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2015年2月28日 (土)

サイトマップ

ホームページに含まれるコンテンツの名前・内容・配置を一覧できるページ。大抵はトップページからワンクリックでアクセス出来る位置に置かれる。ブログの目次あるいは索引として機能する。サイトの内容を大づかみしたい時など、真っ先に訪問することが多い。

訪問者にとってはもちろん便利な機能だが、管理人にとっても自らのサイトを把握管理する上で重宝する。

ところがブログ「ブラームスの辞書」にはこの機能がない。3600を超える記事を堆積させながら、カテゴリーによりざっくりとした分類を施しているに過ぎない。カテゴリーが数十あるので、機能は果たしていると言えないこともないのだが、あったほうがいいに決まっている。

自らの管理するブログをたまには上空から客観的に見てみるということも必要だ。

2015年2月27日 (金)

イギリス人が羨ましい

フローレンス・メイという英国の女流ピアニストがいる。クララ・シューマンの高弟にして著述家。代表作にはクララ、ブラームス、バッハについての著述がある。

クララに師事していた頃、ブラームスからもレッスンを受けたことがあるから、クララとブラームスについての回想録を書くのは自然だ。ところが「バッハの生涯」と名付けられた作品も相当の優れものだったらしい。当代きってのヴァイオリニストであるヨアヒムが絶賛しているのだ。そのヨアヒムの絶賛の言葉が、本日のお題「イギリス人が羨ましい」である。

当時復興目覚しかったドイツ音楽の誇りバッハについて、英国人が英語で書いた本だ。その内容の素晴らしさに感動したヨアヒムは、この本をオリジナルの英語で読めるイギリス人を羨んだ表現なのだ。「外国人に一本取られた」というニュアンスも漂う。柔道無差別級の金メダルがオランダあたりの選手にさらわれた感じと言えばいいのかもしれない。

ヨアヒムのバッハへの造詣や当時の音楽界における地位を思えば、ヨアヒムから称賛されることがどれほどのことか想像できる。

私もヨアヒムに「日本人が羨ましい」といって本やブログを誉められたい。

2015年2月26日 (木)

ブラームス起点

ブログ「ブラームスの辞書」はネタをブラームス関連に絞ることを譲れぬ方針としている。もしかすると本日の記事は若干の方向転換の表明になる可能性がある。

記事一本一本が必ずしもブラームスと関連が無くてもよいと思いはじめている。ブラームスを起点にさまざまな切り口の話題を展開することは不変だが、個別にはブラームス不在の記事も混入することはあり得る。表面的には規制緩和だ。

すでにその兆候は現れ始めている。ブラームスを起点にドヴォルザークを眺め、民謡や学生歌を俯瞰した。ブラームスの伝記に現われるこまごまとした事項をキッカケに、ドイツ語やドイツ史を語りたい。極めようと思えば、民俗学や方言にまで裾野を広げる必要がある。地誌、鉄道、食事、文学、美術等ブラームス自身の興味の広がりを忠実にトレースしたいと心から思う。あるいはブラームスが無意識に関与した世相などにも興味がある。

ブラームス起点であるこということにはこだわり続けるが、これが読者の目に緩慢な規制解除と移映らぬよう気持ちをこめる覚悟である。あえてブラームスを起点とすることで発生する歪みもろともブログの個性として受け入れるつもりだ。

2015年2月25日 (水)

人柄の反映

自動車の運転と麻雀にはその人の性格が反映するらしい。

人間のすることだから、何であれ大なり小なり全てその人のキャラが反映するのは当たり前だ。自動車の運転と麻雀だけが特別ではない。けれどもこの2つを特別視する意味もわからぬではない。

普段温厚な紳士がハンドルを握ると豹変したり、慎重居士が意外に大胆な打ち手だったりする。「普段の見かけからは想像も出来ない隠れた側面に光が当たり易い」という意味では、運転と麻雀はなるほどなことが多いのだ。

個人的には文章もその人のキャラを色濃く反映すると思う。そしてもちろんブログもだ。つまり著書やブログ「ブラームスの辞書」はその両方を世間にさらすことに他ならないのだ。私の性格は著書やブログのあり方からある程度推測されてしまっていると思われる。問題は運転や麻雀のように「意外な一面」であるかどうかだ。

最近ブログや本の読者との何気ないやりとりがあった。どうも私は「几帳面」と思われている形跡がある。ブログや本からそういう雰囲気が伝わっているのだろうか?ひと様にどう思われるかはあまり考えずに本を出してしまったし、ブログも同様だったから何だか気恥ずかしい。

2015年2月24日 (火)

バックナンバー

ブログの世界では過去の記事のことだ。最新号以外の発行済みの雑誌をバックナンバーと呼んでいる。ブログ「ブラームスの辞書」では既に昨日までの記事3604本がバックナンバーになっている。明日以降も毎日1本ずつバックナンバーが増えていくことになる。本日のこの記事も明日以降はバックナンバーと呼ばれる。

ブログでは、右サイドバーのカレンダー下の「バックナンバー」をクリックすることで年月別に分けられたバックナンバー全てにアクセスすることが出来る。タイトルは表示されないから、おおよその見当をつけてカテゴリーから辿るか、ブログ内検索を用いた方が効率がいい。

私自身は定期的に過去の記事を読んでいる。昨年一昨年の今日の記事は必ず目を通すことにしている。思わぬ誤植を発見してこっそり修正することもしばしばである。20年分たまったらさぞかし面白いと思う。確かに自分で書いた記事なのに「こんなこと書いたかぁ」という気になることもある。そして何より新たな記事のヒントになることもあるのだ。

このところ数がまとまったのでずっしりとしてきた。もはや宝物である。

2015年2月23日 (月)

寄らば大樹の陰

「どうせ頼りにするなら勢いや力のある人」くらいの意味。日本独特の処世術を表している。「長いものには巻かれろ」「勝ち馬に乗る」などと同一の系統と思われる。

私のブログや本は、まさにこのノリを具現したものだ。大樹とは当然ブラームスだ。どうせ寄りかかるなら徹底して寄りかかろうと考えた。私ごときが少々寄りかかったところでブラームスはビクともしない。原点をブラームスにおいて、その周辺をブンブンと元気に跳びまわる蚊みたいな存在になりたい。ブラームスが原点であることを見失わないように気をつけている。ただただブラームスが好きであることが出発点だ。

確固たる原点を持っていることは、ブログの運営で迷いが生じた時など大変重宝する。虚飾を捨ててブラームスに戻るだけでいい。これを徹底することは口で言うほど易しいことではないと思う。ブログの創立記念日や、本の刊行記念日、あるいはブラームスの誕生日などの記念日は、このことを肝に銘ずる日でもある。

2015年2月22日 (日)

濃さの維持

ブログ記事の内容の話だ。私は「記事の内容が濃い」という表現をよく使う。どうせ全ての記事がブラームスに関連しているのだが、そこで展開される話が「オタクで細かくて、他で読めない」くらいの意味である。確たる定義がある訳ではないがノリは理解いただけると思う。

私のブログ「ブラームスの辞書」は粛々と継続することを目標にしている。出来れば2033年5月7日のブラームス生誕200年までだ。あと6649本の記事が必要だ。もちろんこれが達成出来れば素晴らしいのだが、実は大事な自主規制がある。

「記事を積み上げることで、濃さが減じられてはならない」ということだ。私の心の中では、記事を積み上げることより優先順位が高い。この先年齢を重ねることにより脳味噌の働きが衰えて、「濃くない記事」を乱発するようになったら、潔く記事の更新を止めねばならない。

そのためには「濃い」「濃くない」の判断基準がしっかりと確立していることが大切だ。昨日まで積み上げた3602本の記事には、概ね満足できている。そのことは一つの基準になる。

ブラームスは、自作を出版するしないの基準を明確に持っていた。クララやヨアヒムのような見識ある第3者の存在も素晴らしい。私も同様な自主基準を自分の記事について是非とも確立させたい。私にとってクララやヨアヒムにあたるのは、ブログのアクセスだ。ブログのアクセスが伸びているうちはOKという判断基準だ。

自主基準とブログへのアクセスを併用して、濃さの維持向上に努めたい。

2015年2月21日 (土)

難しさという検索

ココログの検索機能のうち検索キーワードを眺めていて湧いた疑問がある。

検索キーワードの中に「難易度」「難しさ」という単語が頻繁に出てくる。ブラームスの作品について、その演奏の難しさを把握したいニーズがかなりあるのだと判る。演奏会の曲目や試験の課題曲がどれほどの難易度か知りたいのかもしれない。あるいは、自分の力量に合わせた作品を選びたいという意図も感じる。

選曲をめぐる判断が「難易度」をもって下されていると解したい。あるいは選択の余地が無い場合には、決められた曲に挑む際のハードルの高さが測られていると思われる。

「易しさ」「面白さ」「楽しさ」で検索されることは無いと断言して良い。もっぱら難易度で検索される。ブラームスだけが「難易度」で引かれているのか、他の作曲家も同じなのかはわからない。「自分の力量で弾けるのか」ばかりが注目されているように感じる。

「ブラームス」「楽しさ」のアンド検索でたどり着かれたらかなり嬉しい。

2015年2月20日 (金)

行けるところまで

新人投手がプロ入り初登板で、首尾良く初勝利を挙げた際のインタビューでしばしば耳にする。初々しいコメントだ。「力を出し惜しみせず」「後のことは考えずに」というニュアンスがこめられている。最近のルーキーは、意外とクールで、実は最初から完封勝利くらいは狙っていたということもありそうだ。

私のブログももはや、その域だ。記事の濃さと頻度を維持したまま行けるところまで行きたい。

野球では、「球威が落ちる」「コントロールが定まらない」などの疲労の兆しが現れた場合、ピッチングコーチが交代時期を客観的に判断するのが常だが、ブログではそれがない。

記事が途切れるのは論外として、「濃い記事が書けなくなる」「同じネタが繰り返し現れる」などは怪しい兆候だ。

問題は、誰が交代を告げるかだ。

2015年2月19日 (木)

鍾乳洞状態

世間様の認知度はまだまだ低い我がブログだが、記事の数だけは順調に増えて行くだろう。ひと様に知られぬまま、記事が充実して行くのはジンワリとした楽しみがある。幼いころの秘密基地みたいなノリである。このところ小さな石の下に、思いがけずに大きく発展したアリの巣を見つけた時のようなワクワク感が味わえている。

あるいは鍾乳洞だ。石灰質の土地に雨水がしみこむことで、長い時間をかけて生成される洞窟だ。中を見学出来る場合もある。文字通り別世界になっている。洞窟内の地形や水量によって形作られる独特な形状は、否応なく時間の力と人間のはかなさを思い起こさせてくれる。

国内にも数多く発見されている。龍河洞、龍泉洞、秋芳洞、阿武隈洞などが有名だ。きっとまだ発見されていない鍾乳洞もあるだろう。ブログ「ブラームスの辞書」もそうなりたい。誰にも発見されぬまま、ただひたすらに記事を充実させるのだ。ひとたび発見された暁には、あまりの壮大さに発見者が息を呑むというような域に達してみたいものだ。

本日のこの記事は、ブログ「ブラームスの辞書」開設以来3600本目にあたる。

2015年2月18日 (水)

鮮度の維持

ブログや本の内容がいつまでも瑞々しくあり続けるよう願っている。

たとえば最後の作品でさえ作曲から110年が経過しているブラームスの作品は、クラシック音楽というジャンルに分類されているけれども古くはない。古くから演奏され聴かれてはいるのに、弾き古されてはいないし、聴き古されてもいない。その理由について議論するのは私の能力に余ってしまうので差し控えるが、ブラームスの作品がバッハやモーツアルトの諸作品と同様のある種の永続性を獲得していることだけは確かなところである。

そのブラームスに大きく依存している私の本やブログもあやかりたいと思っている。演奏会批評やCD批評に比べれば有利な材料に恵まれている。演奏会やCDの批評は時間がたつと100%ではなくなる。執筆した時点で全てを網羅した書物でも、時間の経過とともに言及不可能な演奏会やCDが増えてくる。ブラームスがこの世を去って久しい現在、ブラームスの新作が出現する心配はしなくてよいが、新たな演奏は出現することをやめない。

作曲家ブラームスや、作品そのものを真摯に見つめるという切り口は、その意味で鮮度の維持が容易である。現時点で「真の命題」であるならば、恐らく100年後も「真」であり続けるだろう。「ブラームス交響曲指揮者ベスト10」や「ブラームス弾きピアニストベスト10」等の切り口に比べれば、世の中の移ろいを考慮する必要は少ない。

現時点での「真」を実直に追い求めねばならない。ブラームス生誕250周年の時に読み返されても、なるほどと思える記事を書いておきたい。私ごときには重たいけれども、希望は持ち続けたい。

2015年2月17日 (火)

回答のモットー

「ブラームスの辞書」のようなおヒマなブログを続けていると、見ず知らずの人からメールでご質問をいただくことがある。私のようなオヤジに質問するなんざぁ、相当お困りなのだろうと同情しきりである。

もちろん、解っていることはすぐにお答えするし、即答出来ずともブラダスを当たれば判ることはすぐに調べて回答させていただいている。どこのどなたかは存じ上げない中ではあるが、失礼の無いように心がけているつもりだ。今はやりの「ISO9001番」いわゆる品質ISOでいうところの「顧客満足」と「トレーサビリティ」である。「顧客満足」とは、お金はいただいていないものの何かのご縁でブログを目に留めてくださった方々を「お客様」とみなして、出来るだけお役に立ちたいと願う立場だ。「トレーサビリティ」とは商品(我がブログで言うなら「ブラームス情報」になると思われる)が、この情報の出所が出来る限りオリジナルに遡れることである。スローガン風に言えば「安心してお召し上がりいただけるブラームスネタを貴方に」である。

屁理屈はいかようにもこねることは可能だが、お答えする際に心がけていることが一つある。ご質問に答えられないときには潔く「存じません」と言うことである。これが意外と難しいのだ。判らないこと自体をつい曖昧にしてしまいがちである。

潔く「ゴメン」「わかりません」ということでかえって高まる信頼もあると思っている。

2015年2月16日 (月)

小咄

これで「こばなし」と読む。「短いお話」と定義しては言葉足らずもいいところだ。金がかからぬ娯楽として江戸時代に庶民層を席巻したという。数としては万単位の小咄が存在するという人もいるくらいだ。

「口偏」に「出る」という漢字の成り立ちがシャープだ。口伝えであることが基本で一度聴いたら覚えられる長さであることは必須。何よりも面白い話である必要がある。話の最後にオチがあるのも重要な要素だと思う。

  1. 一度聴いたら忘れないエピソード
  2. 出来るだけ簡潔な文章
  3. タイムリーな記事の発信
  4. 気の利いたオチ

これらは管理人の私が記事を書く際に心がけている事項だが、まさに小咄の定義にピタリとはまる。

1番「忘れられないエピソード」は、有限個だろう。情報ソースの丹念な探索しか打つ手がない。まめな情報集めと、アンテナ磨きだ。

2番「簡潔な文章」は、情報収集よりも難しい。きっと死ぬまで課題だろう。ブラームスの音楽が手本になるとカッコをつけるのが関の山だ。

3番「タイムリーな記事の発信」これは記事の備蓄である程度カバー出来る。この中では得意な分野だ。

4番「気の利いたオチ」も相当難しい。難しさでは2番「簡潔な文章」と双璧だ。苦心した挙げ句に寒いギャグという悪循環に陥り易い。小咄と違って諦めて省略するのも手だ。

ブログ「ブラームスの辞書」は、小咄の堆積であると言い換え得る。気の利いた小咄の堆積でありたいと心から願う。

2015年2月15日 (日)

作曲家系ホームページ

古今東西の作曲家情報を扱ったサイトは数多い。ホームページかブログかを問わなければ有名作曲家はほとんど網羅されていると思う。既にこの世を去った作曲家について「オフィシャルサイト」などは存在しないからみな非公式サイトつまり趣味のサイトである。

それらのサイトには扱う作曲家を超えて共通する部分が少なくない。大抵のサイトが以下のようなコンテンツの一部または複数または全部掲げていると思われる。

  1. 生年没年の記載
  2. 生地没地の記載
  3. 作品一覧
  4. 作品解説
  5. 年表(生い立ち)
  6. 交友関係
  7. エピソード
  8. 作品評(おすすめ作品)
  9. 演奏評(おすすめCD)
  10. 演奏会情報
  11. 楽譜発売状況
  12. 関連出版物
  13. 掲示板

私の運営するブログ「ブラームスの辞書」もまた作曲家関連サイトの一つだとは思うが、どうも勝手が違う。今述べたような情報が抜けている。ブラームス作品に対する思いをてんこ盛りにしてはいるが、上記のような切り口にはなっていない。あるいは上記のような情報は読者が既に入手済みという横着な思いこみが前提になっている。このような切り口を避けて延々3596本を超える記事を連ねていること自体を売りにしているつもりである。「他のサイトと同じ切り口を連ねても個性を主張出来ないというマーケティング上の理由だ」とでも言えばカッコいいのだが、実はあまり考えていない。強いて言えば作品論なのだと思うが、思考の単位が作品になっていることは希である。

提出期限が明日に迫った課題を、何とかやっつけたい場合の調べ物に便利な体裁でないことだけは確かである。

2015年2月14日 (土)

チョコレート

ブラームスの伝記の中でチョコレートへの言及はほぼ存在しないと申してよい。「お菓子」「キャンデー」にはわずかな言及が認められるもののチョコレートは全滅である。

ところが、シューマンの伝記の中に興味深い記述がある。音楽之友社刊行の「作曲家◎人と作品シリーズ シューマン」の147ページ6行目。短いので引用する。

6月8日、シューマンの誕生日にブラームスがエンデニヒを訪問して大判の地図帳をプレゼントした。翌日の報告によれば、チョコレートは毒が入っていると言って手にしなかったが、地図帳には熱心だったという。

この6月8日とは1856年のことで、場所はエンデニヒだ。ライン川への投身後収容された療養所での出来事。シューマンの誕生日にブラームスが見舞った情景。前回4月の訪問でシューマンが地図から地名を抜き出す作業に没頭していたのを見て、ブラームスが地図帳を贈ったことが判る。「翌日の報告」というのは、診療所の日誌のことだ。その中に「チョコレート」が出てくる。けれどもこの「チョコレート」は出方がいかにも唐突だ。原文が判らないのでなんとも言えないと申しては愛想がないから妄想を膨らませる。

この「チョコレート」は大判の地図帳と一緒にブラームスがシューマンに贈ったと解することは出来ないか。それでこそ「地図には興味を示したが、チョコには手を出さなかった」という表現が生きてくる。この推測が正しければ、ブラームス唯一のチョコレートネタとなる。

2015年2月13日 (金)

シャコンヌの極意

3拍子、4小節または8小節の主題が低音部におかれて延々と繰り返される上で、変奏を展開するのがシャコンヌだ。口で言うのはたやすいが、これほどきつい制約もない。サディスティクな香りのする技法だ。ブラ-ムスは第4交響曲でこの技法を駆使した素晴らしいフィナ-レを書く。

知らずに聴かされたらシャコンヌであることなど解らない。制約を全く感じさせないほど多彩に曲が展開されるからだ。延々と低音主題に固執しながら、全く退屈することはない。

ブログ「ブラ-ムスの辞書」の管理人としては、全くもって羨ましい。ブログ「ブラ-ムスの辞書」はブラ-ムスという低音主題に貫かれたシャコンヌみたいなものだ。時々親バカネタが幅を利かすこともあるが、ブラ-ムスを見失うことがないよう注意している。難しいのはさじ加減だ。ブラ-ムス関連の話題に特化させましたといって、同じような内容の記事が続いてしまっては元も子もない。「ブラ-ムスに固執しているな」と感じさせながら、同時に「話題が豊富」とも感じさせねばならない。

もはや記事のネタと私の命のどちらが先に尽きるかの競争という様相を呈してきた。負けるわけには参らぬ。

2015年2月12日 (木)

自己紹介

そう言えばブログ「ブラームスの辞書」には、まともな自己紹介が載っていない。「プロフィール」をクリックして現れるのは著書「ブラームスの辞書」の紹介や申込み方法になってしまっているのだ。

ブログへの訪問者は「こんなブログを運営している奴の顔が見たい」という欲求にかられて「プロフィール」をクリックしているとすれば、そうした期待を裏切っていることになる。こんなブログだから私の学歴や職歴を紹介しても何の意味もないだろう。音楽以外の趣味のことなど尚更である。

しかしである。長くブログ「ブラームスの辞書」を愛読している人は私のことをかなり判ってしまっていると思う。家族構成、ものの考え方、性格などなど相当クリアになっていると思われる。自己紹介という記事一発で理解が深まるほど単純ではないのだ。本日までに積み上げた3593本の記事全部読んだら、きっと自己紹介など読みたくなくなるに違いない。

ネットで検索すると一発で解答にたどり着く世の中だが、そればかりでは面白くない。

2015年2月11日 (水)

辞書ならでは

「辞書」に対する私のイメージは、「分厚い」「文字が小さい」これが必須だ。

著書「ブラームスの辞書」は、辞書と名乗りながら微妙だ。A5判400ページは、「分厚い」という表現が当たっているか自信が無い。思いの丈が予算に負けて泣く泣く400ページにした恨みはきっと一生ついて回るだろう。

一方その「ブラームスの辞書」の宣伝用にと立ち上げた当ブログ「ブラームスの辞書」が、どうやら面白くなってきた。記事の本数が4000に近づき、内容はともかく量だけはまとまってきた。はじめて訪れた人に全編の読破を一瞬で諦めさせるだけの量になってきたかもしれない。これはまさに辞書の特徴そのものだ。実際の辞書は、お役に立つには違いないが始めから終わりまで通読するようにはなっていない。分厚さや文字の細かさが、通読の決意をためらわせる。

ブログ「ブラームスの辞書」も同じだ。気に入ったところだけ拾って読むのが現実的だ。はじめて訪れた人が、バックナンバーやカテゴリーを見て「こりゃいかん」と思ってくれれば本望である。それでこそ辞書だ。立ち上げ当初は「辞書」を名乗るのがおこがましかった。ペラペラのパンフレット状態だったからだ。

この調子である。

2015年2月10日 (火)

ドリンク3部作

コーヒー特集が終わった。すでにビール特集を終えている。1000日の長きにわたったアラビアンナイト計画の冒頭とエンディングがワイン特集だった。「ワイン」「ビール」「コーヒー」をもってドリンク3部作と名づけたい。どれもブラームスが愛した飲み物。そのトータル摂取量はおそらく「ビール」「コーヒー」「ワイン」の順だと推察する。

ブログ「ブラームスの辞書」で展開したアラビアンナイト計画の期間内にこれら3部作を公開する予定だったが、次女のオーケストラネタやビスマルクネタが予期せぬ膨張を起こしたために、ビール、コーヒーの公開をアラビアンアイト計画後に延期した。

本当はこれらに「じゃがいも」を加えた食品4部作として構想されたのだが、じゃがいもネタが集まらずに無念の縮小となった。

ひとまずドリンク3部作完結である。

2015年2月 9日 (月)

コーヒー特集総集編

コーヒー特集総集編。

  1. 2014年11月22日 コーヒー ブラームスは愛飲家。 
  2. 2014年11月23日  コーヒーとブラームス コーヒーがよく出てくる。
  3. 2014年11月24日 モカ マルセイユのモカがお好き。
  4. 2014年11月25日 コーヒーの起源 16世紀イエメン。
  5. 2014年11月26日 アラビカ種 コーヒーの代表格。
  6. 2014年11月27日 カフェと作曲家 作曲家はカフェが好き。
  7. 2014年11月28日 デーメル 24年前に妻と。
  8. 2014年11月29日 立ち寄った可能性 ウィーン以外の名カフェ。
  9. 2014年11月30日 カフェザッハー 24年前に妻と。
  10. 2014年12月02日 カフェで注文 繊細な注文用語。
  11. 2014年12月03日 おのぼりさん 注文の作法でお里が知れる。 
  12. 2014年12月04日 Dunkel 「永遠の愛」冒頭の言葉。
  13. 2014年12月05日 ウィーンのコーヒー 多彩なヴァリエーション。
  14. 2014年12月06日 ウィーンの水道 雪山からの引水。
  15. 2014年12月07日 男爵 客への呼びかけ。
  16. 2014年12月08日 シャニガルテン カフェの前庭。
  17. 2014年12月09日 ピッコロ 見習い給仕の俗称。
  18. 2014年12月10日 チコリ 代用コーヒーの最高傑作。
  19. 2014年12月11日 Muckefuck 代用コーヒーの試み
  20. 2014年12月12日 マルクスの見解 対ナポレオン蜂起のエネルギー。
  21. 2014年12月13日 カフェイン ゲーテとカフェイン。
  22. 2014年12月14日 Kassa カフェのレジ係。
  23. 2014年12月15日 ジャーマンロースト 焙煎の好み。
  24. 2014年12月16日 石炭代替 コーヒーを燃料に。
  25. 2014年12年17日  コーヒー禁令 ドイツ諸邦の事情。
  26. 2014年12月18日 大王ブレンド フリードリヒ大王の定番。
  27. 2014年12月19日 反アルコール飲料 コーヒー普及の決め手。
  28. 2014年12月20日 オスマン帝国 コーヒーの帝国。
  29. 2014年12月21日 ウィーン初のカフェ 眉唾のコルシツキー。
  30. 2014年12月22日 遠交近攻 外交の極意。
  31. 2014年12月23日 コーヒーの音型 CAFFEEによるファンタジー。
  32. 2014年12月24日  コーヒー見つけた 民謡のテキストにコーヒー。
  33. 2014年12月26日 コーヒーブーム 普仏戦争後の50年間。
  34. 2014年12月27日 メリタ 元祖ペーパードリップ。
  35. 2014年12月29日 コーヒーベルト コーヒーの栽培適地。
  36. 2014年12月30日 ドイツ領東アフリカ キリマンジャロの由来。
  37. 2015年01月01日 コーヒーの痕跡 回想録に現れるコーヒーシーン。
  38. 2015年01月02日 証言者の顔ぶれ 豪華な証言者たち。
  39. 2015年01月04日 ブラック違い 砂糖はセーフか。
  40. 2015年01月05日 コーヒーのドイツ侵入 ドイツ人初落札。
  41. 2015年01月06日 コーヒーの浸透 欧州各地のカフェオープン。
  42. 2015年01月07日 ミル 自室でコーヒーを淹れた証拠。
  43. 2015年01月08日 ミルは水車 語源は水力。
  44. 2015年01月09日  カフェ三種の神器 新聞、ビリヤード、チェス。
  45. 2015年01月10日  タイムズ 英国訪問拒否の理由。
  46. 2015年01月11日 プエルトリコ ウエストサイドストーリーの中のコーヒー。
  47. 2015年01月13日 イタリアのコーヒー 旅行中のチョイスは。
  48. 2015年01月14日 ジュニオ トレビの泉のほとりにあるカフェ。
  49. 2015年01月15日 インペリアル 立ち寄りが文献で確認できる。
  50. 2015年01月16日 シュヴァルツェンベルク ケルントナーリンク。
  51. 2015年01月17日 カフェバウアー ベルリン名所。
  52. 2015年01月18日 ミネルヴァ 「舞姫」のオープニング。
  53. 2015年01月19日  鴎外とカフェ 「独逸日記」に現れるカフェ。
  54. 2015年01月20日 ドムマイヤー 葛飾区とウィーン21区。
  55. 2015年01月21日  グリーンシュタイドル ホイベルガーの行きつけ。
  56. 2015年01月22日 ラムザウアー イシュルのカフェ。
  57. 2015年01月23日 コンディトライ 女子入店可。
  58. 2015年01月25日 もう1つの大陸封鎖 コーヒーの兵糧攻め。
  59. 2015年01月27日 コーヒーブレーク 供給側の都合。
  60. 2015年01月28日 茶飲み話 午後のひととき。
  61. 2015年01月29日 浸透度の違い コーヒーの受容は浅い。
  62. 2015年01月30日 セントヘレナ島 イエメンコーヒーの直系子孫。
  63. 2015年01月31日 ブラジル ブラジルの独立。
  64. 2015年02月01日 墾田永年私財法 コスタリカのコーヒー。
  65. 2015年02月02日 鎖国中のコーヒー ジーボルトのかかわり。
  66. 2015年02月05日 さび病 コーヒーの天敵。
  67. 2015年02月06日 モカ再考 モカはコーヒーと同義か。
  68. 2015年02月07日 一式の中身 避暑に持参の一式とは?
  69. 2015年02月08日  コーヒーの年表 ブラームスの時代まで。
  70. 2015年02月09日 本日のこの記事

特集とはいえ、わずか70本。鉄道やビールに比べるといささか小ぶりな特集だった。

2015年2月 8日 (日)

コーヒーの年表

ブログ「ブラームスの辞書」コーヒー特集もいよいよ終盤。ここでコーヒー関連の年表を作成しておく。

  • 575年 イエメンで初めてのコーヒー栽培だが、異論もある。
  • 10世紀 文献への登場。哲学者アーゼスと医者アヴェンナがそれぞれ言及。「バンカム」と呼ばれた。
  • 15世紀 欧州人の中東への旅行記にコーヒーが登場。ドイツの医者・植物学者レオンハルト・ラオヴォウフの書物が、中東で一般大衆が飲用していたと証言。
  • 1517年 セリム1世、コーヒーをコンスタンチノープルにもたらす。
  • 1554年 コンスタンチノープルに最初のコーヒーハウス。
  • 1570年 コンスタンチノープルで、コーヒーハウス閉鎖令。
  • 1600年 イスラムの巡礼者がインドにコーヒーを伝える。
  • 1615年 イエメン・モカからオランダにコーヒーが伝わる。
  • 1640年 アムステルダムでドイツ商人がはじめてコーヒーを買う。
  • 1645年 ヴェネツィアにコーヒーハウス開業。
  • 1650年 英国オックスフォードにコーヒーハウス開業。
  • 1652年 英京ロンドンにコーヒーハウス開業。
  • 1658年 オランダがセイロンでコーヒー栽培を開始。
  • 1659年 マルセイユでコーヒーハウス開業。
  • 1663年 アムステルダム、デンハーグでコーヒーハウス開業。
  • 1668年 アメリカにコーヒーが伝わる。
  • 1669年 トルコ大使パリに滞在しコーヒーを伝える。
  • 1672年 パリにコーヒーハウス開業。
  • 1674年 ロンドンで「コーヒーに反対する女性の請願書」が公開される。
  • 1675年 英国チャールズ2世、コーヒーハウス閉鎖を命ずる。
  • 1679年 ハンブルク、ブレーメンでコーヒーハウス開業。
  • 1883年 ウィーンにコーヒーハウス開業。
  • 1686年 ニュルンベルク、レーゲンスブルク、プラハにコーヒーハウス開業。
  • 1687年 ケルンにコーヒーハウス開業。
  • 1694年 ライプチヒにコーヒーハウス開業。
  • 1696年 ニューヨークでコーヒーハウス開業。
  • 1697年 ヴュルツブルクにコーヒーハウス開業。
  • 1700年 ダンツィヒ、ヴィッテンベルクにコーヒーハウス開業。
  • 1706年 オランダ領ジャワ産コーヒーがはじめてアムステルダムに。
  • 1708年 ハルバーシュタットにコーヒーハウス開業。
  • 1712年 シュトゥットガルトにコーヒーハウス開業。
  • 1713年 アウグスブルクにコーヒーハウス開業。
  • 1714年 オランダがフランス・ルイ14世にコーヒーの苗を献上し、王立植物園に植えられた。
  • 1718年 オランダ、ギアナにコーヒーを持込む。
  • 1721年 ベルリンにコーヒーハウス開業。
  • 1723年 ドクリューが、フランス領マルティニクへ苗木を持ち込む。
  • 1727年 フランス・マルティニクのコーヒーがひそかにブラジルにもたらされる。
  • 1730年 イギリスがジャマイカにコーヒーを持込む。
  • 1732年 バッハ、コーヒーカンタータを作曲。
  • 1777年 プロイセン・フリードリヒ大王、反コーヒーの立場からビール消費を奨励。
  • 1806年 ナポレオン大陸封鎖。
  • 1809年 ブラジルからアメリカに初めてコーヒーを輸出。
  • 1818年 ブラジルから初めて欧州にコーヒーを輸出。
  • 1822年 ブラジル独立。
  • 1869年 セイロンでさび病発生。
  • 1873年 アメリカで初の焙煎粉コーヒーが商品化。
  • 1882年 ニューヨーク・コーヒー取引所開設。
  • 1894年 ブラームス「49の民謡集」を出版。コーヒーが言及される。

     

2015年2月 7日 (土)

一式の中身

翌年の来訪に備えて、コーヒー用具一式をヴィトマンの妻に預けた話は既に述べた。「一式」とくくってしまっているから、その中身がわからない。「コーヒー用具一式」には何が含まれるのだろう。

  1. 豆ストッカー
  2. 簡易ロースター
  3. ミル
  4. メジャースプーン
  5. ネルドリッパー
  6. ネル
  7. カップ
  8. スプーン
  9. ポット
  10. ケトル(ウィーン風なら)
  11. 濾過器
  12. ミルクポット
  13. シュガーポット

最大でこのくらい。ブラームスが生豆からその都度ローストしていないなら、上記2は不要。ウィーン風でないなら上記11と12も不要だ。これら全部となるとかなりな重装備で、避暑地への往復にあたり、スーツケースに詰めるとなると厄介だ。

2015年2月 6日 (金)

モカ再考

日本語では「コーヒーをおごる」「コーヒーを飲む」というのが一般的な言い回しだ。「モカをおごる」「モカを飲む」というのは「コーヒーとりわけモカを」という「とっておき感」を込めたいときの言い方だ。

「ブラームスがマルセイユから送られて来るモカを好んだ」ということが複数の伝記に書かれているが、この場合の「モカ」はどう解釈すべきなのだろう。先の記事「モカ」では、これをコーヒーのブランド名と解して話を展開させた。普通の日本人は「モカ」をコーヒーの一つのブランドだと感じ取る。

ところがそこから発したコーヒー特集を進めているうちにどうも勝手が違うことに気付いた。ドイツ語における「モカ」は、単に「コーヒー」を指すのではないかと思われる表現がとても多い。日本人なら「コーヒーをおごる」「コーヒーを飲む」という場面で、どうも「モカをおごる」「モカを飲む」と言ったり書いたりしているようだ。

日本語への翻訳にあたり原文に即して「モカを飲む」としてしまうと、微妙に意味がズレる。ブラームスが好んだコーヒーは「マルセイユ」から届いたものであるにしても、それがいわゆるイエメン近郊で採れる「あのモカ」ではない可能性は低くないと思う。ウィーンやイシュルで飲まれるコーヒーが北海経由ではないという点がとりわけ重要で、マルセイユはその経由地の一つなのだと思う。

2015年2月 5日 (木)

さび病

コーヒーの天敵。壊滅的打撃をもたらす病気。1869年に英領セイロンに発生し、セイロン、インド、ジャワ、スマトラ、マレーシアのコーヒー園がほぼ壊滅の被害を受けた。

フランス領ハイチの奴隷反乱に乗じて、1860年代に世界最大のコーヒー生産国に躍り出たセイロンの被害は甚大で、経営者はコーヒーを諦め紅茶の栽培に転換せざるを得なくなった。1889年までの20年間で、大なり小なりコーヒーの供給地図に影響を与え、これをキッカケにブラジルが台頭することになる。産地としてのブラジルの台頭を招いたほか、やや後になって品種としてのロブスタ種の拡大にも繋がった。アラビカ種は風味香気に優れるが、病気にからきし弱かったために、ロブスタ種への転換が図られたということだ。

さび病の原因はヘミレイアヴァスタトリクス(Hemileia Vastatrix)という。あれ?と思うのはワインの害虫フィロキセラヴァスタトリクス(Phylloxera Vastatrix)と後半が共通することだ。そのつもりで見ると意外な共通点がある。フィロキセラが米国からフランスに現れたのが1863年といわれている。その後1890年までにドイツ除く欧州に壊滅的被害をもたらしたのだが、コーヒーさび病の大流行と時期が重なっている。

2015年2月 4日 (水)

ゴールドベルク変奏曲

1865年2月母クリスティアーネの訃報に接したブラームスを見舞った友人がいた。ゲンスバッヒャーというチェリストだ。親密度はなかなかのものだ。何しろチェロソナタ第1番を献呈されているほどだ。

悲報に接したブラームスは、一心にピアノに向かっていた。弾いていた曲が本日のお題、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」だ。長い間ずっとピアノを弾いていたらしいが、全曲を弾いたのか一部だったのかは解らない。冒頭のアリアか、はたまたクオドリベートか。何という光景だ。ブラームスが演奏する「ゴールドベルク変奏曲」を目の前で聞いたとは恐るべき果報者だ。

ゲンスバッヒャーは、ブラームスの頬に涙がつたっていたと証言する。

2015年2月 3日 (火)

没後150年

一昨日、絶好の天気の中、母を連れ出して富士山を見にドライブに出かけた。ポカポカと温かいのもありがたいのだが、何より富士山の頂上付近に雲がなく、ダイナミックな富士全体を堪能できた。

前日つまり1月31日には、こういう夕焼けが見られたので、期待が膨らんだ。↓

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朝6時に家を出発して、たどりついた東名高速・足柄SAから。快晴に恵まれた上に、頂上付近に雲がかかっていない。↓

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こりゃあ期待できるとばかりに車を走らせてお目当ての東名高速・由比パーキングエリア。期待通りの富士山。ひょっとして雪煙まで観察できる。↓

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いよいよ最初のお目当て。さった峠。広重の東海道五十三次・由比に描かれた絶景。旧街道から急坂を登って、みかん畑の斜面の小道をくねくねと走ってたどりついた。母とともに声を失った。↓

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お次は、世界遺産の目玉・三保の松原↓

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最後は日本平より。↓

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このほかにも道中ずっと霊峰富士を堪能することができていた。母とは、2年前の次女のコンクール全国大会以来のロングドライブだった。渋滞にかからなかったこともあり、大満足の一日となったから、滅多に載せない写真を奮発した。丸子宿のとろろ汁も味わって、日帰りとしては盛りだくさんの一日。

そうそう、今日2月3日はブラームスの母クリスティアーネの命日。1865年に亡くなっているから今年は没後150年に相当する。だからというわけではないが親孝行ネタ。

謹んでコーヒー特集を中断します。

2015年2月 2日 (月)

鎖国中のコーヒー

日本にコーヒーが入ってきたのは17世紀江戸時代。流通なんかもってのほかで、長崎出島内で、ひっそり飲まれていただけだ。日本のコーヒー受容とはとても言えない。そこからおよそ200年たった1826年、ブラームスの元婚約者アガーテの父の従兄弟にあたる、ジーボルトが日本人にコーヒーを勧めている。

およそ2年後にジーボルト事件で国外追放されているから、コーヒー受容を推進したとまでは言えない。日本がコーヒーの正規輸入に踏み切るのは開国後の1858年のこと。

もしブラームスがアガーテと結婚していたら、ジーボルトは親戚になっていたハズだ。

2015年2月 1日 (日)

墾田永年私財法

西暦743年に出された聖武天皇の勅令。新たに開墾した田の私有を認めるというもの。受験生にとっては基礎中の基礎だ。ここから荘園が始まるとされている。土地の開墾を促進するための策。ブログ「ブラームスの辞書」の記事としては半端でない浮きっぷりだが少々辛抱いただく。

ブラームスがどこのコーヒーを飲んだか調べているうちに出会った話。場所は中米コスタリカ。1821年スペインから独立したグアテマラ総督領の一部。独立したはいいのだが、相当の辺境だったため、これといった産業がない。国の経済の柱を模索するうちに考え出されたのがコーヒーの栽培。首都サンホセを取り囲む盆地がコーヒーの栽培好適地だったのだ。

1831年ブラームスが生まれる2年前に、興味深い法律が制定された。新たに開墾した土地にコーヒーを植え、5年間農場を経営した者にその土地の所有権を与えるという内容。コーヒーを植えると、すぐに収穫出来るわけではない。収穫できるようになるのは5年後だ。だから「5年間経営を続けた者」という規定になっている。

墾田永年私財法に似ている。土地の所有をえさにして開墾を促進しようというのだ。コスタリカではこれがピタリとはまる。ブラジルの大規模農園とは別種の小規模地主が大量に発生し、高品質のコーヒーを味にうるさい欧州に供給した。1850年には欧州向けに相当な量が輸出されたというから、ブラームスもコスタリカ産のコーヒーを賞味したかもしれない。

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ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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