天孫降臨
日本神話屈指のイベントだ。神が地上に降り立つ感じが否応無く有り難味を高める。
弦楽四重奏第3番の第2楽章アンダンテの冒頭を聴くと「天孫降臨」という言葉を思い出す。冒頭2小節の間で「混沌」が手際よく暗示される。その混沌の中から第一ヴァイオリンが神々しく立ち上がる。ブラームス作品で唯一の「cantabile」をあてがわれているというだけでこの旋律の有り難味がわかる。第二ヴァイオリンとヴィオラが奏するシンコペーションは空気である。そしてチェロは2分音符の「F音」でどっしりとした大地を表現する。
これだけでも十分美しい。ブラームス屈指の名旋律だ。
私が「天孫降臨」と感じるのは実はこの少し先だ。11小節目からしばらく、別のエピソードが小声で挿入された後、19小節目に至って冒頭の旋律が第一ヴァイオリンにキッチリ回帰する。第二ヴァイオリンとヴィオラのシンコペーションも同様だ。
注目すべきはチェロ。A音に始まる音階を4分音符で下降してくる。冒頭3小節目の時には現われなかったこの下降音形は感動的だ。澄み切った青空から、何かありがたいものがしずしずと降りてくる感じだ。第一ヴァイオリンの旋律自体大変美しいのだが、ブラームスが本当に言いたかったのはむしろこのチェロの下降音形だったのではないかと思わせる凄みがある。
美しいからといってこの下降音形を3小節目から提示してしまうのでは芸が無い。主題確保の19小節に満を持して提示するところが、心憎いばかりである。
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