弱音器
一部の楽器に装着されるツール。装着を始める場所に「con sord.」と記され、使用解除の場所に「senza sord.」が置かれる。字義通り「音を弱める」という機能もあるにはあるのだが、音色の変更の側面の方がより強いとも感じている。
弦楽器の場合には駒に装着される。弦の振動をボディーに伝える通路に当たる駒に取り付けることによって、結果としてボディーへ伝達される振動を抑制することで音が弱くなる。しかしながら、音を弱くするだけならダイナミクス記号を調節すれば事足りると思われる。むしろ装着することによる音質の変化が狙いである場合がほとんどだと言えよう。あるいは、特定のパートを際立たせるためにその他の楽器に装着させるというような用法が一般的だ。
もちろんブラームスにもいくつかの実例がある。
- 交響曲第1番第4楽章31小節目のヴァイオリン。この一つ前の小節は「Piu andante」である。つまり第4楽章始まって以来の喧騒に終止符を打つべきホルンがアルプスの旋律をもって立ち上がったところである。「空気になれ」という意味の弱音器の装着である。ヴァイオリンとヴィオラに同様の役割を命じておきながら弱音器はヴァイオリンだけになっている。60小節目の3拍目まで、ずっと装着しているが、62小節目のアウフタクトからの名高い「歓喜の歌」の時には弱音器がはずされる。4拍の間に手際よくはずさねばならない。バタつかずにスマートにはずすのはなかなか難しい。ヴィオラの席から見ていると、ヴァイオリンの奏者たちが次々と手際よく弱音器をはずす光景は、なんだか春の訪れっぽい気がして美しい。
- ピアノ四重奏曲第1番第2楽章冒頭のヴァイオリン。チェロはもちろん6度下でパラレルに動くヴィオラにはお構いなしである。ヴァイオリンだけが弱音器装着の対象になっている。
- ハイドンの主題による変奏曲322小節目。第8変奏だ。コントラバスを除く全部の弦楽器に装着が求められている。フィナーレに突入する際に、取り外す必要がある。手際よくはずすのが難しい。バタバタとはずすのは興ざめである。
- ピアノ三重奏曲第3番第2楽章のヴァイオリンとチェロ。素朴な疑問がある。続く第3楽章にはヘンレのスコアにもマッコークルにも「senza sord.」と書かれていないが、みんなはずして演奏しているように思う。「con sord.」の効力は同一楽章内に限るということなのだろうか。
- 交響曲第3番第4楽章 再現部の入りが弱音器をあてがわれたヴィオラに振り分けられている。見せ場である。
最後にヴィオラ弾きとしては絶対に忘れられない箇所を一つ。弦楽四重奏曲第3番第3楽章だ。四重奏曲の4つの楽器のうちヴィオラを除く3つの楽器に弱音器装着が求められている。ヴィオラはお構いなしだ。協奏曲の独奏楽器クラスの持ち上げられ方である。ここでも続く第4楽章冒頭には「senza sord.」の書き込みが抜けている。
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