ヨハネスの使い
平安貴族を思い出す。当時やんごとなき身分の恋は、使いに歌を託すのが常だった。歌の巧拙で大体の見当をつけ、男が女の住まいを訪ねるのだ。
ガイリンガーのブラームス伝に興味深い記述がある。
アガーテがブラームスとの破局の痛手を長く引きずっていたという話だ。アガーテは、ブラームスとの破局の後1863年に英国に渡ったらしい。ようやく1868年に衛生顧問官シュッテと結婚したとある。
老境に入ってようやくブラームスの行動に理解を示すに至ったらしい。彼女の心のキズは、ヨアヒムを通じて届けられたブラームスの挨拶に答えることが出来るようになったとある。つまりヨアヒムはブラームスの使いだという訳だ。
そりゃあブラームスは直接声をかけにくかろう。ほとんど自分の我がままで破綻した恋が、アガーテの人生にも少なからず影響を与えたことは明白だからだ。何と声をかけたところで今更感は払拭出来ない。せめて自らが頑なに独身を貫いていることが心の支えだったかもしれない。
ヨアヒムもいい奴だ。そんなブラームスの便りをアガーテに届けるのだ。ヨアヒムはアガーテとブラームス双方に顔が利くから、仲介者としては適任だ。アガーテは欧州一の作曲家からのメッセージを、当代最高のヴァイオリニストから受け取るのだ。
だからというわけではないが、アガーテは自伝の中で、最後にブラームスを許す。彼の作品がいくどとなく幸福に寄与してきた。彼は人類全体の宝であるから、あらゆる束縛の可能性を断ち切ったのだ。まるでアガーテみずからの踏ん切りのための呪文のようだ。
弦楽六重奏曲第2番ト長調op36。人呼んでアガーテ六重奏j曲。
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