ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

2015年6月30日 (火)

序奏考

音楽之友社刊行、作曲家別名曲解説ライブラリー7巻「ブラームス」の194ページ。ピアノ五重奏曲のフィナーレ第4楽章を解説する中、同楽章冒頭の「序奏」について以下の通り述べられている。

  1. 室内楽において、速い楽章の主部の前に、ゆるやかな序奏が置かれているケースは少ない。
  2. 特にフィナーレがそうなっているのは、このピアノ五重奏曲だけである。

あっけらかんと断言しているが、違和感がある。その違和感を整理してみる。

まず「主部の前にゆるやかな序奏を置いているケースが少ない」という以上、ほかにも例があるということに他ならない。序奏から主部に進む際にテンポの変動があるということだ。フィナーレがそういう構造になっているのは、ピアノ五重奏曲だけだが、他の楽章には、そういうケースが最低1箇所は存在するということだ。

どこだろう。速い主部の前という以上「緩徐楽章」は、脱落だ。「フィナーレはピアノ五重奏曲だけ」と言っているから、ピアノ五重奏曲以外の23曲の中にあるはずだ。第一主題に先行する部分が存在する楽章を以下に示す。

  1. 弦楽六重奏曲第2番第一楽章
  2. 弦楽六重奏曲第2番第四楽章
  3. チェロソナタ第1番第二楽章
  4. ヴァイオリンソナタ第1番第一楽章
  5. チェロソナタ第2番第1楽章
  6. 弦楽五重奏曲第2番第一楽章
  7. クラリネットソナタ第1番第一楽章

第一主題に先行する部分があるというだけで抽出した。しかし上記は第一主題に伴奏がわずかに先行するというニュアンスで、これを「序奏」とするのはかなり無理がある。仮にこれを序奏と認定したとしても、序奏と主部でテンポが変わらないから、「速い主部の前のゆるやかな序奏」というには難がある。

ピアノ五重奏曲のフィナーレ第4楽章の前におかれた序奏は、室内楽として唯一無二の「序奏」だと、シンプルに断言すればよいものを、何故か思わせぶりな婉曲表現をしたために、無用な混乱を招いている。もはや「婉曲」ではなく「事実に反する記述」つまり「誤り」と申してよい。

私なら、この種の序奏は第一交響曲の第一楽章とフィナーレ、ピアノソナタ第2番のフィナーレにしか存在しないと言いたいところである。

2015年6月29日 (月)

弦楽五重奏曲ヘ短調

ピアノ五重奏曲ヘ短調op34は、成立の過程が複雑である。現在流布する形に落ち着く前に、弦楽四重奏+チェロの形だったことは大抵の解説書に書いてある。我が家にはその原型の編成で演奏されたCDがある。

もちろんブラームス自身による楽譜は現存しないから、ピアノ五重奏曲ヘ短調op34aや2台のピアノのためのソナタヘ短調op34bを元に後世の研究家が復元を試みたものだ。

アルバムのタイトルは「Brahms Rediscover」となっていて、真贋論争があるイ長調のピアノ三重奏曲とカップリングされている。日本語での説明はない。演奏者の紹介が五重奏と三重奏で入れ違っているという笑えないミスプリントがある。その周辺の怪しさも売りの一つなのかもしれない。

ピアノ五重奏曲に挑んでいたころ、帰宅途中の車内で次女にいきなり聴かせた。「何か違う。柔らかい感じ」というのが次女の第一声。23小節目からのフォルテシモがやけにまったりだと申している。「よ~く聴いてごらん」「何か違うから」と私。しばらくしてから「ひょっとしてピアノ抜けてる?」と次女が恐る恐る訊いてきた。それが正解だと話して事情を説明した。ピアノ2台のop34bはすぐに弦が無いよねと判るのに、ピアノが抜けているのには気づきにくかった。「ピアノが入ると響きの輪郭がキリッとするね」とは、なかなか感想だ。

2015年6月28日 (日)

ヘッセン王女

少し詳しいブラームスの伝記に登場する。ヘッセン王女アンナのことだ。ピアノ五重奏曲ヘ短調op34の献呈相手としての栄誉を得ている。

1864年夏バーデンバーデンにて、ブラームスはクララと同曲の2台のピアノ版op34bを御前演奏している。おまけに演奏したop34bの自筆譜を贈呈しているのだ。王女は感激したと記録にある。そりゃあそうだろう。作曲者本人たるブラームスと考え得る最上のパートナー・クララとのデュオをライヴで聴けるなんぞそうそうある話ではない。その上作曲者本人の自筆譜まで贈られて感激しなかったりしたら百たたきである。

サプライズは続く、演奏と自筆譜贈呈の返礼にとブラームスにプレゼントされたのが、モーツアルト交響曲第40番ト短調の自筆譜だというのだ。ブラームスの喜びは想像に難くない。モーツアルトやバッハへの思慕を隠さないブラームスにとってまたとない返礼だ。その後この自筆譜は膨大なるブラームスコレクション中の白眉となって生涯ブラームスの自慢のタネとなった。

かたや「2台のピアノのためのソナタヘ短調op34b」のライヴ演奏と自筆譜、かたやモーツアルトの交響曲第40番ト短調の自筆譜とは、何とも華麗な物々交換である。それにしてもヘッセン王女とは何者なのだろう。プロイセンの王家に生まれてヘッセン領主に嫁いだとされ、ピアノの腕前もかなりのものだったなどという伝記的事項はこの際棚上げだ。モーツアルトの自筆譜を所有していたばかりか、それを惜しげもなくブラームスに下賜するとは、何たる道楽ぶりだろう。まだ創作人生の約4分の1経過しただけのこの段階としては異例の惚れ込みようだ。ブラームスの収集癖まで考慮に入れていたのだろうか。

「クララとブラームスのデュオでこのソナタが聴けた上に自筆譜までもらえるなら、モーツアルトの自筆譜も惜しくない」と判断したとするなら、私とは大いに気が合いそうだ。

2015年6月27日 (土)

poco stringendo

ブラームスは「poco stringendo」を全部で6回使用している。室内楽かピアノ独奏曲にしか出現しない。大所帯の作品ではニュアンスのシンクロが難しそうである。「少し切迫して」程度の意味なのだが、大事なのは「テンポを少し早めよ」という意味ではないということだ。このニュアンスを表現する手段として、結果的にテンポが早められることはあっても、直接的にテンポをいじる指示ではない。

6回のうちの一つがピアノ五重奏曲第2楽章の29小節目のピアノだ。この場所は、何を隠そうピアノ以外の弦楽器に「stringendo」が付与されている。つまり「poco stringendo」と「stringendo」が共存しているということだ。「poco stringendo」と「stringendo」がテンポをいじる指示ではない証拠である。もしテンポをいじる指示だとすると全てのパートが同じ指示でなければアンサンブルが破綻しかねない。ここは単に「ピアノは切迫の度合いが少し緩くてよろしい」という意図に他なるまい。

このあたりの微妙さをうっとおしいと思うか、絶妙と見るかで、ブラームスのファン度が測れる。

2015年6月26日 (金)

10代のカルテット

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を数多く初演したのが、ウィーンのシュパンツィヒ四重奏団だ。1794年にリヒノフスキー侯爵の屋敷での演奏を目的に設立され、最初リヒノフスキー四重奏団と名乗っていたが、ほどなく第一ヴァイオリンのシュパンツィヒにちなんで、シュパンツィヒ四重奏団と改名した。

設立当時のメンバーを以下に記す。

  • 第一ヴァイオリン イグナーツ・シュパンツィヒ 18歳
  • 第二ヴァイオリン ルイ・シーナ 14歳
  • ヴィオラ フランツ・ヴァイス 16歳
  • チェロ ニコラウス・クラフト 16歳

いやはや驚嘆すべき年齢構成だ。世界最初のプロの弦楽四重奏団で、ベートーヴェン諸作品の初演者でもあり、相当に著名な団体なのだが、この若さには恐れ入った。もちろんメンバーの交代は時々起きていた、創設時のこの若さを見て、次女たちのピアノ五重奏団を思い出した。全員が同級生の高校2年生だったからほぼ17歳だ。当時、彼らの示した気迫に心底感動したが、早熟でもなんでもないのだ。

2015年6月25日 (木)

今更の言い訳

現在展開中の「室内楽ツアー」の構想は、かれこれ5年前に遡る。当時展開中だったドヴォルザーク特集と、その後継企画としての「アラビアンナイト計画」の準備の中から浮かび上がり、ブログ開設10周年企画を考える中から固定されていったものだ。

その頃から意図的に室内楽系の記事を控えて、ネタの備蓄に走ったのだが、嬉しい例外も生じた。次女が仲間とピアノ五重奏曲に挑むことになったから、当時展開中だった「ビスマルク特集」に割り込む形で、急遽ピアノ五重奏曲ネタを集中投下した。本来であれば、この度の「室内楽ツアー」で公開するハズだった。

だから、大好きなピアノ五重奏曲関連の記事が、やや手薄になっている。

2015年6月24日 (水)

ふくだもなの余韻

次女が高校2年の冬、オケの仲間とブラームスのピアノ五重奏曲に挑んだ。「ふくだもな」はその五重奏団の名前だ。次女はここで、セカンドヴァイオリンを担当するという幸運を享受した。手元には2013年元日の練習のときの画像がある。本番では、時間の関係でカットが入ったけれど、この練習のときはノーカットだった。年末のオケフェスが終わってから正月返上で練習したときの記録。正月早々5人の親がみな集まってそわそわと練習を見守った。だから貴重な映像が残った。

今聞いても鳥肌が立つ。10月にエントリーをして楽譜こそ配られていたものの、まとまった練習が始まったのは12月29日のオケフェスの後になってからだ。なのになのにこの画像を見る限りみな暗譜だ。ピアノの譜面台に閉じられた楽譜がおいてあるだけ。弦楽器奏者の前には譜面台さえない。

室内楽の喜びがみなの顔からうかがえる。あからさまなアイコンタクトは無いけれど、暗譜しているから楽譜を見る必要が無い。お互いの音を聴いて考えることがわかるくらいの連携ぶりだ。

室内楽ツアーがピアノ五重奏曲にさしかかったら、一度は立ち止まってみたいビュウポイントだと思っていた。

2015年6月23日 (火)

我慢出来ない

ずーっと前から感じていたが、根拠も無い上にあまりに荒唐無稽なので黙っていた。

バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻8番、変ホ短調のフーガの冒頭主題だ。演奏によっては主題先頭の4分音符を小節の前に出した弱起に聞こえるのだ。演奏のせいではなくてこちらの耳のせいだ。

4分音符1個が小節の前に出た弱起にすると、ブラームスのピアノ五重奏曲第1楽章の冒頭に似ている。

単にそれだけ。

ずっと思っていたけど記事にしないで我慢していた。

今日から5番手、ピアノ五重奏曲。

2015年6月22日 (月)

作品解説の論調

音楽作品について述べられた書物は「エッセイ」「批評」「作品解説」に大別出来ると思っている。

最初の「エッセイ」は気が楽である。題材とする作品について感じたことを書けばいい。「私はこう感じる」と書くのだから、どんな批評も怖くなかろう。「私の感じ方」を他者にうじゃうじゃ言われる筋合いはないからだ。その作品をキライと書くもよし、好きと書くもよしである。

「エッセイ」が好き嫌いを書くのに対し、「良い」「悪い」と書かねばならぬのが「批評」である。ブラームスの作品が次々と発表され初演されていたころブラームスの作品も「批評」の対象になっていた。音楽界がワーグナーとブラームスの両陣営に分かれての大論争を繰り広げていたこと周知の通りである。ある種の悪意が内容を左右することさえあったと思われる。

さてさて最後の「作品解説」は先の2者とはやや異質である。原則として「好き嫌い」「良し悪し」を書いてはならんのだ。どちらかというと「好き嫌い」の方がご法度である。入門者や学生が故あって何らかの作品について調べたい時に世話になる書物だけに、著者の好みや判断は控えられているのが普通だ。

しかし、世の中「作品解説」という衣をまといながら、この境界線の侵犯を起こしている書物も無い訳ではない。厳正中立が原則だろうと思う。「けなし」「誉め殺し」は論外だが、「抑制された称賛」は見苦しいものではない。しかし抑制されていても、作品に対するネガティブなコメントは、解説書としては、いかがなものかと思う。

残念ながら、ブラームスの作品解説書でも「オヤ」と思うケースがときどきある。「好き嫌い」や「良し悪し」を感じるのはパーソナルな次元の話でいい。作品解説はあくまでも「抑制された称賛」程度にとどまって欲しいものだ。

2015年6月21日 (日)

無残な解説

音楽之友社刊行の「作曲家別名曲解説ライブラリー」第7巻ブラームスの232ページのことだ。ピアノ四重奏曲第1番を「様式法則に対する悪行」と形容してまで第2番イ長調をオーソドックスだと断ずる。問題はその後、2番イ長調を第1番ト短調と比較する文脈で

  1. ト短調ほどのポピュラリティを持っていない。
  2. 創意というか工夫というものに乏しい。
  3. 聴く者の幻想を容易に喚起し、耳に早く印象付ける特性的な主題を持たない。
  4. 外面的な効果でも劣る。

という具合に言いたい放題の論評を展開する。入門書としては大胆な踏み込みだ。筆者が誰なのか確定しない体裁なのが残念だ。

曲を聴いてどう感じるかは個人の自由だから、突っ込みどころでは無いと承知はしているが、同書の影響力を考えると無残といわざるを得ない。予備知識無く読まされたら、当時対立中のワーグナー陣営の評論家の台詞かと思われかねない。

私としてはイ長調ピアノ四重奏曲は聴いても弾いても楽しい。とりわけ第二楽章は絶品だ。同書の解説を読んで聴かず嫌いになる人が続出しないよう祈るばかりである。

2015年6月20日 (土)

英国への伝播

ブラームスの初期の室内楽を、世間に紹介するという意味で、クララ・シューマンの功績は誠に大きい。

クララは自身の演奏会で進んでブラームスの室内楽を取り上げた。当時のプログラミングの習慣として、ピアノ独奏曲だけのリサイタルは、むしろ稀にしかありえなかった。室内楽や歌曲を織り交ぜるのが恒例だったから、室内楽の採用それ自体は珍しくも無かったが、気鋭の作曲家ブラームスの作品を取り上げたという点が、ユニークだったということだ。ブラームス作品の常として、演奏家のテクニックの披露は第一義ではなくなっている。ましてや室内楽は、作品への深い理解と様式感を持ち合わせねばならない。要求されるテクニックは高いのに、聴衆にはそう聞こえないという厄介な一面を持つ。聴衆の期待は絢爛豪華なピアノ曲だったに違いないのだが、クララは自分の流儀を押し通し、やがて英国の聴衆にそれがクララのスタイルであると認知されるに至った。

ピアノパートはもちろんクララが受け持つ。演奏の準備としてのリハーサルは、独奏曲以上に手間がかかる。

作曲家ロベルト・シューマンの妻にして当代最高のピアニストであるクララのおメガネに叶うということが、どれほど強い後ろ盾だったか想像に難くない。

生涯に19度の英国遠征を企てたクララは、その初期において、ブラームスの無名作品をしきりに取り上げた。ピアノ四重奏曲第2番、ピアノ五重奏曲の英国初演はクララの手によるものだ。

2015年6月19日 (金)

ヘルメスベルガー四重奏団

ヨーゼフ・ヘルメスベルガー・シニアによって1849年に結成された弦楽四重奏団。息子のヘルメスベルガー・ジュニアに引き継がれ1902年まで活動を継続した。創始者ヘルメスベルガーシニアは1842年に活動を開始したウィーンフィルのコンサートマスターだ。コンマスが弦楽四重奏団を組織するという同オケの伝統はこの時から始まる。

同カルテットの功績は枚挙に暇が無い。いわゆる「ウィーン古典派」により完成された弦楽四重奏というジャンルを磐石なものにした。ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の復活や、シューベルトの復活に尽力した。1868年にはダヴィッド・ポッパーをチェリストに迎えたほか、チャイコフスキーのコンチェルトの初演者として名高いブロツキーをセカンドヴァイオリンに据えるという威勢を誇った。サッカーで申せばレアルやバルサみたいなものだ。

1862年11月16日に同四重奏団のメンバーとブラームス本人のピアノでピアノ四重奏曲第1番のウィーン初演があった。これがピアニストブラームスのウィーンデビューだ。同月29日にはピアノ四重奏曲第2番の世界初演が同じメンバーで行われた。

まだハンガリー舞曲も出ていない。「ドイツレクイエム」も出ていない。ハンブルクから9月にウィーンに進出したばかりのよそ者ブラームスの作品が、わずか2ヵ月後にヘルメスベルガー四重奏団に演奏された事実は重い。ブラームスをヘルメスベルガーに紹介したのは、ピアニストのユリウス・エプシュタインだ。ブラームス作品の出版前の楽譜を見てヘルメスベルガーは、自宅にブラームスを招いて試演し、ついには公開演奏に踏み切った。「ベートーヴェンの後継者が現れた」と絶賛することも忘れない。

ウィーン最高の弦楽四重奏団の創始者にして、ウィーンフィルのコンマスが与えた評価は、ウィーンでのブラームスの名声を高めたに違いない。

これを機に同四重奏団はブラームスと緊密な関係を続けることになる。弦楽四重奏曲第1番の初演のほか、ヴァイオリンソナタ第2番の初演をヘルメスベルガーシニアが担った。

2015年6月18日 (木)

p poco espressivo

いやはや恐れ入る。ピアノ四重奏曲第2番の第1楽章144小節目と152小節目に実在する。前者は弦楽器3本、後者はピアノのパートである。第1楽章の展開部の途中。

「espressivo」は、ブラームス作品においてはおなじみの楽語。一般に「表情豊かに」と解されるが、一筋縄ではゆかない。「ブラームスの辞書」では、同時に走る複数の声部のうちより優先順位の高い側に付与されるという解釈を柱に据えている。いわゆる「主旋律マーカー」だ。

ところがその「主旋律マーカー」を、「poco」で抑制するとは、よほどのことだ。「ブラームスの辞書」本文では、「少しニュアンスを異にして」という解釈を試みている。

パガニーニの主題による変奏曲op35第2巻193小節目に全く同じ指定がある。その都度全力で考えないとたちまち行き詰まる。

2015年6月17日 (水)

ポコポコ

ピアノ四重奏曲第2番についての話。楽章冒頭の発想記号を以下に記す。

  • 第1楽章 Allegro non troppo
  • 第2楽章  Poco Adagio
  • 第3楽章  Poco Allegro
  • 第4楽章  Allego

第2楽章と第3楽章に注目願いたい。「Poco Adagio」「Poco Allegro」だ。「Poco」が2回続く。同一作品の連続する楽章が「Poco」で始まるのはここだけである。

「Poco」は一般に「少し」と解されて疑われることはないが、何せブラームスは生涯にわたって「poco」を楽譜上にばら撒いた。だから時と場合に応じて柔軟に解釈する必要がある。意訳委員会では「poco」について「~気味に」という解釈も試みている。

言われてみるとピアノ四重奏曲第2番には「poco」の微妙な用例が多い。第一楽章に現れる「p poco espressivo」や「poco crescendo」がその実例だ。

本日から4番目の室内楽ピアノ四重奏曲第2番。

2015年6月16日 (火)

梅雨の元日

一昨日、次女の後輩たち39代が千葉駅前でコンサートを開催した。5月に3年生を送り出した2年生の実質スタートとなる。6月中旬にやってくるこの演奏会は代のスタートになる。だから元日。

屋外、しかも駅前の雑踏の中、38代からバトンを渡された39代が走り出す。約45分のコンサートが14時と15時の2回公演だ。

聴衆には、親や先輩が多数交じる。心配をはるかに上回る希望。来年5月のスペシャルコンサートでの引退までこのメンバーで走りきる。途中にはコンクールもあればドイツもある。しかし後で振り返るとき、原点とすべきは今日の演奏だ。

2015年6月15日 (月)

電子ピアノの限界

転勤族をしている間、電子ピアノは重宝だった。サイズは手ごろだし、調律もいらない。

けれどもピアノ四重奏曲第1番第4楽章を練習しているとき、妻が困ったと言い出した。また鍵盤の数が足りない話かと思ったがそうでもない。いくら練習しても一定のテンポ以上早くは弾けないらしい。

ピアノでも電子ピアノでも一旦押した鍵盤から手を離すと、鍵盤は元に戻る。何度繰り返しても同じだ。電子ピアノは本物のピアノに比べてこの時の元に戻るスピードが遅いのだという。どんなに練習して早く弾けるようになっても、鍵盤が元に戻るスピードより早くは弾けないというのだ。ピアノ四重奏曲第1番第4楽章には46小節目でピアノにはじめて16分音符が現れるが、このことを言っている。80小節目以降115小節目までの16分音符も相当なモンである。

CDで聴く限りアルゲリッチなどは相当なテンポで弾いている。この曲に限らねば速いテンポの16分音符はもっとある。キーシンのハンガリア舞曲も大変なものだ。つまり猛烈なテンポで弾かれるそばから、次々と鍵盤が元の位置に復帰しているということなのだ。ピアノはピアノで、そのグレードによって性能に違いもあるのだろうが本物のピアノは大したものである。

ピアノのメカニックの精度と耐久性には今更ながら驚くばかりである。

そうそう、今日は亡き妻の誕生日だ。

2015年6月14日 (日)

どこがジプシー風

ピアノ四重奏曲第1番ト短調op25のフィナーレ第4楽章は、「Rondo alla zingarese」と書かれている。古来「ジプシー風ロンド」と解されている。「ジプシー風」の定義は、わかる人にはわかると言わんばかりに明示されていない。

32小節目に初めて現れる音階は以下の通りだ。

  • 嬰ヘ
  • 変ロ
  • 嬰ヘ

普通の旋律的短音階である。いわゆる「ジプシー音階」にはなっていない。ジプシー音階であるなら、「ハ」が「嬰ハ」に、「ホ」が「変ホ」でなくてはならない。属音「ニ」を半音で囲む必要がある。このあと同楽章には、この音型が繰り返し現れるが、「ジプシー音階」になっているところは一か所も無い。

同楽章が「ジプシー風」と呼ばれている根拠は音階以外の別の部分に求めねばならない。

2015年6月13日 (土)

3連続3拍子

シューベルトの「未完成交響曲」が未完である理由が「3楽章連続の3拍子」であるという説に触発されて、ブラームス作品にその例がありはせぬかと調べてみたのが記事「未完の理由 」だった。単一楽曲内において連続する3つの楽章が3拍子になるケースは1例も発見できなかった。

ところが、これに抵触する怪しいケースを新たに発見した。ピアノ四重奏曲第1番だ。

  • 第一楽章 4分の4拍子
  • 第二楽章 8分の9拍子
  • 第三楽章 4分の3拍子
  • 第四楽章 4分の2拍子

記譜上の拍子は上記のとおり。3拍子は3楽章に1個あるだけだ。ところが、この2楽章は特殊な音楽。3拍子系の複合拍子だから、振るなら3つ振りだ。メヌエットとスケルツォの融合ともいうべき構造になっている。広い意味では間違いなく3拍子だ。

加えてフィナーレも興味深い。記譜上は4分の2拍子なのだが、冒頭からしばらく、3小節単位のフレージングが続く。1小節を1拍と数えて、3つ振りするとはまる。

つまり第二楽章から3つ連続事実上の3拍子になっている。

2015年6月12日 (金)

un poco crescendo

poco意訳委員会の裁定に従えば「いくぶんクレッシェンド気味に」とでも解されよう。

  1. シューマンの主題による変奏曲op9 253小節目
  2. ピアノ四重奏曲第1番op25第2楽章107小節目
  3. ピアノ四重奏曲第1番op25第2楽章299小節目
  4. ピアノ五重奏曲op34第4楽章450小節目

上記の4箇所が存在するだけのレア指定である。一目で気付くのは初期の作品に限られていることだ。しかも全用例を通じて前後のダイナミクス表示が変化しない。つまり「un poco crescendo」は「pp」を「p」にしたり、「p」を「mp」にしたりも出来ないほどの微妙なダイナミクスの揺れと解し得る。起点のダイナミクスは上記の1番が「pp」であるが、残る3例は全部「p」になっている。つまり「f」系には縁のない指定だということになる。

「un」が脱落した「poco crescendo」は全部で90箇所を数える。用例が多いだけに分析の手がかりも多い。同時に存在する複数のクレッシェンドに度合いの差別化をする機能がはっきりと認められるのに対して、「un」が付着してしまうとその傾向もうかがえない。

この微妙さが、普段見過ごされていないか少し心配である。

2015年6月11日 (木)

何が異質か

昨日の記事「様式法則に対する悪行」で、ピアノ四重奏曲第1番ト短調が「様式法則に対する悪行」と形容されていると書いた。日本屈指の音楽系出版社の解説書でそう断言されているが、私は同意できないとも書いた。同意できない理由は3点。1つは「悪行」という語感について。2つ目は具体的根拠を欠く記述についてだ。3点目は、この表現の位置づけ。2番のオーソドックスさを強調する手段として言及されている点だ。

嘆いてばかりもいられない。

ブラームスの室内楽全24曲を俯瞰してみて、ピアノ四重奏曲第1番が抱える特異性をあれこれと挙げることは可能だ。

  1. ト短調の室内楽はピアノ四重奏曲第1番だけ。ロ長調やヘ短調、ニ短調だって1曲しかないから、あまり重視しなくてよい。
  2. 第一楽章提示部にリピート記号を欠く室内楽はこれがこれが初めて。これはマジ。
  3. 第一楽章展開部冒頭でリピートのフェイクがある室内楽はこれだけ。これもマジ。
  4. 第一楽章再現部が冒頭主題で始まらない。これもマジ。
  5. 第二楽章に舞曲楽章が来る。これも実例がないわけではないので参考程度。
  6. 第二楽章の様式。スケルツォとメヌエットの混合形。他に類例がない。
  7. 第二楽章の調。ト短調ソナタの舞曲楽章の調としてハ短調は異例だが、ブラームスの室内楽にあっては異端でもなんでもない。
  8. 第二楽章の形式 「Intermezzo」とある。室内楽では唯一だ。
  9. 第三楽章 テンポ「Andante con moto」は最速の緩徐楽章だ。
  10. 拍子。2~4楽章が実質的に3連続3拍子だ。これはマジ。
  11. 長さ。ピアノ三重奏曲第1番初版を除けば、最長の室内楽だ。

最低上記のような特色には、一通り言及した上で同四重奏曲が「特異だ」と言わないと、不親切だ。思い切った断言をするなら当然の措置である。

それにしてもなぜこれが悪行なのか理解できない。

2015年6月10日 (水)

様式法則に対する悪行

音楽之友社刊行「作曲家別名曲解説」第7巻ブラームスの230ページに存在する厄介な記述。ト短調ピアノ四重奏曲を指して

「様式法則に対する悪行」と言われたくらいにアブノーマル。

と記述している。同社刊行の「作曲家別名曲解説」は、ブラームス作品の全貌を手軽に俯瞰するには便利で、大変貴重だ。広く一般に浸透していると思われるが、時々大胆なことを根拠を示さないまま断言することがあり、面食らう。本件はその実例だ。

「様式法則に対する悪行と言われた」という書き方から見て、「過去に誰かが言っていた」ということなのだろうと推測する。カルベックのブラームス伝あたりは、こうした突発的な表現が多いから、あるいはという気もする。

これだけなら、「過去の批評家が言っていた」だけとも受け止められるが、そう楽観的でもない。なぜならこの「様式に対する悪行」という表現は、ピアノ四重奏曲第1番の解説ではなく、その次の2番イ長調を解説するページに存在するからだ。2番イ長調のピアノ四重奏曲が、かなりオーソドックスな形式で書かれていることを対比強調するために、1番ト短調を「形式法則に対する悪行」と形容しているのだ。1番ト短調について筆者は「自分も変だと思う」ということが前提だからこそ、それに対するノーマルな2番と言っているのだ。「過去の誰かが言っていたけどオレもそう思う」ということに他ならない。

一方同書におけるピアノ四重奏曲第1番についてのページを隅から隅まで見渡しても、何故「様式法則に対する悪行」と言われているのか書いていない。これだけ大胆に断言しているのに、根拠を示さないと同解説書の読み手は消化不良だろう。

私はそうは思わない。仮にカルベックが出典元だったとしても私はこの表現には同意しない。少なくとも「悪行」という表現は当たらないと感じている。

今日から、3番目の室内楽、ピアノ四重奏曲第1番。

2015年6月 9日 (火)

連弾ピアノトリオ

ピアノ三重奏の変形。ピアノ、ヴァイオリン、チェロを用いるのだが、このうちピアノが連弾になっている。ブラームス自身はこの編成で曲を書いていないが、以下の作品がこの編成用に編曲されている。

  1. .弦楽六重奏曲第1番
  2. ピアノ四重奏曲第1番
  3. ピアノ四重奏曲第2番
  4. ピアノ五重奏曲
  5. 弦楽六重奏曲第2番
  6. 弦楽四重奏曲第1番
  7. 弦楽四重奏曲第2番
  8. ピアノ四重奏曲第3番
  9. 弦楽四重奏曲第3番

以上だ。弦楽五重奏2曲とクラリネット五重奏は存在しない。ピアノ四重奏曲をやるつもりで、メンバーを集めたら、ヴィオラ弾きが急遽来れなくて、たまたま居合わせたピアニストに連弾の片割れをお願いするケースだ。ヴィオラ弾きの私としては、「何の嫌がらせだよ」という感じがする編成なのだが、キッチリ出版されていたところを見ると、需要があったのだと解さざるを得ない。

2015年6月 8日 (月)

ボケ防止エクセサイズ

いつでもどこでもできる簡単な頭の体操。

  1. 第一楽章第一主題
  2. 終楽章第一主題
  3. 緩徐楽章第一主題
  4. 舞曲楽章第一主題
  5. 舞曲楽章トリオ

ブラームスの室内楽全24曲について作品番号順に上記テーマを頭に思い浮かべる。下に行くほど難度が上がる。緩徐楽章や舞曲が無い作品もある。終楽章は必ず第4楽章とは限らない。このほか、第二主題でやるとさらに難しくなる。

おかげで通勤時間が苦にならないが、鼻歌交じりになると周囲の人から引かれることもある。今は完璧だ。体調によっては4番あたりから怪しくなることもあるが、3まではいつもクリア出来る。たまには作品番号の大きい順にやってみるのも面白い。

もちろん交響曲や協奏曲でもできるが、両方合わせても8曲なので、面白くない一方、ピアノ独奏曲や歌曲でやると大した難易度になる。能力に合わせて難易度が自由自在なのがうれしい。

2015年6月 7日 (日)

ブラーム数列

整数の羅列も数列には違いないが、面白味には欠ける。そこそこの定義に従って粛々と連なる数字の列は大変に興味深い。

  1. 素数 2,3,5,7,11,13,17,19,23,29,31,37,41,43,47,53,59,61,67,71,73,79,83,89,97etc
  2. フィボナッチ数 1,2,3,5,8,13,21,34,55,89etc
  3. 完全平方数 1,4,9,16,25,36,49,64,81etc

などなど。私の大事な数列は下記。

ブラーム数列 8,18,25,26,34,36,38,40,51,60,67,78,87,88,99,100,101,108,111,114,115,120

以上だ。末尾に「etc」は付かない。無限ではないからだ。何を隠そうブラームスの室内楽の作品番号である。なんだか不規則で面白い。交響曲だと少な過ぎて数列っぽくない。

歌曲 3,6,7,14,19,32,33,43,44,46,47,48,49,57,58,59,63,69,70,71,72,84,85,86,94,95,96,97,105,106,107,121

ピアノ独奏曲 1,2,5,9,10,,21,24,35,76,79,116,117,118,119

独唱歌曲やピアノ曲はそれなりに不規則で面白い。

2015年6月 6日 (土)

ディフェンディングチャンピオン

サッカー女子日本代表は、いよいよ女子ワールドカップに臨む。前回覇者としての参戦だ。忘れていた。女子は世界チャンピオンだった。震災の記憶が生々しい2011年7月決勝でアメリカをPK戦の末下して女王の座についていた。

日本時間の明日カナダで開幕する。

室内楽ツアーの間に割って入る記事で、彼女らの健闘を祈りたい。

2015年6月 5日 (金)

下心六重奏団

1981年8月大学4年で最後のオケ夏合宿に臨んだ私は、恒例の室内楽演奏会でブラームスの弦楽六重奏曲第1番第一楽章をメンバーの1員として披露した。周知のとおり、この六重奏曲はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが2本ずつで、6名の弦楽器奏者を必要とする。当日のメンバーは男子3名、女子3名というものだ。各々の楽器のセカンドが全部女子だった。

  • 2ndヴァイオリン H嬢 教育学部2年 
  • 2ndヴィオラ D嬢 薬学部3年 ホントは1stの私より相当うまい。
  • 2ndチェロ A嬢 園芸学部1年

という具合。男子は以下の通り。

  • 1stVn Nord氏 医学部4年
  • 1stVa 私 人文学部4年
  • 1stVc Koza氏 人文学部3年 ドヴォコンのソロいけるくらい。

男子は、私を除いて名人。チェロのトップとコンマスだ。とはいえ私だって6月の定期演奏会でトップを降りたばかりだからまだまだ行けた。だからひとまず様にはなった。

まあしかし、目的は演奏の披露よりも練習と、その後のお茶みたいなアンサンブルだった。誰がつけたか「下心六重奏団」とは秀逸なネーミングだ。亡き妻はこの中にはおらず、聴衆として演奏を聴いていた。そればかりかこの中からカップルは発生していない。イメージよりはずっとピュアだった。

青春の六重奏曲。

2015年6月 4日 (木)

粒より

本来ワイン製造に関する用語。完熟した葡萄を1つ1つ丁寧に摘み取って得られる果実からとられた果汁を原料にして作られるワインのこと。アウスレーゼの訳語と思われる。丸々と熟した甘~い葡萄を思い浮かべる。同じ房についていても、選ばれる粒と選ばれない粒があるので、「粒より」と呼ばれるのだと思い込んでいる。基準を満たした房を丸ごとよりは、質の高いワインになるのだという。

「粒より」という言葉を聞いて思い出すシーンがある。弦楽六重奏曲第1番第4楽章の終末も近い468小節目だ。次第に推進力とダイナミクスを落としてきた音楽が、ゴールに向かって息を吹き返すところだ。「Animato,poco a poco piu」を合図に第一ヴィオラが奏するアルペジオがある。ここから12小節の間演奏を引っ張る役目は明らかだ。ヴィオラ弾きとしては気持ちのいい見せ場だが、この「p leggiero」にスタッカートが伴ったアルペジオが、まさに「粒より」な感じなのだ。ダイナミクスこそ「p」なのだが一つ一つの音の粒をハッキリクッキリと聞かせねばならない。そうしたニュアンスに「粒より」という言葉がピッタリだと感じている。

プチプチの粒より感が出せれば合格である。

2015年6月 3日 (水)

装飾音符

「小さい音符」などと申しては総攻撃の対象になりかねない。とは言え、正確な定義など私の手には余る。ターン、前打音、トリルなどなどかなりの種類がある上に、それぞれ弾き方が決められている。バッハに至っては15~30種類が書き分けられているらしい。

小学校時代、4分の4拍子の説明として「1小節に4分音符が4つ分入る」と教えられた。1つの小節に入る音符の数で拍子が定義されていたのだ。ところが、本日のお題「装飾音符」は、その場合のカウントには算入されないのだ。だから装飾音符が付与されると、厳密にはどこかの音符の長さが縮められていることになる。

たとえば弦楽六重奏曲第1番の第2楽章は、装飾音符の巣だ。第1主題の魅力は装飾音符なしには語れまい。特に私のようなヴィオラ弾きはそう感じているハズだ。この装飾音符は、気持ちの高まりを表現していると感じる。試しに装飾音符を無視して弾いてみるといい。私の申し上げたいことが判ると思う。ところが、同じヴィオラの見せ場でも弦楽五重奏曲第2番第2楽章の2小節目は、キッチリと5連符で表示されている。

まだある。クラリネット五重奏曲第2楽章の中間部は、クラリネットがソリスティックに動く見せ場だ。ゆったりとしたテンポの中、クラリネットが細かい音符をちりばめるラプソディックな曲想だ。意外なことにここには装飾音符が現われない。正規の拍をキッチリと割ることが求められている。5連符、6連符、9連符、10連符、11連符の見本市の様相を呈している。中間部が間もなく終わるという75小節目と77小節目になってやっと装飾音符が現われるに過ぎない。

何故そこで装飾音符なのかは、高度の芸術的判断なのだと思う。私の出る幕ではない。

2015年6月 2日 (火)

急ブレーキ

運転手が急ブレーキをかけると、中に乗っている人の身体は前方に投げ出される。速度によって程度は様々だが、何人たりと言えども慣性の法則から免れることは出来ない。シートベルトはそのためにあると申してよい。

音楽でそれを感じることが出来る数少ない場所が弦楽六重奏曲第1番の中にある。第1楽章189小節目だ。展開部も中盤182小節目に、全楽器渾身の「ff」に到達する。第1楽章始まって初めての「ff」だ。ヴィオラの16分音符はチェロと協力して第1主題の変形を奏でている。ヴァイオリンは変則的な3連符の半音進行で切迫感を煽る。187小節目で当面の目的地ハ長調に達する。

  1. ヴァイオリン 3連符
  2. ヴィオラ 16分音符
  3. チェロ 8分音符

という役割分担でハ長調の和音が「ff」で5拍間固定される。ヴィオラは1番2番とも重音とされて、推進のエネルギーは最大値に達する。どうなることかと思った瞬間の189小節目、ヴァイオリンとチェロが小節頭に楔を打ち込むと同時に、ヴィオラが3連符にすり替わる。このとき身体が前に投げ出される錯覚に陥るのだ。

続く190小節目には8音符にたどり着いて急激にダイナミクスが減じられる。実際にはテンポが減じられる訳ではないが、推進力の減衰が遺憾なく表現される。ヴィオラ奏者2人は一致協力して192小節目までの3小節間でヴァイオリンの泣きを準備するのだ。推進力の減衰とともに和音の微妙な色合いをも変化させねばならない。

実はこの場所ヴィオラ弾きにとって第1楽章屈指の見せ場である。

2015年6月 1日 (月)

麻雀のBGM

学生時代にはよく麻雀をした。

練習の後に、たまに酒を飲むか麻雀をするかという流れになった。6対4でお酒が多かったかもしれない。お酒を飲むのは安い居酒屋か誰かの下宿のどちらかだったが、麻雀は誰かの下宿だった。場所代がもったいないからだ。

練習後食事を早々に切り上げて麻雀だ。コンビニでカップ麺やジュースを買い込んで会場となる下宿になだれこむ。会場となる下宿はどこでもという訳にはいかない。麻雀の音は非常にクレームに繋がり易いからだ。いきおいいつも同じ下宿ということになる。

やるとなったらメンバー集めは練習中に始まる。麻雀をやるなどと大っぴらに相談出来ないから、仲間内では、麻雀のことをカルテットと言っていた。それでも5人や6人集めるのは容易だった。降り番の2人はカップ麺を入れたりジュースを注いだりの係だ。時には8人で2卓を囲むこともあった。こういうときは「オクテット」と称したものだ。20時から始めるときには「8時チューニング」などと言い合っていた。始める前のあのかき混ぜも「チューニング」と称していた。クレームの原因の一つがこのチューニングであることは間違いないのだが、プレーヤーの発する奇声の方が深刻だった。上がれば上がったでうるさいし、降りれば降りたで大騒ぎ。当たろうものなら半狂乱だ。

サイレンサー代わりに音楽を流した。さすがにオーケストラだけあってみんなクラシックだ。下宿の主の好みが色濃く反映していた。モーツアルトが一番人気だ。次回の定期演奏会の曲目を流すこともしばしばだった。

腕前はみな似たりよったりだ。楽器のテクニックと麻雀の腕前の間の相関関係は薄いとだけ申し上げておこう。

興が乗れば徹夜は当然だった。明け方までは意外と平気なものだ。明るくなってから授業の1コマ目までの過ごし方が懸案だった。明るくなってから寝てしまった挙げ句に起きられずに欠席という悲劇が後を絶たなかった。明け方はみんなトイトイしか狙わなくなるので純粋な運試しになった。

大学入学後、ブラームスの弦楽六重奏曲第1番をはじめて聴いたのは実はマージャンのBGMとしてであった。

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
無料ブログはココログ