何が異質か
昨日の記事「様式法則に対する悪行」で、ピアノ四重奏曲第1番ト短調が「様式法則に対する悪行」と形容されていると書いた。日本屈指の音楽系出版社の解説書でそう断言されているが、私は同意できないとも書いた。同意できない理由は3点。1つは「悪行」という語感について。2つ目は具体的根拠を欠く記述についてだ。3点目は、この表現の位置づけ。2番のオーソドックスさを強調する手段として言及されている点だ。
嘆いてばかりもいられない。
ブラームスの室内楽全24曲を俯瞰してみて、ピアノ四重奏曲第1番が抱える特異性をあれこれと挙げることは可能だ。
- ト短調の室内楽はピアノ四重奏曲第1番だけ。ロ長調やヘ短調、ニ短調だって1曲しかないから、あまり重視しなくてよい。
- 第一楽章提示部にリピート記号を欠く室内楽はこれがこれが初めて。これはマジ。
- 第一楽章展開部冒頭でリピートのフェイクがある室内楽はこれだけ。これもマジ。
- 第一楽章再現部が冒頭主題で始まらない。これもマジ。
- 第二楽章に舞曲楽章が来る。これも実例がないわけではないので参考程度。
- 第二楽章の様式。スケルツォとメヌエットの混合形。他に類例がない。
- 第二楽章の調。ト短調ソナタの舞曲楽章の調としてハ短調は異例だが、ブラームスの室内楽にあっては異端でもなんでもない。
- 第二楽章の形式 「Intermezzo」とある。室内楽では唯一だ。
- 第三楽章 テンポ「Andante con moto」は最速の緩徐楽章だ。
- 拍子。2~4楽章が実質的に3連続3拍子だ。これはマジ。
- 長さ。ピアノ三重奏曲第1番初版を除けば、最長の室内楽だ。
最低上記のような特色には、一通り言及した上で同四重奏曲が「特異だ」と言わないと、不親切だ。思い切った断言をするなら当然の措置である。
それにしてもなぜこれが悪行なのか理解できない。
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