植民地を求めた。

それがドイツ領東アフリカ。おおよそ現在のタンザニア。

コーヒー栽培の適地と見定めた東ウサンバラ。現在のタンザニアの首都ダルエスサラームの北およそ300kmのあたり。コーヒー輸送用の鉄道まで敷いたが、労働力不足に加えて、ブラジルの大豊作による価格の暴落でたちまち挫折する。

大陸封鎖のトラウマかそれでもコーヒー自給の夢をあきらめないのがドイツ人。プランテーションの経営者たちは東ウサンバラを見捨てて別の場所を探す。それがウサンバラから150kmほど北西のキリマンジャロ南麓だ。キリマンジャロブランドで名高い名産地に育って行く。

いまひとつがビクトリア湖西畔のブコバ。イエメンのアデンを介して欧州に供給される際に、「モカ」を名乗るという秀逸なマーケティングのせいで、シェアを伸ばした。

キリマンジャロの台頭も、アフリカ産モカのブレークも20世紀の出来事。ブラームスはあずかり知らぬ話。

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