ヘッセン王女
少し詳しいブラームスの伝記に登場する。ヘッセン王女アンナのことだ。ピアノ五重奏曲ヘ短調op34の献呈相手としての栄誉を得ている。
1864年夏バーデンバーデンにて、ブラームスはクララと同曲の2台のピアノ版op34bを御前演奏している。おまけに演奏したop34bの自筆譜を贈呈しているのだ。王女は感激したと記録にある。そりゃあそうだろう。作曲者本人たるブラームスと考え得る最上のパートナー・クララとのデュオをライヴで聴けるなんぞそうそうある話ではない。その上作曲者本人の自筆譜まで贈られて感激しなかったりしたら百たたきである。
サプライズは続く、演奏と自筆譜贈呈の返礼にとブラームスにプレゼントされたのが、モーツアルト交響曲第40番ト短調の自筆譜だというのだ。ブラームスの喜びは想像に難くない。モーツアルトやバッハへの思慕を隠さないブラームスにとってまたとない返礼だ。その後この自筆譜は膨大なるブラームスコレクション中の白眉となって生涯ブラームスの自慢のタネとなった。
かたや「2台のピアノのためのソナタヘ短調op34b」のライヴ演奏と自筆譜、かたやモーツアルトの交響曲第40番ト短調の自筆譜とは、何とも華麗な物々交換である。それにしてもヘッセン王女とは何者なのだろう。プロイセンの王家に生まれてヘッセン領主に嫁いだとされ、ピアノの腕前もかなりのものだったなどという伝記的事項はこの際棚上げだ。モーツアルトの自筆譜を所有していたばかりか、それを惜しげもなくブラームスに下賜するとは、何たる道楽ぶりだろう。まだ創作人生の約4分の1経過しただけのこの段階としては異例の惚れ込みようだ。ブラームスの収集癖まで考慮に入れていたのだろうか。
「クララとブラームスのデュオでこのソナタが聴けた上に自筆譜までもらえるなら、モーツアルトの自筆譜も惜しくない」と判断したとするなら、私とは大いに気が合いそうだ。
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