ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 年末の風物詩 | トップページ | 証言者の顔ぶれ »

2015年1月 1日 (木)

コーヒーの痕跡

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」全3巻は、ブラームスの知人たちによる証言の集大成になっている。ブラームス本人が日記を書かなかったこともあって、貴重な同時代史料だ。その中でコーヒーへの言及がある箇所を一覧にしてみた。掲載ページ順に列挙した。赤文字は証言者である。

  1. 1巻P068 A・ディートリヒ 1867年の夏をディートリヒの別荘で過ごした記述。美しい庭でのコーヒータイムがブラームスのお気に入りだったと伝える。 
  2. 1巻P087 ヘンシェル 1874年5月ケルン。ヘンシェル自身が初めてブラームスに会った日の出来事。ブラームスは仲間とクナイペで大好きなワインやコーヒーを飲んで夜中まで騒いでいたとある。
  3. 1巻P102 ヘンシェル 1876年7月9日ヘンシェルの日記の記述。難癖をつけてコーヒーハウスの支払いを拒む郵便局検査官の話題。
  4. 1巻P103 ヘンシェル 1876年7月9日ヘンシェルの日記。リューゲン島滞在中の夕食では、決まってビールを3杯飲み、仕上げにコーヒーを1杯とある。
  5. 1巻P112 ヘンシェル 1876年7月17日の記述。前日16日の出来事として、海岸の喫茶店でいつものコーヒーを飲んだとある。
  6. 1巻P122 ヘンシェル 1894年4月24日ウィーン。こちら。
  7. 1巻P153 フローレンス・メイ 1871年夏バーデンバーデンのクララの別荘。毎度入りびたりのブラームスと午後のコーヒータイムでいつも鉢合わせし、コーヒーカップが下げられた後、クララとブラームスが連弾するのをしょっちゅう見たと記す。
  8. 1巻P191 フローレンス・メイ 1888年暮。ウィーンでのブラームスの日常を描写している。「赤いハリネズミ」で昼食をとった後、近くのカフェでブラックコーヒーを飲みながら新聞を読むと証言している。
  9. 1巻P195 フローレンス・メイ 1894年か1895年のイシュル。カフェ・ヴァルターの店先の木の下に座っているところに現れた5歳の男の子に、コーヒーカップの底にたまった砂糖をスプーンですくって与えたとある。おお、ブラックではなかったということか。
  10. 2巻P089 ホイベルガー 1892年10月25日記述。ベアトリクス通りのカフェに出かけたとある。
  11. 2巻P093 ホイベルガー  1892年11月28日記述。ウイーンのカフェ・クレムザーに出かけた話。
  12. 2巻P099 ホイベルガー 1893年3月26日記述。ブラームスのことをイシュルのピアニストたちが「ブラックコーヒーの常連」だと噂している話。
  13. 2巻P138 ホイベルガー 1895年7月5日。マーラー、ケスラー、ブラームスとイシュルのカフェで会ったとある。
  14. 2巻P185 ホイベルガー 1896年8月28日。体調のすぐれぬブラームスとイシュルのカフェに。
  15. 2巻P233 フェリンガー 1885年7月8日。ミュルツツーシュラークのホテル・ミュルツターラーホーフのベランダでコーヒーを飲む様子を、フェリンガーの母は夫に手紙で伝えている。手紙の中で「いつものコーヒー」と表現されているのは「ブラックコーヒー」だというのが明らかになる。
  16. 2巻P237 フェリンガー ミュルツツーシュラークの夏、子ども好きの本領を発揮する場面。ブラックコーヒーを飲んでいたブラームスが子どもに焼き菓子を与える場面が出てくる。
  17. 2巻P258 フェリンガー ページをめくるといささか唐突に、ブラームスの習慣の話しになる。食後には隣の部屋に移りブラックコーヒーを飲みながら新聞に目を通すとある。さまざまな新聞の名前が書いてあるのでそこがカフェであると推定される。
  18. 3巻P076 ヴィトマン 1886年5月初めてのトゥーン滞在。初日の朝の光景が描かれる。マルセイユの知人(エストランジャン伯爵夫人)から送られた上等のモカを、ウィーン製のミルで自ら挽いたとある。その豆をヴィトマンにお裾分けしたとも書かれている。
  19. 3巻P086 ヴィトマン 1886年夏のトゥーン滞在を切り上げる際、残ったコーヒー豆と器具一式をヴィトマンの妻に預けたことをもって、ヴィトマンは翌夏もブラームスがトゥーンに滞在すると確信している。
  20. 3巻P127 ヴィトマン ブラームスを魅了するイタリアの要素を列挙する場面に「最高のコーヒー」とある。
  21. 3巻P136 ヴィトマン 1888年のイタリア旅行の途中、ローマのカフェ・グレコに立ち寄ったと証言されている。
  22. 3巻P155 ゴルトマルク ブラームスとの初対面の場所としてウィーンのカフェ・チェコと証言している。
  23. 3巻P196 エセル・スマイス ブラームスが食後決まって猛烈に濃いブラックコーヒーを何杯もお代わりするとある。
  24. 3巻P218 イェンナー ブラームスに弟子入りするためにウィーンに出てきたイェンナーが当面の生活に困らないように、ブラームスが日用品を譲った。その中に「コーヒー沸かし」がある。サイフォンでもドリッパーでもなくいわゆる「ヤカン」状の容器だと思われる。
  25. 3巻P222 イェンナー ブラームスとの日常生活の描写。「12時半頃ブラームス先生を迎えに行き、赤いハリネズミで昼食とお茶」とある。この「お茶」が本当に「お茶」だったのか疑問の余地がある。

以上。なかなか壮観だ。昨日、子供らの演奏ネタで盛り上がったから、本業もおろそかにしてはいかんと気合を入れた。今年もおバカな記事こそがいきがい。だから正月こそおバカな記事が必要だ。正月にかまけてぬるい記事を放つようになったらおしまいである。あけましておめでとう。

  • « 年末の風物詩 | トップページ | 証言者の顔ぶれ »

    コメント

    コメントを書く

    (ウェブ上には掲載しません)

    トラックバック


    この記事へのトラックバック一覧です: コーヒーの痕跡:

    « 年末の風物詩 | トップページ | 証言者の顔ぶれ »

    フォト

    ブラームスの辞書写真集

    • Img_0012
      はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
    2020年2月
                1
    2 3 4 5 6 7 8
    9 10 11 12 13 14 15
    16 17 18 19 20 21 22
    23 24 25 26 27 28 29
    無料ブログはココログ