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2015年6月15日 (月)

電子ピアノの限界

転勤族をしている間、電子ピアノは重宝だった。サイズは手ごろだし、調律もいらない。

けれどもピアノ四重奏曲第1番第4楽章を練習しているとき、妻が困ったと言い出した。また鍵盤の数が足りない話かと思ったがそうでもない。いくら練習しても一定のテンポ以上早くは弾けないらしい。

ピアノでも電子ピアノでも一旦押した鍵盤から手を離すと、鍵盤は元に戻る。何度繰り返しても同じだ。電子ピアノは本物のピアノに比べてこの時の元に戻るスピードが遅いのだという。どんなに練習して早く弾けるようになっても、鍵盤が元に戻るスピードより早くは弾けないというのだ。ピアノ四重奏曲第1番第4楽章には46小節目でピアノにはじめて16分音符が現れるが、このことを言っている。80小節目以降115小節目までの16分音符も相当なモンである。

CDで聴く限りアルゲリッチなどは相当なテンポで弾いている。この曲に限らねば速いテンポの16分音符はもっとある。キーシンのハンガリア舞曲も大変なものだ。つまり猛烈なテンポで弾かれるそばから、次々と鍵盤が元の位置に復帰しているということなのだ。ピアノはピアノで、そのグレードによって性能に違いもあるのだろうが本物のピアノは大したものである。

ピアノのメカニックの精度と耐久性には今更ながら驚くばかりである。

そうそう、今日は亡き妻の誕生日だ。

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コメント

 生ピアノと電子ピアノの比較については、様々な立場の人がいろんな意見をお持ちで、なかなか収束がつきませんね。
 もちろん、音楽を表現するツールとしての電子楽器の限界については、否定しきれるものではないと思います。しかし私自身は技術畑の人間の習性として、電子ピアノの利便性とそのエンジニアが傾けた情熱についつい肩入れしたくなります。思うにエンジニア達は高い目標を持ち、上記の限界のすべてをいつかは克服してやろうと努力しているに違いなく、私はそこに迫力を感じるし敬意も覚えたりもするものです。
 さて、鍵盤の戻る速さですか?
 どうでしょうか? それをもって「電子ピアノの限界」と断ずるのは早計かと思いますよ。確かに個体として差があったにせよ、それは電子ピアノが克服すべき課題としては、低レベルに属しはしないか?と。
 すみません、私も所詮この分野では素人です。

日本の電子ピアノは一社を除き、全て自社設計で(変わってるかな?)
そのメカニズムは特許もあったりして、思想手法が違い面白いですよ。

設計者自身が演奏者、プロに弾いて評価してもらう、機構設計の理論派エンジニア、伝統を重んじる職人気質など、各社のイメージ通りで、ただ本物のピアノにどれだけ近づけるかという目標は共通してます。

メカだけでなく電子回路との兼ね合いも有りそうなので、分かりませんが、ひょっとしたらメーカーによって違いが有ったかも知れませんね。


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