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2015年5月31日 (日)

ツアコンの資格

ツアーコンダクターとは、団体旅行に同行して、円滑な旅行を進めるためにお世話をする人だ。日本語だと「旅行添乗員」となる。世界中を仕事で回れてうらやましいのだが、語学の知識以外にも、相応の資格が要るらしい。実際の現場では苦労もあると聞いている。厳密な話では、ガイドとは違うらしい。道中立ち寄ったり通過したりする名所について、お客様に説明するのは、ガイドの領分だという。

ブログ開設10周年を記念して室内楽ツアーを実施中だ。私はそのツアコン兼ガイド。ブラームスの室内楽を作品番号順に言及しながら、見どころ聴きどころに言及してゆく。資格要件があるとすれば、以下の通りになる。

  1. ブラームス室内楽の作品番号と調くらいは暗記。
  2. 全作品全楽章の冒頭主題くらいは即時歌える。
  3. 主要主題をチラリと聞いただけで、作品名と楽章を指摘できる。
  4. 初演日、初演地、メンバーくらいは暗記している。
  5. 全作品のスコアを所有している。
  6. 全作品のCDを持っている。
  7. おすすめ演奏家を1つや2つ簡単に想起出来る。
  8. 一部演奏したことがある。(完成度は問わない)
  9. 全作品の見せ場を1作品あたり3箇所はただちにおすすめできる。
  10. 無茶ブリされても1作品あたり30分は語れる。
  11. ドイツ語の知識 少々
  12. イタリア語の知識 少々
  13. 他の作曲家の話題 少々
  14. 日本語 演奏も聞かせず、譜例も見せずに伝えるには少々の小細工がいる。
一昨日の記事「Sinfonia in B」でピアノ三重奏曲第1番への言及を終えたと思われた方には、少々のお知らせがある。同三重奏曲は、後日ブラームス本人の手で改訂されている。今回の言及は改訂前の旧版のみとした。改訂は1891年だから、ピアノ三重奏曲第3番とヴァイオリンソナタ第3番の間に、また改訂版を話題に取り上げることにする。
芸が細かい。

2015年5月30日 (土)

ブログ開設10周年

いやはやとうとうやってきた。本日ブログ「ブラームスの辞書」は開設から10周年となった。開設から10周年記念日なんぞどのブログにもやってくる。開設の日に1本公開しただけのブログにだって10年の節目は来るものだ。

ところが、その間一日も記事の更新を休まなかったとなると、いささか希少だ。そしてあろうことかこの記事は3700本目の記事だ。その上さらに1100本程度の記事の備蓄を抱えた余裕の到達である。2018年6月までの記事の備蓄がある。この余裕感こそがブログの空気を形成する。

カッコをつけていないで喜ぶことにする。現在展開中の室内楽ツアーは、それを記念するための企画である。

2015年5月29日 (金)

Sinfonia in B

怖いもの見たさここに極まる感じのCDに出会った。ブラームス初期の2大室内楽、FAEソナタとピアノ三重奏曲第1番op8のオーケストラ編曲版。ため息しか出ない。しかもピアノ三重奏曲は1854年の初版だ。ゲテモノ、キワモノと言って距離を置くのは簡単だが、こらえきれずに2300円で入手。

そのピアノ三重奏曲オーケストレーションが「Sinphnia in B」と名づけられて、アルバムのタイトルになっている。

気に入った。特に第3楽章の主要部が木管の重厚なアンサンブルになっている。ファゴットとクラリネットが主導する、渋い音色がブラームスっぽい。

「おすすめCDネタ」に走らぬという宣言をいきなり、蹂躙して堂々の発信である。

2015年5月28日 (木)

ロ長調

ロ長調はドイツ語では「Hdur」だ。シャープ5個が調号として付与される。初心者には難儀な調。私が最初に実感したロ長調は、第二交響曲の第二楽章だ。大学からヴィオラを始めた初心者には大変厄介だった。何せ、ヴィオラの開放弦全て使用不能だ。練習前には必ずロ長調の音階を繰り返したものだ。

大学2年でブラームスへの傾斜が始まった。片っ端から室内楽を聴く中、ピアノ三重奏曲第1番を、ブラームスが残した最古の室内楽という触れ込みとともに親しむことになった。第一楽章冒頭を飾るチェロの幅広い旋律に打ちのめされたのだが、その調性がロ長調であることに衝撃を受けた。

中学高校と慣れ親しんだベートーヴェンの室内楽にロ長調など存在しないからだ。ハイドンやモーツアルトの室内楽にもロ長調はない。バッハのインヴェンションから漏れているので、手ごろな調と看做されてはいないと覚悟はしていたが、どうもいわゆる名曲の中では採用されにくい調だ。ハイドンの交響曲にひとつあるくらい。シャープ5個は室内楽の調としては異例だ。フラットは4個ヘ短調が最大で5個は存在しない。

ブラームスは、それらの事情を全て知っていてなお、出版される最初の室内楽にロ長調を採用したということだ。ウィーン古典派の正当な継承者として歩むことになる初手がロ長調とは、奇抜な選択だ。

しかしながら、冒頭のチェロの豊かな歌いっぷりを聴くと、もやもやは一気に吹き飛ぶ。オリンポスの調、ハ長調とでも言われたらするりと入ってきかねない。ブラームス特有の息の長い旋律が既にここに現れている。

2015年5月27日 (水)

ロ調へのこだわり

出版されたものとしてはブラームス最初の室内楽は、ピアノ三重奏曲第1番だ。その楽章配置は下記の通りだ。

  • 第1楽章 ロ長調
  • 第2楽章 ロ短調→ロ長調
  • 第3楽章 ロ長調
  • 第4楽章 ロ短調 

見ての通りだ。こうした調性配置はブラームスとしては他に例がない。終楽章の冒頭は調号こそシャープ2個だが、実質は嬰ト短調で、これはロ長調の平行調という因果がある。エンディングはきっちりとロ短調に治まるから、全体を俯瞰すると長調から短調という流れで「苦悩から歓喜へ」というベートーヴェン的な枠組みからは外れている。

人生初の多楽章ソナタを世の中に放つに当たって、若きブラームスが採用する調性プランとしてはどこまでも意欲的だ。ヘ長調→嬰ヘ長調→ヘ短調→ヘ長調という壮年期の傑作チェロソナタにも匹敵する。そしてこのことは恐らく確信でもある。その証拠に1891年の大改訂の際にも、こうした枠組みはそのまま維持された。

2015年5月26日 (火)

乗り心地

ブログ「ブラームスの辞書」開設10周年企画、「室内楽ツアー」が始まってから昨日で15日経過した。FAEソナタへの言及が一段落したところだ。出版こそブラームスの没後だが、成立は作品8のピアノ三重奏曲ロ長調よりも早い。だからいの一番の言及となった。

ツアコンたるもの、早い段階でお客様に乗り心地をお尋ねするものだ。お座席の具合はいかがですかと。お花など配置してご機嫌を伺わねばならない。

20150523_144212

早い段階で不行き届きを摘出し、対処するためだ。今まではいわばウォーミングアップである。何故いきなりシューマンのピアノ四重奏なんだとか、FAEソナタの話をするのに俳句を持ち出すのかという疑問をお持ちの向きもあろう。しかしそれこそが私の言うおバカなワールドだ。

いい具合に温まってきた。いよいよ明日、最初の室内楽ピアノ三重奏曲第一番に突入する。急なオチに備えて、シートベルトを今一度ゆるみの無いようにご確認願います。

2015年5月25日 (月)

ヨアヒムの見立て

FAEソナタ。親友ヨアヒムを迎えるために、ロベルト・シューマン、アルバート・ディートリヒそれにブラームスの3名が分担して1曲のソナタを仕上げた。

贈られたヨアヒムは、楽章毎の作者をたちどころに言い当てたというエピソードが微笑ましい。これらの作品に対するヨアヒムの感想は、そのときこれ以上語られる事はない。

ところが、そこから50年以上も経ってから、ヨアヒムは意思表示をした。1906年だからヨアヒム自身の死の前年になって、ヨアヒムは先のソナタのうちブラームスが担当した第3楽章スケルツォについて出版に同意したのだ。その他の楽章はヨアヒムの生前には出版されることはなく、全楽章の出版は1935年を待たねばならない。

何よりヨアヒム自身の死の前年というのが意味深だ。そしてそのソナタの関係者は最年少のブラームスでさえこの世を去っている。関係者最後の生き残りで、作品に対する詳しい評価を語ることが無かったヨアヒムの無言の意思表示である可能性が高い。

2015年5月24日 (日)

ただただ可憐

Isabelle van Keulen というヴァイオリニストがいる。オランダの女流ヴァイオリニストだ。彼女もブラームスのヴァイオリンソナタ第1番のCDがある。ほとんどのヴァイオリニストが、3曲を録音して「ブラームスのヴァイオリンソナタ全集」という体裁を志向する中、彼女は我が道をゆく。2番と3番は収録されていない。

1番に続くのは、FAEソナタだ。ヨアヒムの到着を待ちながら、ヴァイオリンソナタを共作した代物で、ブラームスの担当は第3楽章スケルツォだ。現在ブラームスのヴァイオリンソナタが収録されたCDにこの第3楽章だけが収録されることが多い。

ところがクーレンさんは、このソナタを第1楽章以下全曲収録してくれている。何を隠そうこのCDを買ったのは、こちらのFAEソナタ全曲が狙いだったほどだ。さらにその貴重な貴重なFAEソナタ全曲版に続くのは、クララ・シューマン作曲の「ヴァイオリンとピアノのための3つのロマンス」op22である。

ただただ可憐だ。

演奏の出来云々の前に、こうしたアルバムの構成を採用する彼女の主張に一票を投じたい。ブラームスとシューマン夫妻の関係を濃厚に意識させる選曲だ。しかも録音の場所がハンブルクというオチまでつく。

2015年5月23日 (土)

FAEな人たち

通称「FAEソナタ」は、ヨアヒムを迎えるためのサプライズソナタだ。ヴァイオリンとピアノの二重奏だが、シューマン、ディートリヒ、ブラームスの合作だ。ブラームスの担当は第3楽章スケルツォである。単独で演奏されれば、ざっと5分程度の小品。ブラームスのヴィオリンソナタ全3曲をCD1枚に収めた余白に、ひっそりと収録されているというパターンがほとんど。間違っても「珠玉のヴァイオリン名曲集」の中にクライスラーやチゴイネルワイゼンと並んで収録されることはない。

ブラームスのヴァイオリンソナタのCDをせっせと集めているといつの間にかたまっているという感じだ。以下録音年をキーに我が家のCDの所有状況を列挙する。

  1. 1983 Jaime Laredo              5:40
  2. 1987 Heinz Schunk              5:50
  3. 1990 Barbara Westphal(Va)   5:36
  4. 1990 Franco Gulli                5:36
  5. 1997 Andrew Hardy             4:55
  6. 1997 Isabelle van Keulen      4:56
  7. 2002 CHristian Tetzlaff        5:02
  8. 2003 Shlomo MIntz              5:33
  9. 2005 Michal Kanka(Vc)         5:20
  10. 2005 Renaud Capucon         5:35
  11. 2005 Iwao Furusawa            5:41
  12. 2010 Tomoko Kato              5:32
  13. 2014 Augstin Dumay            5:32

あまり昔の人は収録していない。このうち4番と6番は、ブラームス担当の第三楽章以外の楽章も収録している。学術上の価値は相当高い。

2015年5月22日 (金)

俳諧連歌の発句

正統な連歌に、庶民性、娯楽性、遊戯性を加えたものを特に「俳諧連歌」と呼んだ。近世になって本家の連歌から独立したという。本家を凌ぐ人気で瞬く間に広まった。

ところが松尾芭蕉という人が、このうちの発句だけを独立させた。せっかく「庶民性」「遊戯性」「娯楽性」を売りにして普及したというのに、わざわざ芸術性を付与してしまったのだ。

「俳諧連歌の発句」とは、日本が世界に誇る「俳句」である。連歌において発句が背負っていた決まり、つまり「季語」と「切れ」が必須になっている。俳句とはそこから俳諧連歌を始めるためのネタと言い換えることも出来るのだ。「奥の細道」は俳諧連歌のネタ帳だ。

「ブラームスの辞書」は本もブログもブラームスネタの集成である。一つ一つの記事は根拠も掘り下げも不足気味だが、愛好家が集まれば連歌のように話題を展開することが出来る。「ブラームスネタの発句集」である。

2015年5月21日 (木)

連歌

「れんが」と読む。中世に起源を持つ日本に特異な文学の形態。短歌(五七五七七)を上の句(五七五)下の句(七七)に分け、それを別人が詠むというのが発端。下の句の次にはまた五七五が加えられ、36句、百句になるまで続く。直前の歌の特徴を捉え巧みに続けて行く面白さを味わうものだ。

座を盛り上げるためにいくつかの決まりもある。

  • 発句 最初の句だ。季語と切れ字を必ず入れねばならない。
  • 挙句 最後の句。

複数の人が一つの作品を作るという意味では、興味深い例がある。

ご存知「FAEソナタ」だ。大ヴァイオリニスト・ヨアヒムの到着を待って、ロベルト・シューマン、アルバート・ディートリッヒそれにブラームスがヴァイオリンソナタを合作したのだ。第1楽章つまり発句はディートリッヒで第2楽章はシューマンだ。ブラームスはスケルツォ第3楽章を担当し、第4楽章すなわち挙句をシューマンが受け持った。この3人の中で一番年少のブラームスは発句や挙句を任せてもらえなかったという訳だ。

現在演奏会で取り上げられる機会は、ブラームスの担当した「第3句」が一番多くなっている。

2015年5月20日 (水)

イ短調ヴァイオリンソナタ

2010年1月20日の記事「フェルディナンド・ダヴィッド」で、メンデルスゾーンの友人でヴァイオリニストのフェルディナンド・ダヴィッドが1853年11月にブラームスと会い、イ短調のヴァイオリンソナタを弾いたと書いた。

ブラームスについての記録を調べていると、現存しないこのヴァイオリンソナタについての記事が時々現われる。

  • 1853年4月 レーメニーと帯同した演奏旅行において、二人で演奏した。
  • 1853年11月 ライピチヒにてフェルディナンド・ダヴィドと演奏した。
  • 1853年 ライプチヒの出版社ゼンフにop5として手渡されたが、後にヘ短調ピアノソナタと差し替えられた。
  • 1872年 アルバート・ディートリヒがワジレフシキーからイ短調ヴァイオリンソナタのヴァイオリンパートを見せられた。

文献上の証拠こそ確認しきれていないが、ヨアヒムとブラームスがこのソナタを演奏したことは確実と思われる。レーメニと別れてゲッティンゲンにヨアヒムを訪ねたブラームスは、すぐに意気投合し、何回か演奏会を開いた。公の場で演奏したかどうかはさておき、プライヴェートにイ短調のソナタが演奏されないとしたら、ちょっと不自然だ。

2015年5月19日 (火)

ロ短調四重奏曲

失われた室内楽の1つ。1853年10月にシューマン邸を訪問したブラームスは、たいそうな歓待を受ける一方で、手持ちの作品をシューマンに示した。シューマンはいくつかの作品について出版を勧めた。

その中にロ短調の弦楽四重奏曲があった。ヨアヒムもその存在を知っていたし、ライプチヒの出版社ブライトコップフとの間で、出版話が取り沙汰されていた。結局出版は見送られ日の目を見ることなく失われてしまった。

シューマンやヨアヒムに見せたということは、そこそこ自信もあったに違いない。想像するに、それは端正な4楽章制で、冒頭第一楽章は恐らくソナタ形式のロ短調だったはずだ。おそらくは「アレグロ」を含む表示。第二楽章には緩徐楽章が置かれる一方で、第三楽章に素直にスケルツォが鎮座していたかは少し怪しい。終楽章フィナーレはこれまたロ短調だと推測するが、ラストでロ長調に移行していたかもしれない。

ライプチヒの旧家の屋根裏から、自筆譜でも発見されないものか。

2015年5月18日 (月)

初版の所見

記事「室内楽の出版」で室内楽作品24曲に、ピアノ三重奏曲第1番の改訂版にFAEソナタを加えた26曲の初版データを掲載した。

26曲のうち22曲がジムロック社からの出版になっている。ブライトコップフが1曲、リーターヴィーダーマンが2曲、ドイツブラームス協会が1曲だ。大したもんだ。

記事「室内楽の初演」と見比べることで、興味深い現象が浮かび上がる。ピアノ三重奏曲第1番の初版を唯一例外として、残り全ての作品が、出版前に初演されている。作るそばから演奏され、出版は後からついてきたことがわかる。

2015年5月17日 (日)

室内楽の出版

ブラームスの室内楽作品について、その最初の出版についてデータを集約掲載しておく

  1. ピアノ三重奏曲第1番ロ長調op8初版 ブライトコップフ社 1854年6月10日
  2. ピアノ三重奏曲第1番ロ長調op8改訂版 ジムロック社ベルリン 1890年12月13日
  3. 弦楽六重奏曲第1番変ロ長調op18 ジムロック社ボン 1862年1月
  4. ピアノ四重奏曲第1番ト短調op25 ジムロック社ボン 1863年夏
  5. ピアノ四重奏曲第2番イ長調op26 ジムロック社ボン 1863年6月
  6. ピアノ五重奏曲ヘ短調op34 リーターヴィーダーマン社 1865年12月
  7. 弦楽六重奏曲第2番ト長調op36 1866年7月 ジムロック社ボン
  8. チェロソナタ第1番ホ短調op38 1865年7月 リーターヴィーダーマン社
  9. ホルン三重奏曲変ホ長調op40 1866年7月 ジムロック社ボン
  10. 弦楽四重奏曲第1番ハ短調op51-1 1873年11月 ジムロック社ベルリン
  11. 弦楽四重奏曲第2番イ短調op51-2 同上
  12. ピアノ四重奏曲第3番ハ短調op60 1875年11月 ジムロック社ベルリン
  13. 弦楽四重奏曲第3番変ロ長調op67 1876年11月 ジムロック社ベルリン
  14. ヴァイオリンソナタ第1番ト長調op78 1879年11月 ジムロック社ベルリン
  15. ピアノ三重奏曲第2番ハ長調op87 1882年12月 ジムロック社ベルリン
  16. 弦楽五重奏曲第1番ヘ長調op88 1882年11月 ジムロック社ベルリン
  17. チェロソナタ第2番ヘ長調op99 1887年4月 ジムロック社ベルリン
  18. ヴァイオリンソナタ第2番イ長調op100 1887年4月 ジムロック社ベルリン
  19. ピアノ三重奏曲第3番ハ短調op101 1887年4月 ジムロック社ベルリン
  20. ヴァイオリンソナタ第3番ニ短調op108 1889年4月 ジムロック社ベルリン
  21. 弦楽五重奏曲第2番ト長調op111 1891年2月 ジムロック社ベルリン
  22. クラリネット三重奏曲イ短調op114 1892年3月 ジムロック社ベルリン
  23. クラリネット五重奏曲ロ短調op115 1892年3月 ジムロック社ベルリン
  24. クラリネットソナタ第1番ヘ短調op120-1 1895年6月 ジムロック社ベルリン
  25. クラリネットソナタ第2番変ホ長調op120-2 同上
  26. FAEソナタ 1906年 ドイツブラームス協会

2015年5月16日 (土)

初演観察

昨日の記事「室内楽の初演」で、ブラームスの室内楽作品の初演について一括して情報を提示した。気づいた点をいくつか。

  1. 一覧表は初演の日時をキーに列挙したのだが、ほぼ作品番号順になる。作品40のホルン三重奏が、作品番号26と34の間に割って入っているほか、弦楽四重奏の2番が1番に先んじて初演されているに過ぎない。ブラームスは早くから業界における地位が確立していたから、作品が出来るそばから初演されていたということだ。
  2. 同じ日の演奏会で2曲というのは、2回。ピアノ三重奏曲第2番と弦楽五重奏曲第1番、クラリネット五重奏曲とクラリネット三重奏曲。いやはや贅沢。
  3. クラリネットソナタは、1番が1995年1月8日で2番が同月11日で同じ会場同じメンツだ。こちらの小出し感もたまらん気がする。
  4. ブラームス本人の初演への出演は11回。もちろん全てピアノパートだ。1882年のピアノ三重奏曲第2番以降ピアノ入りの室内楽の初演には全て本人出演だ。
  5. ヨアヒムは、全部で4回を数える。不思議なことにヴァイオリンソナタは1曲もない。ベルリンが3回とハノーファーが1回、全てその土地で勤務していたときだ。またブラームスとの協演は一度もない。
  6. クララはたった一度。ピアノ四重奏曲第2番をハンブルクで初演した。もっともクララもヨアヒムもいわゆる私的初演という奴で、手書き楽譜で弾いていたに決まっているから、ここでのカウントは目安でしかない。
  7. 弦楽四重奏曲第2番を初演したヘルメスベルガー四重奏団だが、第一ヴァイオリンを父ヘルメスベルガーが、セカンドを息子が弾いた。親子の協演は唯一ここだけ。
  8. ピアノ三重奏曲第1番の初演ニューヨークは天晴れ。リスト邸で居眠りしたブラームスを目撃したメイスンが第一ヴァイオリンを弾いた。世界初演がアメリカにさらわれた。
  9. ちなみにピアノ三重奏曲第一番の改訂版は1890年1月10日ブダペストだ。
  10. 初演の街は以下の通り。
    1. ベルリン 4回 全部ジンクアカデミー
    2. ボン 1回 ヴァイオリンソナタ第1番
    3. ボストン 1回 弦楽六重奏曲第2番
    4. ブダペスト 2回 ピアノ三重奏曲第3番とヴァイオリンソナタ第3番を2日に分けて
    5. フランクフルト 1回 ピアノ三重奏曲第2番
    6. ハンブルク 1回 ピアノ四重奏曲第1番 クララの関与はここだけ。
    7. ハノーファー 1回 弦楽六重奏曲第1番 
    8. ライプチヒ 2回 ピアノ五重奏曲とチェロソナタ第1番
    9. ニューヨーク 1回 ピアノ三重奏曲第1番
    10. ウィーン 8回さすが。ベーゼンドルファーホールと大小の楽友協会。
    11. チューリヒ 1回ホルン三重奏曲

    2015年5月15日 (金)

    室内楽の初演

    ひとまず、室内楽作品全24曲の初演データを掲載しておく。これを先に掲載することで後の記事から適宜参照することが出来て便利。

    1. 1855年11月27日 ピアノ三重奏曲第1番初版 ニューヨーク・Dodsworth's Hall。演奏者:William Mason(pf).Theodor Thomas(Vn),Karl Bergmann(Vc)
    2. 1860年10月20日 弦楽六重奏曲第1番 ハノーファー・Saal des Museum。演奏者:J.Joachim(Vn),Th.Eyertt(Vn),K,Eyertt(Va),Prell(Va),A,Lindner(Vc),Herner(Vc)
    3. 1861年11月16日 ピアノ四重奏曲第1番 ハンブルク・Kleiner Wormescher Saal。演奏者:Clara Schumann(pf),J,Boie(Vn),F,Breyther(Va),L,Lee(Vc)
    4. 1862年11月29日 ピアノ四重奏曲第2番 ウィーン・Musikvereinsaal。演奏者:J,Brahms(pf),J,Hellmesberger(Vn),F,Dobyhal(Va),H.Rover(Vc)
    5. 1865年11月28日 ホルン三重奏曲 チューリヒ・Grosser saal des Kasino。演奏者Brahms、Friedrich Hegar(Vn)、Glass(Hr)
    6. 1866年6月22日 ピアノ五重奏曲 ライプチヒ・Konservatrium。演奏者:不詳
    7. 1866年10月11日 弦楽六重奏曲第2番 ボストン会場不明・演奏者:WilliamSchulze,KarlHamm,ThomasRyan,EduwardHeindl,RudluphHening,AlexanderHeindl
    8. 1871年01月14日 チェロソナタ第1番 ライプチヒ・Gewandhaus、演奏者:EmilHegar(vc),KarlReinecke(pf)
    9. 1873年10月18日 弦楽四重奏曲第2番 ベルリン・Singkakademie、演奏者:JosefJoachim,H.DeAhna,E.Rapoldi,W.Muller
    10. 1873年12月11日 弦楽四重奏曲第1番 ウィーン・Musikvereinsaal。演奏者:JHellmesberger sen,JHellmesberger jr,S.Bachrich,H.Rover
    11. 1875年11月30日 ピアノ四重奏曲第3番 ウィーン・Musikvereinsaal。演奏者:JBrahms,JHellmesberger sen,S.Bachrich,H.Rover
    12. 1876年10月30日 弦楽四重奏曲第3番 ベルリン・Singkakademie、演奏者:JosefJoachim,H.DeAhna,E.Rapoldi,W.Muller
    13. 1879年11月08日 ヴァイオリンソナタ第1番 ボン・SaalzumGoldenStern。演奏者:MarieHeckman(pf),RobertHeckmann(vn)
    14. 1882年12月29日 ピアノ三重奏曲第2番 フランクフルト・Saalbau。演奏者:Brahms,HugoHeermann,ValentinMuller
    15. 1882年12月29日 弦楽五重奏曲第1番 フランクフルト・Saalbau。演奏者:HugoHeermann,NaretKoning,ErnstWelcker,FlitzBassermann,ValentinMuller
    16. 1886年11月24日 チェロソナタ第2番 ウィーン・KleinerMusikvereinsaal。演奏者:Brahms,RobertHausmnn
    17. 1886年12月02日 ヴァイオリンソナタ第2番 ウィーン・KleinerMusikvereinsaal。演奏者:Brahms,JHellmesberger sen
    18. 1886年12月20日 ピアノ三重奏曲第3番 ブダペスト・会場不詳。演奏者:Brahms,J.Hubay,DavidPopper
    19. 1888年12月21日 ヴァイオリンソナタ第3番 ブダペスト・会場不詳。演奏者:Brahms,J.Hubay,
    20. 1890年11月11日 弦楽五重奏曲第2番 ウィーン・SaalBosendorfer。演奏者:ArnoldRose,A.Siebert,S.Bachrich,Fr.Jelinek,R.Hummer
    21. 1891年12月12日 クラリネット三重奏曲 ベルリン・Singkakademie、演奏者:Brahms,RichardMuhlfeld,RobertHausmann
    22. 1891年12月12日 クラリネット五重奏曲 ベルリン・Singkakademie、演奏者:RichardMuhlfeld,JosefJoachim,H.DeAhna,Em.Wirth,RobertHausmann
    23. 1895年01月08日 クラリネットソナタ第2番 ウィーン・SaalBosendorfer。演奏者:Brahms,RichardMuhlfeld
    24. 1895年01月11日 クラリネットソナタ第1番 ウィーン・SaalBosendorfer。演奏者:Brahms,RichardMuhlfeld

    2015年5月14日 (木)

    幸せな人たち

    ブラームスから室内楽作品の献呈を受けた人を列挙する。

    • ピアノ四重奏曲第1番 ラインハルト・フォン・ダルヴィク男爵
    • ピアノ四重奏曲第2番 エリザベート・レージンク
    • ピアノ五重奏曲 ヘッセン王女アンナ
    • チェロソナタ第1番 ヨーゼフ・ゲンスバッヒャー
    • 弦楽四重奏曲第1番 テオドール・ビルロート
    • 弦楽四重奏曲第2番 テオドール・ビルロート
    • 弦楽四重奏曲第3番 テオドール。ウィルヘルム・エンゲルマン
    • ヴァイオリンソナタ第3番 ハンス・フォン・ビューロー
    ここでいう献呈とは、出版楽譜の表紙に記載された人だ。個人的に手書き譜を送られた人は省いてある。

    2015年5月13日 (水)

    緩める

    弦楽器のチューニングにおいては、弦の張りを緩めると低い音を得ることが出来る。当たり前の話だ。実際に音を出しながらペグやアジャスターを回すが、「これにて決定」の瞬間は張ることで迎えるのが原則。緩めてチューニングを終えてはいけないという。

    さて、世の中にはそのチューニングを演奏中にしなければならない曲がある。シューマンのピアノ四重奏曲の第3楽章だ。曲の末尾でチェロに実質16小節の休みがあり、その途中でC線を緩めてB音が出せるようにしろというのだ。プロの演奏家は実際の演奏会でどうしているのだろう。休みといっても他のパートは音を出しているから、邪魔にならぬように弦を緩めて、さらに開放弦でB音が鳴るようにキッチリと合わせねばならない。現実的ではないような気がする。

    さらに不安なのは、続くフィナーレ第4楽章の冒頭に、このC線についての言及がないことだ。そのままB線状態を放置するのか、やっぱりC線に戻すのか判らない。書かんでも判るから書いていないのだとは思うが、一言挨拶が欲しいところである。

    さて、コミックの世界ではもっと凄い例がある。

    泣く子も黙るロングセラーの話だ。神業を誇る超A級スナイパーが主人公のあの作品だ。

    古い話だが、1989年に刊行された単行本75巻に「G線上の狙撃」という話が載っている。バッハの「G線上のアリア」演奏中、主人公にG線を狙撃された、これまた世界的なヴァイオリニストがとっさにD線を緩めてG線の代わりとし、何事も無かったように演奏を続けたとある。

    シューマンの四重奏の場合はCをBにする1音の下げだったが、こちらは5度の下げだ。実際にG音を出すことが出来ぬとは言えまいが、弦の張りが弱すぎて話にならないと思うがいかがだろう。もし弾けたとしても名人に相応しい音にはならないと思う。

    このコミック自体は無論フィクションだが、時代背景や場面設定の緻密さが売りだ。それでもこの「D線緩めのG線化」には承伏しがたい矛盾を感じる。もしG線の代わりにE線が撃たれて、それでもA線ハイポジションを駆使して最後まで弾ききったという話だったら、ワンランク上の説得力を獲得していたに違いない。

    ブラームスの室内楽へのこじつけに失敗したのでせめて、5月13日に公開してお茶を濁す次第である。

    2015年5月12日 (火)

    カテゴリー付与

    ブログ創設10周年を記念して、「室内楽ツアー」を始めると宣言した。これと同時に従来からの懸案に挑戦することにした。第3次カテゴリー改訂の一環として室内楽全24曲に独自のカテゴリーを付与する。

    過去の記事を全部あたりなおして、関連記事にカテゴリーを割り付ける作業に着手する。文字で表すと簡単だが、これがなかなかの作業量になる。単純作業だが根気が要る。何かきっかけがないと、なかなか腰が上がらない。ブログ10周年を祝う室内楽ツアーの開催は、よいチャンスである。ピアノ五重奏曲にだけはすでに独立カテゴリーが存在するが、残り23曲にFAEソナタを加えた24曲用に専用カテゴリーを用意する。

    根気の要る作業だなどど、カッコをつけているが、実は全く苦にならない。作業が完了したら、またブログで報告する。

    作業期間中は、表示の不整合も起きるが、あらかじめお断りする次第である。

    2015年5月11日 (月)

    室内楽ツアー

    本日からブログ「ブラームスの辞書」開設10周年記念企画として「室内楽ツアー」を始める。周知の通りブラームスは19世紀屈指の室内楽メーカーだ。彼を扱うサイトや書物では、室内楽の記述に高い比重がかかっているケースが多い。ところが私は天邪鬼で、カテゴリー室内楽は記事の本数の上では、歌曲にも遅れをとってきた。このたびその遅れを一気に取り返すべく、あらたな取り組みを開始する。

    ブラームスの室内楽、二重奏から六重奏まで全24曲に、ロ長調三重奏曲の改訂版と、いわゆる「FAEソナタ」を加えた26曲を対象とし、原則として作品番号順に室内楽記事を発信する。毎日お読みいただくことで、ブラームスの室内楽の歴史を疑似体験することができるよう、発信の順番を工夫する。未出版の室内楽についての話題もそれらにはさみながら進めてゆく。「ビール」「鉄道」「コーヒー」「ビスマルク」「地名」のような脱線御免のドイツネタではない。ブログ本来のノリに立ち返ることで、10周年のケジメとする。

    毎度毎度のお約束で、「お勧めCDネタ」や「作品解説ネタ」を注意深く避けながら、ブログ「ブラームスの辞書」ならではのおバカなワールドを形成するのが狙いである。

    2015年5月10日 (日)

    裏方たちの五月

    次女たち高校オケ恒例のスペシャルコンサートが終わった。

    38代引退おめでとう。

    私は、縁あって演奏会の裏方を務めた。裏方に回るのはこれで4回目だが、演奏を聴けないのは2度目である。

    子供たちの演奏は、1年間の活動の集大成。心構えも準備も並大抵ではない。「音楽に心を込めようという意志において世界最高のオケ」だと断言する。その演奏はいわば料理だ。作品は素材である。この論法でいうなら、裏方は器。あるいは調度品。演奏そのものではないが、おいでいただくお客様の印象を、微妙に左右する。

    だからオケが世界最高なら裏方も世界最高でなければならない。裏方の陣容はおよそ以下の通り。

    1. 顧問 指揮者以外の顧問の先生は、楽屋周辺にあって生徒のコンディションに目を配る。
    2. 生徒 生徒は出演者として心を砕くが、演奏以外にも一部影響がある。それぞれみんなに役割があるのだが、チケット管理がその代表格。チケットはコンサートとお客様をつなぐ架け橋。次女たちの高校オケは、高校生の部活の発表会としては破格の集客力がある。チケットは貴重品になるから、あいまいな管理はすぐにトラブルに直結する。当日こそ演奏に集中するが事前の準備は、指揮者や部長副部長コンサートミストレスにも負けないくらい多忙だ。ここの管理如何で、当日売り、お取り置きなどのチケット対応が格段に楽になる。
    3. OG 裏方運営の大主役。昨年のスペコンでは演奏に回った子たち。「ただただ後輩の演奏会をよくしよう」という意気込みだけで、運営のアイデアが縦横に飛び交う。イベントを形にする喜び。
    4. 40代1年生 厳密には生徒だ。しかし今年の4月に入学したばかりだから、演奏は1曲だけで、むしろ貴重な裏方戦力。彼女たちのキビキビした動きと笑顔は、最強のおもてなしだ。
    5. 保護者 演奏する子供たちの親。コンサート3時間のためにそそぐ労力は大きい。その感動のリターンもまた言い尽くせない。

    とても文章にはならない。みんな必死。

    2015年5月 9日 (土)

    目的の確認

    ブログ「ブラームスの辞書」は間もなく11年目に突入する。

    そこで今一度ブログ運営の目的を整理しておく。

    <当初の目的>

    1. 初の自費出版「ブラームスの辞書」販売窓口。
    2. 同書の宣伝。
    3. 著者管理人の私のブラームスへのはまり度の説明。

    <後付けされた目的>

    1. 2033年5月7日ブラームス生誕200年までのブログ継続。
    2. 私自身がブラームスについて考えたことの保存。

    これら5つの目的は今後も変わることはない。

    2015年5月 8日 (金)

    まだ間に合う人へ

    明日、午後次女たちの後輩38代の引退公演となるスペシャルコンサートが開催される。

    リスト「前奏曲」チャイコフスキー「白鳥の湖」他、もりだくさんの演目。JR津田沼駅前習志野文化ホールにて14時開場の15時開演。

    大人1000円、中学生以下500円で私の熱狂の理由に触れていただけます。

    スペシャルコンサートいよいよ明日。

    2015年5月 7日 (木)

    ツアーの準備

    昨日でひとまず、大型連休が終わった。1月や5月や8月にやってくる連休には、ブログ記事のその後数ヶ月の配列を大まかに整える作業をする。今年で言えば、間もなく開幕の室内楽ツアーの記事を整列させることに徹した。ひとまず8月のお盆休み前に発信する記事について、内容を再吟味し、配列を決定した。
    ツアーが滞りなく進むよう、日程表や地図を準備し、持ち物を確認し、訪問先現地での段取りを終えたようなものだ。
    以下にツアーの実施要綱を示す。
    1. 出発日時 2015年5月11日(月)午前5時7分 時間厳守
    2. 最終日  2015年12月31日 延長の可能性あり。
    3. 主訪問先 ブラームスの全室内楽24曲。ピアノ三重奏曲第1番の旧版。FAEソナタ
    4. オプション 未出版の室内楽、編曲作品
    5. 除外ネタ おすすめCD、同曲異演比較
    6. 募集定員 無限
    7. 参加費 無料
    8. 持ち物 気合い
    9. ツアコン アルトのパパ
    10. 発信予定記事数 175本
    そうそう、今日はブラームスの182回目の誕生日だ。おめでとうブラームス。
    スペシャルコンサートまであと2日。

    2015年5月 6日 (水)

    準決勝の結末

    一昨日、次女たちの高校の音楽系サークルが集う、合同定期演奏会があった。

    オーケストラ部以外は、これで3年生引退だ。

    合唱部の夢のようなハーモニー、心が込められた「ふるさと」の後、オーケストラ部の演奏が続いた。「軍師官兵衛のテーマ」「白鳥の湖」抜粋、「カバレリアルスティカーナ間奏曲」「レプレリュード」「アナと雪の女王」もりだくさんの内容だが、一瞬とも感じた。

    オーケストラ部には9日にもコンサートが控えている。だから今日は準決勝を勝ち上がった気分。昨日はオフで、今日から3日間、最後の準備に入る。3年生38代としては引退までの秒読み。顧問、トレーナー、1、2年生、保護者それぞれの思いで過ごす3日間。さあ行くぞ。

    スペシャルコンサートまであと3日。

    2015年5月 5日 (火)

    ブログを続けるコツ

    試しに「ブログを続けるコツ」というキーワードで検索してみるといい。かなりな件数がヒットする。検索もされているのだろう。「ブログを続けるには」という切り口の記事がかなり存在し、かつ読まれている。

    「ブログを続けるコツ」という情報が「重宝」という扱いを受けていることに他ならない。ブログを続けたいと願っているのに思うに任せない人が多いことを物語っている。

    こんなことを「他人事」みたいに言っているのには訳がある。私は「作曲のコツ」や「楽器演奏のコツ」は全く習得出来ていないが、「ブログを続けるコツ」は習得できている。習った記憶は無いからDNAに元々備わっている感じだ。ブログを続けることだけならコツはいらないとも感じている。私が普段ブログ運営の中で心がけていることを箇条書きにしても、それはけして「ブログを続けるコツ」になりはしないだろう。ネットを通じてその手の情報を集めねばと思い詰める時点でアウトだ。メンタルヘルスのためにも少し休んだ方がいい。私ならひと様から教えてもらった「続けるコツ」を忠実に実行した結果ブログが続いても、ブログ運営の面白味は半減すると感じる。

    私にとって「ブログを続けるコツ」を挙げるとすれば「長生き」だ。「死」は絶対だ。死ねばブログ記事のアップは途切れる。備蓄記事により、死後一定期間記事のアップが出来るが、それとてやがて途絶えてしまう。

    だから「ブログを続けるコツ」を考えることは「どうしたら死なないか」を考えることに近い。さすがにこれには妙案はない。少しでもその瞬間を遅らせる努力が出来る程度である。

    スペシャルコンサートまであと4日。

    2015年5月 4日 (月)

    キャラの鏡

    ブログというものは、管理人のキャラを映す鏡だとつくづく思う。つい先日3600本目の記事を更新して区切りを通過したが、ブログ「ブラームスの辞書」は私のキャラを正確にトレースしていると思う。

    こんなおバカなブログの記事が3600本堆積したこと自体が、有力な自己紹介になっている感じだ。

    どれほど記事が堆積しようともブログはサーバー上のデータの塊に過ぎないが、実際にはこれに加えて書籍としての「ブラームスの辞書」がある。ブログが現物の書籍に密接に関連しているところが、双方のリアリティをいっそう高めていると感じる。

    まだ全行程の3分の1を超えたろころだ。やれやれという気分に浸るわけにも行かない。

    スペシャルコンサートまであと5日。

    2015年5月 3日 (日)

    思わぬ効果

    ブログ「ブラームスの辞書」は、私自身のはじめての自費出版本「ブラームスの辞書」の宣伝を目的として立ち上げたものだ。本とブログが同じ名前になっているのはそのせいである。ブログのタイトルに「辞書」などという言葉が混入しているせいで、思わぬ余禄を得ている。

    判らない言葉があったとき、あたかも辞書を引く感覚で、その言葉と「辞書」をand検索して、手っ取り早く意味を調べようというニーズが根強く存在するようだ。ブログ「ブラームスの辞書」のアクセス解析を眺めていると、「~&辞書」というキーワードでたどりついたビジターが多いことに気付く。

    もちろんビジターのニーズが私のブログで解決したとは思えないが、ブログ「ブラームスの辞書」の露出を高めるという意味では、嬉しい勘違いである。

    ナポレオンが「予の辞書に不可能はない」と言ったという言い伝えに因んで、ブラームスの辞書つまりは彼の脳内基準を復元しようというのが、執筆の動機だったことが「ブラームスの辞書」の由来である。効率よくand検索されようなどという邪念は全くなかった。嬉しい誤算である。

    スペシャルコンサートまであと6日。

    2015年5月 2日 (土)

    小出し

    物事を一度に公開せずに、少しずつ公開することくらいの意味か。

    私が19歳でブラームスを生涯の作曲家に決めたとき、ブラームスは既にこの世になかった。当たり前である。音楽心がついた頃には、ブラームスの全作品が世の中に公表済みであったということだ。望みさえすればほぼ全ての作品の録音を聴くことが出来た。ブラームスという作曲家への興味が深まるにつれて次々とレコードやCDを買い求めた。まさに「ずるずると」という表現がはまりこむ状態だった。もちろん楽譜も全てが公表済みだ。全ての作品が公表され尽くしていてこれ以上増えないことは、研究の対象としてはまことに好都合だ。

    ブラームスと同世代の人々はそうではなかった。ロベルト・シューマンのセンセーショナルな紹介文に始まる約40年と少々の間、珠玉の作品が小出しにされたのだ。クララ・シューマンやヨアヒムはブラームスが次々と小出しする作品を真っ先に味わう権利を有していた。物心付いたときには全て出揃っているのとどちらが幸せだろう。2つのピアノ協奏曲が店頭で当たり前のように隣り合わせに陳列されていることに慣らされてしまっているから、普段は忘れているが、両協奏曲は20年の歳月を隔てているのだ。ニ短調協奏曲が唯一のピアノ協奏曲だった時間が20年もあったということなのだ。ブラームス作品を全部手許で聴けて幸せだが、この種の小出しならされてみたい気もする。

    実は小出しも嫌いではない。ブログ「ブラームスの辞書」は書き溜めた記事の中から毎日1つを小出しにすることで成り立っている。

    スペシャルコンサートまであと7日。

    2015年5月 1日 (金)

    ツアー募集

    5月に入った。今月の30日にブログ「ブラームスの辞書」は満10年の節目を迎える。それを記念した渾身の企画を準備している。

    名づけて「室内楽ツアー」。

    ブラームスの室内楽24曲を特集してほぼ年内はこれで押し通す予定だ。本日はその予告編。ブラームスの室内楽の歴史をおよそ半年かけて疑似体験していただく企画。私はそのツアコン。

    定員になり次第締め切りになることはない。皆様はいつものようにパソコンの前に座るか、スマホを操作するだけ。本日時点で用意した記事は172本だ。

    スペシャルコンサートまであと8日。

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    フォト

    ブラームスの辞書写真集

    • Img_0012
      はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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